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プラムの部屋♪

長い長い休暇中デス。(*_ _) ゴメンナサイ。

『風の影』

2007-01-24 11:47:29 | 作家さ行

カルロス・ルイス・サフォンです。  

 

1945年のバルセロナ、靄につつまれた早朝、父親はダニエルを

「忘れられた本の墓場」へ連れていきます。

そこは宮殿の亡き骸か、残響と影の美術館のように見える建物で、

中には大図書館を思わせるほどの本が並んでいました。

沢山の本棚が入り組んで立ち、そこはまるで迷路のよう。。

父センペーレの言葉。

 

「ここは神秘の場所なんだよ、ダニエル、聖域なんだ。おまえが見ている

本の一冊一冊、一巻一巻に魂が宿っている。本を書いた人間の魂と、

その本を読んで、その本と人生をともにしたり、それを夢みた人たちの魂だ。

一冊の本が人の手から手にわたるたびに、そして誰かがページに目を

走らせるたびに、その本の精神は育まれて、強くなっていくんだよ・・・。」

 

素敵な言葉ですね。

この父親の存在は、この作中人物の誰よりも大きいと思います。

そして更に続く父の言葉。

「ここにある本を、どれか一冊えらぶんだ。気にいれば、どれでもいい。

それをひきとって、ぜったいにこの世から消えないように、永遠に

生き長らえるように、その本を守ってやらなきゃいけない。―――」

ダニエルが手にした1冊の本の題名は「風の影」、著者名はフリアン・カラックス。

この本との出会いから謎の作家を巡る暗い過去へ・・・・

ダニエルの迷宮の旅が始まるのです。

 

これはも~理屈抜きに面白いっ!

内戦に喘ぐスペイン、バルセロナの歴史を背景に繰り広げられる

歴史ロマンであり、謎の作家の過去を解き明かしていくゴシック

ロマン漂うミステリーであり、一人の少年の成長物語でもあり、

超ド級エンタメ小説でもあったりして・・・。

後書きにもありますが、入れ子のロシア人形のように、

過去の秘密が別の過去を呼び、次々とめまぐるしく展開する

現在と過去を結ぶ複雑な構成で、まるで迷宮に迷い込んだよう。。

そして映像がそのまま浮かぶような錯覚さえ起こさしめる

見事な表現力に濃厚な文章!

しかも本体そのものはバルザック、ユゴー、ディケンズ等を髣髴とさせ、

まさに正統派文学と言えるかも。。

 

ダニエル少年が青年に成長する約10年間をベースに物語は展開されますが

その間に少年が出会う人々のなんと個性豊かで魅力的なこと!

中でも極めつけはやはりフェルミン・ロメロ・デ・トーレスでしょう

こんな素敵な友人がいたら、人生めちゃめちゃ楽しいでしょうね。

でも波乱万丈で休む暇がなくて大変か

ヌリア・モンフォルトは登場場面が少ないわりに物凄く大きな存在感でしたっけ。

彼女の残した手記は衝撃的でした。

 

あ~でもここに登場する人物について語ろうとすると・・・

もっと言えば内容について語ろうとすると、どう語ってもネタばれになりそう。。

とにかく、この個性豊かな面々が、あるいは激しい憎悪、あるいは溢れる愛情、

友情、身も心も凍りつくような悲しみ、醜い嫉妬等、あらゆる感情を持ちつつ

まるで登場人物の息遣いまでも聞こえて来そうなリアルな描写で

複雑に入り混じり、関りあっていくのです。

その様は、読んでいて眩暈がしそうなくらい濃厚で激しい。。

徐々に明らかになっていくフリアン・カラックスの壮絶な人生は・・・

読んでいて胸がかきむしられそうでした。

 

作中、とても印象的な言葉があります。

―――読書は個人的な儀式だ、鏡を見るのとおなじで、

ぼくらが本のなかに見つけるのは、すでにぼくらの内部にあるもの

でしかない、本を読むとき、人は自己の精神と魂を全開にする、

そんな読書という宝が、日に日に稀少になっているのではないか―――

作者は、この作品を通して読書の楽しさを訴えているのかも知れないな

なんて勝手に思い・・・妙に嬉しかったりしてます^^

 

