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「ポールとミシェル Paul and Michelle/続・フレンズ」1973

2007-08-05 19:21:44 | 映画
「ポールとミシェル Paul and Michelle/続・フレンズ」1973パリへ、そして・・・カマルグは
イギリス・フランス (1973年度) 上映106分、初公開年度、1974年3月、青春ロマンス映画。配給 Par=CIC。

スタッフ
監督、製作、原案:ルイス・ギルバート
撮影場所:ニース、パリ、アルル:カマルグ
脚本:ルイス・ギルバート、ヴァーノン・ハリス
撮影:クロード・ルノワール
音楽:ミシェル・コロンビエ
キャスト
ショーン・バリー  (ポール・ハリソン Paul Harrison) 
アニセ・アルヴィナ (ミシェル・ラトゥール Michelle Latour)
ロナルド・ルイス  (ロバート・ハリソン)
トビー・ロビンズ  (ジェーン・ガードナー)
ケア・ダレー    (ギャリー Garry)
サラ・スタウト   (シルヴィ Sylvie)
スティーブ・ギルバート (ニック Nic)
カトリーヌ・アレグレ (ジョアンナ Joanna)
アン・ロンバーグ  (スザンナ Susannah)
ジョルジュ・ベレー (ダニエル Daniel)
ピーター・グレイヴス
               
解  説
十四歳の少女ミシェルと十五歳の少年ポールの友情から恋に変わったプロセスを描き、ラストの結末も切ない感じであった、前作「フレンズ」の公開から3年後、その後の二人を描いた 『続フレンズ/ポールとミシェル』 1973年度製作の作品。
設定の18歳といえばパブリック・スクールの最高学年ではありますが、煙草をくわえて車を運転する登場シーンの大人になったショーン・バリーは、カッコよくインパクトもあり、映画と同時進行での面白みを感じさせる。また、期待したアニセー・アルヴィナの美しさは、ますます磨きがかかっていた事からも、逆に時を経た現実を覚悟させ、先への何らかの予感も感じさせる様でもあった。
そんな冒頭から、この作品では、前作とは異なる厳しい現実を描いていきます。
話の本筋は彼らの愛を実社会で育むには、まだ厳しかった事で、ポールとミシェルは残酷なまでに思い知らされる事になり、希望のパリでは、彼が学業と一家の暮らしを立てるために仕事を両立させる日々や彼女の仕事との異なったシフト、そして、そんな中で活発な3歳を育てる厳しさや責任を学ぶ事にもなるが、二人は疲れはじめ、ロマンスは、すり減る様にもなります。
ディレクターは、彼らの新しい人生の対照をなすように「フレンズ」の多くのフラッシュバックを挿入することによって、これらの現実を目立たさせていました。
製作・監督はルイス・ギルバート、脚本はギルバートとヴァーノン・ハリスと前作「フレンズと同じだが、撮影はクロード・ルノワール、音楽はミシェル・コロンビエに変わって担当。
出演はアニセー・アルヴィナ、ショーン・バリーの他、ケア・ダレー、カトリーヌ・アレグレ、アン・ロンバーグ、ジョルジュ・ベレー、サラ・スタウト、スティーブ・ギルバート等々。

あらすじ、その1
ポール(S・バリー)とミシェル(A・アルビナ)はカマルグで引き裂かれ、あれから3年の歳月が流れたが、遭う事も出来ずにいた。
ミシェルと愛娘シルヴィーは修道院へ、英国に連れ戻されたポールは、父ロバートの厳しい監視の中、フランスに残してきたミシェルと、二人のあいだに生まれた娘のことは、一日たりとも忘れる事はなく高校生活も終え、パリのソルボンヌ大学へ進学する事が決まっていた。

残されたミシェルはポールとの別れから、パリの住所へ27通の手紙を書き続けるも、ポールへの思いは届く事が無かったのです。
ミシェルのポールを信じ待つ心に、微かな諦めが・・・。

新学期が始まる前、フランスを巡ると、父に申し出た。ロバートはミシェルを探しに行くのだと察しがついたのだが、ポールはその日から、サイドカー付きのバイクにまたがり、空白の時間を引き戻す様に、ミシェルを捜す旅に出るのであった。
       
ミシェルの叔母の家は引っ越しており、偶然ミシェルがいた修道院で、ニースに行ったと聞き、住所も教えてもらうことが出来た。
ミシェルが働いていたというパン屋、ニースの花市場、主人は「半年ほど前のある日、出て行ったきりだ」と、そっけない。しかし、女子店員が市場で先週見かけたと教えてくれたのだが、そこにも手がかりはなかった。
情け容赦のない現実との時間の隔たりが、ポールの胸を締め付けた事であっただろう。
   
しかし、そんなポールに希望が見えたかに思う事があった。
海で泳いでいると歩道にミシェルの姿を見つけたのだ。ズボンを拾って懸命に歩道に駆け上がったが、ミシェルの姿はもうなかった。その界隈を必死に探し回ったものの、見つける事は、かなわなかったのである。
ミシェルは必ずこの町に居る。諦めずに探していたポールの目に、向かいの交差に立つ、あの愛しいミシェルが映し出された。ミシェルもポールに気づく。
やがて信号が変わり車がクラクションを鳴らし始めるのにも気が付かないぐらいに、二人の間には、現実の空間と時間の空白の存在も無く、見つめ合い、再会する喜びをかみ締めている。そして、届く事が出来なかった思いを取り戻すかの様に、激しく抱き合った。
    
