西洋と東洋の狭間

何かにつけ軌道修正の遅い国で有るが一端方向転換すると、凄い勢いで走り出し今までの良き所まで修正してしまう日本文明

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「フレンズ Friends/ポールとミシェル」 1970 カマルグへ

2007-07-15 22:28:45 | 映画
「フレンズFriends/ポールとミシェル」イギリス・アメリカ(1970年度)
上映102分、初公開年度、1971年11月、青春ロマンス映画。配給 CIC。
    
フランスではアイドルは、あまり育たないと云う。アニセ・アルヴィナが、この続偏でもある作品の後に、どう云った人生を送ったかは知らないが、映像に居る彼女への思い出は、一筋に導かれた光を純粋に、ひたすら信じ育む少女の姿であり、大人へと成長するには世の中に翻弄される様な危うさも感じたのだが・・・。
アルルの空に消えた今、私達の心のミシェル・ラトゥールは、ひっそりと当時の様に優しく微笑み、永久に輝き続けてくれるであろうと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。

               

「フレンズFriends/ポールとミシェル」
イギリス・アメリカ(1970年度) 上映102分、初公開年度、1971年11月、青春ロマンス映画。配給 CIC。
公開当時は、話題となった映画ではありますが、殆んどの人達には記憶にない事でしょう。
あの時代の彼等と同時期に青春を生きた私達だけにしか感じ得なかったカマルグの空の下に残した様な哀愁は、現代の風潮から、もう戻れない状況を考えますと、今後は描き作る事が不可能な映画でもあり、その意味では、当時の若者の時代背景を映し出す様な作品に巡り会え、年を経た今でも思い出の中で、心の豊かさと素晴らしい感動を齎してくれる事に感謝したい。
スタッフ
監督、製作、原案:ルイス・ギルバート
脚本:ヴァーノン・ハリス、ジャック・ラッセル
撮影:アンドレア・ウィンディング
音楽:エルトン・ジョン
キャスト
ショーン・バリー  (ポール・ハリソン Paul Harrison) 
アニセ・アルヴィナ (ミシェル・ラトゥール Michelle Latour)
ジョーン・ヒクソン 
パスカル・ロベール (アニー・マチルド)
ロナルド・ルイス  (ロバート・ハリソン)
トビー・ロビンズ  (ジェーン・ガードナー)
解  説
当初、この映画はなかなかセンセーショナルであった様だが、ショッキングな内容を扱っているには、少しもいやらしさが無く、せつなかった事からも、決して度が過ぎた描写ではなく、先に述べたジャンルでは、ジャンポール・ベルモントの恋人でもあったラウラ・アントネッリ、アレッサンドロ・モモ、主演の「青い体験」が、コミカルに演出され存在しており、ストーリー性やテーマからもピュアなティーンエイジ純愛映画と云える。
また、70年代のラブ・ロマンスに見られた「小さな恋のメロディ」や「リトル・ロマンス」等、少年少女による、ある意味メルヘンティックな逃避行作品ものが作られた様な時代の一作品とも聞こえるが、テーマからの彼等なりの倫理的行動では、それ等とは一線を画した映画であったとも思われる。
裕福だが家庭の温かさに恵まれない15歳の少年ポールと14歳の孤児の少女ミッシェル。
大人との生活に馴染めない、まだ子供とも言える2人が安易な考えから逃避行の末、同棲すると云った大人と同じ様な恋愛のプロセスをたどるのだが、やがて収入がない事でケンカする二人、そして何とか仕事を見つけ子供を出産する。そんな青春のモロさ、危なさから人間的な成長も含めて、一概に身勝手な行動と言わせない描き方では、その内容には考えさせられるものがあり、厳しい現実が立ちはだかる中、慎ましく夫婦生活を送り、子供を育てる姿には、単にメルヘン的な内容に終始しなかった現実的な面もあり、また、そんな二人と包み込む様な風景が綺麗に描写されていた素晴らしい作品でもあった。
当時少年であった私には、この映画の持つ愛からの自立への意義や責任には素直に感動と淡い思いが伝わり、今でも熱狂的なファンを持つ理由が、そこにあったのではないでしょうか。
ポール役のショーン・バリーは、美少年というわけではないが、10代の少年特有のオーラがよく出ていた。また、ミッシェル役のアニセー・アルヴィナは、汚れ無く美しい処が作品の情感面で大きく影響していた。
あらすじ
                  
裕福な家庭に育ちながらも、母がいなく、何時もぐれている少年ポール(S・バリー)は、仕事一途の父親から、再婚の話を聞かされる。
南フランス・アルルに住む少女ミシェル(A・アルヴィナ)は、唯一の肉親である父親を亡くし孤児となった。そして、パリの従姉アニーを頼って上京するも心が通わず、アニーの同姓相手からも好色な目で見られ、辛さを紛らわす為に動物園へ行く。
そこで父親の再婚に嫌気がさし、今日も動物園に遊びに来たポールと出逢い、初体面で二人は通い合うものを感じるのである。
帰り際、ポールは高級車を自分の車だといってミシェルを送っていくと言うが、ミシェルは断わる。明日も会おうと言ってポールは走り去った。
翌日、話をしているとポールが突然思い出して帰ると言った。新しい母と弟を紹介されるのだった。
着崩した格好で現れたポールは、父親に注意され、紹介されるが、俗物の後妻と連れ子のガリ勉風のジェラルドと、うまが合わず、食事の席での継母のジェラルドについての自慢話にも、うんざりするのであった。
ある日のデートで父の車を拝借したポールは、ミシェルを高級車に乗せてドライブに出かけた。
ミシェルはポールが未成年なので捕まるのではと心配するが、運転自慢のポールは「その前に追いつけたらね」と余裕の構えだったのだが、会話に夢中になった為、車が郊外の池の中に突っ込み動かす事が出来なくなった。家に連絡するにも電話が見つからない。
              
