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淀古城

2013-07-13 05:08:53 | 京都府
 淀古城

2013/6/16

京都府京都市のお城めぐり

 豊臣秀吉が側室淀殿に与えたお城

≪ お城の概要 ≫

城名: 淀古城
よみ: ヨド
別称: 藤岡城
所在地: 京都府京都市伏見区納所北城堀46
現状: 妙教寺
築城年代: 室町時代中期
築城者: 畠山政長
形式: 平城
遺構:
規模: 標高15m
文化財:
訪城日: 2010/11/3・2013/6/16


≪ 訪城記 ≫

淀城から徒歩で淀古城へ向かう。

淀城跡公園を出て淀駅前の通りを西北へ歩き、旧京阪国道の納所変速交差点信号を渡り、北へ向かう千本通りを300m程住宅街の道を進んだ三叉路を右折するとすぐに妙教寺の門が見える。
門を入ったすぐの鐘楼堂の隅に淀古城址碑がひっそりとあり、戊辰戦争のときに大砲の弾が御堂を貫通したことが書かれている。
妙教寺付近が淀城跡です。


≪ 歴 史 ≫

応仁の乱の折、畠山政長が西軍の畠山義就に備えるため守護所を勝龍寺から淀城に移したの始まりのようです。
明応二年 (1493) 細川氏の山城国掌握によって守護代級の被官が守りについている。
永正元年九月 (1504) 摂津守護代薬師寺元長が淀城に拠って細川政元に反旗を翻す。
永禄二年八月 (1559) 三好長慶は細川氏綱を淀城に配置するが、同六年ごろに氏綱が死去、以後は三好義継、松永久秀の部将が配置されている。
永禄九年七月 (1566) 三好三人衆に奪回され、三好長逸の手の者が入部する。
永禄十一年 (1568) 織田信長の入京により落城する。
天正十年六月 (1582) 本能寺の変後、明智光秀によって修理される。
天正十七年三月 (1589) 羽柴秀長が淀城を修築し、豊臣秀吉の側室淀殿が入る。
文禄元年 (1592) 木村常陸介が居城とする。
文禄四年 (1595) 廃城となる。


≪ 写 真 ≫


妙教寺の門


淀古城址碑


妙教寺の御堂

≪ アクセス ≫

<公共交通機関>
京阪電車京阪本線淀駅から徒歩10分。
<車>
名神高速京都南ICを降りて国道1号京阪国道を南下、大手筋交差点信号を斜めに右折、府道13号旧京阪国道を南西に進み、納所複合交差点信号を左折、京阪本線淀駅へ向かう。駅前の路地を南に向かい、京阪本線に沿いの道を斜め右に行くと踏切前のサンクス裏に与杼神社の有料駐車場がある。納所交差点付近にも有料駐車場有、ここから徒歩約5分。


≪ 位置図 ≫

淀古城(妙教寺)


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