ジェーン・オースティンです。
この作品には冒頭に作者からのメッセージがついています。
原稿を買い取った出版社が本を出版する気配も無いまま年月が過ぎ
この作品を書いた当時の様々な状況から著しく変化し、現代性を失ってしまった為
苦肉の策として、その辺の事情を説明する序文をつけたそうです。
実はこの作品は、当時大流行したアン・ラドクリッフの怪奇的なゴシック小説を
パロディにした形で書かれているそうで、作品のラストに付録として
『ユードルフォの謎』『森のロマンス』の一部が掲載されています。
当時、異常なくらいに流行したゴシック小説を皮肉った内容なのですね。
少々辛らつなところも持ち合わせたオースティンらしい手法ですよね
そして更に、小説の前半の舞台となるバースの街の雰囲気も
ナポレオン戦争の影響ですっかり変ってしまったそうで、
この作品に登場するバースという街は、陽気で楽しい雰囲気なのです。
でも、それらの事情があったにせよ・・・やっぱりオースティンは面白い。
物語前半は、まさしくいつものオースティン
愛や友情を華やかな社交の場を通して、その心理状態を克明に描いています。
舞踏会の会場でパートナーを待つ女性の心理や
気持ちの無い相手からの求愛をなんとかして拒もうと努力する様子・・・。
本当はティル二ー兄妹を待っていたいのに無理やり説得されて連れ出され
激しく後悔するキャサリンの心の葛藤等、
ワクワクドキドキイライラ
しながら次々頁をめくらずにはいられません。
そして後半は雰囲気が一転。
ティルニー一家の住むノーサンガー・アベイでの生活を描いています。
ヒロイン、キャサリンは非常に想像力豊かです。
そして最初に書いたように、当時大流行したゴシック小説のパロディなので
ここからは、少々怪奇小説めいた描写が沢山登場します。
最初、いかにもゴシック小説に出てきそうな荒廃したお城をイメージしていた
キャサリンは近代的に改良されている屋敷の様子を見て失望してしまうのですね。
ところが夜になって周囲が真っ暗になり、一人部屋に取り残されたキャサリンは
ノーサンガー・アベイに行く道中、ヘンリー・ティルニーが描写してくれた
恐ろしげな屋敷の様子を鮮明に思い出し、
暗闇の中に浮かび上がる黒い箪笥や柩、鍵のかかった引き出しに
意味ありげに隠されていた書類等を見つけて
脳裏の中で様々なイメージが膨れ上がり
この屋敷に実は重大な秘密があるのではないかと疑いを起すのです。
―――漆黒の動かしがたい闇が部屋を包んだ。激しい一陣の突風が、
突然、怒り狂ったように沸き起こって、この瞬間の新たな恐怖心を
そそった。キャサリンは頭のてっぺんから足の先まで震えた。
その後に続いた沈黙の間に、遠ざかって行く足音と遠くの扉の
閉まるような音が、びくびくしている彼女の耳に聞こえてきた。―――
そして、キャサリンの恐怖の妄想は更に膨らんでいきます
屋敷の案内に気が進まない様子のティルニー将軍(ヘンリーの父)が
とんでもない事をしでかしたのでは
と勝手な妄想は膨らむ一方で
頃合を見計らって探索するまでのキャサリンの心理描写は・・・・
本人は至って真剣なのですが・・・妙に笑えるのですヨ
ホント、オースティンの皮肉で辛らつなユーモア感覚は最高です
冒頭の「キャサリン・モーランドを子供時代に見かけたことのある人なら
誰も彼女がヒロインになるために生まれた人だ、
などと思いはしなかっただろう」という書き出しから始まるこの作品。
田舎育ちのキャサリンが17歳の時に両親と離れて両親の友人アレン夫妻と共に
バースに赴き、そこでの様々な出来事を通し、心も身体も美しく成長していく、
一人の女性の成長物語でもあり、怪奇的な面白さと様々な恋愛と相まって
なんともユニークな作品です。
アレン夫人の娘達・・・とりわけ仲良しになったイザベラとの友情や、
イザベラの兄ジョン・ソープの少々押し付けがましい求愛、
運命の人、ヘンリー・ティルニーとの出会い等を通し
人間として、女性として、悩みながらも一生懸命生き、成長していく過程は
当時の女性達の置かれた時代背景が克明に浮かび上がり、
女性にとって良家との結婚が、いかに大切な事だったかも感じさせられました。
それにしても後半のティルニー将軍の豹変振りとその背景には
正直唖然・・・でした・・・


素材提供:AICHAN WEB