すっかり困ってしまった二人は帰宅する事を止めて、パリ郊外の森林地帯を遊びまわります。お腹がへれば、手持ちのお金でハムパンを買って食べ、夜になれば、農家の庭先の干草をベッドに野宿し、清冽で美しい森に魅せられれば、声を併せて詩を朗読します。
ミシェルは自分の辛い境遇を、即興の詩にしてポールに聞かせます。そしてポールは、自分以上に満たされない人生を送る14歳半の少女に、心を打たれ、共鳴し、満たされていないのは自分だけじゃないんだと。そんなミシェルの告白は、父親への反抗心からイジケてたポール少年が、大人への男への階段を上り始めるキッカケにもなり、やがて特別な感情を抱くようになり、友として交流を深める事になった。
「ぼく、帰りたくない・・」、「あたしも・・邪魔者なの・・」 こうして二人は郊外の自然の中を、家に帰りたくない!きみと遊んでいたい! あと1日、もう1日と・・・。
遂に二人は、ミシェルの思い出の地アルルに行って生活しようと決意し、画家だったミシェルの父の仕事場であったカマルグのアトリエを目指す事になる。
             
電車とバスに乗り継ぐ。バスの中では、前の席に座る乗客が読んでいた新聞に、ポールを捜す記事が自身の写真入りで出ているのには驚いたのだが、その記事を見ていた乗客と目があった時には、もっとおどろく事になり、あわてて顔を隠さなくてはいけない始末である。
そして、徒歩で辿り着いたアルルの大自然を見て、二人は、感激する。やがて、今は誰も住んでいない三角屋根の白い小屋がポツンと見えてきた。
遂に、ミシェルは、懐かしい家にポールと来たのであった。
             
コテージには缶詰等があるが、手元に残ったのは60フランしかなく、その上ミシェルは、風呂にはいる為には都会っ子のポールに薪割りの仕方から教えなくてはならない。
要約、部屋の中の風呂桶に二人してバケツで湯を注ぐ。ポールは上着を脱いでパンツを脱ぎ、入ろうとしたが、ミシェルが見ているのが気になり、石鹸を取りに行かせた間に入る。ミシェルはブラシで背中を流す。
次はミシェルの番だ。風呂桶に湯を入れ直し、ポールは「さあ、はいれるよ」・・ミシェルもタオルを取りに行かせ、その間に入った。ポールも背中を流してやる。
ブラシで作ったシャボン玉が二人を包む。
             
初めは所持金と観光用闘牛場のグラウンド整備のアルバイト収入で、食べられたポールとミシェルは、アルルの大自然にかこまれて、次第に、お互いを意識し愛を感じる様になるが、不安定な収入が途絶えると飢餓に苦しむ事になる。 
             
必死に野生のキノコを探したり、仕事を探した先の漁師が捨てた魚を拾って食べるまで食料不足の限界に追い込まれ、そこで生きる事の厳しさ・残酷さを知る。
             
ポールは食べる為に、再び働きに出る事にするのだが、ありつけた仕事は、田植えのシーズン期間に限られている為、期間が過ぎる季節には仕事が無くなるのである。
それでも、支えあうポールとミシェル。
そんなある日、いつしか友情が愛に・・・男女としての自覚を昇華しあい、性の扉を開いてしまう時がきたのだが、むしろ、それは自然な姿でもあった。
二人でいっしょに入浴し、おなかがすいたからごちそうの夢でも見ようと言って床についたポールの部屋にミシェルがはいってきた。 
             
「一緒に寝て言い?」と、聞く。
「おねがい」と言うミシェルにポールが、そっとうなずくと、ミシェルは服を脱いでベッドにはいった。
「どうして…」・・・「飢えてるんでしょ…」
固いベッドの中で、ポールはミシェルを抱いた。まるで、ひもじさから、逃れるかのように、二人は、しっかりと抱き合った。
「 ・・・」・・・「だめだ・・・終わった」
自分は何をやってもだめだと落ち込むポール。
無垢な愛から、求め合い、大人になろうとするが、そんな健気さが微笑ましい様でもあり、悲しくもあった。
容赦の無い飢えと心身の疲労が二人を蝕み、激しく喧嘩する事もあったが、それはむしろ、お互いをより完全に結びつける事になる。
若すぎるポールに、大人並の働きができるものではなかった。それでも、なんとか職にありついては、二人の生活を支えようと、周囲の農家で少しづつの仕事をもらいながらポールは一生懸命に働き、ミシェルも、けなげに家を守った。
やがて、ミシェルは妊娠に気がつき、二人だけの出産を決意する。
何事も、二人でやろうと決めたミシェルとポールは、本を買って勉強もする。
「あたし・・・結婚したいの・・」
そんなミシェルの純な願いを叶える為、ポールはミシェルの父の眠る墓地の脇の教会で2人だけの結婚式を挙げる。
だが、神父が祭司しているのは別のカップルで、ポールとミシェルは教会の隅でこっそり誓いを述べているだけであったが二人には十分であった。そして、勢い庭での祝宴の席から食べ物とワインをせしめて帰る事にもした。
男としての成長も窺え、ポールもモーラン農園で、ブドウの害虫駆除の仕事で働く事になり、二人のささやかな将来にも明るさが、見えて来た様でもあった。
それは、ポールが地元の仕事に慣れた頃、喜びすら感じてきます。かろうじて人並みの生活ではあったが、ブドウの消毒では口笛を吹き、アトリエへの帰り道では笑顔がこぼれます。
クリスマスには、七面鳥や、ミシェルと赤ちゃんの為にプレゼントも買えました。
年が明けてミストラルが吹いた。
ある日、水辺に二人で腰を下ろしていた時、ミシェルが帰ると言った。陣痛が始まったらしいのである。ミシェルは横たわり、ポールに、人を呼びに行くよりついていてほしいと頼んだ。
陣痛が始まって苦しむミシェルに、ポールは、とまどいながらもミシェルを励まし、本を参考にしながらも、わが子の誕生への責任を果たした早朝、二人だけだった三角屋根の小屋に新しい生命が誕生した。
無事元気な赤ん坊が生まれた二人の喜び、待望の新しい家族・・その女の子に、シルヴィーと名付け教会で洗礼を受ける。
ポールとミシェルは幸せだった。
             
