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ゆっくり、のんびり、あせらずにやるしかない

波乱万丈な日々も落ち着いてきたと思っていたら
母がアルツハイマー型認知症になりました。

笑顔君の物語(2)入院日記

2025年02月11日 12時58分59秒 | 障碍の違う兄弟

市民病院最初の入院の時は

MRIもCTも脳波も異常なしで

部分複雑発作の乳児性のてんかんで

間違いはないでしょうだった。

約2か月の入院で退院

そして退院して2週間で

また入院したのが生後4か月

専門医の予想をはるかに超え

救急救命センターに移動となった。

 

2月27日

見た目には何でもないが

脳波を見るとけいれんが起きていて

このままの治療ではおそらく止まることはない

人工呼吸器をつけてのネブンタール2mgに増量

2~3日様子を見ることになった。

普通のてんかんならこれで治るのに

珍しい例だと言われる

代謝異常があるかもしれないとも言われた

主治医の話では

2日間脳を休ませ、けいれんがおこらなければ

薬を少しずつ減らして行く方針

左手以外点滴2か所、注射2か所

脳波の機械、心電図の機械

人工呼吸器、などなど

ネブンタール4mgになっていた。

 

2月28日

代謝異常は、検査したもの以外に欠陥があれば

治療法はないらしい

見た目も脳波もけいれんが無い

明日から薬を減らして行く

けいれんが出れば他に病気があるはずだと

けいれんが治まらないのは脳のために良くない

 

3月1日

昨日の夜からネブンタール2mgに減らし

チューブで飲み薬を始めた。

見た目のけいれんは無い

脳波は少し右後頭部にけいれんが残っている

明日から少しずつ麻酔を覚ましていく

2~3日麻酔の影響が続く

その後にけいれんが起こらなければ良いが

けいれんが起こるようなら麻酔を増やして

また脳を休ませて治療するとのこと

知能は遅れる

今までの飲み薬は効果がないので

エクセグラン以外は別の薬2種類加える

今日明日にMRIをする

CT上少し脳が縮んでいるが

この頃の赤ちゃんには多いから大丈夫

代謝異常については血液、尿検査も異常なし

てんかんの原因がわかるのは2割

脳炎・頭の怪我・仮死

その他は今の医学上原因不明

特殊な代謝異常も考えられる

飲み薬を飲んでいてたまに少しあるのはいいが

笑顔君のような場合は、脳に影響が残る

最悪の場合は、重度の肢体不自由と知的障がいになる

 

3月2日

麻酔1㎎に減らした。

脳波ではたまにけいれんの波はでるが

ほとんど変わりはない

自発呼吸が出て来て時々動く

明日から麻酔を辞める。

今までの薬は全くダメなので

別のものを試していかなければならない

MRIの検査異常なし

多分特発性のてんかんで

重責状態になってこうなったとのこと

専門医によれば、テグレトールの副作用

 

3月3日

面会時間になるのを待って行くと

呼吸器が取れていた。

少しゼロゼロして熱もあった

酸素テントに入っていた。

ICUからCCUに移動していた。

手でチューブを引っ張るらしいので

手袋されて、シーツにクリップで止められていた。

夜、担当医の説明を聞く

右後頭部に小さい波がある

このような重責状態になるようであれば

重症なてんかんでしょう

ちょっとでもけいれんがあると

きっとたまには、

頭全体にけいれんが広がるのでしょう

けいれんが続くってことは

脳細胞が壊れて行くということ

今までの薬は効果が無いので

副作用の少ない薬を使いましたが

ゼコゼコが強くなったりしてダメだった

デパケンと副作用を抑える薬を使っていきます

副作用を抑える薬は保険がきかないが

たぶん病院の持ち出しになる

 

3月4日

昨日人工呼吸器を外したのは

これ以上つけていると他の体の部分に

副作用が出てくるからと

自発呼吸があるから

酸素テントは加湿が必要のため

ベットまた移動

面会に行くと

にゃーにゃー泣いている

目つきが変で、視線があわない

寝ているときは、

けいれんの波は小さくなってきたらしい

 