この作品は、スペインで空前絶後の超ロング・ベストセラーになったそうで・・・

当時のドイツの首相フィッシャーが絶賛して以来、

「サフォン・マニア」という言葉まで生まれたといいます。

この作品の凄いところは、宣伝広告無しで、ひたすら読者の口コミにより

徐々に売上をのばしていったことです。

本当に良い作品は宣伝なんかしなくても人々の心に浸透していくものなのですね。

そして公式HPまで存在する程の世界的ベストセラーになってしまったのです

 

地中海とティビダボ山を背景に佇む都バルセロナ。

内戦当時の凄惨な歴史を背景に、全編に靄が立ち込めた

神秘的で魔性に満ちた雰囲気がたまらない魅力のこの作品。

下巻に突入するやページを捲るのももどかしく、

無我夢中で読み進めずにはいられませんでした。

ラストの感動も一際大きく・・・是非多くの読書好きに読んで頂きたい大傑作です。

 

素材提供:ゆんフリー写真素材集


『貴婦人と一角獣』

2006-11-07 11:26:27 | 作家さ行

 トレイシー・シュヴァリエです。 

 

「真珠の耳飾りの少女」で一躍有名になった作家さんですネ。

どちらも素晴らしい作品ですが、気分次第で変わる可能性はあれど^^

こちらの方が、より深く心に染み入る作品でした

 

「貴婦人と一角獣」とは、知る人ぞ知る!6枚の連作タペストリー

(綴れ織り)からなる、中世美術の最高傑作

中世の時代に、貴族達の家の殺風景な壁面を覆う為に飾られたくらいですから

かなり大きくて贅沢なシロモノなのですね。

凝ったものになると仕上げるのに何年もかかったそうですヨ

今も中世美術館に展示されているそうで・・・

ご覧になられた方、いらっしゃいます?^^ 

 

6枚のタペストリーは、それぞれ「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」

「欲望」を主題にしていて、貴婦人と一角獣の表情豊かな絵が織り成す

世にも美しい・・・そしてとても不思議な世界が展開されています。

ちなみに一角獣は西洋の中世・近世美術によく登場する架空の動物。

姿は馬に似てますが、性質は猛々しく、処女の懐に抱かれて初めて

大人しくなるという言い伝えから、純潔の象徴とされてるそうです。 

 

このタペストリーを注文したのがヴィスト家の誰なのか?

また、このタペストリーを実際に作成したのが誰なのか?

その作風から、ブリュッセルの工房で作成されたであろうこと、

貴婦人の服装から15世紀末の作品であろうことが分かっている程度。。

ここに、シュヴァリエの豊かな想像力により、

情緒豊かな物語が展開されるのです。

 

この物語は、タペストリーの原画を描いた絵師、貴婦人のモデル四人、

そしてタペストリーを織った工房の親方と職人の計七人が、

それぞれ一人称で順次語っていくという手法です。 

 

原画を描いた絵師ニコラ・デジノサン・・・この作品の中心人物・・・かな。

若い女と見るとすぐ手を出すフトドキ者で、異常なくらい自信過剰

ブリュッセルの工房をバカにしてかかるようなヤナ奴・・・と思いきや

思いがけず純で真っ直ぐな面を覗かせたりして・・・憎めないのですヨ~

 

で。。

この絵師の介入を機に、ヴィスト家の面々と、ブリュッセルの工房で働く面々の、

それぞれの人生に波紋が広がり、運命の輪が交差していく様は

まさにタペストリーの如く、複雑で艶かしく、時には残酷だったりするのです。

特に貴婦人のモデルになった四人の女性達の運命は、

時代とはいえ・・・同じ女として色々考えさせられますね。。

 

四人の女性達とは、ヴィスト家の奥方ジュヌヴィエーヴ・ド・ナンテール、

その娘クロード・ル・ヴィスト、

ブリュッセルの工房で働く女主人クリスティーヌ・デュ・サブロン、

その娘アリエノール・ド・ラ・シャベル。

 

この時代は、貴族に生まれると必然的に親の決めた許婚以外許されず・・・

また、商人の家に生まれて優しい親に恵まれたとしても

その家庭の事情や本人の問題点から、泣く泣く嫌な相手の元へ

嫁がされることもあったようで・・・今じゃ考えられないことですね。。

 

この四人の女性達への、絵師二コラの秘めた想いが

タペストリーに織り込まれているのです。

この本の装丁に、タペストリーの絵柄がそのまま使用されているのですが

ま~実に見事ですヨ~

 

