西洋と東洋の狭間

何かにつけ軌道修正の遅い国で有るが一端方向転換すると、凄い勢いで走り出し今までの良き所まで修正してしまう日本文明

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旧国鉄周遊券の旅(初めに)

2007-04-03 11:32:24 | 国内の旅
旧国鉄周遊券の旅での最初の部分を投稿させて頂きます。

不適切な言葉と思われる箇所が、あるかも知れませんが、当時を反映する事からもご理解願います。又、話を解り易くする為、人物は仮名にしました。

旅行当日は朝早くの出発の為、当時私は大阪市内に住んでいた理由というから、北村は前日から私の家で泊る事になった。
「おばさん、お世話になります」
玄関の方を見れば、ジーパンとTシャツ姿にマジソン・スクウェアーガーデンのロゴ入りの私と色違いのスポーツバッグを片手に提げ、もう一方の手に土産の心算なのか、タダのドーナッツを持ち、既に旅行から帰ってきた様にも感じられる出で立ちで、愛嬌のあるニコニコした顔で、母の前に立っていた。
(普段着以下やな、ニヤニヤしやがって、こいつにしたら今日が実家から離れる初日になるから、旅行の始まりってこっちゃな)
やたら、笑顔と言うより笑っている友人の心の分析をして、少し楽しんでいる自分があった。
「おー、」・・続けて「入れや」と、言おうとしたが、母が先に挨拶をした。
「いらっしゃい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いらっしゃいませ」
この日より数日前、私は某ドーナッツ店のバイト先でオールナイトの勤務についていた。
「お忙しい処、申し訳ないですが、ホームカットとホット二ツづつ頂けますか」
ひと際ていねいで、紳士的な言葉遣いのポッテリと肥えた色白のこの常連客は、おそらくヤクザ屋さんの幹部にも思われ、ほぼ毎日アメ車で、綺麗な婦人と一緒に来店され、酔っ払いや若いチンピラ風の嫌な客が来店する中で、私にすれば、どの客よりむしろ安心出来る、お客でもあり又時間帯でもあった。
厨房に入る開けっ放しのドアー付近では、今日から入った新人のバイトが、軸足を厨房に置き、ビビっている。
(まあ、先輩のバイトとしてええとこ見せとかなあかんな、よう見とけよ)
頼まれたホームカットとホットを持って行けば、指定席の様に決まって座られているテーブルの上には、当時の日本社会では馴染まれなかったシステムで品物より先に価格通りのお金が既に置かれていた。
「ありがとうございます」「失礼します、ごゆっくり」っと、言ってお金を下げる。
その筋の人といった事もあるが、好きなお客には、必要以上に丁重であり、どちらかといえば無愛想な私では、あったが自然と出る笑顔が何よりも物語っていた。
「あ、すんませんな」
時には、励ましの言葉をかけて頂くが、今日は声をかけられない様であった。
様子を見ているであろう新人の方を見る。(どや、見たか・・・お、おらんがな?)
新人のバイトは、厨房に入ってしまっているではないか。
(根性無しやな、って言うか要領かますのが、上手い奴ちゃ)
やや、ムカついて厨房の方を睨んでいるとコンコンと外部ショーケースの上の窓を叩く音がする。
友人の北村が約束した時間通りに立っており、指で奥の休憩場所を指示している。
北村も同じ様にここでバイトをしているのだが、今日は休みであり、今日朝、彼からの電話で、国鉄周遊券で来週から山陰・山陽を旅行する、急な誘いを受け、朝一番に周遊券を購入し、その打ち合わせに来るとの事であった。
「お、解った」心でつぶやく様にした後、指示した休憩所に向う。
厨房に居た新人のバイトに「店の方頼むわ」と、声をかけると予想通りの返事がくる。
「・・・出来るかな」
バイトが続けられるか不安な様である。
(前向きやないな、草食動物みたいな奴やけど、とりあえず励ましといてやろか)
「最初は、皆一緒や、見た目で判断せん方がええで、あの客は一般の客よりええ人やから、大丈夫や。あの人見てみいや、全然平気やろ」
と、指差す方には、ラジオから井上揚水の「心もよう」が流れている厨房で先輩の佐竹さんが力強い振り付けをして歌っている。
「悲しさだけを手紙に詰めて、故郷に住むあなたに送る・・・・・」
最近のファーストフード、いや、当時でもこの店だけかもしれないが、長髪で口ひげを生やし、色つきのメガネをかけた考えられない出で立ちは、深夜勤務専用でもある事からも許されている様にも思われ、男っぽく体育系過ぎるきらいがあるが、その人柄は面倒見がよく、自身それに酔っている風でもあり、私は特に、そのいい恩恵を受けていた。
(相変わらず元気や、歌詞の意図に負けたらあかん気持ちは解るけど、歌以上に、この店にも合わんけど、何か好っきゃなあ)
「おおきに、どうも」
歌っていた声以上の度デカイ声を店の方に佐竹さんが、ぶっ放した。
そして、笑いながら私の前に居る先の見えない新人のバイトに「おい新人、お客さんがお帰りやぞ」
迫力に押され、迷いも覚めたかの様に新人が店の方にすっ飛んで行った。
大きな声で「ありがとう、ございます」
(無理やり吹っ切れたみたいや、大丈夫みたいやなあ)
元気を取り戻した新人を見ている私に「おー、北村来とるぞ」「何処かに行くんか」懲りずに歌ってる途中にもかかわらず、思ったまま聞いてきた。
