西洋と東洋の狭間

何かにつけ軌道修正の遅い国で有るが一端方向転換すると、凄い勢いで走り出し今までの良き所まで修正してしまう日本文明

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

「ドクトル・ジバゴ」壮大な文芸大作

2007-07-05 17:05:16 | 映画
ドクトル・ジバゴ・1965年/米/伊
2002年度リメイク版も載せてみました。若干のストーリーの違いがあります。

         
スタッフ
監督:David Leanデイヴィッド・リーン
製作:Carlo Pontiカルロ・ポンティ
原作:Boris Pasternarkボリス・パステルナーク
脚色:Robert Boltロバート・ボルト
撮影:Fred A. Youngフレッド・A・ヤング
SFX:Eddie Fowlieエディ・フォーリー
音楽:Maurice Jarreモーリス・ジャール
美術:John Boxジョン・ボックス Terence Marshテレンス・マーシュ John Boxジョン・ボックス
セット:Dario Simoniダリオ・シモニ
衣装:(デザイン)Phyllis Daltonフィリス・ダルトン
スクリプター:Roy Rosottiロイ・ロソッティ
キャスト
Omar Sharif  オマー・シャリフ (Yuri Zhivago)
Julie Christieジュリー・クリスティ (Lara)
Geraldine Chaplinジェラルディン・チャップリン (Tonya)
Rod Steiger  ロッド・スタイガー (Komarovdsky)
Alec Guinness アレック・ギネス (Yevgraf)
Tom Courtenay トム・コートネイ (Pasha)
Siobhan McKennaシオバーン・マッケンナ (Anna)
Ralph Richardsonラルフ・リチャードソン (Alexander)
Rita Tushinghamリタ・トゥシンハム (The Girl)
Jeffrey Rockland (Sasha)
Tarek Sharif  (Yuri at 8 Years old)
Berard Kay (The Bolshevik)
Klaus Kinski  クラウス・キンスキー (Kostoyed)
Gerard Tichy  ジェラール・ティチー (Liberius)
Noel William (Razin)
Geoffrey Keen  ジェフリー・キーン (Medical Professor)
Adrienne Corri エイドリアン・コリ (Amelia)
Jack MacGowran ジャック・マクガウラン (Petye)
Mark Eden    マーク・エデン (Engineer at Dam)
Eric Chitty (Old Soldier)
Roger Maxwell (Beef faced Colonel)
Wolf Frees (Delegate)
Gwen Nelson   グウェン・ネルソン (Female Janitor)
Lucy Westmore (Katya)
Lili Murati (The train Jumner)
Peter Madden (Political Officer)
解  説
ボリス・パステルナークの長編小説「ドクトル・ジバゴ」です。
以下、カッコ内は、We didn`t start the fireより参照の資料とします。
【詩人、作家。ユダヤ系のロシア(ソ連)人。画家レオニード・パステルナークと、ピアニスト、ロザリア・カウフマンの長男として、モスクワに生まれた。
ヴォリス・パステルナークの父、レオニード・パステルナークは画家であった。
レオニードの展覧会に来ていたトルストイ(ロシアの大文豪、代表作、戦争と平和)は、彼の絵を大層気に入り、後日、自分の執筆中の小説、『復活』の挿絵を依頼する。
ある日、レオニードは「笞刑(ちけい、鞭打ちのこと)の後」というシーンの挿絵を持ってトルストイの元を訪ねる。
トルストイはその素晴らしい出来栄えに涙ぐんだ。しかし、この「笞刑の後」と、いうシーンは不要として、小説から削除してしまっていた。この絵を挿絵として使うため、トルストイは小説の内容を書き換えようとした。レオニードは、自分の絵1枚のためにトルストイほどの作家が、小説のストーリーを変えてしまうなんて、とんでもないことだ、と主張した。しかし、トルストイは、「この絵は絶対に入れなければならん」と、言って譲らなかったという。】
パステルナークの詩を一篇 「風」   
ぼくは終わってしまったが、きみは生きている。そして、風は嘆き、泣きながら森と別荘をゆすっている。
一本一本の松ではなく果てしない遠方から続くすべての木々をゆする。
静かな入り江に浮かぶヨットというヨットをゆらすように。
だが、それは怒りからではなく、強さを見せつけるためでもない、悲しみの中できみに子守歌の言葉を見つけたいのだ。