「それが私のただひとつの望みでございます」

この言葉に象徴される、当時の女性達の哀しみが・・・

定められた運命を受け入れる以外生きる術のなかった女性達の想いが

このタペストリーから滲み出てくるような、ちょっぴり切ない物語。。

 

でも、時代によって、どれだけ生き方の違いがあろうと、

基本的な人間性は変らないものかも知れないな~と思ったりもして・・・

傷つき、迷いながらも精一杯生きる彼女達にエールを送りたくなるような・・・

とても味わい深い素晴らしい作品です。

 

それにしても、音楽や絵画って本当に凄いな~と改めて実感ですヨ。

言葉は無くとも、聴くだけで・・・観るだけで・・・その作者の人間性や背景、

果ては物語までも紡ぎだされていく不思議。。

あ~ロマンだわぁ。。

 

ところでですね。。

このところ色々立て込んでまして・・・暫く更新出来ないと思われます。

また落ち着いたら再開するつもりではありますが、

どうぞご理解下さいますよう、よろしくお願い申し上げます

 

素材提供:AICHAN WEB


ピーター卿シリーズ

2006-08-31 22:14:08 | 作家さ行

 D・L・セイヤーズです。

 

このシリーズは本当に大好きで、前半の作品では『雲なす証言』がお気に入りかな。

ピーター卿のやんちゃぶりといい、バンターの忠義一徹の従僕ぶりといい

ちょっぴりコミカルでセイヤーズ女史が心から楽しんで創作している様子が窺えて

気楽な気持ちで読める作品です。

ラストの裁判における大衆の喝采シーンは特に好きっ

そして後期の作品では断然『学寮祭の夜』がマイ・ベストです

七百ページとかなり厚いうえ、独特の文体ですが、

慣れればとても読みやすい作品です。

シリーズの最初から読んだ方がラストの感動はひとしおですが、

多少の事情を知っていればこの作品だけでも充分楽しめます。

 

この作品はシリーズ作品中、唯一(?)ピーター卿の恋人ハリエットが主人公です。

前作までに、ハリエットが殺人の濡れ衣を着せられて裁判にかけられ、

有罪判決で絞首刑になるところを、ピーター卿が素晴らしい推理力を発揮して

見事無実を勝ち取り命を救った、といういきさつがあります。

で、この衝撃の出会いを通してピーター卿はハリエットに恋してしまい、

プロポーズを繰り返しますが、ハリエットの微妙な女心・・・

どうしても負い目を感じてプロポーズを受ける事が出来ないのです。

この作品では、思い悩んだハリエットが母校・オクスフォードに篭り、

作家としての執筆作業に専念しがてら、オクスフォード内で頻発している

怪事件の解決に一役買いつつ、気持ちの整理をつけようとするのです。

最終的には同じオクスフォード出身だったピーター卿が乗り出して

見事な事件解決に導くのですが、思いがけない犯人の実態、本音。。

かなり考えされられました。

 

この作品全体の雰囲気は、英国の古き良き時代そのもので、重厚で美しいです。

知的な会話がなんとも小気味良く、う~む。。と思わず唸ってしまいます。

みなさん頭が良いだけに、辛らつな言葉の投げあいはかなりエグイですけど。。

ピーター卿のピアノ伴奏で、ハリエットと二人でデュエットをするシーンや

ボートで二人乗りをし、様々な事を語らうシーンなんてとても風情があって素敵です。

そしてオクスフォードにおける最後の夜の演奏会シーン―――

 

連れは(ピーター卿の事)本物の音楽家が本物の音楽を聴く時の常で、

身じろぎもせず孤高をまとっている。

ハリエットもそれなりに音楽家だったので、この近寄りがたさを尊重した。

―――ハリエット自身、音を多少は頭で読み取り、

旋律の縒り合わされた鎖の環を一つづつ、苦労してほぐしていくだけの

知識がある。ピーターなら、入り組んだ形の全体像を

聴き取ることができるに違いない。どの部分も別個に、しかも同時に。

それぞれが独立していながら対等、分離していながら分かちがたく、

上に下に中に移動して、知と情の両方を魅惑していく。

 

