喜多圭介のブログ

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現代詩(自作)三作品

2007-01-13 00:06:34 | 文学随想
春の章 四季のレクイエム(一)


青春の折々に
縫い合わせられない
肌寒いこころのため息に引き裂かれ
寂寥の小路を独りで通い詰めた中宮寺
あのひとはむかし愛した少女の愁いの微笑みをうかべ
あのころのようにやすらかなくちびるで
男の来るのを待っていた

帰路
男はふと
夕焼けに映える
斑鳩のほのおを灯すげんげ野に
おのれの「時」を
滅ぼしたいと
願った

ももいろの空に立つ五重の塔
斑鳩のひと里離れた果てのないあぜ道を
長旅の終わりのように歩いていると
ほの暗い扉の向こうのほうから
朱いろの手提げの少女が
みろくぼさつ様にと
恋するゆびさきで
可愛く編んだ
白い詩集を
差し出した

夢みる哀しみを
可憐な瞳に捧げてしまった
おとなのただよいに揺れ惑う少女
さよならの絵の具のふたをだれもいない部屋で
そっとあけてしまった

早く行かないと
愛と哀しみのみろくぼさつには会えません
男は詩集を受取ながら沈黙の言葉を刻もうとしたが
少女の小さな恋のよろこびとせつなさを語り続けた眩しい瞳に
まなざしは白い詩集の少女を透かし
げんげ野の赤むらさきの絨毯に
おのれの死の横たわるのを
視た


夏の章 四季のレクイエム(二)


巨大な
夏雲がながれ
拡散した陽光は
優美な青空に澄み渡り
洋々とした展がりのなかの
鳴門海峡の白いわだかまりに
白昼小さなプラチナダイヤを輝かせ
ぶきみな程もの静かにもの静かな微笑を浮かべた
最先端の橋梁技術の粋で構築されたという
夢みる設計士が長い歳月
日夜夢に愛撫した
白い貴婦人

しかし
認識し難いのは
白い詩集の少女よ
出会いの瞬間のきみの瞳に
親しげなうるおいの花を咲かせた瞳に
十数年前に自らの冬の挽歌で埋葬したたましいが
真っ赤なハナカンナの咲き乱れるこの海峡の島で
なにゆえ蘇生させられたかということだ

先ほどから数本の白墨がエメラルドグリーンの波の海原に
楽しげな落書きをしているがやがては消える
けれども私の瞳のきみの瞳は消せない
けだるい日々の夏のたわむれにしては
くりかえす波のわむれにしても
きみの瞳がわし掴みしたものは
私の何であったのか
青年でない
私の何を
少女よ


秋の章 四季のレクイエム(三)


少女よ
休息もなく
燃える吉野の奥山に
吹き渡る風にさらされ
さざ波立つすすきの山道たどり
むかしに凍らせた血の情念ひとつで
息絶え絶えにここまで登ってくる道のりを
わたしはなんと多くの瞳を遍歴してきたことか
いまわたしの瞳に映るものはふりそそぐ秋陽に震える紅葉
血みどろの南北朝の歴史を大地に吸い燃えて悩ましい紅葉だけだ
私の瞳にはおさなごの瞳もなく少女の瞳もなく女人の瞳もない
歓喜の瞳も愛憎の瞳も慟哭の瞳も憐愍の瞳もない
瞳になにも映らないとは安らかでないか
真実も虚偽も裏切りも別離もない平穏
天にも地にも血の沼のように紅葉が
息詰まるほどの鮮血を溜め
ときには黒い腐臭を放つ
白い詩集が血に染まる
ここからの下り坂を
白い詩集の少女よ
従いて来るな
西行法師の
草庵へ


◆三作品とも小説創作の草稿目的の詩作。40代中頃。