現代文化の快楽

60年代に東大の文系・理系の大学院生がコラボして、他大学にも声を掛けて、横断的に作っていた現代文化研究会へのオマージュ

盤側掲示板について(2)

2013年11月27日 | 随想録

今回のハプニング,(私は普段なら「椿事」と呼ぶところですが,その語感が新たな「憎悪の増幅」を招くかもしれないので,昔或る本質的な学問と大学の基本政治に絡む大争いになった時に,先方の長になっていた,二〇歳は年長だった或る学士院賞受賞者が使った言葉に,流石に大学闘争の時代の中を一流学者として尊敬を失うこと無く切り抜けて来た人の上手い表現だと感心したことを思い出しながら,今回応用してみました.この方は,結局私のグループとの「学問と大学の基本政治に絡む大争い」が負担になって,60代前半の若さで亡くなりました.合掌),盤側掲示版で,日頃は隠れていた様々な「良識」や「憎悪」を掘り起こす契機になったようで,実に興味深いものが有ります.

望ましいことは,これが盤側掲示板の主宰者と参加者達の相互理解を増し,新たなスィング・レベルに到達することでしょう.(陳腐で申し訳ありませんが,雨降りて地固まる.)

そこに今回の当事者の一方(他方は管理人兼主宰者ご自身!)である私が,詫びを入れてでも,(一応)円満復帰出来れば,更に良し.

というわけで,あまり刺激的な言葉は使わないで(と言うより,そもそも読者諸賢が想像しておられる以上に私は言葉については,絶えず将棋掲示板や広くネットに於ける匿名乃至筆名†による発言や表現の限界を探りながら書いて来たものです.),書き進めることに致します.

(本題に入る前に仕事に出る時間が来たので今朝はここまでにします.)

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† 匿名と筆名と実名のそれぞれの効用については,別の機会に取り上げる.