この文章・・・ピーター卿とハリエットの関係を如実に現わしてますね。。

なんとも風情があって素敵な文章じゃありません?^^

でもなんてったってラスト・・・モードリン橋でのプロポーズシーンは・・・

う~ん。。も~最高

 

セイヤーズの作品は『ナイン・テイラーズ』も有名ですね~

せわしない毎日のたまの息抜きに、オクスフォードの重厚な雰囲気に

どっぷりと浸ってみるのも気持ちいいですヨ~。。

 

素材提供:Pari’s Wind


『仮面舞踏会』

2006-05-26 13:50:00 | 作家さ行

 ウォルター・サタスウェイトです。

 

一応、ピンカートン探偵社シリーズです。

とても楽しい時代ミステリー・・・。

何が楽しいって・・・後書きにもありますが、実在の人物や

先人の作中人物がすまして登場し、活躍してくれるからです^^

 

主人公はフィル・ボーモント。

この作品の語り手であり、ピンカートン探偵社の調査員です。

アメリカ人出版者変死事件の依頼を受けてパリに訪れます。

 

もう一人の主人公ジェーン・ターナーも、やはりピンカートン探偵社の調査員。

ジェーンに関しては、ほとんどが友人に宛てた手紙を通して

その時の心境や状況を具さに表現しているので

フィルとジェーンの考え方や気持ちの行き違いなんかも絶妙に分かり

中々興味深い趣向になってます。

 

内側から閉ざされたドア、同室で死んでいた愛人。。

亡くなっていたアメリカ人出版者には独特の美学があり、

彼の自殺は誰が見ても納得のいくもの・・・

つまり調査の必要が無いものに思われ、

パリ警察はそれ以上の介入を快く思っておりません。

でもそこを、パリで出会った洒落者ルドックと共に調査を進めるうち

次々に怪しい人物が・・・。

 

フィルとルドックが最初に出会う大物は、英国のミステリー作家。

デビュー作が、お髭のフランス人探偵が活躍する『パイルズ荘の殺人』・・・

言うまでも無く・・・ア○サ・ク○○ティ女史ですね^^

それにス○ット・フィッ○ジェラルドも!

そして、容疑者として名を連ねている一人がアーネ○ト・ヘミ○ング○ェイ!?

ガート○ード・ス○イン・・・おまけにス○インの秘書ア○ス・トラ○スも登場。

更にパプロ・ピ○ソにエリッ○・サ○ィまで!!

ジェーンがサ○ィの大ファンだったりしてるのです

 

これら作中人物が縦横無尽に生き生きと活躍し、

個性豊かな魅力を大いに発揮し、楽しませてくれます。

特にヘミ○グウェイの、身体を動かすたびに何かを壊さずにはおかない

不器用な様子は、想像すると思わずクスッと怪しい笑みが・・・^^;

 

なんとなく途中で犯人が分かっちゃいまして・・・わりと単純明快な作品で

ミステリーとしては物足りないけど、素敵なパリの風景や

美味しそうなお料理の描写等がふんだんに盛り込まれた

超娯楽作品として楽しめるので、前作『名探偵登場』と共にお勧めです。

寝苦しい夏の暑い夜に、気軽なミステリーで現実を忘れるのも楽しいですヨ^^

 

素材提供:AICHAN WEB


『愛の妖精』

2006-01-06 10:22:58 | 作家さ行

 ジョルジュ・サンドです。

 

クラシック・ファンなら、この名前を聞いてピンと来ない人って

あまりいないと思われますが・・・いかがでしょうね~?^^

男装の麗人としても有名で、多くの芸術家と浮名を流した作家ですが

その作風はとても柔らかく優しく、有名な田園四部作といわれる作品・・・

とりわけこの『愛の妖精』は美しいです。

 

この作品執筆の背景には、当時の悲惨極まる社会的動乱が

サンドの心情に大きく影響を及ぼしていたようで、

温和な物語によって人心を慰める事こそ芸術家の使命、

という親友の言葉に動かされて書きあげられた作品だそうです。

 

野生の少女ファデットがこの作品のヒロイン。。

作者自身をモデルにした、と言われるこのファデットは、

初めは非常に憎たらしい嫌な奴、として双子の弟と共に

周囲の人々に疎まれ、嫌われていました。

ついたあだ名が「コウロギとバッタ」

このコウロギ・ファデットが、同じ村に住む双子の兄弟、

シルヴィネとランドリーの二人と出会い

初めは犬猿の仲だった状況から、様々な事を経験し、学び、

人間としても一人の女性としても、大きく美しく成長していく過程を描いた作品です。

 