3月5日

明日からチューブでミルク30cc与える

けいれんは、少し治まってきた

夜面会に行くと怒っているようだ

ブーブー声にならない声で

両手がクリップで止められているので

身動きができないし

お腹が空いたのかもしれない

抱っこも出来ないし散歩も出来ない

私をうらめしそうに見ている気がする

「笑顔君。先生が抱っこしてもいいって

 言わないと抱っこ出来ないんだから」

と言うと、少しおとなしくなった。

手を握っていろいろ歌を歌って聞かせたら

じーと私を見て静かに聞いて眠り始めた。

でも、時々目を開けて私がいるのを確かめて

また目を閉じてを繰り返す

面会時間が終わる頃

「おやすみ、、また明日」と言って帰ってきた。

 

3月6日

午後小児科病棟に帰ってきた。

ブーブー怒っている

「まだ抱っこして散歩は出来ないよ」

と言ってきかせる。

ミルクをチューブで50cc飲ませると

おとなしくなった。

けいれん有り少し熱があるからかも

けいれん止めの座薬と

眠り薬を飲まされて就寝する。

左手の点滴外れる

機嫌が悪く笑わなかった

 

3月7日

朝早く目覚めて

ちょっとだけ抱っこする

1時間に1回5分間けいれん

ミルク1回50ccを4回なので

お腹が空くのか機嫌悪し

 

3月8日

お腹が空くと「ん~ま」と言う

泣いているのをあやしても

どこか上の空

抱っこをするが後ろにのけぞって

上手く抱っこ出来ない

やっとつぶらな瞳に戻ることが

多くなってきた。

でも左によっている。

後は、笑って

 

3月9日

薬5種類チューブから

ネルボン・フェノバール

デパケン水薬・エクセグラン

整腸薬

1日2回

ミルクは50ccを5回

 

3月10日

やっと口からミルク飲む許可出る

ただし、80ccを3回

夜から120ccになった。

デパケンとエクセグラン中止になる

寝返りしようとしている

 

3月11日

肝機能が悪くなってきたのでデパケン中止

脳波、だいぶ良くなってきたが、

まだ、けいれんの波はある。

見た目のけいれんもあまりない

点滴が取れた

ミルクが自由に飲めることになった。

鼻のチューブも心電図モニターも

水分の点滴がなくなったので

水分補給を十分にとるように言われる

 

3月12日

今日は、眼科受診異常なし

 

3月13日

デパケンを辞めたからか

けいれんが増えてきた

東京の精神衛生センターの先生の診察

抱っこすると反り返ると言うと

神経に障がいが出たのでしょうと言われた。

表情が豊かになって来た

ちょっと笑うようになった。

 

3月14日

デパケンを飲んでた頃は

ぼーとしてることが多かった。

薬が効いていないのか

よく笑うようになってきたし

お昼ごろから、けいれんが増えてくる。

 

3月15日

指しゃぶりするので

せっかく飲んだミルクや

薬を吐いてしまうことが多い

飲んで30分くらいは

指しゃぶりさせないようにする

今日はけいれんは無かった。

 

3月16日

今日は、けいれん多し

笑顔君一生懸命に寝返りを

しようとしている

 

3月17日

ネルボン増量になる。

夕方からけいれん始まる

 

3月18日

毎時間、30~1時間間隔でけいれん

笑顔君まだ若いのに白髪1本

ちっちゃなハゲが~~~

 

3月19日

難治性のてんかんなので

薬が効かない

今使える飲み薬はない

ACTHホルモン注射することになった。

副作用は

顔がぽっちゃりになったり

血圧・体の電解質が変化するらしい

笑顔君どんどん機嫌が悪くなり夜寝ない

顔色も悪い、目の下にくま

 

3月20日

白色性の下痢症になる

熱も出てきた、のども赤い

 

3月21日

横向きがじょうずになってきた

専門医の先生「がんばってくれよ」

けいれんは無い

 

3月22日

けいれんは無いが

下痢は止まらない

うつぶせにすると

頭が少し持ち上げられる

専門医の先生「期待してます」

うがい薬で口の中を拭くことになった

朝・昼・夜・寝る前の4回

できればミルクの前に

得意満面で背泳ぎのように

手足パタパタしていたのに

動かなくなって笑顔も消えた。

ん~ま~も言わなくなった。

 