「あいつと、周遊券で旅行する打ち合わせの為、今日ここで待ちきってたんですわ」と言って開けっ放しの休憩する部屋にはいった。
私の後を追う様にレギュラーの山路さんも歌いながらすぐ後から入ってきた。
「へえー、旅行かええな」「何処に行くの」
既に、北村が旅行の話しをしたらしく、レギュラーと言えど年齢は、二十五、六である団塊世代の山路さんも新しい情報には興味を持ってくる。
「北村が山陰山陽の周遊券を持って来た訳で」
「こいつ、前の日に俺ん所泊まるのに、そん時渡したらええのに、暇やから来よったんですわ」私の図星の言葉に北村が反応してきた。
「お前、折角持って来たったのに、よく言うなあ」
続けて目的の一つを要求してきた。
「オレンジとドーナッツ」
山路さんが、新人のバイトに客でも無い友人のオーダーを通してくれた。
当時の規約では、この様な事は違反なのかどうかは、知らないが店長を始めアウトローの店でもあり、またレギュラーの心遣いでもあったのか、やや自由な、この店の雰囲気は心地よく、バイトとのチームワークも良く、その事が少々レギュラーからの無理な依頼も率先して引き受けた要因にもなっていた。
「注文は、俺が店に居る時に言えや」
持って来てくれた新人のバイトに「悪いなあ」と、声をかけてジュースを飲みほした。
「い、」と、山路さんが言いかけた時「毎度う」厨房から佐竹さんの大声が割り込んで来る。
「中央市場みたいやな」と、私が言えば、必要以上に受ける山路さんではあるが、言った私が引いてしまう程、やはり予想を上回る反応を示し、帽子を飛ばし笑いながら「い、いつから行くの」と勤務表を見ながら山路さんが気を取り直し尋ねてきた。
「急な旅行で、申し訳ないですけど、店長には今日の夕方、言ってあるんすけど」
「あの人は、肝心な事話さないからなあ。北村君も一緒やな」
「おっ、来週やな、代わりのモン入れとるわ」
「良かったあ、もう慌てるわ」
「冗談や、みんな知ってるよ」と、山路さんがニコーっと笑いながら、厨房を見た。
「佐竹さんもしってたんすか」と、厨房に向けて確認をする。
「あったりまえやんけ、お前等の行動は把握済みや」
「ワシ等には、悪い事は出けへんぞう」
留まる事を知らない大きな声で、子供に言い聞かせる様に言ってきた。
拡声器無しの体育舘で喋っている様に、話のイニシアチブを取る大声は、私と云う目標物をも突き抜けて遥か彼方に行ってる。
「何でやねんな、悪い事ちゃいますで」
(あの声に比べ、なんと影が薄い返事やろ)
「そらそうや」ラジオの深夜放送から流れている曲に合わし、曲も変わったのか「こんな時、誰かにほら・・・」
と、口ずさみながら、人差し指を上下し、横に振りながら、相変わらずのパフォーマンスをしながら答えている。
その姿を呆然と三人が見ていたが、気を取り戻した様に、ニヤっとして冗談交じりで山路さんが尋ねてきた。
「ドーナッツ持って帰るか・・・話は変わるが旅行中は、車空くな、貸しといてくれへんか」
当時の私には分相応ではない自家用車を持っており、中古車である為電気系統が弱く、バッテリーは新品のにも拘らずあがってしまうのである。
そんな事からも本当は車で旅行をしたかったのが本音でもあった。
「別にいいですけど、バッテリーが直ぐに、上がってしまいますよ」
それを聞いて、既に新車の自家用車を乗り回していた佐竹さんが、「忘れとった、こないだ見たとこ、ダイナモと違う見たいやし、旅行から帰ってきたら、知り合いの車専門の電気屋を紹介したるわ」
(ええ人や)
「え、ほんま、頼みますわ」
悩まされていた車から開放される気持ちで、旅行の次の楽しみも増してきた様であった。
「借りるのはいいんやけど、その前に癖のある車やから、多分クラッチの遊びが大きいから、慣れんと初めて乗る人はスタート時にノッキングしますで」
と、佐竹さんがアドバイスを山路さんに送った。
「え、そんなら今度練習してから乗せて貰うわ」
確かに、癖のある車で、半クラッチ時は少なめに、しないと滑らかにスタート出来ないのである。
「何泊で、行くの」と、山路さんが本題を聞き出した。
「七泊八日の周遊券で山陰から萩を周って、山陽線に乗り広島なんかを経由して戻ってこようと思ってますねん」
観光地に詳しい山路さんや佐竹さんから押し付けのアドバイスを受け、盛り上がった頃、ドーナッツを揚げながら佐竹さんが、相変わらずの大声で聞いてきた。
「処で、その周遊券って奴は、何処の遊園地でも、タダなんか」
「えー」・・・(何を今迄喋ってたんやろ)
後日談ではあるが、私の驚きとは異なり、その時点では佐竹さんが、公共の乗り物音痴であった事に、初めて知った北村と山路さんの驚きが、言葉に出せなかった様で、佐竹さん同様に私自身も、何とか車を持ち得た喜びから車の事で思考が支配され、国鉄の周遊券は、公共の乗り物の利用が多い北村から聞く迄は、知らなかった。
この時期は車社会に入った日本でもあるが、若くて車を購入出来た者と、それで無い人では行動に伴う好奇心の方向に差があり、その事はそれぞれの情報の差にも当然現われ、一つの優越感もあったが逆に、そんな私に、ありがたい情報を与えてくれた北村と、その日を迎えたのであった。
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旧国鉄周遊券の旅(ろく・広島編)