1958年10月23日、パステルナークがノーベル文学賞を受けることが決定。しかし、ソ連の各メディアからパステルナークの非難が始まる。さらに、パステルナークを国外追放せよ、という者まで現れるのであった。当時は、フルシチョフ書記長の時代では、あったが、
パステルナークは、国外追放を恐れ、ノーベル文学賞辞退したのです。
しかし、フルシチョフは、「ドクトル・ジバゴを読んだが、特に問題があるとは思えなかった」と、回想録の中で述べている様である。
そして彼は、ノーベル文学賞が西側文化を一方的に擁護し東西対立を深めていると抗議した。
ちなみに文学賞辞退は1964年に59歳でノーベル文学賞に選ばれたサルトルと彼の2人だけであり、サルトルは、「どんな人間でも生きながら神格化されるには値しない」として同賞を辞退した。
密かに持ち出された「ドクトル・ジバゴ」は、1957年にイタリアで出版される事となり、大評判を得た後、2007年1月11日に、94歳で無くなられたイタリアの大物プロデューサー、カルロ・ポンティ(ソフィア・ローレの夫)が映画化権を獲得し、ハリウッドのMGMと共同製作に至った。
監督には「アラビアのロレンス」のデビッド・リーンが起用され、同じく「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。撮影はフレッド・A・ヤング、音楽は、映画音楽の中でも屈指の名曲とされる『ラーラのテーマ』は、リーン作品や、「パリは燃えているか」などで知られる名手モーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフが扮し、文字通り彼の代表作となりました。
「ある晴れた朝突然に」のチャップリンの娘のジュラルディン・チャップリン。これも清楚で品格のある演技でした。そして「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティが扮し、奔放な中にも強い意志を感じさせる演技を見せました。最初、製作者カルロ・ポンティはラーラ役に自分の妻ソフィア・ローレンを考えていたようですが、リーン監督がジュリー・クリスティに替えたとのこと。近作のスペクタクル史劇「トロイ」(’04年、監督:ウォルフガング・ペーターゼン)では、主人公アキレス(ブラッド・ピット)の母親役で老いてもなお美しい顔を披露してくれました。「クロスボー作戦」のトム・コートネイは家庭をも省みず革命に命を賭ける冷酷さに徹してます。
ほかに悪徳の顔を持つ弁護士にロッド・スタイガー、デビッド・リーン映画に欠かせないアレック・ギネスが扮します。出演場面は少ないものの、映画全体の語りべとなっています。ラルフ・リチャードソンのオーソドックスな渋さ。以下シオバン・マッケナ、リタ・トゥシンハムなど。製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。
米ソ冷戦時代にあって、ソ連国内では撮影できず、ロケハンはロシアの大草原や大雪原に似た風景を世界中に探し求める事になり、結局、スペイン、フィンランド、カナダで行われています。
そして、「アラビアのロレンス」の大砂漠に勝るとも劣らないロシアの大雪原がスクリーン一杯に見事に結実したのです。                   
あらすじ
冒頭、エフグラフ・ジバゴ将軍(アレック・ギネス)は、ダムの建築現場で働く若い娘トーニャ・コマローバ(リタ・トゥシンハム)に出会った。彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。ユーリ・ジバゴは、エフグラフには、腹違いの兄であった。
ジバゴを知らない彼女に、ジバゴとラーラの激動に生き、翻弄された運命を話し始める。
母を幼くして亡くしたジバゴは、葬儀の日から父の友人であった科学者アレキサンドル・グロメーコ(ラルフ・リチャードソン)とその妻アンナ(シオバン・マッケナ)に引き取られ、育てられる事になる。そして、母の形見であるバラライカを受け取るジバゴ。
19世紀末のロシア。グロメーコ夫妻に実の子同然に育てられ、成長したユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。ジバゴは、街の中フトした時に、近所の仕立屋アメーリア・ギシャールの娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)を見た事で、密かに恋焦がれていく様になる。しかし彼女は、帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。