も~なんていうか・・・。とってもとっても素敵なお話しなのです

ちょっとご都合主義なのでは・・・なんて野暮なこと、言ってはいけませぬ

ファデットのセリフの一つ一つがとっても素敵で、

本当は抜粋しようかと、あちこち頁を捲ってみましたが、

なんかそれももったいない気がするくらい。。

 

ランドリーは最初、ファデットが大嫌いだったのですね。

ところがやむなくファデットに助けられたことがあり、

さも恩を着せられるかとヒヤヒヤして、なるべく顔を合わさないようにしていたら

フト気が付くとファデットの方が自分を避けている??

で。。人間として、男として、このままじゃいけない!

と奮起してファデットに敢然と立ち向かうと、意外な側面が見えてくるのです・・・。

 

人は、大抵自分の側からしか物事を見れません。

そして大衆迎合主義、とでもいうのでしょうか・・・。

悪い噂を簡単に信じてしまい、真実を見ようとしない。。

人から忌み嫌われていたファデットが、実はとても心の優しい賢い少女だったと知り

今までの嫌悪感が一転、深い愛情に変るランドリーの心情の変化や、

二人が心を通わせていくくだり、二人が世間を納得させる為に起こした行動等

とても清々しい気持ちにさせてくれます。

 

かのドストエフスキーやバルザックが人間の持つ残忍さや冷酷さを

前面に強調して描いたのとは好対照に、

とても優しく柔らかく人間の持つ善性を描いていて、

ほのぼのと暖かい、随所でじわっと涙が込み上げそうになる作品です。

ちなみに、このお二方もサンドの作品を高く評価していたようです。

 

正直、翻訳特有の妙な言い回しがちょっと読みにくい部分も無きにしも非ず・・・

でしたが、そこさえクリア出来れば、スイスイ気持ちよく読めてしまいます。

殺伐とした世の中にあって、こんな長閑な田園風景に彩られた

なんとも麗しい物語の世界に没頭するのもたまには良いかもですヨ

 

 

素材提供:AICHAN WEB


『真珠の耳飾りの少女』

2005-10-27 20:39:08 | 作家さ行
 トレイシー・シュヴァリエです。


かの有名な画家、フェルメールの作品をモチーフに描かれたこの作品は

本当に真珠のような美しさです。


ヒロイン・フリートは、まだ16歳の時にタイル職人であった父親の失明により

家計を助ける為、画家フェルメールの家に女中として住み込みで働く事になります。

フェルメール家は、このフリートの存在により、大きく揺れ動く事になるのです。


フェルメールの妻カタリーナはなぜかフリートに冷たく、

その影響もあってか長女コルネーリアは最初からフリートに敵意を抱いており、

事あるごとに辛くあたります。

でもこの家の実力者でカタリーナの母親のマーリア・ティンスの庇護の元

どうにか居場所を見出していきます。


そんなフリートの最も大事な仕事はフェルメールのアトリエの掃除です。

本物の芸術に出会った少女にとって、フェルメールは最初から特別な存在でした。

この名画の完成までの心の機微や、様々な出来事が繊細に美しく描かれていて

絵筆を握るフェルメールの息遣いまで聞こえてきそうな臨場感が漂っています。


フェルメールは、フリートの中に豊かな芸術性を見出していたのでしょう。

とても印象的な心に残るシーンが随所に散りばめられていてワクワクします。

 

「あの雲は何色だろう?」

「まあ、白でございます」

心持ち眉がもち上がる。「そうかね?」

もう一度ちらりと見た。「それから灰色でしょうか。雪になるかもしれません」

「いいかねフリートや。お前ならもう少し何とかなるはずだよ。

あの野菜を思い出してごらん」

「あの野菜でございますか?」

首を微かに振る素振り。またご気分を害してしまった。

顎のあたりに強張りを感じる。

「同じ白い野菜でも、別々にしてたじゃないか。

蕪と玉葱、あれは同じ白かね?」

突然、閃いた。

「いえ、ちがいます。蕪には緑が混じっていて、玉葱には黄色が」

「その通りだ。さあ、雲にはどんな色が見えるかね?」

 

     ―――――――――――――――――――

 