2006-09-14 13:00:41 | 国内の旅
とにかく、行き当たりばったりの旅は辞める事にした。そうと決まれば早く広島のホテルに予約をしなければならない。
「広島は旅館よりホテルにしようや、ちょっとええ所に予約しょうか」と決めにかかって友人に言った。そしてとどめに「トイレも洋式やど」
ニヤッとして友人が「大分節約したから、パッ行こうか」・・・出発する前に、洋式だったら長時間、納得出来るまで入れるだろうし、思いっきり頑張れる事から、ご互い色んな意味で助かる。しかし、何を下らない事で理屈をこね、納得しているんだと我にかえる。
この友人が、その後に私に言った事で、知らない所に行けば、まず、最初に確認するのは、トイレの位置と申しておりました。その事での情報収集能力は、他の追従を許さないぐらい、瞬時に機能を果たし、この旅の様な迷惑ばかりな事では無く、たとえば彼と土地勘の無い所に行動を共にした場合には、トイレは彼に聞けば必ず教えて貰った事が多々ありました。
そして、そんな事から予約は問題の主役の友人に任せる事にして、私は駅弁を買いに行き無事列車に乗り込んだのである。
広島駅に着いた時は日も暮れていたが、食事は車内で駅弁にて済ませ事から素泊まりでホテルに入ったが、たいして良いホテルでもなく、何がパッと行こうかだ。どんな基準で予約したのか訳が分からない。
トイレも和式で共用とは、むしろ、この様なホテルを見つける方が難しく、凄い事だと変な感心をしてしまう程であった。
肝心の宿泊料金を聞いたが、今までの宿泊料と差がないので何故なのか確認したところ「予約する時に、安いのがあったから」「それだけの理由でか、何がパッとや」と納得出来ない為、再度確認したが・・・「夜に着くんやったら、居てる時間が少ないし、もったいないやろ」・・・今までの旅の癖がまだ取れてないのか。次の適当な言葉が出てこないので、黙っていると、悪いと思ったのか「明日は豪華に行こうや」と続けて言ってきたので、「当たり前や、明日一日しかないんやから」まあ後は寝るだけだから一理あるとも思い、またも的を得た様な得てない様な納得をさせられる始末である。
「暇やし、パチンコでも行こか」と絶好調の男が聞いてきたが、こっちはこいつの為に今日は疲れていたのだが、久しぶりの町でもあり、行く事にしたのだが、いざ歩いていると、柄の悪い兄ちゃんが多いのである。パチンコ屋に入ると益々多い、別世界であった。今でこそ眉毛を手入れしている若者が多いが、その時の周りにいる兄ちゃんは、もっと鋭い眉毛になっており、何が気に入らないのか眉毛に合わし眼光も鋭く、しかも剃り込みの頭であり、ほとんどがそんな感じの有様で、ここの奴等はみんな同じ散髪屋に通ってるのかと思う程、見事に揃っていた。
誤解されては、いけないのですが、私の地元でも夜の繁華街では、この様な雰囲気の場所はありましたが、不慣れな土地であった為か余計に感じたものと思えます。次の日は、勿論の事、変りない観光都市でした。
しかし、その様な分析の余裕はこの時は無く、何時しか、そんな時代錯誤の環境にも慣れ、遊び台の様なパチンコに没頭していると、私から、かなり離れた端の台を打っていた友人が何やら玉が詰まったのか、台を叩いているではないか。
気は強くない友人なのだが、時おり理解に苦しむ行動をする。しかも、こんな柄の悪いパチンコ屋で何をしでかすのか。
しかし、注意をするには遠い為ほっておくと、益々激しくなっており歯止めがきかない、今度は足で蹴ってやがる。んー・・こいつは先の見えない奴だとこの旅で認識したが、その先を行く、真に天下無敵だ。
これから、どんな展開が彼に待ち受けているのだろう。なんて結果は、見えている。まあ従業員が来て怒られよるやろと思って、ほおっておく事にした。
しばらくして、友人の方を見ると、案の定従業員に怒られているではないか、頭を掻きながら真っ赤な顔をして、平謝りである。予想通りの展開に、こちらは可笑しくて、息が詰まる思いである。彼には悪いが友人の無様な姿に笑いを堪えるのがやっとであった。
帰り道、「おい、怒られとったな」と懲りたであろうと思い、にんまりして返事を期待するも・・「ほんま、恐いとこや」・・今頃何言ってるのか「剃り込みの頭の兄ちゃんばっかりやったな」「気付いて、あれかい」もう言う事無しやな、ご立派やこいつは。
「そやけど、チューリップの上の詰まった玉を落とそうと思ったら、あーするしかないやろ」・・今後の為にも教えておいてやろうと思い「その場合は、従業員の人に言えば、ガラス戸を開けて、チューリップに2個程玉入れてくれるわ」友人が不納得げに「水臭いやないか、言ってくれたら良かったのに」
確かに、言ってやれば良かったなと思った。しかし、離れた所に走って助言も何か、不自然で、カッコ悪いとも思え、自身の行動が凄く理解出来る事からも、友人には確かに水臭かった。うなずくだけにしておく。
今日は、友人と仁義無き戦いであったが、友人も汚い話だが、便器無き戦いの一日でもあった。
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旧国鉄周遊券の旅(ご・秋芳洞)