そんな美しく大人になったラーラに、母の愛人で弁護士コマロフスキーが、目をかけてきたそんなある日、コマロフスキーの愛が娘に移った事を知ったラーラの母は、生活の為に、また、母の心を知っているラーラもコマロフスキーの食事の誘いを承諾する。そして帰りの馬車の中、強引に唇を奪われてしまう。
そしてラーラはコマロフスキーに誘われるままに密会を重ねていく。
娘との関係やコマロフスキーとの関係に悩んでいたラーの母は、自殺を計るが、その時ジバゴは、手当てをした事で偶然にラーラと会う事になる。そこで、ラーラとコマロフスキーとの関係も知ってしまう事になる。
やがて、怒りにも似た、悲しみにジバゴは、おそわれるであった。
そして、革命の嵐が、そんな、ジバゴ達にも近づいてくるのである。ついに、革命派と軍との衝突が起き、パーシャは巻き込まれ、何とか無事逃れ、ラーラの家にが転がり込んできたパーシャは、ラーラに一丁の拳銃を預けて去った。
やがて来たコマロフスキーに、ラーラは再び関係を持たされるのであった。
コマロフスキーは、ラーラに言う。
「男には二通りある。高潔で純粋、表向きは賞賛されているが、じつは軽蔑されている。もう一方は高潔ではないが、生きる術を心得ている」と。
そして、直に「行く所がある」と告げ、出て行ったのである。
折しもクリスマスの日であった。ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、誘惑から逃れるため、彼が出かけたクリスマス舞踏会まで行き、発砲するという事件を起こした。
銃弾は、コマロフスキーを負傷させたのであるが、公にはならずに済む。また、婚約発表からトーニャと一緒に、そこで居合わせたジバゴは、コマロフスキーの手当てをしたが、ジバゴは世俗的なこの男が好きになれないのだった。
茫然と立ち尽くすラーラをその場から連れ去ったのはパーシャである。一方、ラーラは、ウラルに旅立つパーシャと共に行く事をきめる。 
1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ドイツとの戦争が始まり、首都モスクワから軍隊が前線に出発していく。20世紀初頭のこの戦争で敗れたロシア帝国は革命から内乱へと向かう。皇帝を監禁し、レーニンがモスクワへ入る。
「皇帝も地主もない、労働者だけの国になるんだ!」人々は奇声を発した。
そんな激動の最中、軍医としてウクライナ戦線で働くジバゴは看護婦として来ていたラーラと再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚し、パーシャを探していると言う。そして自分もまた家庭を持ち、共に子供もいた。
働く中、二人には当然の様に惹かれ合う様になるが、やがてラーラは去る事になる。
その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。
トーニャと義父アレキサンドルに暖かく迎えられたが、屋敷は地区委員なるものに管理されており、多くの人々が住み暮らしている。世界が変わり、個人の財産は分配されるのである。ジバゴはバラライカだけは取り戻した。
家族の部屋の薪がない。ジバゴが外の塀の板を剥がしていると、目つきの鋭い党幹部に見つかった。それがジバゴの異母弟のエフグラフであった。
二人は別々に育ち会うのは初めてであったが、思想は違えど腹を割って打ち解けあった。エフグラフの勧めでジバゴ一家は、ベリキノにあるアレキサンドルの別荘に移り住むことにした。モスクワからようやく列車に乗り込む一家。列車はモスクワを離れる人々で一杯になっている。悪夢のような苛酷な旅。
ウラル山脈の長いトンネルを抜けたところで列車が止まった。あたりを散策していたジバゴはそこに別の列車が止まっているのを発見する。そしてスパイ容疑で捕らえられたジバゴが会ったのは、人々から鬼のように恐れられている赤軍のストレーリニコフ将軍であった。
だが、この人物こそ戦死したと伝えられていたラーラの夫、パーシャその人である。
「君の詩は好きで読んだ。だが今は違う。君の作風は個人的すぎる。真心だ、愛だ、実にくだらん。もはやロシアでは個の存在など許されんのだ」
ストレーリニコフはラーラがユリアティンにいることも話した。ベリキノの近くである。「革命という大義の前には家庭など塵同然だ!」 冷酷に言い放つストレーリニコフはジバゴを釈放した。今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。
