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犀のように歩め

この言葉は鶴見俊輔さんに教えられました。自分の角を道標とする犀のように自分自身に対して灯火となれ、という意味です。

差別から遠く離れて

2025-07-18 22:03:53 | 日記

 

一碗の茶をともに味わうことは、器の「深さ」や「重さ」を共有することでもありました。
さらに付け加えるならば、一碗の茶を分かち合うその瞬間に、優劣にとらわれることからも自由になる、ということができます。
柳宗悦の求めた「民藝の美」とは、一碗の茶をともにする感覚を、美の基準として抽出したもののように思います。分別心にとらわれて、優劣を競う愚かさから、遠くあろうとしたのが民藝運動でした。

柳宗悦は、楽茶碗を作為の産物として嫌い、朝鮮の無名の陶工が作った井戸茶碗をこよなく愛します。このあたりの事情は、阿満利麿著『柳宗悦 美の菩薩』(ちくま学芸文庫)に、詳しく描かれています。
同書によると、柳宗悦の美の理想は、阿弥陀の発願にまで遡ります。阿弥陀がまだ法蔵という修行僧だったとき、四十八の発願を立て、それらが成就しなければ自分は決して仏にはならないと長い修行に入りました。ついにその願いのすべてを実現した修行僧は、阿弥陀という如来となり、自ら作った国土すなわち西方極楽浄土で説法をしているのです。

柳宗悦は、この阿弥陀仏の立てた四十八願のうちの、第四願に注目しました。第四願は、美醜を分かち、美をよしとし醜を憎む苦しみから人間を救おうという願いです。分別心にとらわれ、現実を美と醜に分けることで、その挙句、差別にとらわれて苦しむのが人間の愚かさです。第四願は、その愚かさも含めて、まるごと救いとろうというのです。柳宗悦が注目するのは、阿弥陀仏のこの不思議な救済力です。

意図して美しいものを作る芸術的天才ではない、民衆の芸術を生み出す無名の職人を、柳宗悦は「他力の行者」と呼んで、この第四願の実現を見ます。本阿弥光悦や楽長次郎といった天才の作品を、名もない朝鮮の職人たちが生み出した井戸茶碗が、その美しさにおいて遥かに凌いでいるのは、人智の及ばぬ力のなし得ることなのだ。こう柳宗悦はとらえました。

「分かち合う」ということは、ひとりの人と夾雑物なしに向き合うことから始まるのでした。「喫茶去」の言葉の発端となった禅師の態度です。「分かち合う」ことは、さらに進んで、その人を自分の物差しで勝手に測るのではない、その人との関係において見出された「善きもの」をそのままに受け取ることだと思います。
阿弥陀仏の第四願も、そうしたものに近かったのではないでしょうか。

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