2006-05-24 19:08:17 | 国内の旅
秋芳洞までバスに乗るだけなのだが、トイレの友人はまだ帰って来ない。
「トイレに行った奴の帰りをこんなに首を長くして待つのん、初めてやな」と先発隊の友人が誰に言うでもなく、言ったので残りの我々も「ほんまや」続けて私が「あいつ、トイレ一日の行く回数多い割には、行ったらこれまた長いんや」あまり今の置かれている我々の立場を分かっていない友人に行動を促した。
「捜しに行こう」と同時に各自、散らばる。

トイレは、見つかったが、誰か他の人が居れば名前を呼ぶのはどうかと思いながら中に入ると、幸い視野の中では誰もいない。考えればバスの出発、間近にトイレに行く奴もいないだろうし、ま、捜してる奴もいないだろうと思いながら視野では確認出来ない個室に向かって呼んでみた。「おーい・・・バス出るぞ」「早う、せいよう」ほんま情けない。こいつは、会社に就職して出張する時どうなるんやろ、客先で「トイレに行って時間が遅れました」なんて言えるんかな。アホらしさ次いでに思いながらも、返事が無い。
他を捜すが、トイレなんてそんなに在るわけでもないので、帰っている微かな望みを持って待合所まで戻るが、すでに戻っている疲れ顔の友人が居るだけである。

その二人が言ってきた。「おい等、次のバスで秋芳行って戻って来たら、今日の山陽道の大阪寄り宿泊地に間に合わんから、お前等だけで行ってこいや」「ほんまか」それしか返す言葉がなかった。
しかし、ただ出るバスを見ているだけでは、癪に障る事と運転手にもアホらしさを知ってもらう意味でもと「あかんで元々や、バスの運ちゃんに頼んでみよか」バスに乗り込もうとする私に友人が「何て言うねん」・・・「そのままの理由でええがな」と答えれば、「・・・」と何か言った様だったがステップに足を掛けたまま、止ってしまった。
「すんません、バス待ってもらえませんか」と思い切って言った。「どうかされたんですか」と運転手が愛想よく尋ねてきた。「ゆ、友人があのー、トイレに行ったまま未だ帰って来てないんで少しだけ待ってもらえませんか」運転手の顔から笑みが消えていた。「ちょっと、とはどのくらいですか」・・・んー、そんな質問までは用意していなかったが、ええーいそのまま言うたれ「いつ帰ってくるか、ちょっと今分からんのですわ」運転手の顔と言うか顔に占める目の量が多くなっている「えっ」と言った後「そらー、あかんわ、そんな事で待てません」「やっぱり」と言って、先程トイレに行った友人を捜しに行った際思った、出張時にトイレで遅れた理由としては、相手には通じない事がハッキリしたな、と思いながらバスを降りた。
しばらくして、バスが出発した。

バスが行った後も、何かみょうな疲れからバスの去った後の景色をしばらく見てから、一言「あいつの事言うんやろなあ」・・「クソったれ、って」これがぼんやりしている友人にうけた。二人が笑っている時に、帰って来やがった(くそったれ)が、しかも30分は過ぎていた。
「ごめん、ごめん、バス出てしもうたか」と言ってから例の何時か聞いた一言「あっついわー」それから友人二人のこれからの説明をした「お前の為に、こいつら山陽道の宿泊地に着かなあかんから、秋芳洞には行かんとここで電車に乗って帰るらしいわ」「秋芳洞、見に行かへんの」と(クソったれ)が聞いたから「お前の頭の中の『秋芳洞』見たからもうええんやと」笑いながらうなずく友人と共に、聞きたくもない言い訳を聞いたが、聞いている内に驚愕の事実までとは行かないまでも、生まれて初めて耳にする話であった。実は最初トイレに入り、いったん出たらしいのだが、再びもよおし、鼻紙を買ってから二度入ったとの事だった。どうりでトイレに居なかったはずなのだが、もう突っ込む気力さえ無くなってしまった。
駅に行く先発隊を見送り、こちらは、本当の秋芳洞行きの次のバスに乗る事にした。