だが神の手の届かないところで辛い現実が、村に迫っていた。ポールの父から出された捜索願いを受けた警察が、パリから来ていたのだ。
いつもと変わらぬ朝。 刑事の待ち伏せを知らないポールは、仕事場に向って歩いて行く。振り向くポールの目にシルヴィーを抱くミシェル映る。二人は昨日と同じ挨拶を交わした。
「グッバイ! ポール ~ 」  「グッバイ! ミシェル ~ 」
             
2人だけの力で生活を始め、妊娠、出産を経て、必死で愛の世界を築いてゆく。永遠の幸せが続くかの様に、そして悲しいラスト・・・。
結末が理解出来る大人になった今でも、フト思い出せば何故か当時の私と同じ疑問が蘇る。
幼く若いだけで、何がいけないのだろうか・・・と。
コメント (28)

「ドクトル・ジバゴ」リメイク版

2007-07-05 17:43:27 | 映画
ドクトル・ジバゴ・2002年イギリス作品
20世紀初頭 戦争と革命の嵐が吹き荒れるロシア数奇な運命と闘い続けた男ドクトル・ジバゴ 愛に生き愛に殉じた女ラーラ壮大なスペクタクルと 胸をうつ感動で贈る映画史上不滅の名作 注目のリメイク版。
       