3月23日

下痢が続くのでミルク変更ラクトレスに

 

3月24日

泣いてばかり

熱も下がらず下痢も治らない

けいれんも増えてきた

 

3月25日

下痢も続くし熱も下がらない

思ったよりけいれんも治まらない

ACTH一時中断に

抗生剤の点滴することに

 

3月26日

うつぶせが上手になってきた

熱が下がったらACTH再開予定

 

3月27日

診察の時うんちを見てもらう

看護師さんに見せてもちゃんと

伝えているのか疑問だったので

もう2~3日点滴する

ACTHもお休み

今日は、メリーゴーランドを見て

機嫌もよくて楽しそうだ

歌を歌って聞かせると

にっこり楽しそうにほほ笑む

午後3時から5時まで突然

うふうふと声を出して笑い始める

きゃきゃとたくさん笑うひとり笑

喜んでいいのか?

その後はどんなにあやしても

声をだして笑うことは無かった

笑っていたのではなくけいれんで

声が出ただけかもしれない

 

3月28日

離乳食始める

まずは果汁やおもゆから

うつぶせの練習

ボールや枕の抱え込みで

おすわりの練習

 

3月29日

うーと言って手足を前につっぱらせ

目は右方視で2~3秒が5回

最近のけいれん発作

 

3月30日

ACTH中止になる

薬は、ネルボン・フェノバール

今日からアレビアチン追加

けいれん発作多し

 

3月31日

薬、ネルボンだけ1日3回に

 

今から32年前のことだから

入院中は、発作の記録もかねて

日記をこまめにつけていたので

簡単には纏められなくて

日付つきになっています。

 

