北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記(67)の最有力後継候補とみられる三男正雲(ジョンウン)氏(26)が90年代後半から、「パク・ウン」という偽名で、スイスの首都ベルンの公立中学校に留学していたことが分かった。
正雲氏が級友たちと写った集合写真の存在が判明。(北朝鮮は金総書記の家族に関する情報を国家機密扱いとしており、写真は一切公表していない。)
「パク・チョル」という偽名については次男正哲(ジョンチョル)氏である可能性が高い。
正雲氏の留学中の素顔が明らかになるのは、今回が初めて。今回の正雲氏の写真は16歳の時のらしい。
外交筋によると、正雲氏は96年夏から01年1月までベルンに滞在。
当初は正哲氏が留学中だったベルン国際学校に入学したが、数ヶ月で退学して現地校に転校した。
中学校の記録などによると、隣接する小学校でドイツ語の補習授業を受けた後、98年8月からの新年度で7年生(日本の中1に相当)に編入。
語学の問題もあり、学年を落として編入したとみられる。
9年生だった00年末ごろに退学。
担任だったシモーネ・クーンさん(32)は「昼休みに職員室へ来て、明日帰国すると言い出し、翌日から来なかった」と話した。
また、現校長で、当時は数学教師だったペーター・ブリさん(52)は「すべてに一生懸命取り組む子だった。
数学が得意だったが、英語やドイツ語の成績も悪くなかった」と話した。
一方、担任のクーンさんは「口数の少ない子で、ベールに包まれたような雰囲気もあった」と語る。
正雲氏が帰国した数年後、警察から「金総書記の息子だった」と聞いて驚いたという。
正雲氏は現在、国防委員会で軍務を担当しているとされる。
実際には金総書記の義弟の張成沢(チャンソンテク)氏【金総書記の妹の金敬姫(ギョンヒ)労働党軽工業部長の夫で4月の最高人民会議で国防委員に選出され、金総書記の側近】が後見人として、実権を掌握する、ともいわれている。
◆金総書記の最初の夫人(後に離婚)の洪一天(茜・苔)女史の写真です。
「金総書記は66年ごろ洪一茜女史と正式に結婚したが、「金恵敬」と名付けた娘を1人産んで5年後に離婚した。
漢字表記が「洪一茜」となっているのは、「洪一天」では女性名らしくないかららしい。
◆ 9歳の金総書記
◆11歳頃の金正雲氏
◆ 17歳頃の金総書記
◆16歳頃の金正雲氏
◆18歳頃の金正雲氏
◆20歳代?の金正雲氏
◆ 27歳頃の金総書記
◆ 33歳頃の金総書記
※金総書記の若き日の写真から、後継者の顔をご想像下さい。
※下記は、ネット検索中にみつけた、面白い合成写真です。今出回っている金正雲氏といわれる写真、左二枚を重ね合わせたら、眉・目・鼻・口の位置が合致して、右の写真が完成したととのことです。
正雲氏が級友たちと写った集合写真の存在が判明。(北朝鮮は金総書記の家族に関する情報を国家機密扱いとしており、写真は一切公表していない。)
「パク・チョル」という偽名については次男正哲(ジョンチョル)氏である可能性が高い。
正雲氏の留学中の素顔が明らかになるのは、今回が初めて。今回の正雲氏の写真は16歳の時のらしい。
外交筋によると、正雲氏は96年夏から01年1月までベルンに滞在。
当初は正哲氏が留学中だったベルン国際学校に入学したが、数ヶ月で退学して現地校に転校した。
中学校の記録などによると、隣接する小学校でドイツ語の補習授業を受けた後、98年8月からの新年度で7年生(日本の中1に相当)に編入。
語学の問題もあり、学年を落として編入したとみられる。
9年生だった00年末ごろに退学。
担任だったシモーネ・クーンさん(32)は「昼休みに職員室へ来て、明日帰国すると言い出し、翌日から来なかった」と話した。
また、現校長で、当時は数学教師だったペーター・ブリさん(52)は「すべてに一生懸命取り組む子だった。
数学が得意だったが、英語やドイツ語の成績も悪くなかった」と話した。
一方、担任のクーンさんは「口数の少ない子で、ベールに包まれたような雰囲気もあった」と語る。
正雲氏が帰国した数年後、警察から「金総書記の息子だった」と聞いて驚いたという。
正雲氏は現在、国防委員会で軍務を担当しているとされる。
実際には金総書記の義弟の張成沢(チャンソンテク)氏【金総書記の妹の金敬姫(ギョンヒ)労働党軽工業部長の夫で4月の最高人民会議で国防委員に選出され、金総書記の側近】が後見人として、実権を掌握する、ともいわれている。
◆金総書記の最初の夫人(後に離婚)の洪一天(茜・苔)女史の写真です。
「金総書記は66年ごろ洪一茜女史と正式に結婚したが、「金恵敬」と名付けた娘を1人産んで5年後に離婚した。
漢字表記が「洪一茜」となっているのは、「洪一天」では女性名らしくないかららしい。
◆ 9歳の金総書記
◆11歳頃の金正雲氏
◆ 17歳頃の金総書記
◆16歳頃の金正雲氏
◆18歳頃の金正雲氏
◆20歳代?の金正雲氏
◆ 27歳頃の金総書記
◆ 33歳頃の金総書記
※金総書記の若き日の写真から、後継者の顔をご想像下さい。
※下記は、ネット検索中にみつけた、面白い合成写真です。今出回っている金正雲氏といわれる写真、左二枚を重ね合わせたら、眉・目・鼻・口の位置が合致して、右の写真が完成したととのことです。
ほとんど推理小説の世界です
張成沢氏が正男の後見人
とみられていましたが、李済剛氏は失脚し、張成沢氏が実権を握り、正雲の後見人になったとのネット情報があります。正男氏ともパイプのある張成沢氏は、どう転んでも権力に一番近い位置を確保。
李済剛氏は軍部高官、張成沢氏は党要人。
このことが今後の北の路線に影響あるんでしょうか?
文をお褒め頂きましたが、参考文を自分好みに変更してる事が多いので、お恥ずかしいです。しかし、中高時代、弁論部や演劇部に所属してるという、自己表現をしたい性格が根底にあるのでしょうか。
普通のお孫さんのいらしゃる主婦とは全然違うと思ってました。これからもよりばばさんのブログを見ていろんなことを勉強さしてもらいますね。(^^)v