情景が整然としすぎていると気づいたのは、そのときだ。

わたしは何につけきちんとしているのが好きではあるけれど、

ほかの絵を見た経験から、机の上にはいくぶん乱れたところがあったほうが

よいと知っていた。そこで目が滞る。品物ひとつひとつに思いを寄せる。

宝石箱、青いテーブルクロス、真珠、インク壺。

そして何を変えるか決心した。音を立てないように、屋根裏部屋に戻る。

我ながら、自分の考えの大胆さに驚いていた。

 

この作品のタイトル「真珠の耳飾りの少女」は、

フェルメールの作品として実在していますが、この作品はもちろんフィクションです。

でもこの作品を読んでいると、まるで事実であるかのように錯覚してしまいます。

青と黄色のターバンを頭に巻き、「旦那様、着けていただけますでしょうか」

と言ってフェルメールに真珠の耳飾りを着けてもらうフリート。。

 

なんていうか・・・俗世間的な場所から離れたアトリエでの空間は

窓から射し込む光と印象的なブルーが全体を美しく彩り、

まるで別世界のようで、そこだけ浮世離れしている印象なので

下界とのコントラストがなんとも絶妙なのです。



主人と召使の結ばれぬ恋、なんていう陳腐な作品では断じて無く

優れた芸術家と美を解する一人の少女の美しい物語・・・といった風情で

読後感も前向きな印象の、とても素敵なお話しでした。

 

素材提供:ゆんフリー写真素材集


『森の小道・二人の姉妹』

2005-10-06 21:44:37 | 作家さ行

 アーダルベルト・シュティフターです。



この方は素晴らしい絵も沢山描いたんですヨ。

結局本職にはしなかったようですが、プロでも充分通用したのではないかと

思うくらい、とても美しい絵です。

本の表紙や挿絵にも何枚か登場しますので、

興味がある方は是非観て頂きたいです。



中篇が二作品・・・どちらも非常に静謐で清らかです。

恋愛小説なのですが、よくある男女の駆け引きや感情のぶつけ合い、

ドロドロした複雑な関係等は一切無く、まるでサラサラ流れるように礼儀正しく美しく

豊かな大自然の素晴らしい描写を背景に、人との出会いと別れ、暖かさ等が

とても自然に描かれているのです。



『森の小道』で印象的だったのは主人公が深い森で迷い、彷徨うシーン。。

流石絵を描くだけあって、描写が克明で素晴らしいです。

 

ティブリウスは、いろんな物に囲まれているその小道を歩いて行った。

ときどき、赤い珊瑚のような蔓苔桃が道端にあり、またときどき、

苔桃が葉をのばし、きらめく小さな葉には、赤い玉のある、

同じように小さな房がついていた。

―――木々はしだいに暗くなり、ところどころ、白樺が白い線を落としていた。

小道は常に同じで、行く道は、歩いてきた道と同じだった。

そのうちしだいに様子が違ってきた。木並みがひどく濃くなり、

しだいに暗くなって、それらの枝から、前より強い冷気がおりてくるようだった。

それがティブリウス氏に、あと戻りせよと警告していた。―――

 

―――帰り道ではもう何も見ようとせず、時計を見たときから、

できるだけ早く馬車のところへ行く必要があったので、

来たときよりも早足で歩いた。来たときとまったく同じように黒く、

同じように横に木々のつづいている小道を歩いて行った。

しかしもうかなり長いあいだ歩いたとき、いまだに石壁のところへ

こないのを不思議に思った。来るときそれは左側にあった。

いまはj逆に歩いているのだから右側にあるはずだった。―――

しかしそれは現れなかった。―――

 

う~ん。。この独特の感覚は、是非味わって頂きたいところですネ。



 『二人の姉妹』・・・旅先のウィーンで出会った老人と青年が、

お互い連絡を取り合う約束をします。

そして約束通り、青年が老人に会いにイタリアの奥深い田舎に訪ねていくのです。



美しいチロルの道を進み、長いイン谷を通り抜け、プスター谷に・・・。

そして更に南チロルに向かい、メラーンを経てガルダ湖の岸辺に到着。。

ここで味わう家庭の温かさ、音楽の美しさ、老人の真摯な気持ち、

姉妹の生き方等々、繊細に柔らかく描いていてとても素晴らしいです。

 