とりあえず今日はここまでまだまだ続くよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


笑顔君の物語(1)その時の私

2025年02月10日 17時56分22秒 | 障碍の違う兄弟

笑顔君の物語は、淡々と

その時の出来事を書いてしまって

私の心情は書いてないことに気が付く

だから別にして平行して書いていく

笑顔君がおなかの中に来てくれた時

父が白血病で入院していた。

だから切迫流産で入院しても

母は父の付き添いでいたので

一人で心細く入院していた。

最初の赤ちゃんは稽留流産だった。

付き添いはいらないと母が帰ったら

夫さんの両親がやって来て

なんで流産するんだと責めに来た。

産めるものなら産むわよ

お腹の中でお空に帰ってしまったのに

後3日で3か月になるから

それまでお腹に入れておけと夫さん

3か月だと出産祝い金が出るからだと

私の体よりお金かよ

これには産科の先生たちも怒ってた

それに胞状奇胎でもあったため

高熱が出て1か月入院した。

その後妊娠の許可が出るまでは

妊娠出来なかった。

それから笑顔君がやってくるまでは

私だけが、責められた。

子宝の湯だとか

子宝神社の秘伝とか

私だけ不妊の検査とか

最初の赤ちゃんのことを知らない人達に

遊んでないで早くつくったらとか言われて

そんなこんな時笑顔君がやって来た。

うれしかったしこの腕に抱きしめたかった。

約2週間で退院予定だったけど

家に母がいないこともあり

ベテランの看護師さんが

安定するまで置いてもらったほうがいいと

言ってくれたので、安定期に入るまで

入院していた。

ただ、何もしないで置くわけにはいかないと

1日おきに流産止める点滴をされていた。

ちょっとの出血だったのに

日程君の時も初期に出血したけど

なんの治療もしなかったから

不要の治療されていたのかもと思うと

この薬の影響は笑顔君になかったのか

わからないけど・・・・

笑顔君安定期に入る頃

父が8か月の闘病の末亡くなった。

58歳だった。もう父の歳を超えた私

妊婦だったから、葬式には参加出来なかった。

そんな悲しみの中

笑顔君の妊娠は喜びをもたらした。

赤ちゃん用品を買ったり

名前を考えたりとみんな笑顔になった。

そして7か月にはいった頃

激しい頭痛と呼吸困難になり

切迫早産にもなってまた入院になった。

張り止めの点滴の毎日

点滴外すとお腹が張る張る

点滴の針さすとこなくなった。

そして10か月になったから

一旦退院になった。

そして予定日に陣痛が10分間隔できたので

産婦人科医院まで車で50分もかかるから

早めに入院することになった。

だんだん陣痛の間隔が5分おきになって

診察したけどまだ子宮口があいていないからと

羊水の袋を破って陣痛促進させることになった。

お腹の中で笑顔君が苦しくなって

動かなくなると看護師さんがお腹を揺すって

動かすということを3日もほっとかれて

次の子のために産道を広げておいた方がいいとかで

羊水も緑色になってきたのに

でも、3日目ベテランの看護師さん2人の時

昼休みでどこかへ行こうとした医師を踏んず構えて(笑

緊急帝王切開してくれた。

帝王切開になるから夫さんに来てほしいと

電話をするが、仕事だからと来なかった。

会社に言えば帰してくれただろうに😠

臍の緒が巻き付いていて産声を上げなかった。

でも、その後の措置が良かったのか

生きて産まれて来た。真っ白な顔色で

母子手帳には胎児仮死帝王切開と

ハンコが押されていたけど

帝王切開と胎児仮死はセットなので

あまり気にしないようにと言われた。

産声聞こえなかったんだぞ~~

仮死状態で産まれたんでしょ(怒

産院は母子同室じゃなくて

ミルクの時間になったら

新生児室に飲ませに行く

だから、なにかあっても

私はわからなかったよね

 

そして退院してきて

母の知り合いの助産師さんに

おっぱいマッサージしてもらった。

でもミルクを飲む力がないのか

おっぱい吸えなかったよね

 

産後21日の床上げのお祝いの宴をして

みんなに抱っこしてもらって

夫さんがフラッシュたいて写真撮影

このフラッシュも原因かしら?

このころからちょっとピクピク

そして生後24日目の夜から

頻繁にピクピク左口角や目の横が

うーうー唸るので

時計を見ながら記録

尋常じゃなかったから

地元の県立病院に電話したら断るなんて

役に立たない病院だ(--〆)

総合病院に入院の時

最初こそは夫さんが送ってくれたけど

何回も入退院すると

ぼく、明日仕事だからと言って

送ってくれなくなった。

だんだん当てにしなくなっていった。

市民病院に入院して「てんかん」の

診断が下ると

家の家系にはいないとのたまう夫さん。

救急救命センターに移ることに

なった時は、母も一緒に付き添いを

お願いしたけれど看護師さんに却下され

面会時間が終わって母は帰って行った電車で

携帯電話なんて持ってない時代

心細くて夫さんに電話するも

泣いてもしょうがないでしょと言われ

ばあちゃんが帰ってきたら送っていくから

待ってなさいとつっけんどんな言い方

期待はしてなかったよ、でももっと

寄り添って欲しかったな

この頃から夫さん抜きで子育て

していた気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 


笑顔君の物語(1)

2025年02月10日 11時27分42秒 | 障碍の違う兄弟

過去のブログを見返してみたけど

初めは、OCNの簡単HPと言うサービスがあって

そこに書いていたのだけどサービス終了で

HPに書いてあったことは無いんだったここには

ということで、あらためて書いて行こうと思う。

笑顔が素敵だったので笑顔君(長男)

笑顔君は、切迫流産、切迫早産をくぐりぬけ

難産の末、緊急帝王切開で産まれた。

回旋異常、臍帯巻絡1回、仮死状態

産声はあげなかった。

そして、産まれて21日目

なんかおかしいことに気が付いた。

うーうーと唸ってピクピクと痙攣した。

産まれた産婦人科に電話するも

熱が無くての痙攣は大丈夫(?)と言われる。

生後24日目夜5分おきに1~2分の発作

目覚まし時計を見ながら

痙攣の回数と時間を記録する。

これは尋常じゃないと思って

地元の県立病院に電話をするが、

小児科医は常駐じゃなくて

夜間にはいないからと

断られてしまった。

隣の市の小児科医院に電話

県立病院に断られたことを伝え

診てもらえることになった。

開業医の先生が市内の総合病院に

連絡を入れてくれてそこに入院した。

看護師さんのけいれんに関する知識は限定的で

呼吸が止まるタイプだけのようだった。

けいれんが始まってナースコールしても

看護師さんが来る頃には治まってしまう。

CTと脳波検査をするものの異常なし

入退院を繰り返していた。

12月もうすぐクリスマス頃

てんかんだろうの診断(結構いいかげんだ)