バスから降り、行く道の左の石に秋芳洞と書いてある横を過ぎ、清流が洞内から流れ出る上の橋を渡り清流沿いに人工の道が、奥へと伸びている。秋芳洞は予想以上に高く、それに中に入れば涼しく快適である。
少し奥に向かうと、日差しが少なく照明はあるが目が慣れない為か、やや暗く感じるも、神秘的に見える。
秋吉台一帯は太古の海の珊瑚からなる石灰岩と大陸からの土砂等からなり、雨水・地下水により石灰岩が溶かされ出来たもので、色々な自然の造形が点在している。左先に向かい最初にやや広がる「百枚皿」500枚以上はあるらしいのだが、棚田の様にも階段の様にも見えるが、芸術的才能のない友人が「きれいなあ」「溶かしてあんな形に自然となるんやなあ」「湯やったら露天風呂やな」・・・やっぱり。高さ15メートルの「黄金柱」も雄大である「岩窟王」・「幽霊滝」・「岩屋観音」・「傘づくし」・「青天井」等を見学し終わった時はこれらを見られなかった友人の事はすっかり忘れてしまう始末であった。

次に、秋吉台に上がり、この日は風が心地よくカルスト台地を散歩するも夕方遅くになっている。
「次、何処まで行こうか」と友人の言葉に、残りの日が迫っているから「広島まで思い切って行こうや」続けて「大分節約したから、これからの山陽道は贅沢しようや」贅沢と言ってもしれているのだが・・残金を確認している友人に、当時2万円と少しぐらいは残っていた記憶があり「数えんでも十分やろ」すると友人は「お金は分かったんやけれど・・・鼻紙が見あたらへんのや」またか、と思い「おまえには腸がないんか!」すかさず友人は「なんぼ俺でもそこまでせんわい」と逆切れして言ってきた。あこまでした奴が言う言葉かとも思い「何で鼻紙いるんや」・・「鼻かむんや」・・・数秒固まりましたが、その後意味なく二人で笑ってました。紛らわしい奴だがナルホドそういう使い方もあったんだ。

注記
後に、彼は・・過敏症とお医者さんで診断されたそうです、その事を聞き理解しましたが、当時は理解出来なく申し訳なく思いましたが、当時の若い時代の友情のあり方を表現する為に、不適切な言葉がありますが、そのまま記載しました。

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旅・番外編(白馬・学生村)

2006-05-07 16:40:43 | 国内の旅
旧国鉄周遊券の旅(よん)最後の項での「トイレ待ち」につき参考となります同室の友人の以前の行動が少し出ている旅を記載させて頂きます。


高校3年の夏休み、大学受験の為としまして信州白馬の学生村に、10日間の予定で、夜行列車(寝台車ではなく直角椅子)で大阪駅まで三人で出発いたしました。
出発時間まで構内にて時間待ちなのだが、熱さと喉の渇きで家に戻ろうかなとも考えましたが、家の家族は北海道に旅行中で留守であった為即、却下しましたが、結局、死ぬ様な思いと北海道に行けば良かったと往生際の悪さで夜を凌ぎ、(深夜につき何処の駅、列車内での飲み物の販売はなく、他の人は先に用意をしていたみたいでした。もしくは自分達だけが、売られている時に寝ていたのかもしれませんが)夜明けに駅名は忘れましたが、熱いそばを売っていた為、飛びつく様に汁だけを先に飲みましたこの時ばかりは、熱いものでも喉の渇きは癒やされるんだと三人で思わず「うまいわ」の連呼。

最寄の駅に到着しますと、ジープで宿舎の人が迎えにきて下さってました。何でジープなんだろうと思うより乗れた嬉しさが勝って、凄い道のりではあったがシンとした美しい山々や木々の新緑を楽しんで、猛勉強?の意欲も吹っ飛んで宿舎に無事到着。
部屋は布団部屋?なのかロフトの様な(そんな良いものでは決してなく)上の部分に布団がいっぱい積んであったが、まずまずの広い部屋だ。早速周りの景観の清々しさと例の好奇心で、初日と言った甘えから勉強は明日からとし、探索に出かけた。この探索は勉強から離れられる無言の共通意識からその日から結局毎朝、夕続ける事になりました。
同じ様に、宿泊客には駒沢大学のアーチェリー部の合宿の団体が来ておりましたが、食事、おやつの時間にこの人達と重なれば、廊下に下級生が両端にズラリと並んだ中を、年下の我々が通り抜け、食堂の上級生と並んで一緒に食べる訳なのですが、何か仏門にでも修行に来ている様な、重い雰囲気でしたがノウテンキのおかげで見事にクリアー、ついでに勉強のプレッシャーまでも見事にクリアー。9日目に気がつく始末だった。
その様に毎日、バトミントン、キャッチボールと宿舎の置いてあるものを拝借し、この駒沢大学の部員以上に精神、肉体的には充実した日々を送り、自然を満喫し、何をしに来たのか、先の読みが全くないと言った風であった。ここまで馬鹿になれとは言わないが、最近の子供達にはこの位の余裕を持ってほしいものですね。
おやつは、トウモロコシだけでいつも山積みの状態で、4~5年は食べなくてもいい程たらふく食べ、ただ生きる事だけに絞れば規則正しい生活であった。