「―――私たちがまだ裕福だったころは、何も考えずに仕合せに仲よく暮らし、

毎日ほとんど同じように時間とお金を使いました。しかし不幸がやってきたとき

初めて、私たちは、いかに多くの愛情や善意や、人の心を一つにする

誠実さが、ひとびとの心のうちにありうるかを知りました。―――」

 


ストーリー自体は特別な起伏は一切無く、

ただただ大自然の静謐な空気の中に身を投じ清らかな流れの中に

漂うかのような感覚を味わえる作品・・・

ここまで澄み切った美しい空間を文章で味わえる作品も珍しいと思います。

 

素材提供:ゆんフリー写真素材集


トマス・リンリー・シリーズ

2005-08-31 13:43:05 | 作家さ行

 エリザベス・ジョージ・・・本国アメリカではかなり人気のある作家です。

このシリーズは『ふさわしき復讐』『エレナのために』の二作しか読んでおりません。



貴族の称号を持つ警部トマス・リンリーを中心に、

バーバラ・ハヴァーズ刑事、レディ・ヘレン、サイモン、デボラ等の友人や

仕事仲間が絡み合い、様々な事件に遭遇していくシリーズです。

一部では結構人気がありますね。。

 

このシリーズはちょっと暗いです。

リンリーは親友サイモンの足を事故で動かなくさせたことで罪悪感を感じていて、

『ふさわしき復讐』の中で、その問題が幾度と無く浮き彫りにされ、

読んでいてちょっと辛くなりました。

でもその一方、サイモンの恋人デボラに片思いをしてしまい、

なんだか複雑な混沌とした状況に追い込まれていくのです・・・。

う~ん。。こういう煮え切らない男って、あまり好きじゃないな。。



『エレナのために』で登場したバーバラ刑事はこのシリーズ随一好きなキャラです。 

貧困の中病気の母親を抱えて必死で生きる女性刑事バーバラ。。

でもか弱い女性ではありません。というか逞しいです

リンリー警部とは微妙な関係ですね。恋仲という事でなく・・・。

かたや貴族の称号を持つお坊ちゃま。

かたや貧困の家庭の中、ぎりぎり精一杯の苦境を生き抜く女性。。

敵対、とまでは言わないけれど・・・ま~なんとなく想像出来ると思います~。

 

とにかく人間の持つ様々な感情がドロドロと渦を巻き

特に『エレナのために』は全体的に靄がかかったような印象ですね。

英国らしい作品で、作者が大のセイヤーズファンである事を思えば

もっと好きになれそうなものなのですが・・・

リンリー警部がどうしても好きになれず、

シリーズ自体もこれ以上読む気になれませんでした

う~ん。。残念だ・・・。

 

素材提供:ゆんフリー写真素材集


コーデリア・シリーズ

2005-08-24 13:00:53 | 作家さ行

 P・D・ジェームズです。

 

ルース・レンデルとは良き友人同士だったそうです。

当時の英国ミステリー作家の中でも人気を分け合っていたようですね。

本来は純文学を目指していただけあって、その作風も硬質で文学的です。

 

コーデリアが主役の作品は残念ながらあまりないですね。

初めて『女には向かない職業』を読んだ時、とても新鮮な印象を受けました。

「女探偵」と聞いておそらく大抵の人が想像するイメージとは一線を画します。

なんていうか・・・とても健気なのです。そして真面目。

 


探偵事務所のパートナーが自殺した為、事務所を守るべく奔走する様は

読んでいて思わず「がんばって!」って声をかけてあげたくなります。

同世代の男女に対しての対応もちょっぴり硬い。

でも私から見ると、とってもかわいい^^。

 


そしてとても印象的なラスト。。

それまで必死になって頑なに守っていた硬い・・・何だろう・・・プライド?