専門医ではないのでそんなものかも

デパケンの水薬が処方されたけど。

痙攣の発作が止まらなくなり

重症な病気に対応している

車で1時間半ほどかかる病院に

頼み込んで紹介状を書いてもらった。

今住んでいる市の市民病院の小児科に入院

脳波の結果「複雑部分発作」と診断された。

そんなに重症だとは思われてなくて

実際の発作を見たことのない医師達は、

本当にけいれんの患者なのかと思っていたらしい。

ナースセンターからも遠いし

発作が起きて呼んでも間に合わない。

2か月入院して退院した。

市民病院のてんかん専門医が

地元の県立病院に週1回来るので

そこに通院することになった。

2週間後、てんかん発作が止まらなくなり

県立病院の小児科に泣きながら電話をするが、

市民病院の先生に電話したか聞かれ

ここは、ICUとかの設備がないので

市民病院に連絡しておくから

入院の準備をして行きなさいと言われた。

泣いていたら泣いてないでしっかりしなさいと

言われた。このことが私を後から追い詰めた。

この時、十分に泣いていたら泣かせてくれたら

壊れなかったんじゃないかと今にして思う。

泣きたいときに十分に泣けていたら

我慢することも、頑張りすぎることも

吐き出すところがあったら・・後の祭りだけど

日程君のことも泣いていないでしっかりしなさい

なんて言わないで、泣かせてくれたら・・・

話がそれた

タクシーで市民病院に行き入院になった。

担当医は首をかしげてたけど

たいしたことないのに来たとでも思ってたかも

その夜、てんかん発作が止まらなくなり

でも、主治医は特に指示を出していかなくて

たまたま、ベテランの看護師さん2人が

NICUの医師’(てんかんのことも分かる)を

呼んで診てもらった。

いろいろ薬を試したが止まらず

ナースセンターすぐ隣の部屋に移動

いままでにないめずらしいケース

何をつかったらいいのか決定出来ない

飲み薬の血中濃度が上がらない

静脈点滴でホリゾンを使うがダメで

2人部屋に移動して

ネブンタールと言う強い麻酔薬を使用

強い薬を使っているが、普通はこれで

けいれんが治まる。

今晩これでけいれんが治まらなければ

救命救急センターで人工呼吸器を使って

もっと強い薬で脳を休ませる治療が必要になる。

今、脳波が点頭てんかんと

今までの乳児性てんかんの中間にいる。

このまま悪くなるかもしれないし、

このまま良くなるかもしれない

点頭てんかんにならないように

管理していきますと言われた。

先生も私もこのまま良くなるのだと

思っていたんだけど

強い麻酔薬で寝ているはずの笑顔君

夜中になるとバタバタと暴れ奇声を上げる発作

当直の先生2人が診て

脳波もあきらかに異常があり

呼吸もゼロゼロし始めたので

救急救命センターで管理することになった。

人工呼吸器をつけると言うことは

免疫が0になるので、肺炎や敗血症になりやすい

赤ちゃんは、なりやすいし死亡することもある

できるだけ呼吸器をつけたくないので

朝まで様子をみましょうと言われた。

後から、そんなことまで言うの?って言われたけど

訴訟になった時のこともあるからか言うんですよね。

知能等の遅れは覚悟して下さい

赤ちゃんのけいれんは予後がよくない

 

翌朝、担当医出勤

夜中に病棟から荷物と一緒に

追い出された私はセンターのベンチで

朝になるのを待っていた。

家族待機室は主治医の許可証が無いと

入れないのです。

主治医も専門医もまさかセンターに

入るとは思っていなかったようで

びっくりしていた。

                            つづく

 

 

 

 


