2/25土曜日、松戸市民劇場にて「かすかな光へ」の上映会があり、榎本先生と共に行ってきました。「かすかな光へ」コチラ
大田先生宅で行われている同好会サークルのひとつ、中小企業家同好会に当会会員の方々が参加されており、この上映会をご紹介頂きました。
この映画は、現在93歳の教育研究者 大田堯(オオタタカシ)先生を追った、ドキュメンタリー映画です。
私は、恥ずかしながら大田先生について全く存じていませんでした。
この映画を紹介して頂いた当会会員の方々はとても惹かれる人柄をお持ちで、仕事と並行していろんな活動に従事している素敵な方々です。
なので、そんな方々が崇拝している大田先生について知りたいという気持ちの方が大きかったのが事実です。
そして反面、大田先生のプロフィールを読み、たくさん並ぶ「名誉教授」や「会長」「学長」という文字に、「あー。また教育について語るエライ人の生き様映画かなぁ」というような気持ちもありました。
そんな気持ちでいた中、会場の映画について書かれたチラシの中で以下のような文章がありました。少し長いですが転載させて頂きます。
「ふと我にかえると、現実は無機物に囲まれた荒涼たる世界を、愛に飢えた人影がバラバラに生きている。そういう風景が幻のように見えるのです。
私はその現実の中に垣間見えるかすかな光への道を手さぐりで求めようとしました。それは夢のようなもの、あこがれにすぎないのかもしれません。
でも、そのあこがれ、夢なしには私にはどう生きるかの手がかりを見出すことはできないのです。その手がかりを見つけるために、私は自然から預かった生命という摩訶不思議なものに注目してみました。 (大田堯著「かすかな光への歩む」より)」
私が榎本先生や谷口先生、そして私が今までの活動を通して知りえた価値観や現状を表しているかのような文章でした。
肩書うんぬんの話はこの文章を読んだだけで払拭しました。(反省)
そして、映画監督の紹介欄には、「こんばんは」を手掛けた森康行監督の名前。
こりゃ、必見しか無いわ(笑)
※「こんばんは」についても語るととても長くなってしまうので省きますが、本当に本当にとてもいい映画なので皆さんに見て頂きたーい!「こんばんは」コチラ
映画の内容は、私が今まで感じていたものと共鳴することばかりでした。
違うこと、関わること、変わること。
教育はアートであること。(絵・写真など全てが教材となる)
大田先生が進めてきたことは教育(=エリート教育)ではなく、反教育であること。
ここ1カ月ほど、スタッフ内で、今度講義予定のある「人権について」のディスカッションを重ねてきていました。
そのせいか、先生が投げかけている言葉ひとつひとつがストン、ストンと浸透していく感覚がありました。
逆を言えば、日々の生活で教育が身近な立場の人、そこまで掘りつめて考えている人じゃないとピンと来ない映画かもしれない。
現役学生自身よりも、教師や子を持つ親子さんが見るべき映画。
私には、この1カ月のディスカッションがあったからこそ、入ってくるものがあったように感じました。
そのくらい根本の根本を投げかけている大田先生を描いている映画でした。
大田先生曰く、この映画は森監督から見た大田像とのことでしたが、大田先生の信念の柱のようなものはブレることなく描かれているのではないかと思います。
映画の後に、大田先生と森監督のトークライブが実現しました。
その中で、私の中で印象に残った大田先生の言葉を紹介して、終わりたいと思います。
「子どもは、生まれながらにしてユニークな設計図を持っている。
それは、環境などによって随時変わる。
その展開をサポートするのが家族や先生の存在である。」
STAFF:ハマザキ