あ、友人なのですが最初の頃、夕食も済ませ風呂にも入り漫画本(宿舎の借り物)を読んでいますと、その友人がパンツ一つで滝の様な汗をびっしょりかいて、ドアーを開けたんです。一時間程前に部屋から出て行った記憶はあったのですが、漫画に夢中であった為、さして気にもしなかったので、彼の帰って来た状態から又風呂好きな性格から間違いなく「おー、風呂に行ってたんか」と信じられない彼の返事が、返って来るとも知らず声をかける「あっついわー、便所や」一時間は有に立っており、もう一人の友人と、置いてある時計とパンツ一つの友人を何度も交互に見ながら断固信じられない事から再度「お前風呂やろ風呂に行ってたんやろ」と自分にも言い聞かせる様に、確認したのであるが、「ちょっと長かったかな」別に便所が逃げる訳でもないのにそんなに執念を出さなくても、ドラマひとつトイレで見れるな、なんて考えながら返す言葉もなく、今度こそ風呂に行く友人を見送った。
(ちなみに風呂から帰って来た友人の出で立ちは便所帰りと同じであった)

9日目の朝、その友人がいやに荒れており、ぶつぶつ言いながら掃除をしている音で起こされ、よくよく聞いてみると「何をしに来たんや、勉強とちがうんか」と散々自分も遊びほうけていた奴が我々に言ってるのである「お前も先頭切って遊んどったやないか」切羽詰った日に何を言ってるのか、しかし分からんでもないんだが、素朴な疑問をぶつける「しゃーけど、何で掃除やねん」すると「せめて何かきちっとした事せんとな」よう分からんが何となく言わんとする意図は、ぼんやり理解し、全員で掃除後短期集中勉強を午前中のみして、何となく彼のお蔭とも言える小さな達成感で、あくる日に学生村を後にした。


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旧国鉄周遊券の旅(よん・東萩~美祢)

2006-05-05 14:50:43 | 国内の旅
次の日の朝、今日も快晴だ。
昨日問題のジーパンの乾き具合は季節が夏の為、穿けなくもない状態だ。本人は着替えにメンパンを持って来ているはずなのに、例のジーパンを穿きたい素振りで、やや生乾きを気にしているのか迷ったあげく訊いてきた。そんな小っちゃな事はどうでもいい事なので「お前の体温と、太陽で穿いてたら乾くやろ」といい加減な返答をする「せやな」大した疑いもせず決着。

宿泊の勘定を済ませ、出ようとすると後ろから「乾いてた」見ると、昨日風呂場で(洗だく注意)のおばちゃんが意外にもニコニコして立っている。ドキッとする間もなく聞かれたジーパンに何故か二人、指をさし「か、乾きました」 ポケッとしている、先にいた事情を知らない二人の友人を残し、直に出た。

駅前で四人分の貸し自転車を借り、爽快な気分で名所巡りだ。
戦国時代の大内氏、関が原以後の毛利氏、関が原不戦を教訓にしたか、否かは分かりませんが、多くの維新の志士が出た処とは思えない程、長閑な佇まいが点在している日本史の様な土地であるのですが、我々の様な男連れはほとんど無く、女の子のグループとアベックが多く完全に浮いた状態だったが、嬉しかった。
当時、異性に声を掛けるのが関の山状態にも拘らず、女の子のグループが多い、あるいは四人ソレゾレのタイプの子を見れば、何かのお導きの様に忙しく巡っていた有様で、松陰神社・松下村塾(以外と貧相な建物)・東光寺(毛利家の菩提寺)・吉田松陰誕生地(石碑より市内が一望出来眺めが良い)・玉木文乃進旧宅(松下村塾の創立者)・伊藤博文別邸(わざわざ東京から移したらしい)・木戸孝允旧住宅(維新三傑の一人桂小五郎の名でも有名)・円政寺・高杉晋作誕生地(騎兵隊の創立者維新の風雲児が育った所)等の名所旧跡を周ったのだが、その為か今、肝心の名所旧跡の記憶があまりないのである。