豊な田園風景が広がるベリキノ。山の麓の田舎に着いたが、別荘は革命公正委員会により封鎖されていた。やむなく近くの小屋に住むことにした。
義父と妻トーニャそして息子のターシャ四人の家族で、心豊かに暮らし始める。
ある日、ユリアティンの町へ出かけたジバゴはラーラと再会した。それは、二人を結びつける様な運命でもあった。
彼女のアパートで二人は狂おしく抱き合った。懐かしさもある。こんな辺境の地で巡り合うという驚きもあった。しかし何よりも二人は愛し合っていたのだ。自然の成り行きで結ばれる。
それからのジバゴは時々、トーニャの目を盗んでユリアティンへ出かけてはラーラと会うようになる。
妻には、後ろめたさとすまない気持ちがあるが、ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ジバゴの心は揺れていた。
そして、トーニャの腹には二人目の子が宿っているのを知った時、ジバゴは決心した。
「ラーラ、別れてくれ、いいか、もう来ないからな」 ジバゴは苦しい胸の中、声を絞り出す。
「解るわ・・・貴方に任せるわ・・・」 ラーラの声も涙にむせぶ。
その帰り道、ジバゴは突然現れた赤色パルチザンに捕らえられた。
「軍医が必要なのだ。逃げたら射殺する」
ジバゴは彼らと行動を共にせざるを得なくなった。
だが、無残な戦いを目にしながら、その空しさも知り、目的すら見えない彼は、家族のことが心配でいたたまれなくなったある日、脱走とは、言い難い様な形でその場を離れる。雪の平原を力の限り歩くジバゴ。
そして、たどり着いたベリキノの小屋はもぬけの殻だった。熱にうなされながらユリアティンのラーラのアパートへ・・・そこで彼は意識を失った。
ラーラの看病で意識を快復したジバゴは、トーニャ達一家がパリへ追放されたのを知る。
トーニャの夫への安否を心配する事で、二人は、互いの立場を知ってしまう事になり、トーニャはジバゴがいつの日かここを訪れると確信し、バラライカをラーラに託していた。
ジバゴとラーラはユリアティンで生活を始めた。それは荒廃した中でも楽しい日々であった。
今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラ。
そして、ある吹雪の夜、コマロフスキーが現れた。彼はこの動乱の世で上手く立ち回ったのか、今や法務大臣になっている。
広大な原野の開発のためにウラジオストックへ行くのだと、そして訪問の目的を言った。彼はラーラの夫の失脚により、ラーラは勿論、2人に危険がせまっていると再三話したが、信用しないジバゴに追い出される。
「私を見損なうな!それ程腐った男ではないぞ!」 コマロフスキーは深夜の路上で吠え立てていた。
あくる日、二人は、コマロフスキーの意見に反し、トーニャが去った家で暮らす事にした。
しかし、再びコマロフスキーが現れ、「失脚したストレーリニコフが処刑を前にして自殺したのだ。ラーラの利用価値がなくなれば明日にも銃殺隊が差し向けられる。専用の列車を待たせてあるのだ」ジバゴは彼を非難しながらも、ジバゴは苦渋の決断をした。
自分はともかく、ラーラの身の安全を考え、後で必ず会いに行くと約束し、コマロフスキーに身重のラーラを任せる事にした。
ラーラのお腹には自分の子が宿っているのだった。
ラーラとカーチャ、それにバラライカを馬車に乗せるジバゴ。
そしてラーラが極東に去った。地平線の彼方に消えていく馬車を見つめるジバゴであった。
8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中で、ラーラを見かけ、必死に追ったが自身の心臓病の発作が起き志を遂げずに死んでしまうのであった。葬儀の日には、それを知ったラーラが来ていた。エフグラフは、直にラーラと解り対面し、ジバゴが彼女の為に書き綴った詩集を見せ、ジバゴの思いを告げ、やがて街へと去り行くラーラを見送る。それが、ラーラを見た最後の姿であった。彼女は、捕まり処刑され、亡骸は名前ではなく番号であったと云う。何年か過ぎた今、エフグラフはジバゴとラーラの間にできた私生児 (リタ・トゥシンハム)に、両親の話を終え協力を申し出る。トーニャ・コマローバはラーラの巻頭の写真を見てつぶやいた。「奇麗な人・・・」。
「これがお父さんとお母さんだ」ジバゴの詩集を贈りこう言った。「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。
見送る、エフグラフに娘のバラライカが目に入った。大声で尋ねるエフグラフに、そばの恋人が答えた。「彼女の腕はプロ並みだよ」。
エフグラフは微笑んだ。ジバゴの血が、受け継がれている事を確信したかの様に。