スタッフ
原作:ボリス・パステルナーク / Boris Pasternak
脚本:アンドリュー・ディヴィス / Andrew Davies
撮影:ブラスコ・ジュラート / Blasco Giurat
音楽:ルドヴィコ・エイナウディ / Ludovico Einaudi
演出:ジャコモ・コンピオッティ / Giacomo Compiotti
制作:アン・ピヴチェヴィク / Anne Pivcevic、ヒュー・ウォーレン / Hugh Warren
キャスト
ユーリ・ジバゴ:ハンス・マシソン / Hans MathesonTVM「悲しみの暴君ネロ」「アヴァロンの霧」映画「レ・ミゼラブル」
ラーラ:キーラ・ナイトレイ / Keira Knightley「パイレーツ・オブ・カリビアン」「プライドと偏見」「ベッカムに恋して」
コマロフスキー:サム・ニール / Sam Neill「ジュラシック・パーク」「ピアノ・レッスン」「オーメン / 最後の闘争」
トーニャ:アレクサンドラ・マリア・ラーラ / Alexandra Maria Lara「ヒトラー~最期の12日間~」「クレイジー」
パーシャ/ストレリニコフ:クリス・マーシャル / Kris Marshall「ヴェニスの商人」「ラブ・アクチュアリー」「デッド・ベイビーズ」
ミーシャ:ダニエレ・リオッティ / Daniele Liotti「靴に恋して」「女王フアナ」
アレクサンダー・グロメーコ:ビル・パターソン / Bill Paterson「太陽の雫」「キリング・フィールド」
アンナ・グロメコ:セリア・イムリー / Celia Imrie「カレンダー・ガールズ」「ブリジット・ジョーンズの日記」
オーリャ:アンヌ=マリー・ダフ / Anne-Marie Duff「マグダレンの祈り」
アンドレー・ジバゴ:ヒュー・ボネヴィル / Hugh Bonneville「12日の木曜日」「ノッティングヒルの恋人」
アメリア:マリアム・ダボ / Maryam D’Abo「007 / リビング・デイライツ」「ホワイトナイツ / 白夜」TVM「ゲームの達人」
解  説
20世紀初頭、ロシア革命前後の動乱期を舞台に、医師として、詩人として、ひたすら誠実に生きる主人公ユーリ・ジバゴ(ドクトル・ジバゴ)の愛と波瀾に満ちた人生を描いた一大叙事詩の文芸篇。
原作はロシアの文豪ボリス・パステルナークの同名小説(1957年)。
『ドクトル・ジバゴ事件』
【】内は、We didn`t start the fireより参照の資料とします。
【スターリンの時代のソ連は、厳しい表現の自由が敷かれ、パステルナークは作品を発表する場を奪われていた。1953年、スターリンが死んだ。これにより、芸術、文学への弾圧が批判され始め、表現の自由を求める声が高まる。しかし、表現の自由が、完全に認められたわけではなかった。パステルナークは、長編小説の執筆に挑戦したいと、1930年代から考えていたが、大戦後(1945年)、ついにその構想を実行に移した。この小説が『ドクトル・ジバゴ』であった。
1957年、パステルナークはドクトル・ジバゴの出版交渉を行うが、結局、ソ連では出版されなかった。しかし、同年にイタリアを皮切りに、世界各国の様々な言語に翻訳され、出版されると、ドクトル・ジバゴは大きな反響を得る。そして、ソ連の人だけが、この作品の存在すら知らないというおかしな現象が起こる。
1958年10月23日、パステルナークがノーベル文学賞を受けることが決定。すると、ソ連の各種新聞、雑誌にてパステルナークの非難キャンペーンが始まる。その要旨は、「反革命的な小説で、ノーベル賞を受けた恥知らず」パステルナークは作家同盟から除名された。ソ連では、作家同盟から除名されるということは、作家でも詩人でもなくなり、作品を発表する場がなくなった、ということに等しい。さらに、パステルナークを国外追放せよ、という者まで現れる。このままいけば、本当に国外追放になるのでは?というくらいに、パステルナーク非難キャンペーンは激化する。
ロシアを愛する(あえてソ連とは書かず)パステルナークは、国外追放を恐れ、ノーベル文学賞辞退の旨、電報を打った。
西側諸国では、「共産主義体制下の犠牲者」として、大々的にこの事件のことが報じられた。 なぜ、ドクトル・ジバゴがソ連では出版されなかったのか?
作品の反革命的内容が検閲にひっかかったとも、ソ連の作家同盟による嫌がらせとも言われている。 一般的にはドクトル・ジバゴの反革命的な内容が問題になり、政府から弾圧を受けた、とする説が有力である。しかし、当時のソ連書記長フルシチョフは、「ドクトル・ジバゴを読んだが、特に問題があるとは思えなかった」と、回想録の中で述べている。
政府の干渉を意に介さず、わが道をゆくユダヤ人のパステルナークに対して、作家同盟が嫉妬し、妨害工作をした、という説の方が説得力があるように思われる。
『ドクトル・ジバゴ』は、滅びゆく者たちの物語である。時代の激しい変化の中、自分らしく生きようと願う者たちが滅んでゆく。
共産主義とか資本主義とかには関わりなく、どの時代、どの場所においても普遍的なテーマを語っている。『ドクトル・ジバゴ』の主人公であるジバゴは、革命(世の中の変化)によって、自分の生活、特権などが失われることについては決して異をとなえたりはしない。しかし、自分の信念、思想を奪われることに対しては激しい抵抗を示す。普通の人間は、この逆で、自分の生活を守るためなら、自分の信念を平気で曲げる。ジバゴにはそれができなかった。ゆえに、滅びるのである。パステルナーク自身が同じような道を歩んでしまったのは皮肉なことである。
パステルナークは、『ドクトル・ジバゴ事件』の2年後、肺癌で死去する。その際に、妻にこのような言葉を残している。
「さて、お別れだね。人生と君をとても愛しているけれど、お別れをするのは少しも悲しくないよ。この国だけじゃなく、世界中、まわりには俗悪なことが多すぎるからね。ぼくはそういうことを受け入れられないんだ」
注 文中にある、反革命的、という言葉の革命が意味するのは、ロシア革命のことです。つまり、ロシア革命によって生まれた社会主義、共産主義に対して異を唱えたものを、当時のソ連では反革命的、と表現しています。】
以上な事があった後、イタリアの大プロデューサー、カルロ・ポンティが映画化権を獲得し、ハリウッドのMGMと共同製作に踏み切ったのが、巨匠デビッド・リーン監督(「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」)により映画化(1965年)され、アカデミー賞ほか数々の名誉に輝き、オマー・シャリフが扮し、文字通り彼の代表作となりました米/伊作「ドクトル・ジバゴ」である。
本作は、そのリメイク版となり、20世紀初頭の記録フィルムを織り交ぜながら、映画よりも原作により忠実に描いている。
あらすじの補足
1897年、帝政ロシア。両親を亡くしたユーリ・ジバゴは父の友人に引き取られ、その娘であるトーニャと兄妹同然に成長した。医者として勉強を続けながら、詩人としても将来を嘱望されていたジバゴは、ある夜一人の女性と会う。彼女の名はラーラ。実業家で、ジバゴの父を自殺に追い詰めた男で、彼女の母親の愛人であるコマロフスキーと許されない関係にあった。その後ジバゴはトーニャと結婚し幸せな家庭を築くが、世界を覆う戦争の波はロシアにも押し寄せてくる。従軍医師として戦地に赴いたジバゴは、看護婦として働くラーラと再会する。ラーラはコマロフスキーと別れ恋人のパーシャと結婚したが、その彼は革命運動に身を投じ行方不明になっていた。そんな2人は淡い恋心をいだきはじめていた。モスクワに戻ったジバゴを待っていたのは、ロシア革命の大動乱だった。家を奪われ、職も失ったジバゴは家族を連れて疎開を決意。ウラルのベリキノに着いたジバゴは、隣町のユリアティンに住むラーラと再び巡り会う。熱い情熱には抗えず、二人は許されぬ関係になる。だが、動乱の時代の過酷な運命が待ち受けていることを二人はまだ知る由も無かった。(C)Granada Television 2002
あらすじ
前  編
19世紀末のロシア。1897年、ユーリー・ジバゴ(ハンス・マシソン)は、幼い頃両親を失い、科学者グロメーコ(ビル・パターソ)にひきとられた彼は、夫妻の一人娘トーニャと兄妹のように育てられる。