余計な興奮状態の頭の熱と昨日菊ヶ浜の海水欲に、この炎天下も手伝った事による体の熱を下げる為、休憩をしながら「不純な考え方の見学は止めて、真ともな方向で行こうや」奮闘努力した甲斐もなく(何処かで聞いたような)が実態なのだが、勝手な言い訳をつけたと申しますか正気に戻りつつ、地図を広げながら次からのルートを三人が座って相談していると、一人自転車の横に立っている友人が、遠くの誰かと話をしている。(相手は女性の声の様だが)「四人の中で俺だけのご指名や」と嬉しいのか得意満面の崩れた顔で我々に言う「四人の中って相手が、見えてんのは、お前だけやんけ」「シャッターの依頼やから止めとけ」と我々の大人げのない返事を聞く間もなく「ア、アハ・アハ」と彼、独特の絶好調時の笑いを残し一人正気に戻っていない友人が消えた。
この件のおかげで、先の方向がハッキリした。

昼も済ませ、立てた計画通り最初は、旧周布長屋門・堀内鍵曲・旧福原家萩屋敷門(萩藩永代家老の城詰め時の屋敷)・天樹院墓所(毛利輝元の墓所及び元隠居所)・萩城跡(春は桜秋は紅葉で美しいのですが真夏の為石垣と堀のみで、仰げば侘びしの気持ちだが天守閣は無し)

萩の感想はまるで萩城跡を見た気分と同じであったが、次の目的地に行く為、東萩駅から長門市そして美祢線に乗り秋芳洞行きのバスが出る、美祢駅に着いた。
幸いな事に秋芳洞行きバスの出発迄15分待ちである。
同室の友人が「時間あるからトイレに行く」と言い残しトイレに行ったのだが、後の事を思えば軽率な返事をした。



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旧国鉄周遊券の旅(さん・萩へ)

2006-04-28 04:16:02 | 国内の旅

萩までの列車は、一部蒸気機関車であったと思う。

その頃の記憶でも、初めての経験だ。この時は先発隊と一緒で四人で向かい合って座っているが横の席には女の子のグループな為、自然と意識するが切欠がない。
そんな、妄想をしている間に汽車は、トンネルの中へ入ったのだが窓が開いていた為、煙がいきなり混入したから大騒ぎだ、他のやはり同じ旅行客はどうしていたか今でも分からないが、とにかく煙い、あわててみんなで横の女の子の窓を閉める。(あわてる中にもみんな冷静だった)次にその辺の窓を手分けして閉めたが、閉め終わったらトンネルから出ていた。なんの為に閉めたのか逆にコモッテしまっている。(たぶん対処の遅れた自分達の周りがひどかったんだろう)「意味、あるんか」と友人に尋ねても後のまつりで、夏の事であるから暑い、おまけに煙い、あわてて窓を開けると清々しい風が入って来る。結局女の子には「ありがとう すいません」で終わって今度は心の中が煙でコモッタ様な。

そんなこんなで、萩駅に着いたのは、同じく日が暮れており、今から旅館捜しに行かなければならないが、遅かった為に人通りがない。「旅館やってないのと違うか」「駅で寝られんかな」と悲観的な意見が飛び交う中、「まあ、取りあえず捜して見ようや」すると「おー前向きや、そうしよう」たいして前向きな意見でもないが、一件目を当たると、「はい、宜しいですよ何名様でしょうか」と軽い返事、あの会話は何だったんだと思いながら、最悪野宿だけは、避けられた。
また、二人部屋を二部屋今度は壁にカーテンがないから無意味な一安心、そして風呂。友人が「ジーパン洗いたい」と言い出すが、「確か何処でも風呂での洗だくは駄目と違うか」とあきらめる様に言うが諦めない「そしたら嗅いでみて」と脱いだジーパンを近づけてきた。・・・・・結局その場で洗う事に意義なしと意識混濁の中思わざるおえなかった。

風呂の中は旅館の規模に合わせて狭いのだが幸い貸切なので、景気よく、生地がごつい為ジーパンを二人で洗い最後に両端を持って絞っていればいきなり戸が開き、「あ、あんたら風呂で洗だくは、あかんやろ」怒鳴って言うおばちゃんが、終わるや否やピシャ閉めた。驚くは・恥ずかしいから隠さなあかんは・おばちゃんだからまあええか、なんて言葉が頭の中を走馬灯の様に流れ、結果しばらく呆然と固まっていた。
友人が「まったく、風呂ではろくな目にあわないな」それは、お前やろ。


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旧国鉄周遊券の旅(に・三瓶山)