壮大なロシアの大地と自然の中で描かれていく数奇な運命と愛…。
生きていくと言うこと。愛し続けると言うこと。
自分に与えられた使命や、生きる意味…。戦争の虚しさと、平和への願い…。
タイトルバックの絵画の様な白樺からも芸術性が感じ撮られ、モーリス・ジャールによる2人の出会いと別れの哀愁を奏でる名曲「ラーラのテーマ」の美しい旋律と、季節により変化する風景を捉えたデヴィッド・リーンの目の覚める様な迫力あるショット、そしてストーリーにアクセントを与え続けるカメラワークが更にドラマに効果を与え、雄大な歴史描写を背景に、因果関係と溶け込む様な演技からの素晴らしい展開があり、スケールの大きさを感じさせない様な物悲しいさも繊細に、そして綺麗に演出されており、エンディングまでの高揚感を持続させていました。ラストのバラライカのシーンに人間の誇りの様なものも感じられ、文芸的歴史スペクタクルの最高峰と云える大作です。 

コメント (15)   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
« 「黒衣の花嫁」(LA MARIEE ET... | トップ | 「ドクトル・ジバゴ」リメイク版 »
最近の画像もっと見る

15 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
デイヴィッド・リーン会心の作ですね。 (アスカパパ)
2007-07-06 09:25:09
SUKOPIOさんの鑑賞記に同感します。私の感想はTBさせていただきました。
デイヴィッド・リーンは多才な監督だと思います。重厚な作品が目立ちますね。この『ドクトル・ジバゴ』は、『アラビアのロレンス』と共にその双璧ではないでしょうか?。他にも『戦場にかける橋』や、遺作となった『インドへの道』などが浮かんできます。
その反面、『逢びき』や『旅情』に代表される情緒流れる作品も撮っていますね。かと思えば『超音ジェット機』の如き戦争映画も撮りましたし、『ホプスンの婿選び』ではユニークな面も出しました。正に天才だと思うことがあります。
更に見たい映画が増えて (山口ももり)
2007-07-06 09:52:58
[ドクトル・ジバコ」リメイク作品があるんですね。見てみたいです。一杯みたい映画がたまってきました。暑い夏を昇華できるかも???音楽も美しい旧作の事は憶えています。ロシア文学ではショーロホフの「静かなドン」とか「開かれた処女地」とかを読みました。ドストエフスキーやトルストイも読んだ事は確かなんですが、もう、記憶は霧の中・・・いつも、コメント有難うございます。
こんばんわ、アスカパパさん。 (SUKIPIO)
2007-07-06 18:57:38
何時も、コメントありがとうございます。

