私は一人娘で重箱入り娘です。
兄弟はいません。兄弟ってどんなものかも知りません。
一人遊びは得意でした、一人何役もしての着せ替え人形
よほど気が会わない限り誰かと遊ぶのは至難の業。
保育園時代は黙って誰かが誘ってくれるまで待つ子ども。
自分から「遊んで」とか「入れて」とか言いません。
受身体制の子どもだった。
ある日先生がそんなことでは「がーこちゃんの為にならない」
私が自分で「入れて」と言わなければ遊んではいけません令が出た。
みんな、先生の言うことに従い声をかけてくれなくなった。
スクールバスなど無い時代保育園児がバスの定期を持って通っていた。
あの頃はバスガイドさんがいたから可能だったのかもしれない。
みんなが遊んでいる所で黙ってみているとバス仲間が誘ってくれた。
周りのみんなが「入れてって言わなかった」と言うとその子は、
「言ったよ、小さい声で」と庇ってくれた。
残念ながら小学校は別だった。
ところで、話は飛びます現在へ・・・・・・。
最近前向きに考えられるようになって、
せっかく「笑顔君」に貰った3年間で青春を取り戻そうと考えた。
青春って言っても「日程君の母になると決めて封印したものを解くだけ」
不器用な私はいっぺんに二つのことが出来なくて
「日程君が壊れ始めた時」に大好きな漫画本を全部箱に入れてしまった。
絶対買わないことを胸に誓い(大げさ)ました。
笑顔君の送迎を母に頼み、日程君が小学校に上がる時から日程君だけの
母になるつもりでした。
学校について行って日程君が安心するまで教室にいました。
なにせ、7人の大所帯で先生の手も足りない目も届かない状態で、
おとなしい日程君にまで手が回りませんでした。
1時間めが9時半に始まっていました。
でも楽しかったですよ、一緒に遊べて・・・・。
日程君の母になると言いながら笑顔君の親の会の役員までして
役員は2年間で辞めさせてもらいました。
ええと・・・・・話が・・・ややこしくなってきた。
何を一番言いたいかと言えば、もしかして私は一人しか子どもを育てられない人だったんじゃ
ないのかなってふっと思ったもので・・・・。
たまたま二人とも障碍を持って産まれてきたけど、
もしかして普通の子でもダメなんじゃないかってふっと思った。
でも母が「出来ない人ががんばったから日程君がこんなによく育ったんだよ」と言ってくれた。
笑顔君に貰った3年をもっと日程君に使った方がいいかなと思ったけど
やっぱり母が「子どもが居ない時に、漫画も読めばいい、ゲームをすればいい。
そして、リフレッシュして日程君の相手をしてあげればいいじゃない」と言ってくれた。
「あんたが頑張って育てたからばあちゃんでも相手に出来るんだよ」と言ってくれた。
最近反抗期な日程君に前向きに考えられて居た私が後ろ向きに戻るところだった。
なんだか支離滅裂な文章にお付き合いしていただき
でございます。
兄弟はいません。兄弟ってどんなものかも知りません。
一人遊びは得意でした、一人何役もしての着せ替え人形
よほど気が会わない限り誰かと遊ぶのは至難の業。
保育園時代は黙って誰かが誘ってくれるまで待つ子ども。
自分から「遊んで」とか「入れて」とか言いません。
受身体制の子どもだった。
ある日先生がそんなことでは「がーこちゃんの為にならない」
私が自分で「入れて」と言わなければ遊んではいけません令が出た。
みんな、先生の言うことに従い声をかけてくれなくなった。
スクールバスなど無い時代保育園児がバスの定期を持って通っていた。
あの頃はバスガイドさんがいたから可能だったのかもしれない。
みんなが遊んでいる所で黙ってみているとバス仲間が誘ってくれた。
周りのみんなが「入れてって言わなかった」と言うとその子は、
「言ったよ、小さい声で」と庇ってくれた。
残念ながら小学校は別だった。
ところで、話は飛びます現在へ・・・・・・。
最近前向きに考えられるようになって、
せっかく「笑顔君」に貰った3年間で青春を取り戻そうと考えた。
青春って言っても「日程君の母になると決めて封印したものを解くだけ」
不器用な私はいっぺんに二つのことが出来なくて
「日程君が壊れ始めた時」に大好きな漫画本を全部箱に入れてしまった。
絶対買わないことを胸に誓い(大げさ)ました。
笑顔君の送迎を母に頼み、日程君が小学校に上がる時から日程君だけの
母になるつもりでした。
学校について行って日程君が安心するまで教室にいました。
なにせ、7人の大所帯で先生の手も足りない目も届かない状態で、
おとなしい日程君にまで手が回りませんでした。
1時間めが9時半に始まっていました。
でも楽しかったですよ、一緒に遊べて・・・・。
日程君の母になると言いながら笑顔君の親の会の役員までして
役員は2年間で辞めさせてもらいました。
ええと・・・・・話が・・・ややこしくなってきた。

何を一番言いたいかと言えば、もしかして私は一人しか子どもを育てられない人だったんじゃ
ないのかなってふっと思ったもので・・・・。
たまたま二人とも障碍を持って産まれてきたけど、
もしかして普通の子でもダメなんじゃないかってふっと思った。
でも母が「出来ない人ががんばったから日程君がこんなによく育ったんだよ」と言ってくれた。
笑顔君に貰った3年をもっと日程君に使った方がいいかなと思ったけど
やっぱり母が「子どもが居ない時に、漫画も読めばいい、ゲームをすればいい。
そして、リフレッシュして日程君の相手をしてあげればいいじゃない」と言ってくれた。
「あんたが頑張って育てたからばあちゃんでも相手に出来るんだよ」と言ってくれた。
最近反抗期な日程君に前向きに考えられて居た私が後ろ向きに戻るところだった。
なんだか支離滅裂な文章にお付き合いしていただき

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