2006-04-25 05:27:46 | 国内の旅

大田市の駅に着き、汽車の中で友人と相談した結果、選んだ三瓶山に行く為、バス停に行き時刻表を見て、驚いた事には2~3時間待ちであった。(観光協会からクレームが来てはいけないので、あくまでこれは、昔の話で)今から考えて見ても、どうして男二人で時間をつぶしたか解らない。考えたくもないけどね、とにかくバスに乗り三瓶山に着き民宿へ、まずまず二人にしては広い部屋だ、即風呂に行くが年寄りばかり、当時夏である為スキーのオフなのか、この民宿の限りでは、お年寄りが多かったようだ。咳き込むお年寄りの音響が響中、湯治に来た気分、何故かこめかみに張っておられる黒いサロンパスのようなものが話題になり市販されているのか、いないのか 今でも分からない。とにかく、食事も済み「女の子、見なかったな」なんて、何の目的で旅行してんだか、そんな会話で寝ようと天井をみれば、これまたデカイ蛾がとまっている。羽の幅15センチはありそうな、「重みで落ちてきたりして」なんて真上の蛾を見ながら冗談を言いながら、笑う心の中で実は心配になっていた(動きがおかしい)冗談で言ってた事は、まんざら嘘ではなかったそのままの状態で落下してきた。調度顔の真上だった為だんだん大きくなり目の方に落ちてくる蛾、このまま着地されたら忍者赤影状態になる。そこは若かった ヒラリと交して、「普通、落ちるまで飛ばへんか」なんて、落ちて足を上にバタバタしているドンくさい蛾を見ながらそしてまだ笑いこけてる友人に怒りの質問、
その日は天井を目でチェックしながら赤影の夢(んな訳、ないべ)。

次の日は晴れ、昨日の事が嘘の様な気分と言いたいところ、なんか薄ら晴れ。さっそく動いていないロープウェイを動かして頂きハイキングコース。少し歩くと霧が出て、せっかくの景色が見えないどころか 1メートル先まで見えなくなり、しかし勇気と馬鹿さで前に進む、おそらく半分位はコースを味わえなかったグレーの世界、不安な気持ちで早足で歩くと、前方からハイキングの人達が目に入ってきた、嬉しかったね。先頭の人が「この先行けますか?」と聞いてこられた。
ビビってたなんか言えないし、人と会えた喜び、又さっして道は分かりやすかった事から満面笑みで、「行けますよ」と余裕の返事。安心感から降りるまで会う人会う人明るく挨拶の連発、そのころはすっかり霧もはれ、素晴らしい眺めを満喫しながら、ふもとの牧草地で休憩(上記写真のところ)、今度こそ壮快な気分で晴天の空を仰ぎながら自分だけの世界と思い遠く先の道を見れば、止まったバスから何処かで見た様な奴二人が、こちらを見て手なんか振っている、一日先に出発した友人だ。「あいつら、一日先に出たのに、何処に行ってたんだろう」と話ながら、喜んで手を振りながらくる友人を無視して再び空を見上げながら、しばらくの間の開放感をあじわった。

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旧国鉄周遊券の旅(いち)

2006-04-20 00:00:21 | 国内の旅
学生の頃に、七泊八日の周遊券あり。友人含めを四人で二人づつ二組にして一日のヅレをつくり行き当たりばったりの旅をしました。                                         一日先行した友人とは待ち合わせの約束をした事はないんですが、毎日不思議と何処かで偶然会いましたね 遅れましたが山陰、山陽道の旅だったんですが、相方の(汚い話で申し訳ないです)便所(乗り物を乗る間際に入るんです)の為に、乗り遅れたりして確か萩の手前を 偶然会った先行隊の四人と合流し、夕刻民宿を捜し、田舎道を歩いて野宿かなと思いだした時、素泊まり一泊900円の看板が目に入りました。見つかった安堵感より値段の安さで大喜びだったね。(当時ミスタードーナッツの夜勤バイトが300円、コカ・コーラ助手で一日4200円)行けば フロントにあたる家主の家と泊る民宿とは離れていましたが 何と二人部屋を隣同士、二室借りられ、といっても我々以外誰も宿泊客はいなかったですけれど 『じゃあ、また明日な・・・』と言って、ドアーを開け部屋に入りました。壁が薄いのか隣の部屋の友人とも違和感なく普通の音量で話す事が出来、何故かあえて隣の部屋の友人に(風呂はいるわ)なんて言いながら風呂に入り、入浴後に湯を流そうと思えば、底に栓がないのですよ。仕方なくホーローの浴槽を二人で乾坤一発の力でひっくり返したかと思うと今度は、湯量の多さの為、石鹸からシャンプー、タオルが下部のブリキの壁の隙間から外に流れてしまい今度はパンツ一つで外に捜しに行ったりで ようようベッドに入りましたがベッドは壁につけた状態なのですが、よくよく考えれば全く意味のないカーテンがまるでそこに窓があるかの様に存在し、隣の友人の声がこれまた大きく聞こえるではないですか。おかしいなと同時に、そのカーテンを怖いもの見たさで思い切り開けて目に入ってきたものは、壁があり、見えないはずのない隣の友人がやはり見えないはずの私が突然見えた訳で、驚き抱き合って悲鳴をあげるじゃないですか、こちらも予想外の展開と友人の悲鳴に驚き(わー)って出した事のない悲鳴ともつかない様な奇声を出してましたね。四人の男の情けない声が山野の夜にコダマした一夜でした。 
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