睦月末日
池に薄氷の景色。
新宿御苑で、冬から春への景色を見た。
大温室にも行ってみる。
東京でも雪景色を見られ、故郷の冬を思い出す。
一方で、すでに福寿草や水仙、寒桜、ロウバイが咲いていた。
ミツマタはまだ蕾。
ビロードに包まっているみたいで、温かそうな蕾だ。
東北と違い、東京は一足早く早春の風景。
睦月末日
池に薄氷の景色。
新宿御苑で、冬から春への景色を見た。
大温室にも行ってみる。
東京でも雪景色を見られ、故郷の冬を思い出す。
一方で、すでに福寿草や水仙、寒桜、ロウバイが咲いていた。
ミツマタはまだ蕾。
ビロードに包まっているみたいで、温かそうな蕾だ。
東北と違い、東京は一足早く早春の風景。
睦月三十日
御成道の宿場、川口へ。
御成道は、日光へ将軍一行が参拝するため(日光社参)に通る道。
車道の間にある小島のような緑地に、案内板があった。
この奥の道が、赤羽から荒川を渡って通る御成道。
この道の途中に川口宿本陣があったという。
近くに、川口文化財センターがあったので寄り道。
窓口のある2階に上る階段には、災害の啓発になる表示があった。
過去の洪水の水位を示してある。
津波のあった東北から来た身としては、見過ごせない。
川口は鋳物の街である。
江戸の頃には手工業だったが、明治期には軍需品製造を手掛け、大きく発展した。
昭和の終戦後、川口鋳物生産は、日用品に切り替わる。
高度経済成長の終息、オイルショックから不況となり衰退した。
しかし今、再び川口鋳物の技術は見直され、新しい鋳物調理器具が作りだされている。
参考:川口市教育委員会「川口の産業」/川口商工会議所「かわぐちいいもの」/川口鋳物協同組合「鋳物の歴史」
古代から昭和の暮らしまでを、ざっと学んで後にする。
街道に戻って北へ進み、旧田中家住宅へ向かう。
明治の豪商だが、代々田中徳兵衛を襲名し、今も続く。
初代は農家だったが、二代目から麦味噌醸造と材木商を営んだ。
四代目の頃、豪商となった田中家は、立派な洋館を建築。
イギリス積みのレンガ壁が立派。
中の調度品も美しい。
奥は日本建築で、そこから中庭が見える。
見事なもので、池を回遊する庭園となっている。
残雪の中で、紅梅がほころんでいた。
落ち着く良いところであった。