双子ちゃんですかと言われた

2025年02月10日 10時21分17秒 | 障碍の違う兄弟

笑顔君が4歳、日程君が2歳の時

今のところに引っ越してきて

電話工事のおじさんに言われた。

「双子ちゃんですかって」

4歳にしては幼い顔

2歳にしてはしっかりとした顔

日程君が歩く前は日程君が弟に見える

2歳ごろには双子に見えて

その先は兄弟逆転に見えてしまう。

弟妹のいる重度心身障がいのある子供たち

そう言われるって苦笑いしてたな~ママ友達

ふと、思い出したので


昨日は、日程君の30歳誕生日

2025年01月25日 08時41分48秒 | 障碍の違う兄弟

お誕生日おめでとう30歳になったね。

在宅で15年、施設入所15年

在宅の時は、ガイドヘルパー、行動援護、ショートステイ、レスパイト

そして母の協力で成り立っていたね。

私が壊れちゃったから、日程君にとっての安全基地がなくなって

このころから、勝手にお出かけで何回も捜索願いで探して貰ってたね。

交通量の多い道路の中央分離帯にいて車が走るのを見てたこともあったし

交番から「日程君、家にいるかね?」って電話が来て「いません」

親切な方がタクシーで交番に届けてくれたこともあったよね

お出かけは、道なき道を行くので商店街に出るまでは見つからない

地域の警察署から日程君の写真が各交番に届き、

ちょうどその時運よく交番の前を通り見つかる。

あの頃のGPSはでっかくて重くてとてもじゃないけど

持たせておくなんて出来なかったよ

今は、小さくなったみたいだね

今いる入所施設は、10年目

最初のころ勝手にお出かけするから注意喚起をお願いしたんだけど

なんでもわかっているような顔していて、言葉での指示も入るから

大丈夫ですよって言ってあんまり本気にしてなかったみたいで

上着などに名前を縫い付けていたのも取ってしまい

そして、入所して初めてのお正月初詣に行くことになり

バスにのらずに歩いてカラオケ店に突進

バスの職員は施設にいると思っていて

施設の職員はバスに乗って行ったと思っていた。

たまたま、外出するする時に着るコートに

児童部のある施設にいた時の名札が付いていた。

警察がその施設に電話して家の電話番号を聞いて

我が家に電話が来た。入所していることを伝えると

そちらに連絡してくれた。

バスに乗る人数確認するよね普通

名簿で名前確認するよね普通

それから、何回も勝手にお出かけしてた。

最近は無いのか隠蔽してるのかわからないけど(笑)

担当の人が変わる度いなくなるから要注意って言っている。

コロナが流行する前は、毎週末外泊していた。

今は、外泊はしない。

外泊して施設に帰ると抗原検査する。

で陽性だから家で見て下さいと言われても

家庭の事情で入所しているので無理

在宅介護出来なくなっての入所なのに

 

あーお誕生日おめでとうのはずが

変な方向に話が進んでしまった。

 

 


日程君の今

2014年08月13日 20時35分47秒 | 障碍の違う兄弟
我が家の希望の★と言われた(爆

日程君は今成人の施設におります

今年の6月に児童部のある施設から

市内ではないけど

前より近くに移住となりました


児童部の3年間で偏食も克服

今では何でも食べます

ゆる~い生活から脱出し

毎日お仕事頑張っています





いろいろ問題行動もありますが





たくさんの支援の方々に支えられ

パニックになることなく

すんなりと移住出来ました







まだ私の心の整理整頓が

上手くいかないため

詳しくは書けませんが






いつか・・・・きっといつか




ちゃんと書きたいな~(遠い目








では簡単ではございますが

日程君の今をお送りしました(笑
































カーナビ

2011年10月24日 12時11分59秒 | 障碍の違う兄弟
日程君はカーナビの
操作をいとも簡単に
覚えた

行き先を言えば
入力してくれる

オーディオの操作も

車の所有者の母は
いまだに???なのに

でさ
カーナビよりも
正確にナビしてくれる
昨日「TSUTAYA行く」と言って
「ん」と指差し道案内
一度行った事のある場所なら
です(≧∀≦)

カーナビなんかより
日程君の方が役に立つ

入学式でした

2010年04月07日 23時34分13秒 | 障碍の違う兄弟
今日は日程君入学式でした

入所に向けて進行中なのに

先月末見学した

人事異動の季節だから
しょうが無いのかな?

制服姿見たらこのまま
3年間通えないかな?
なんて思ってしまって
涙がでた

とっても似合って
かっこいい

入学しちゃった
何時まで行けるのかな?