ミシェルはポールを住いに案内したのだが、ポールはそこで予期せぬ状況を知る事になる。
「あたし、今、ギャリーと暮らしているの」
ミシェルは、ギャリー・ウェストン(K・ダレー)という航空会社に勤務するアメリカ人と、同棲していたのだ。ポールの事も話しているからと、夜の食事に誘うのであった。
憤りと、ショックを感じざる終えないポールであったが、承知をする。
そして二人の三歳になる娘シルヴィ(S・スタウト)を保育園で引き合わせたのだが、そこには、ポールをじっと見つめるシルヴィがいた。
ミシェルは「パパがいつか来てくれるって言ったでしょ」と話すが、シルヴィは表情をくずす事はなかった。
その晩ポールは、ネクタイをしてミシェルの住んでいる部屋を訪ねた。ギャリーはラフな服装で気さくにポールに挨拶する。(こいつの英語は全然聞き取れない!)
居たたまれない時間を過ごし、帰る時がきた。エレベーターに乗り込んだポールが振り返ると、ギャリーが親しげにミシェルの肩を抱いている。
       
3年と云う時間の隔たりは、こうも苦しい現実を自身に与えるのか。しかし、それは受け入れなければならないのである。そんな気持ちは、ミシェルに会う事で、少しは和らぐのでもあるかの様に、町のカフェでミシェルと会った。一方ミシェル自身もポール以上に酷な出会いでは、あったのだが。
二人で会えば以前のままではあり、その事が余計に二人を苦しめる様でもある。
ポールは、ミシェルに目隠しをしてすてきなところに連れていくと言う。そしてバイクの後ろに乗せて自分の安宿に案内した。
目隠しのミシェルにヴィクトリアホテルの大理石の玄関だと言う。宿の女将は、そんな二人を見て、ミシェルにカウンターのバラを一輪くれたのだった。
ポールとミシェルは長く共に信じる事でしか味わえなかった変わらぬ愛を、求め合った。そこには何の存在もなく、二人だけなのである。その為時間の経つのも忘れてしまったミシェルは、あわてて部屋を飛び出さなければならなかった。ギャリーが帰ってくる11時までには戻っている予定であったのに帰り着いたのは1時になってしまっていた。
           ミシェルは正直にポールといたと話す。ギャリーに聞かれ、寝たことも否定しない。
「お互いを求めあってたのよ」
ギャリーはカッとなって、「よかったか」と、聞く。
ミシェルも「よかったわ」と、答える。
当然の口論でもあった。ミシェルには、突然の展開であり、近い先に決めなければならない残酷な判断に苦しむ。
そして「どうしていいかわからない」と、涙を浮かべてギャリーの胸に飛び込むのであった。しかし、何時もポールがミシェルの人生の真実の恋である事も知らされた瞬間でもあった。
その事は、ミシェルにとって、ポールこそ忘れ得ぬ人であったのです。
ギャリーは、今はミシェルを理解する事で、大人として去る事を選びます。

親子三人は想い出深いアルルの田舎屋を訪ねる。畑も、野原も、野を駈ける馬も、何ひとつ変わっていない。夏の太陽のもとで、ポールとミシェルの間に、三年前の暮らしが、昨日のごとく蘇る。
           
シルヴィもポールに懐いてきたある日、ピクニックに行く途中でギャリーに出会った。
わざわざ車で訪ねてきたのだ。シルヴィはギャリーには父親のように懐いており、ギャリーが駆けっこをしてシルヴィと遊ぶ姿にポールは面白くもなく、シルヴィとの関係には時間の空白が大きく横たわるのを感じる。
        
ミシェルにも気になることがあった。
医者に妊娠を告げられたのである。ギャリーの子だった。中絶を頼んでも、医者は違法だと認めてもらえないのであり、一人この苦しみをかかえていたのだ。
やがて、願っていた家族一緒の、つかの間の幸せな生活も終わりを告げる日が来た。

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6 コメント

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こんばんわ (kju96)
2007-08-06 22:08:23
駆け落ちして子供まで作った少年と少女、
ポールとミシェルの三年後の物語でしたね。
懐かしいですね。
SUKIPIOさんは「続フレンズ」でアスカパパは「冒険者」
ルイス・ギルバート監督特集みたいですね。
メルヘンめいた前作と違って、厳しい現実の中で色あせていく愛の物語、懐かしい学生時代が広がった感じです。
この頃のフランス映画も切り離せない青春時代でした。
本当に、学生時代が、蘇りました。 (SUKIPIO)
2007-08-07 19:08:38
kju96さんには、何時もコメントを頂きまして、有難うございます。