1912年、モスクワ。医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになったジバゴそして美しく成長したトーニャ(アレクサンドラ・マリア・ラーラ)は、ジバゴを愛していた。ジバゴは、街で友人達との雑談の中、フトした時に、近所の仕立屋の娘ラーラ(キーラ・ナイトレイ)を見た事で、密かに恋焦がれていく様になる。しかし彼女は、帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(クリス・マーシャル)を愛していた。
そんな美しく大人になったラーラに、母アメーリアの愛人で政財界に大きな影響力をもつ弁護士コマロフスキー(サム・ニール)が、目をかけてきた。やがて、コマロフスキーの愛が娘に移った事を知ったラーラの母は、生活の為にラーラがコマロフスキーの招待に応じる事を承諾する。母の心を知っているラーラも悟ったかの様に、夜を共にするのであった。
娘との関係やコマロフスキーとの関係に悩み続けたラーラの母は、終に自殺を計るが、その時に、ジバゴが手当てをした事で、偶然にラーラと会う事になる。
だが、そこで、ラーラとコマロフスキーとの関係を知ってしまう事になり、はかない悲しみにジバゴは、おそわれる。
そんな中、遠い昔の記憶に、愛する父が目の前にいるコマロフスキーにより、自殺に追いやられた事を、思いだす。
次に日、コマロフスキーに嫌気がさしラーラは、手紙でコマロフスキーに別れを告げた。
そして、革命の嵐が、そんな、ジバゴ達にも近づいてくるのである。
ついに、革命派と軍との衝突が起きた事で、居合せたパーシャとラーラは巻き込まれ、手傷を負ったパーシャだが、何とか無事逃れ、一方帰宅したラーラの前には、コマロフスキーが現れ、再び無理やり関係を持たされるのであった。
ラーラは誘惑から逃れるため、ある日のパーティーに、彼に発砲するという事件を起こす。
銃弾は、コマロフスキーに当たらず、他の招待客を負傷させたのであるが、公にはならずに済む。また、トーニャと一緒に、居合わせたジバゴは、治療にあたるが、怒りにも似た感情を抑えきれず、コマロフスキーに自身が誰であるかを明かす事になる。
一方、ラーラは、ウラルに旅立つパーシャと共に行く事を決意する。
そして、ジバゴも病に倒れた養母アンナのたっての願いで、トーニャと結婚を心を決めるのであった。
そんな二人の結婚式と、ラーラ達の結婚式が偶然にも同じ日にとり行なわれたのであるが、ラーラにコマロフスキーとの関係を打ち明けられた事で、パーシャは悩むのだが。
月日は流れ、ジバゴにも、子供が出来、そして、ラーラにも子供が出来、平穏な日々がおくられている様にも思われたが、夫のパーシャは、彼女の愛に疑いを持ち続けていた。
パーシャが言う、「ごまかしで生きるのは、嫌だ」と、そして「戦場に行く」と、そう言って、彼女のもとを去った。
1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。戦場でパーシャを捜す為に看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚をしているを知り、自分もまた家庭を持っていたのだが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。そんな二人には、当然の様に惹かれ合う様になる。
後  編
その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰ったのだが、グロメーコ邸は公共居住施設となり、革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。
友人のミーシャ(ダニエレ・リオッティ)に会い、気の進まない仕事を依頼されるが、革命政府下の方針には、納得出来ないものがあった。
ジバゴが革命軍のリーダーで、義弟の勧めもあって、べリキノの別荘がある田舎で休養することにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。この将校は、戦死と報じられていたパーシャであった。彼は変わりはて以前の用な明るさは、消え失せ、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。
山の麓の田舎に着いたジバゴは、義父と妻トーニャそして息子のターシャ四人の家族で、心豊かに暮らし始める。
近くの町ユリアティンに来たジバゴは、そこに住むラーラに偶然会った。それは、二人を結びつける様な運命であり、再び、互いが元に戻るのには、時間はいらなかった。
時代は、ロシア革命の後、臨時政府は安定することなく、赤軍、白軍、パルチザンなどイデオロギーの異なる集団による内乱状態が続いていた。
妻には、後ろめたさと自身に許せない気持ちがあるが、ラーラとの愛も再燃した田舎での生活は、ジバゴにとっては幸せの日々であった。ある日の帰り、突然、彼は、赤軍パルチザン部隊パルチザンの1隊にとらえられた。その日は、妻に2人目の子供が生まれると知り、苦しい胸の中、ラーラと別れる決心をし、家路に馬を飛ばし帰る直後のことであった。
子供が生まれる時、トーニャの手伝いに訪れたラーラ。トーニャの夫への安否を心配する事で、二人は、互いの立場を知ってしまう事になる。
その時ジバゴは、無残な戦いを目にしながら、その空しさも知り、目的すら見えない彼は、脱走とは、言い難い様な形でその場を離れる。
ラーラの家では、裏切られた事で傷ついたトーニャはラーラと激しく話し合い、そして「もし、彼が、あなたの元に帰ってきたら、私の所へは、帰らないでと言って、あなたの事を思いながら帰ってきても、その時は私達はいない。今までの家にも、居たくない、辛いだけだから。」と、ラーラに告げ、去って行く。
ジバゴは、やっとの思いでラーラのもとに帰ったのだが、2人の関係を知った妻が、子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。
今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。彼はラーラの夫の失脚により、ラーラは勿論、2人に危険がせまっていると再三話し、後にする。
あくる日、二人は、コマロフスキーの意見に反し、べリキノの別荘で暮らす事にした。
しかし、再びコマロフスキーが現れ、ジバゴは彼の下心を非難しながらも、ラーラの身の安全を考え、後で必ず会いに行くと約束し、コマロフスキーに身重のラーラを任せる事にした。
そしてラーラが極東に去った後、戦死したはずの夫、パーシャがラーラを捜し、尋ねて来た。ジバゴに会い、ラーラの様な女性が迫害されない世の中を造りたかったと言い残し彼は自殺する。
その後ジバゴは、妻を尋ね、モスクワに着くが、そこでも義父が大学を終れた事で、妻と子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。
そして、手紙が託されていた。
ジバゴへの思いと、無事で自由に生きて下さいと書かれた、ジバゴへのトーニャの深い愛情の文面が綴られてあった。
友人のミーシャをたより、トーニャに会う為、国外に出る協力を頼みに行くが、体を壊しているジバゴと過ってミーシャ自身も愛したトーニャの事を考え、窘められる事になる。
8年後の1922年、ジバゴは心身ともに衰弱していた。残された時間を、医師として、詩人として、自らの魂に誠実に生きるユーリ・ジバゴ。
そんなある日、療養していたジバゴの前を息子とラーラが通り過ぎるのを見るが、言葉をかけようとする時には、彼は人生を終えてしまうのである。
葬儀の日、彼の死を知ったラーラは、ジバゴの亡骸と対面し、息子に「お父さんよ」と教える。「分かってたよ」と答える息子であった。
そこで、友人ミーシャから、ジバゴのラーラへの思いの全てを書き記された詩を渡される。
彼女もコマロフスキーから、離れていたのであった。
そんなジバゴへの思い出の中、外出から帰ったラーラの目に警察の手が回っている事が判る。
その時、幼い息子を逃がす為、「鬼ごっこするから、何処までも走りなさい」と、言った母を、見たのが、息子には最後であった。
また、ラーラも連行される車の中で、二度と会う事がない自由な息子の走っている姿に、ジバゴをダブらせたのか、微かに見守る様な微笑みかけるのだった。
冒頭の父を探すジバゴの少年期、ラストの母から言い付けを守り走り去るジバゴの息子、この二人の孤独な少年の姿が印象的に残る映画であり、また、歴史の流れに、飲み込まれながらも、懸命に生きた女性ラーラの様な強い母の姿もロシアの地に限定する事もなく、何時の時代でも存在し続けるであろう、人の哀れさも感じさせられる様でした。