日程君高校合格した日に

2010年02月21日 14時25分34秒 | 障碍の違う兄弟
日程君近くの高等養護に
合格したその日の夕方
電話があった
それは子離れ親離れの
決断をしなければならない内容だった

いっぱい泣いた
何回かその話はあった
でも今度は空きが出る
具体的な決断をした

寮に入ったんだと
思えばいいのだ

高校卒業後に空きがある保証はない

私の病気は治らない

母は71歳気力はある
けれど確実にそろそろ
限界かもしれない

何かあった時では遅い

今は運命に身を任せて
待つだけ……………

日程君修学旅行に行ってきた

2009年05月27日 14時14分59秒 | 障碍の違う兄弟
新型インフルエンザで
中止になる事もなく
無事行って来ました

東京ディズニーランドと
シーに初めて行きました
新幹線に乗るのも初めて

毎日のように事前学習で
ビデオを見たり
お土産選んだり
並んで歩く練習とか
なんだかなぁ~
行く前に飽きていた

当日は緊張して
行きの新幹線では
飲まず食わずトイレ行かず

ディズニーランドでの
食事は食べない(^^;)
その場でメニューから選んで
なら食べたかも知れないけど
予約できないからと
事前に決めたメニュー
「オムライス」
本人いわく「もう食べない」
と言って食べなかったとか

パンとイオン飲料持参
それを食べた・・・・

グループ行動ではなくて
集団行動・・・
アトラクションも選べない
でもまあまあ楽しんだ?らしい

ホテルに泊まるのも初めて
先生と2人でベットで寝た
持って行った「ブタめん」
夜食で食べた

ホテルの朝食も食べない
持参したパンを食べる

翌日はシーへ
リトルマーメードシアター
楽しめなかったらしい
リトルマーメードは
家でも見たことない

ランドの方のキャラクターは
知ってるしビデオでも見てた

昼食のパスタは少し食べた

そして岐路につく
帰りの新幹線は
おやつも食べたし
トイレにも行った

帰ってきた日程君に
「また行く?」と聞くと
「行かない」と言う
「おばあちゃんと行かれる?」
「行かれない」
なんど聞いても「行かない」

音と色と人の洪水が
刺激強すぎだったのかも

初めてづくしだったし
食事がきちんと取れない
ん~~~~~
大変な旅行だったようだ






日程君またまたインフルエンザ

2009年03月16日 16時55分57秒 | 障碍の違う兄弟
日程君午前中に発熱
学校早退して小児科に
検査したら・・・・

またもやインフルエンザ

マスクはしませんし
部屋に隔離なんて無理

今回も周りがマスクして
防衛しないとね
私が隔離されるのね(--;)

今週は日程君とおとなしく
お家で過ごさねば・・・
ストレスたまるよなぁ
おばば様が・・・

そのイライラが
私に飛び火するのよね

おとなしく布団に入ってる
具合が悪いんだね日程君
昔は熱があっても
飛び跳ねていたっけな

食欲もないようです

予防注射したのに
今年は当たり年か?



笑顔君その後・日程君の今後

2009年02月25日 16時50分58秒 | 障碍の違う兄弟
笑顔君は結局のところ
今いる施設で
薬のコントロールを
することになった

いざと言う時は
待機待ちの施設に
入院になるけど

そんな時は日程君を
ショートステイに
お願いすることは
施設側にお願いしてきた

いろんな所からの
アドバイスがあり
ちゃんと申し込みが
なされているのか
県に確かめた方がよいとのこと

政令都市になったとはいえ
市より県の方に権限がある

個人で行くには限度があるので
今いる施設の支援課を通して
聞いてもらうとよいそうだ

日程君に関しては4月に
地区の支援センターが
出来るそうなので
その時に相談をすることに

なんか風が吹いてきた感じ

いろんな人たちに支えられて
感謝感謝です

笑顔君の現状と今後

2009年02月04日 15時33分11秒 | 障碍の違う兄弟
笑顔君のことストレス
それは・・・・・

笑顔君は入所している
でもここは原則18歳まで
今重心の施設の待機待ち

入所当時は15歳まででした
そこで中2の時待機待ちの
手続きをしました

昨年1つ枠が空きました
けれど会議に名前すら
上がらなかったそうです

児童相談所に聞きに行くと
地区担当の方によれば
この地区で優先順位1番で
書類を提出していると・・

ではなぜ?