アルルの街とローヌ川。
撮影現場も様変わりしたかもしれませんが、大きい石造り、2000年も前に作られて、今も闘牛が行われているというのが、安心出来る様です。そして、カマルグの自然は、変わらず、素晴らしい様ですね。
この作品をUPする事で、大人の感覚が消え失せてしまった感じでもあり、その当時に近い感覚で、描けた様にも思います。
そんな事で、私には、何か、引っ掛かるモノを感じ、残してきた様な作品でした。
正直な生き方 (ミーシャ)
2007-08-10 00:48:12
SUKIPIOさん、こんばんは。
3人とも、それぞれ戸惑いながらも正直に生きてますね。修羅場というものがないのはフランス的なのでしょうか? ギャリーはあっさりし過ぎてません?(笑) 続編のある作品は、どうしても前作にとらわれてしまい、物足りないような気になりがちですが、いかがでしたか?
アニセーとそして『続・フレンズ』 (Bill McCreary)
2007-08-10 05:00:10
はじめまして。

73~74年頃のアニセー・アルヴィナって本当にきれいだったと思います。笑う人もいるかもしれませんが、「絶世の美女」くらいの美人だったとすら思います。(父方の)イラン人と白人の美しさが程よくまざっていました。この映画を見ていると、アニセーとショーンで、前作と比較してもちょっとショーンの方が格が落ちちゃったなとそんな気がします。

内容は、メルヘンのような前作と比べるとだいぶ辛口ですが、ちょっと中途半端になってしまったかなと。前作のような鮮烈な愛の姿を示せませんでしたが、やはり多くの方が指摘しているように、おそらくギルバート監督には3作目の構想があったのではないかと思います。この作品があまり評判がよろしくなく、実現できなかったのかもしれません。

話は違いますが、この映画は日本ではビデオ化すらされていないのは残念ですね。私は米国版のビデオを持っていますし、日本の地上波で86年だかに放映された時のビデオもありますが、やはり『フレンズ』とのカップリングでDVD発売をしていただきたいものです。現状では、『続・フレンズ』は見るのも困難です。

最後に、昨年アニセーが亡くなってしまったのは、とても残念です。作品に恵まれず、実力を出せなかった女優さんだったなと思います。彼女の死を追悼する意味でも、この映画のDVD化を待ちたいと思います。
こんばんわ、ミーシャさん。 (SUKIPIO)
2007-08-11 17:54:05
早速、コメントを頂きまして、有難うございます。
男の私の立場から、申しますと、ギャリーとの同棲は、ポールには大変厳しい現実であったと思います。
また、下世話な言い方ではありますが、それ程ギャリーにおきましても実際、優位な状況では、あったと考えられます。
勿論、ミシェルの心にポールが存在している事を感じた事からなのでしょうが、ポールの強い思いからの行動が、影響したのかもしれませんが、仰る通り、大人としての考え方=あっさりと、彼が身を引いた事、そしてシルヴィーの親がポールである事は、ポールの合わせ技、一本勝ちともなったのでしょうね。
うっかり観ていましたが、一般的には、大変な状況の変化だったのですね。
こんばんわ、Bill McCrearyさん。 (SUKIPIO)
2007-08-11 17:57:35
続偏にもコメントを頂きまして、有難うございます。

仰る様に、考察しますと、後を残す終り方とも云えますね。
でも、何故3作目は撮らなかったのでしょうか。
やはり、この物語の流れからは、2作目どころか1作目まで台無しになるおそれも感じざる終えない、作品の完結としては難しいとの判断があった様にも想像されますね。
「フレンズ」と「続・フレンズ」各テーマからの評価の落差が、ある意味「フレンズ」のみで終る事より、1作目「フレンズ」の作品を際立たせる事にもなり、そんな落差から哀愁にも感じられた二人の人生が、むしろ以後の期待感を増幅させるに至り、それに応えるには不可能な事からストーリーを進める事より、今の様なそれぞれな思いに任せた状態に二人を生かる方向にしたのでは、とも考えられないでしょうか。
そんな、狭間でのアニセ・アルヴィナや、ショーン・バリーの映画人生でもあったのかもしれません。
そんな、アニセ・アルヴィナが以前と申しましても、かなり昔なのですが、来日した時の事を覚えています。
確か、テレビにも出演していた様に、思いましたが、日本に来る事では、スターの道を間違いなく登りつめる事と信じていましたが、あれから身近に感じた情報がなくなった事では、気がかりではあったのですが、そんな希望から考えますと、残念な結果でもありました。
また、「フレンズ」が、彼女の後の映画人生には、良い影響を与えなかったのかもしれませんが、やはり、あの作品でのミシェルが彼女の原点である事は、確かな事であると同時に、この東の果ての国にも、彼女について知らされない事も多かったのですが、53年の彼女の人生を受け止める数多くの彼女の影響を受けたファンがいる事には、変わりがない事実でもあり、女優としての役割は十分過ぎるモノがあったと云えるでしょう。
「フレンズ」の出演と共に彼女が誇らしく思えるかは、解らないが、そんな我々の思いが天国の彼女に少しでも安らぎを与える事が出来るならば、彼女の為には、それで良し、と信じたい。
そして、3作目と共に永遠のアニセ・アルヴィナに感謝したいですね。

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