11/22 月曜日
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寒くもなく暑くもなく・・東京の空の下から発信です。
かじりついてでも・政権を運営していく。
・・・何について・・・かじりついて行きたいのか・・・!!??
見えてこない。
昨日・11/21日・日曜日・・・徳川15代将軍に会いに行った。
家康以来の権謀術数家と言われたあなたが、西郷さんや、大久保さんに負けたってことなのでは? 小生
大政奉還? そんなもん、坂本龍馬が一人でやったんだろっ。 徳川慶喜
大政奉還は確かにわしの案じゃきに。でも、それを実施してくれたのはこの慶喜公ぢゃき。自分で自分の地位も名誉も、さらには270年も続いてきた幕府をも捨てることが出来ちゅうは、この慶喜公をおいて他には絶対おらんぜよ。
自分の権力・権限を失いたくないために改革をことごとくつぶそうとする、
平成の御代の官僚達を見ればその困難さがわかろうというものぢゃ。 坂本龍馬
面と向かって誉められて照れてしまったようです。けっこうシャイな方なんですね。
たいした謀臣も持たず、たった一人で反幕府派と戦った慶喜。
歴代の徳川家でそれが出来たのは家康と慶喜ぐらいだと言います。
その慶喜が、大政奉還を受け入れたことについて、
いまなお多くの疑問が残っています。 インタビュー後/小生

大政奉還(たいせいほうかん) [ 日本大百科全書(小学館) ] .「大政」とは天下の政(まつりごと)の意で、第15代将軍徳川慶喜(よしのぶ)が1867年(慶応3)10月14日、徳川氏265年間の政権を朝廷に奉還し、翌15日、朝廷がそれを勅許した幕末期の一大政治事件をいう。


1913年11月22日/77才で没した。
すなわち・・・今日が命日である。
わが国の指導者・・・官邸にいるお人は・・・大政奉還は・・いつですか!!??
・・・因みに、徳川慶喜公は、徳川稜の墓に入らず・・・徳川慶喜家を単独で建てた。
責任を・・負っての事だろう!!
神道・・・棺に収まり・・・横になって土葬。過去の14人の将軍のように、足を組まず・・・座ったままの埋葬ではない。
墓地の周りには・・・サカキ(榊、Cleyera japonica)は、ツバキ科サカキ属の常緑小高木。神棚や祭壇に供えるなど、神道の神事には欠かせない植物である。
・・サカキではないらしい、似たようなツバキ科の一種らしい。
青々と3㍍~4㍍、あったような木々が・・数十本。・・・立っていた。
寛永寺をいく。・・・次回は明日。


かじりついてでも・政権を運営していく。
・・・何について・・・かじりついて行きたいのか・・・!!??
見えてこない。
昨日・11/21日・日曜日・・・徳川15代将軍に会いに行った。
家康以来の権謀術数家と言われたあなたが、西郷さんや、大久保さんに負けたってことなのでは? 小生
大政奉還? そんなもん、坂本龍馬が一人でやったんだろっ。 徳川慶喜
大政奉還は確かにわしの案じゃきに。でも、それを実施してくれたのはこの慶喜公ぢゃき。自分で自分の地位も名誉も、さらには270年も続いてきた幕府をも捨てることが出来ちゅうは、この慶喜公をおいて他には絶対おらんぜよ。
自分の権力・権限を失いたくないために改革をことごとくつぶそうとする、
平成の御代の官僚達を見ればその困難さがわかろうというものぢゃ。 坂本龍馬
面と向かって誉められて照れてしまったようです。けっこうシャイな方なんですね。
たいした謀臣も持たず、たった一人で反幕府派と戦った慶喜。
歴代の徳川家でそれが出来たのは家康と慶喜ぐらいだと言います。
その慶喜が、大政奉還を受け入れたことについて、
いまなお多くの疑問が残っています。 インタビュー後/小生

大政奉還(たいせいほうかん) [ 日本大百科全書(小学館) ] .「大政」とは天下の政(まつりごと)の意で、第15代将軍徳川慶喜(よしのぶ)が1867年(慶応3)10月14日、徳川氏265年間の政権を朝廷に奉還し、翌15日、朝廷がそれを勅許した幕末期の一大政治事件をいう。


1913年11月22日/77才で没した。
すなわち・・・今日が命日である。
わが国の指導者・・・官邸にいるお人は・・・大政奉還は・・いつですか!!??
・・・因みに、徳川慶喜公は、徳川稜の墓に入らず・・・徳川慶喜家を単独で建てた。
責任を・・負っての事だろう!!
神道・・・棺に収まり・・・横になって土葬。過去の14人の将軍のように、足を組まず・・・座ったままの埋葬ではない。
墓地の周りには・・・サカキ(榊、Cleyera japonica)は、ツバキ科サカキ属の常緑小高木。神棚や祭壇に供えるなど、神道の神事には欠かせない植物である。
・・サカキではないらしい、似たようなツバキ科の一種らしい。
青々と3㍍~4㍍、あったような木々が・・数十本。・・・立っていた。
寛永寺をいく。・・・次回は明日。