ちょうど政令都市になって
児相が県の管轄から
政令都市に移ったときの
書類?引継ぎ?ミスのようだ

それから今いる施設の
支援課の担当者も変わった

主治医が3人替わった

それに重心の施設のある病院に
通院していなかったことも

だまって待っていたってダメ
こちらから働きかけないと

児童相談所は日程君のこともあり
学期ごとに顔出しはしていたけど

わかってから母上は動いた
今の主治医から紹介状と
脳波と服薬情報と治療情報を
持って笑顔君をつれて
重心の施設の病院へ行った

それに入所してから
薬のコントロールはしていない
昨年の8月から発作が増えた
薬疹も増えた
ちゃんと治療を受けさせたい
薬も変更したい
新薬出るまでのつなぎの
はずだったから

手元にいたらとっくに
治療を受けさせていたのに

入院できれば一番いいけど
付き添いが必要だ
それは無理な相談

今後の治療について
先月20日に主治医と面談の
はずだったけど
日程君がインフルエンザで
キャンセルになった

主治医との面談は
今月13日だ・・・

ジレンマで母上様
イライラそわそわ
待つ身はつらいよ

多分その病院に通院に
なると思う
常に顔出ししておかないと
忘れられるから
ちゃんと治療したいから

今の施設では無理なの
薬のコントロールで
重積になるかもしれないから
その設備がないから

これがストレスの素の
正体です・・・・




インフルエンザ

2009年01月23日 19時30分45秒 | 障碍の違う兄弟
とうとう我が家にも
インフルエンザが到来

日程君月曜の夜突然高熱
休日夜間診療センターへ
インフルエンザかどうかは
発症から6時間経過しないと
診断できないとか
熱さましの粉薬と風邪薬貰って
ご帰宅しました

検査するのに綿棒を鼻の奥に
つっこんでなんて言う検査が
出来るわけないんだった(--;)

翌日かかりつけの小児科に
鼻水吸い取っての検査だった
羽交い絞め覚悟で行きましたが
よかったよかった

インフル出ました

口から吸入する薬りレンザ
うまく出来るか心配だったけど
じょうずに出来ました(^^

熱はすぐに下がりました
予防接種してたから

日程君は小児科が大好き
行きたくてしょうがなかったの
だからルンルン嬉しそう

とってもおとなしくて
不気味だった2日間
多動な日程君が動かない
かえって心配だわ

3日目暇もてあまして
泣いていたけど
出席停止だからね
しょうがないよね

昨日登校許可の
診断貰ってヤレヤレ
今日張り切って学校へ
行きましたです

インフルエンザの患者様
隔離なんてできません
マスクなんてしません
だから周りがマスクして
うがい手洗いして防御しました

なんとか感染せずに
無事です(^^

笑顔君は今のところ
大丈夫のようです

充分な睡眠と栄養管理して
インフルエンザにならないよう
気をつけたいです
みなさまもお気をつけてください

日程君と音楽

2008年06月10日 22時36分15秒 | 障碍の違う兄弟
日程君にとって音楽は
いつも身近にあった

笑顔君に音楽を
聴かせるために
生まれる前から
聴いていた

胎教と言うようなもの?

笑顔君と母子入所していた時
日程君はお腹の中にいた。
超早期療育だね(笑)

童謡、アニメソング
クラッシック
ジャズなどなど
あらゆるジャンルを
聴かされていた

だからかもしれない
ピアノもリズムも
うまいのかな?

音楽が当たり前のように
生まれたときから
生まれる前から
日常にあった

おもちゃも音の出るものが
多かった
タンバリン、すず、太鼓
キーボード、らっぱ
木琴、ハーモニカ
オルゴール、マラカス・・・

笑顔君のために
そろえたものだったけど
こんなに役立つなんて

うたって点太くん
E-カラ(生産中止で残念)
いっぱい遊んだよね

キーボードなんて
今5代目だし・・・

そんなこんなで
我が家はいつも
何か音楽が流れている

さてさて日程君や
ピアノはどこまで
上達するのでしょうか

楽しみ楽しみ