コメント (8)

「ドクトル・ジバゴ」壮大な文芸大作

2007-07-05 17:05:16 | 映画
ドクトル・ジバゴ・1965年/米/伊
2002年度リメイク版も載せてみました。若干のストーリーの違いがあります。

         
スタッフ
監督:David Leanデイヴィッド・リーン
製作:Carlo Pontiカルロ・ポンティ
原作:Boris Pasternarkボリス・パステルナーク
脚色:Robert Boltロバート・ボルト
撮影:Fred A. Youngフレッド・A・ヤング
SFX:Eddie Fowlieエディ・フォーリー
音楽:Maurice Jarreモーリス・ジャール
美術:John Boxジョン・ボックス Terence Marshテレンス・マーシュ John Boxジョン・ボックス
セット:Dario Simoniダリオ・シモニ
衣装:(デザイン)Phyllis Daltonフィリス・ダルトン
スクリプター:Roy Rosottiロイ・ロソッティ
キャスト
Omar Sharif  オマー・シャリフ (Yuri Zhivago)
Julie Christieジュリー・クリスティ (Lara)
Geraldine Chaplinジェラルディン・チャップリン (Tonya)
Rod Steiger  ロッド・スタイガー (Komarovdsky)
Alec Guinness アレック・ギネス (Yevgraf)
Tom Courtenay トム・コートネイ (Pasha)
Siobhan McKennaシオバーン・マッケンナ (Anna)
Ralph Richardsonラルフ・リチャードソン (Alexander)
Rita Tushinghamリタ・トゥシンハム (The Girl)
Jeffrey Rockland (Sasha)
Tarek Sharif  (Yuri at 8 Years old)
Berard Kay (The Bolshevik)
Klaus Kinski  クラウス・キンスキー (Kostoyed)
Gerard Tichy  ジェラール・ティチー (Liberius)
Noel William (Razin)
Geoffrey Keen  ジェフリー・キーン (Medical Professor)
Adrienne Corri エイドリアン・コリ (Amelia)
Jack MacGowran ジャック・マクガウラン (Petye)
Mark Eden    マーク・エデン (Engineer at Dam)
Eric Chitty (Old Soldier)
Roger Maxwell (Beef faced Colonel)
Wolf Frees (Delegate)
Gwen Nelson   グウェン・ネルソン (Female Janitor)
Lucy Westmore (Katya)
Lili Murati (The train Jumner)
Peter Madden (Political Officer)
解  説
ボリス・パステルナークの長編小説「ドクトル・ジバゴ」です。
以下、カッコ内は、We didn`t start the fireより参照の資料とします。
【詩人、作家。ユダヤ系のロシア(ソ連)人。画家レオニード・パステルナークと、ピアニスト、ロザリア・カウフマンの長男として、モスクワに生まれた。
ヴォリス・パステルナークの父、レオニード・パステルナークは画家であった。
レオニードの展覧会に来ていたトルストイ(ロシアの大文豪、代表作、戦争と平和)は、彼の絵を大層気に入り、後日、自分の執筆中の小説、『復活』の挿絵を依頼する。
ある日、レオニードは「笞刑(ちけい、鞭打ちのこと)の後」というシーンの挿絵を持ってトルストイの元を訪ねる。
トルストイはその素晴らしい出来栄えに涙ぐんだ。しかし、この「笞刑の後」と、いうシーンは不要として、小説から削除してしまっていた。この絵を挿絵として使うため、トルストイは小説の内容を書き換えようとした。レオニードは、自分の絵1枚のためにトルストイほどの作家が、小説のストーリーを変えてしまうなんて、とんでもないことだ、と主張した。しかし、トルストイは、「この絵は絶対に入れなければならん」と、言って譲らなかったという。】
パステルナークの詩を一篇 「風」   
ぼくは終わってしまったが、きみは生きている。そして、風は嘆き、泣きながら森と別荘をゆすっている。
一本一本の松ではなく果てしない遠方から続くすべての木々をゆする。
静かな入り江に浮かぶヨットというヨットをゆらすように。
だが、それは怒りからではなく、強さを見せつけるためでもない、悲しみの中できみに子守歌の言葉を見つけたいのだ。