「インドへの道」そして「アラビアのロレンス」も、デイヴィッド・リーンの作品なのですが、共に、アジアとヨーロッパの衝突を表現している様なのですが、彼の狙いは、今もひきずるアジアと英国の歴史観に潜む落差を描いた事なのでしょうね。
「旅情」の様なメロドラマからハリウッドでの大作まで、極端な感じもしますが、その意味からも、細やかな女性の心理描写も得意で、心象風景としての自然描写も見事でした。
遅れまして、失礼致しますがT・Bさせて頂きました。
早速、コメントを頂き、ありがとうございました。 (SUKIPIO)
2007-07-06 19:40:57
こんばんわ、ももりさん。

やはり、姉がトルストイとドフトエフスキーの本を持っていましたが、最初読む事に少し挑戦しましたが、見事逃亡しました。
トルストイの「アンナ・カレーニナ」やドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」なんかでは、以前映画を観たのですが、それ以外は、タイトルと記憶が一致しません。
現在は、フィンランドの人気監督アキ・カウリスマキの映画では、「罪と罰」(1983年度)、が観たいですね。
歴史ものに・・・ (ミーシャ)
2007-07-07 09:18:33
SUKIPIOさん、おはようございます。
昨夜、じっくりリメイク版共々読ませていただきました。今朝もまだ、その余韻に浸っています(苦笑) こういった歴史的背景を舞台につくられた作品には、大変興味深いものがあり、いつも心を揺り動かされます。「インドシナ」「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」など沢山ありますね。邦画でも「不毛地帯」「人間の条件」「硫黄島からの手紙」など印象に残ります。一般的には、小説を読んでから映画やドラマを観ますとガッカリすることが多いものですが、歴史小説の場合(私のなかでは「風邪と共に去りぬ」なども歴史的背景の方に重点を置いて観ますので歴史ものなんです・・・)、映像でその時代の光景を見られることが嬉しい。例えば満州、本だけでは当時の満州がちゃんと想像しにくい私にとって、映画で見てみたい思いに駆られます。ラブストーリーも大好きですが、やはり歴史の舞台の方に関心がいってしまいます(笑)
ソビエト映画も観られたのですね。 (SUKIPIO)
2007-07-07 23:03:09
ミーシャさんの歴史観からの思いが込められたコメントには、私も同感です。
ありがとうございます。

