神に帰る生き方

せっかく生まれてきたのだから、心平安に生きていきたい!と思う。

神様に対する良い期待感 その2

2020-07-11 01:52:02 | イスラム教
この記事は2020年7月に私がメルマガに書いたものです。
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◎神に帰る生き方
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神様のなさることは、全て最善の結果のためにある。
神様に対する期待が良ければ、神様はそのように対応してくれ、
悪ければ、またそのように対応される。
と前回は書いてみました。

前回、ドゥアーについて書くのは
「これが最後である!」
と意気込んで書いてしまいましたが、、、、
今週もちょこっとだけ、ドゥアーについて書かせていただきます。
先週の補足だと思ってお付き合いくださいませ。

結構長きに渡ってドゥアーについて書いてまいりました。
どうやったら神様にお願いを叶えてもらえるのか、
どうやったら神様に祈りを聞いてもらいやすくなるのか、などなど。

例えば
この時間帯にお願いをするのがいいとか、
断食をするといいとか、
旅行に行くといいとか、
「絶対に叶うんだ」と思うのがいいんだとか、
プラス、
「変なもん食べて、変な洋服着て、変な収入得るなよ」と、
どこからか目線で、ガーガーと書いてきたわけでございます。

しかし、、、
最後の最後に
「でも、、別に叶わなくってもいいんじゃあない?」
「叶う、叶わないってそんなに大事じゃあないし、、、、」
といった言葉で”ドゥアー”という大きなテーマを締めくくってしまったのであります!

多分、、、
読者の方々としては、、
、、、、
「えっ?」
、、、
と思われてしまったかもしれません。

例えてみれば、
”この方法だったら絶対に痩せますよ”と言っておきながら、
最終的に
「でも、もしかしたら、痩せないかもしれないけどねえ。」
と言うようなものでございます。


しかし、、、

実際に私はそう思っているんですよねえ。
「自分の願いが叶う、叶わないはそんなに重要でない。」と。


よく
「これこれをやったら願っていたことが現実になった!」とか
「この方法で欲しかった物が本当に手に入った!」
といった成功談というのを見聞きします。
「私もそれやってみようかなあ。」なーんてちらっと思ってしまうのですが(汗)

しかし、、、

「私たちは、自分にとって本当に”良いもの”をちゃんと分かっているのだろうか?」

というのが、今週のテーマです。


例えば、
「お金が欲しい。お給料以外に50万円も100万円も欲しい!」と思いそれを願ったとしましょう。
それが実現したら、、、
本人はそれはそれは、嬉しいでしょうし、
世間の人達も”成功”と認識してくれるでしょう。

しかし、その結果
神様を求める心が失くなってしまったり、
現世での欲に溺れてしまったりするかもしれません。
傲慢になってしまうかもしれません。
「すごいでしょう、私って。」みたいに。

このような態度は全て、その人を天国から遠ざけます。
(お金がなかったら、そのようにならなかったかもしれないのに。)

そう、私たちが願うことすべてが自分達にとってベストであるとは限らない。
長〜い目で見たら、悪である可能性もなきにしもあらず。

神様もクルアーンのの中でこうおっしゃっています。

『自分たちに良い事を、あなた方は嫌うかもしれない。また自分たちのために悪いことを、
 好むかもしれない。あなた方は知らないが、アッラーは知っている。』
(クルアーン2:216)

神様の御名前の一つに”アルハキーム”というのがあります。
意味は「なんでも知っていらっしゃるお方」
そう、神様はよおくご存知なんです。
いつ、何を与えて
いつ、何を取り上げられるのが最善であるのかを。


何かを願い、それを祈ることはとてもいいことです。
そして、
結果が出るまで何十年であろうと願い続けるべきでもあります。
(これは結構タイヘン!)
その人にとって、望んだものが”良いもの”であれば、
必ずいつか、神様はお与えになってくれるでしょう。

しかし、自分にとって”悪い”願い。
そういったものを慈悲深い神様は、お与えにはならないはずです。
それは、例えてみれば
甘いものばかり欲しがる子供に対し、「もうやめようね」と言うのと同じです。
現世の欲に溺れている人に対し、それを増長するようなものを与えるわけには
いかないでしょう。

ただ、
懲罰として、お与えになる場合はあるようです。

『それで彼らが訓戒を忘れたとき、我は全ての良いことの門を彼らのために開いた。
 彼らがその与えられた物に歓喜していたとき、我は突然(懲罰)で襲った。
 彼らは絶望に陥った。』
(クルアーン4:44)

これって、怖いですよね。

そうならないためにも、なるたけ自分にとって良きものだけを願っていけたらと思います。
そこで今回は一押しのドゥアーをご紹介しましょう。

ドゥアーというのは、自分の言葉で、自由に言ってオーケーなのですが、
それよりもベターなドゥアーというのがあります。
それは、
クルアーンに書いてあるドゥアー、または
預言者さんが実際に言っていたドゥアーの2タイプ。
それらのドゥアーを「ただ真似して」言うっていうのは、すごくいいんです。

今回ご紹介するドゥアーは、その中でも超選り優れのもの。

預言者さん(彼の上に平安あれ)が、最愛の奥様アーイシャさんに
「これを言うといいよ」と教えられましたものです。

用意は良いですか?
いきますよ!

『アッラーよ。現世と来世における全ての良きものをお与えください、私が分かっているものと分かっていないものから。
 アッラーよ、現世と来世における全ての悪からお守りください、私が分かっているものと分かっていないものから。
 アッラーよ、あなたのしもべであり、あなたの使いである預言者(平安あれ)が、望んだものを私にもお与えください。
 そして、彼が(平安あれ)が保護を求めたものから私もお守りください。
 アッラーよ、天国へ近付ける行いと言葉、そして天国をお与えください。
 アッラーよ、地獄へ近付ける行いと言葉そして地獄からお守りください。
 そして、私についての定めが、全て良いものでありますように。」

かなり翻訳が悪くて読みにくいですね。
(100点満点中50点くらいでしょうか。)
内容の凄さが少しでも伝わるといいのですが、、、

今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!
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