1958年10月23日、パステルナークがノーベル文学賞を受けることが決定。しかし、ソ連の各メディアからパステルナークの非難が始まる。さらに、パステルナークを国外追放せよ、という者まで現れるのであった。当時は、フルシチョフ書記長の時代では、あったが、
パステルナークは、国外追放を恐れ、ノーベル文学賞辞退したのです。
しかし、フルシチョフは、「ドクトル・ジバゴを読んだが、特に問題があるとは思えなかった」と、回想録の中で述べている様である。
そして彼は、ノーベル文学賞が西側文化を一方的に擁護し東西対立を深めていると抗議した。
ちなみに文学賞辞退は1964年に59歳でノーベル文学賞に選ばれたサルトルと彼の2人だけであり、サルトルは、「どんな人間でも生きながら神格化されるには値しない」として同賞を辞退した。
密かに持ち出された「ドクトル・ジバゴ」は、1957年にイタリアで出版される事となり、大評判を得た後、2007年1月11日に、94歳で無くなられたイタリアの大物プロデューサー、カルロ・ポンティ(ソフィア・ローレの夫)が映画化権を獲得し、ハリウッドのMGMと共同製作に至った。
監督には「アラビアのロレンス」のデビッド・リーンが起用され、同じく「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。撮影はフレッド・A・ヤング、音楽は、映画音楽の中でも屈指の名曲とされる『ラーラのテーマ』は、リーン作品や、「パリは燃えているか」などで知られる名手モーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフが扮し、文字通り彼の代表作となりました。
「ある晴れた朝突然に」のチャップリンの娘のジュラルディン・チャップリン。これも清楚で品格のある演技でした。そして「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティが扮し、奔放な中にも強い意志を感じさせる演技を見せました。最初、製作者カルロ・ポンティはラーラ役に自分の妻ソフィア・ローレンを考えていたようですが、リーン監督がジュリー・クリスティに替えたとのこと。近作のスペクタクル史劇「トロイ」(’04年、監督:ウォルフガング・ペーターゼン)では、主人公アキレス(ブラッド・ピット)の母親役で老いてもなお美しい顔を披露してくれました。「クロスボー作戦」のトム・コートネイは家庭をも省みず革命に命を賭ける冷酷さに徹してます。
ほかに悪徳の顔を持つ弁護士にロッド・スタイガー、デビッド・リーン映画に欠かせないアレック・ギネスが扮します。出演場面は少ないものの、映画全体の語りべとなっています。ラルフ・リチャードソンのオーソドックスな渋さ。以下シオバン・マッケナ、リタ・トゥシンハムなど。製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。
米ソ冷戦時代にあって、ソ連国内では撮影できず、ロケハンはロシアの大草原や大雪原に似た風景を世界中に探し求める事になり、結局、スペイン、フィンランド、カナダで行われています。
そして、「アラビアのロレンス」の大砂漠に勝るとも劣らないロシアの大雪原がスクリーン一杯に見事に結実したのです。                   
あらすじ
冒頭、エフグラフ・ジバゴ将軍(アレック・ギネス)は、ダムの建築現場で働く若い娘トーニャ・コマローバ(リタ・トゥシンハム)に出会った。彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。ユーリ・ジバゴは、エフグラフには、腹違いの兄であった。
ジバゴを知らない彼女に、ジバゴとラーラの激動に生き、翻弄された運命を話し始める。
母を幼くして亡くしたジバゴは、葬儀の日から父の友人であった科学者アレキサンドル・グロメーコ(ラルフ・リチャードソン)とその妻アンナ(シオバン・マッケナ)に引き取られ、育てられる事になる。そして、母の形見であるバラライカを受け取るジバゴ。
19世紀末のロシア。グロメーコ夫妻に実の子同然に育てられ、成長したユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。ジバゴは、街の中フトした時に、近所の仕立屋アメーリア・ギシャールの娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)を見た事で、密かに恋焦がれていく様になる。しかし彼女は、帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。
そんな美しく大人になったラーラに、母の愛人で弁護士コマロフスキーが、目をかけてきたそんなある日、コマロフスキーの愛が娘に移った事を知ったラーラの母は、生活の為に、また、母の心を知っているラーラもコマロフスキーの食事の誘いを承諾する。そして帰りの馬車の中、強引に唇を奪われてしまう。
そしてラーラはコマロフスキーに誘われるままに密会を重ねていく。
娘との関係やコマロフスキーとの関係に悩んでいたラーの母は、自殺を計るが、その時ジバゴは、手当てをした事で偶然にラーラと会う事になる。そこで、ラーラとコマロフスキーとの関係も知ってしまう事になる。
やがて、怒りにも似た、悲しみにジバゴは、おそわれるであった。
そして、革命の嵐が、そんな、ジバゴ達にも近づいてくるのである。ついに、革命派と軍との衝突が起き、パーシャは巻き込まれ、何とか無事逃れ、ラーラの家にが転がり込んできたパーシャは、ラーラに一丁の拳銃を預けて去った。
やがて来たコマロフスキーに、ラーラは再び関係を持たされるのであった。
コマロフスキーは、ラーラに言う。
「男には二通りある。高潔で純粋、表向きは賞賛されているが、じつは軽蔑されている。もう一方は高潔ではないが、生きる術を心得ている」と。
そして、直に「行く所がある」と告げ、出て行ったのである。
折しもクリスマスの日であった。ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、誘惑から逃れるため、彼が出かけたクリスマス舞踏会まで行き、発砲するという事件を起こした。
銃弾は、コマロフスキーを負傷させたのであるが、公にはならずに済む。また、婚約発表からトーニャと一緒に、そこで居合わせたジバゴは、コマロフスキーの手当てをしたが、ジバゴは世俗的なこの男が好きになれないのだった。
茫然と立ち尽くすラーラをその場から連れ去ったのはパーシャである。一方、ラーラは、ウラルに旅立つパーシャと共に行く事をきめる。 
1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ドイツとの戦争が始まり、首都モスクワから軍隊が前線に出発していく。20世紀初頭のこの戦争で敗れたロシア帝国は革命から内乱へと向かう。皇帝を監禁し、レーニンがモスクワへ入る。
「皇帝も地主もない、労働者だけの国になるんだ!」人々は奇声を発した。
そんな激動の最中、軍医としてウクライナ戦線で働くジバゴは看護婦として来ていたラーラと再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚し、パーシャを探していると言う。そして自分もまた家庭を持ち、共に子供もいた。
働く中、二人には当然の様に惹かれ合う様になるが、やがてラーラは去る事になる。