歴史小説や、歴史テーマを背景の文芸小説では、世界史等の想像出来ない時代は、映像はイメージを膨らます事で、後々大事な役割をしてくれますね。
世界史に比べ日本史の様に範囲を狭めた中でも、今迄のテレビや映画等で自然と記憶にある事から、歴史小説を読んでいる間でも、ある程度の景色や文化の想像は出来るので、自分なりイメージを創る事が出来ます。また、映像を観る場合では、あの場面はどういった演出からの描写をするのかと云った興味が湧く事もある反面、イメージが違った場合には、少しガッカリする事もありますね。
また、以前に読みました「風と雲と虹と」、海音寺潮五郎(私は、司馬遼太郎の小説が人物像や背景が解り易く好きなのですが)原作本では、おおよその平安中期の都は想像出来たのですが、地方の文化や光景が浮かばないばかりか、文中に出る「くぐつ」(各地の情報も持ち合わせている大道芸人の様なもので後の、布教活動や、歌舞伎等幅広い芸能、忍者へと分かれていく)と、云ったモノも今ひとつイメージが湧かず、その説明も長く、本筋を忘れてしまいそうになる始末でした。
私がより、世界史に興味を持ったのも、想像すら出来ない時代での、映像の迫力と音楽の相乗効果が素晴らしい作品を観た事からなのですよ。
それは、「ベン・ハー」です。
「ベン・ハー」が作られた頃の映画って (山口ももり)
2007-07-11 07:37:56
あの頃のハリウッドの大型史劇って本当に、セットが面白かったですよねえ。暴君ネロを扱った映画・・・ナント言ったか???「クオ・ヴァディス」??「ポンペイ最後の日」「クレオパトラ」も良かった。「スパルタカス」「カルタゴのハンニバル」ちょっと時代が上がって「天地創造」「十戒」・・・残念ながら記憶喪失で、不正確かもしれません。でも、勿論「ベン・ハー」は、特に、あの戦車競技の場面は最高です。でも、チャールストン・ヘストン、彼はガンコな銃規制反対論者ですね。
 そうそう、昨日、近所のヴィデオ屋に行きましたら「黒衣の花嫁」もリメイク版「ドクトル・ジバコ」も、「潜水夫は蝶・・・」もありませんでした。どこかにあるのかなあ。見たいなあ。
「ベン・ハー」 (ミーシャ)
2007-07-12 19:28:38
「ベン・ハー」はアカデミー賞で11部門を総ナメにした史上最多の作品ですね。なかでも、最大の呼び物は大戦車競走のシーン。20分弱のこのシーンを撮影するためにローマに1周460mの競技場のセットが作られ、約4か月の入念のリハーサルののち、3か月もかけて撮影されたとか。すごいですよね。ほんと、想像できない時代(笑) 
「風と雲と虹と」は私も読みました。海音寺潮五郎さんの作品もほとんど読みました。なかでも、悪人列伝や武将列伝は傑作です。彼は西郷隆盛が大好きですね^^
こんばんわ、ももりさん。 (SUKIPIO)
2007-07-12 19:36:44
色々なジャンルの映画をよく観られていますので、驚いています。
昔の作品は、配給会社の存在の有無からも入手が困難になっている様ですね。
「潜水夫は蝶・・・」につきましては、日本では来年公開されるようですよ。

チャールストン・ヘストンの考えは、日本人には理解出来ないのですが、アメリカ開拓民のスピリッツを持ち続けている頑固さが、ある意味では映像の中での彼の意思の強さが表現されているのでしょうか。
そんな関係から映画では、現代劇ではアクが強い為、過去で活きた俳優だったのかも知れませんね。
彼の作品で、「第三の男」「オリバー」のキャロル・リードが監督しました、イタリアの芸術家であったミケランジェロの生涯を描いた「華麗なる激情」があったのですが、観られましたでしょうか。
ももりさんと同じ芸術家の目から観られた感想も是非、聞きたいですね。
こんばんわ、ミーシャさん。 (SUKIPIO)
2007-07-12 21:01:26
ミーシャさん、コメントを頂きまして、ありがとうございました。
その意味では、「ベン・ハー」は、感激よりも驚いた印象がありましたね。

また、色んな書物を読まれています事から、今後も、お教え願いたいと思っております。
私も、最初は源氏の系統や、戦国時代の武将に興味がありましたので、かなりの昔に読みました。
悪源太義平や斉藤道三、井上馨を始め、著者の史上の人物や出来事に対し、あくまでも真摯に史実を追求して書かれた史伝文学を目指された事での内容から、武将列伝も同様に歴史の持つ無限の面白さが伝わってきた様に記憶しています。
史伝文学では、永井路子の女性の観点から描かれた作品も、面白かったですね。
彼等は、単なる歴史書の引用等では無く、その奥深さには驚かされます。
以前、歴史学者と松本清張の討論会の場面で、「あなた方は、想像で言われて小説の様なもので、史実としての根拠が全く無い」と、松本清張に逆に小説と言われ、根拠の返答も出来なく、歴史学者がタジタジになっていた場面を思い出しました。

コメントを投稿

映画」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

ドクトル・ジバゴ (アスカ・スタジオ)
 かって、ショスタコーヴィチ等の音楽家が、ソ連革命政府によって作曲の自由を弾圧された。それと同じように、この映画も、リアルに表現したい厳しいロシアの冬を、ロシア以外の地でロケせざるを得なかったと聞き及んでいる。そのようなハンディにも拘わらず、自然描写が...