イアン・マキューアンです。
この小説は、1935年の夏のことを書いた第一部と、
第二次世界大戦中の1940年のことを書いた第二部と第三部、
それに1999年に書かれた・・・というエピローグの3つから構成されてます。
主人公は、現在77歳になる小説家のブライオニー。
彼女はまだ少女だった1935年の夏に、他人の人生を大きく変えてしまうほどの、
とりかえしのつかない過ちを犯してしまったのですが、
その罪をなんとしてでも贖うために、彼女は最後の小説を書こうとします。
英国の田舎風景を背景に夏の数日を描いた第一部の舞台はタリス邸。
ヒロイン、ブライオニーは優れた文才を持つ17歳の多感な少女です。
家を出て自立している年の離れた兄のリーオンが久しぶりに帰ってくるという事で
その兄の気を惹く為に自作の劇「アラベラの試練」を上演しようと計画。
母親の妹・・・叔母が離婚に向けて準備中で、その間タリス邸に
滞在することになった従姉弟達を巻き込んで、
自分がヒロインになるつもりでいたのです。
ところが何もかも思惑通りに事は進まず前途多難。
一方、姉のセシーリアは幼馴染で同窓のロビーとの関係で苛立っており、
噴水の中に落ちた花瓶を巡ってロビーと争い、
事の成り行きからセシーリアは彼の前で白い裸身を晒してしまいます。
この一部始終をブライオニーは窓から目撃!
二人のただならない関係を知るのです。
これら、今後起こる重大な事件の伏線が、繊細に細やかに描かれ
それまでのマキューアンの作品からは考えられない―――
ある人が、ヴァージニア・ウルフを想わせるような―――と語ってますが、
―――私は寧ろマンスフィールドを思い出すのですが―――
とても味わい深い文章で、ブライオニーの心情を中心に
小さな出来事や誤解を積み重ねつつ、ゆっくりと物語は進行します。
そして一人一人の細やかな心理描写を通し、徐々に緊迫感が漂い始め・・・
もうこれ以上耐えられない、というくらいに緊張感が頂点に達したとき、
遂に恐ろしい事件が起こってしまいます。
この事件によってブライオニーは一生涯抱え込まなければならない
重大な罪を犯すことに・・・。
まだ無垢な少女だったブライオニーには男と女の生々しい感情が・・・
当然ながら理解出来なかったのですね。
激しい嫌悪感から目が眩んでしまったブライオニーは・・・
おぞましい事件が勃発した時、悪意でこそ無かったものの、
誤解から安易な発言をして一人の人間を無実の罪に陥れてしまい・・・
幸福になれたハズの二人を不幸のどん底に突き落とす
恐ろしい結果を迎えてしまったのです。
第二部、第三部の舞台は第二次世界大戦真っ只中の1940年。
第一部から5年、あの事件後、それに関った人々のそれぞれの生き様が、
第二次世界大戦を背景に繊細に描かれていて、まさに圧巻です。
パリ陥落直前、フランスからの脱出で苦闘するイギリス兵達の壮絶な姿や
戦時志願の見習い看護婦ブライオニーの厳しい日々etcetc。。
凶暴な暴徒と化した男達の残虐非道ぶりを描いたシーンなんて凄い迫力で・・・
でもある男が、群集心理を逆手に取って一人の男を救った機転には拍手喝采で・・・
とにかくマキューアンの素晴らしい筆致に圧倒されっぱなし
そしてエピローグ。。
小説家ブライオニーの77歳の誕生日を祝う盛大なパーティの席でのシーンは
この小説の書き出しと見事に呼応していてゾクゾクします。
そして最後の最後、『贖罪』という小説全体の大きな意味が
はっきりと浮かび上がってきます。
小説家のブライオニーは、過去の罪を贖おうと「小説」という嘘を書き・・・
それを私達は読んでブライオニーの罪と、贖う為に闘った(?)姿を知る・・・。
この小説の表裏二重のラスト、隠れた意図を知った時の衝撃!感動!!
これは・・・小説家なら、実感を持って味わえる感覚なのではないでしょうか。
本当に・・・なんて凄い作品なのでしょう・・・
マキューアンはあるインタヴューで
「『アムステルダム』は根をつめて『愛の続き』を書いたあとの
休日のようなもの、ある種の軽いしゃれだったんです。」
と語っておりますが、その軽いノリで書いた作品がブッカー賞を受賞・・・
渾身の思いで書いた『愛の続き』『贖罪』は候補止まりとは
なんとも皮肉で、いかにもマキューアンらしいですネ
それはともかく・・・ブッカー賞最終候補、全米批評家協会賞受賞!
更にW・H・スミス賞受賞!映画化も決定の―――
たしかジョー・ライト監督にキーラ・ナイトレイ出演でしたっけ―――
文学の王道をいく素晴らしい作品であることは間違いありません。
素材提供:Pari’s Wind