その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。
トーニャと義父アレキサンドルに暖かく迎えられたが、屋敷は地区委員なるものに管理されており、多くの人々が住み暮らしている。世界が変わり、個人の財産は分配されるのである。ジバゴはバラライカだけは取り戻した。
家族の部屋の薪がない。ジバゴが外の塀の板を剥がしていると、目つきの鋭い党幹部に見つかった。それがジバゴの異母弟のエフグラフであった。
二人は別々に育ち会うのは初めてであったが、思想は違えど腹を割って打ち解けあった。エフグラフの勧めでジバゴ一家は、ベリキノにあるアレキサンドルの別荘に移り住むことにした。モスクワからようやく列車に乗り込む一家。列車はモスクワを離れる人々で一杯になっている。悪夢のような苛酷な旅。
ウラル山脈の長いトンネルを抜けたところで列車が止まった。あたりを散策していたジバゴはそこに別の列車が止まっているのを発見する。そしてスパイ容疑で捕らえられたジバゴが会ったのは、人々から鬼のように恐れられている赤軍のストレーリニコフ将軍であった。
だが、この人物こそ戦死したと伝えられていたラーラの夫、パーシャその人である。
「君の詩は好きで読んだ。だが今は違う。君の作風は個人的すぎる。真心だ、愛だ、実にくだらん。もはやロシアでは個の存在など許されんのだ」
ストレーリニコフはラーラがユリアティンにいることも話した。ベリキノの近くである。「革命という大義の前には家庭など塵同然だ!」 冷酷に言い放つストレーリニコフはジバゴを釈放した。今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。
豊な田園風景が広がるベリキノ。山の麓の田舎に着いたが、別荘は革命公正委員会により封鎖されていた。やむなく近くの小屋に住むことにした。
義父と妻トーニャそして息子のターシャ四人の家族で、心豊かに暮らし始める。
ある日、ユリアティンの町へ出かけたジバゴはラーラと再会した。それは、二人を結びつける様な運命でもあった。
彼女のアパートで二人は狂おしく抱き合った。懐かしさもある。こんな辺境の地で巡り合うという驚きもあった。しかし何よりも二人は愛し合っていたのだ。自然の成り行きで結ばれる。
それからのジバゴは時々、トーニャの目を盗んでユリアティンへ出かけてはラーラと会うようになる。
妻には、後ろめたさとすまない気持ちがあるが、ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ジバゴの心は揺れていた。
そして、トーニャの腹には二人目の子が宿っているのを知った時、ジバゴは決心した。
「ラーラ、別れてくれ、いいか、もう来ないからな」 ジバゴは苦しい胸の中、声を絞り出す。
「解るわ・・・貴方に任せるわ・・・」 ラーラの声も涙にむせぶ。
その帰り道、ジバゴは突然現れた赤色パルチザンに捕らえられた。
「軍医が必要なのだ。逃げたら射殺する」
ジバゴは彼らと行動を共にせざるを得なくなった。
だが、無残な戦いを目にしながら、その空しさも知り、目的すら見えない彼は、家族のことが心配でいたたまれなくなったある日、脱走とは、言い難い様な形でその場を離れる。雪の平原を力の限り歩くジバゴ。
そして、たどり着いたベリキノの小屋はもぬけの殻だった。熱にうなされながらユリアティンのラーラのアパートへ・・・そこで彼は意識を失った。
ラーラの看病で意識を快復したジバゴは、トーニャ達一家がパリへ追放されたのを知る。
トーニャの夫への安否を心配する事で、二人は、互いの立場を知ってしまう事になり、トーニャはジバゴがいつの日かここを訪れると確信し、バラライカをラーラに託していた。
ジバゴとラーラはユリアティンで生活を始めた。それは荒廃した中でも楽しい日々であった。
今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラ。
そして、ある吹雪の夜、コマロフスキーが現れた。彼はこの動乱の世で上手く立ち回ったのか、今や法務大臣になっている。
広大な原野の開発のためにウラジオストックへ行くのだと、そして訪問の目的を言った。彼はラーラの夫の失脚により、ラーラは勿論、2人に危険がせまっていると再三話したが、信用しないジバゴに追い出される。
「私を見損なうな!それ程腐った男ではないぞ!」 コマロフスキーは深夜の路上で吠え立てていた。
あくる日、二人は、コマロフスキーの意見に反し、トーニャが去った家で暮らす事にした。
しかし、再びコマロフスキーが現れ、「失脚したストレーリニコフが処刑を前にして自殺したのだ。ラーラの利用価値がなくなれば明日にも銃殺隊が差し向けられる。専用の列車を待たせてあるのだ」ジバゴは彼を非難しながらも、ジバゴは苦渋の決断をした。
自分はともかく、ラーラの身の安全を考え、後で必ず会いに行くと約束し、コマロフスキーに身重のラーラを任せる事にした。
ラーラのお腹には自分の子が宿っているのだった。
ラーラとカーチャ、それにバラライカを馬車に乗せるジバゴ。
そしてラーラが極東に去った。地平線の彼方に消えていく馬車を見つめるジバゴであった。
8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中で、ラーラを見かけ、必死に追ったが自身の心臓病の発作が起き志を遂げずに死んでしまうのであった。葬儀の日には、それを知ったラーラが来ていた。エフグラフは、直にラーラと解り対面し、ジバゴが彼女の為に書き綴った詩集を見せ、ジバゴの思いを告げ、やがて街へと去り行くラーラを見送る。それが、ラーラを見た最後の姿であった。彼女は、捕まり処刑され、亡骸は名前ではなく番号であったと云う。何年か過ぎた今、エフグラフはジバゴとラーラの間にできた私生児 (リタ・トゥシンハム)に、両親の話を終え協力を申し出る。トーニャ・コマローバはラーラの巻頭の写真を見てつぶやいた。「奇麗な人・・・」。
「これがお父さんとお母さんだ」ジバゴの詩集を贈りこう言った。「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。
見送る、エフグラフに娘のバラライカが目に入った。大声で尋ねるエフグラフに、そばの恋人が答えた。「彼女の腕はプロ並みだよ」。
エフグラフは微笑んだ。ジバゴの血が、受け継がれている事を確信したかの様に。

壮大なロシアの大地と自然の中で描かれていく数奇な運命と愛…。
生きていくと言うこと。愛し続けると言うこと。
自分に与えられた使命や、生きる意味…。戦争の虚しさと、平和への願い…。
タイトルバックの絵画の様な白樺からも芸術性が感じ撮られ、モーリス・ジャールによる2人の出会いと別れの哀愁を奏でる名曲「ラーラのテーマ」の美しい旋律と、季節により変化する風景を捉えたデヴィッド・リーンの目の覚める様な迫力あるショット、そしてストーリーにアクセントを与え続けるカメラワークが更にドラマに効果を与え、雄大な歴史描写を背景に、因果関係と溶け込む様な演技からの素晴らしい展開があり、スケールの大きさを感じさせない様な物悲しいさも繊細に、そして綺麗に演出されており、エンディングまでの高揚感を持続させていました。ラストのバラライカのシーンに人間の誇りの様なものも感じられ、文芸的歴史スペクタクルの最高峰と云える大作です。 
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