う~ん。。微妙に違うな。。

とにかく張り詰めていた気持ちが一気に緩み、

感情を吐き出すシーンは思わず一緒になって泣いてしまったくらい

いつの間にかコーデリアに感情移入してしまってました。



この邦題『女には向かない職業』は、コーデリアが探偵稼業をしている事に対して

ほとんどの人が口にするセリフです。

この邦題ゆえに読む気になれなかったのですが、

読後は読んでよかったと心から思えた作品です。

 

素材提供:Pari’s Wind


『天使の怒り』

2005-08-23 12:57:02 | 作家さ行

 シドニー・シェルダンです。



一時期、異常にはまってしまい、『ゲームの達人』から始まって

ほとんど読破してました。

が。。徐々に、なんとなくワンパターン気味に感じ始め・・・

最近めっきりご無沙汰です。

でもこの作品は数あるシェルダンの作品の中で特に好みの展開でした。

そもそも法廷物って結構好きで、ペリー・メイスンから始まって

リーガル・サスペンスに夢中になったので。。



で、この作品。

ヒロインの女性弁護士が、晴れて勤務についた当日に

「法曹界から追放か?」くらいの大変な事件に巻き込まれて、

大物検事の激怒を買い、いきなり敵に回してしまうのです。

でも心優しい先輩弁護士の配慮により、弁護士の資格は死守します。



何も無い状態から始まって、一人の黒人受刑者を殺人罪の容疑から救い、

裁判で、かの大物検事に勝利した事から徐々に頭角を現し、

法曹界の有能な弁護士として華麗なる活躍をするのです。



この辺りのサクセス・ストーリーは本当に大好き

絶対絶命の状況から、持ち前の負けん気と情熱と、素晴らしい頭脳で

見事切り抜ける法廷シーンはワクワクします。

法廷での頭脳プレイというのは、白黒はっきりさせられないから

絶妙な逃げ道とかあって、最高に面白い・・・とにかく大好きです。

でも作家の考え方が克明に現れるので、共感出来ないと、もうアウトです。。



それはともかく、この作品。。

・・・やはり、女は恋に弱いもの・・・。

恩人の弁護士との道ならぬ恋、マフィアの干渉、大切な息子の死。

段々坂道を転がり落ちるような急展開の後半は結構切ないです。

 

特にマフィアの大物マイケルとの関わり合いが、

ジェニファーの人生を大きく狂わせていくのです。

もともと法曹界から追放されたきっかけでもあるわけで・・・

ジェニファーとしては最も憎むべき相手のハズなのです。

が・・・そこはやはり運命、としか言いようの無い形での関わり合いは

なんとも言えず・・・切ないですね。。



それにしてもこうも法曹界の大物達って腐ってるか?なんてシーンもあったりして

ヒロイン・ジェニファーが、純粋で一生懸命だった前半、悪に手を染めていく後半と

世の中に・・・特に法曹界によって運命を翻弄されてしまった

一人の女性の半生を描いていて、色々考えさせられた作品でした。

 

素材提供:IKOI


『悲しみよ こんにちは』

2005-08-16 13:28:24 | 作家さ行
 フランソワーズ・サガン・・・18歳のデビュー作です。

 

映画の方が有名なのかな。。セシルカット、当時は大流行だったそうで・・・

でもかなりの美形じゃないと・・・ね。。

それはともかく、ティーン・エイジャーらしい心理描写が秀逸!

若さゆえの残酷さ、辛らつな眼差し。父親との間に割り込まれた少女の嫉妬心。

何度読み返しても、なんともいえない感情に囚われてしまいます。

凄い作品ですよね~。。



ストーリー自体はとても単純です。

ある夏・・・大好きな父親が、それまでの放蕩生活をやめ、

一人の女性と結婚する事になりますが、

それまでの自由気ままな生活を壊されるのはごめん、とばかりに、

セシルはなんとかして二人の仲を引き裂こうとあらゆる画策を練り

その結果として取り返しの付かない悲劇を招いてしまうのです。

 

 ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、

悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。―――

私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、ものうさ、

悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。―――

 

―――「アンヌ、私たちあなたが必要なのよ!」

 彼女はそのとき、体を起した。顔を歪めて・・・・・彼女は泣いていた。

私は突然そのとき、自分がひとつの観念的実在物にではなく、

生きた、感じやすい人間を攻撃したのだということを知った。―――



一人の未熟な少女が大人になる・・・こんなにも美しく残酷な小説は

やはり十代の瑞々しい感性でなければ書けないでしょうね。。

 

素材提供:IKOI


『みずうみ』

2005-08-08 12:29:52 | 作家さ行

 テーオドール・シュトルムです。

 

とにかく一遍の詩のような美しさ・・・ですネ。。

・・・やがて、一条の月の光が窓ガラス越しに、壁の絵の上にさしこんできた。

その明るい線が少しづつゆっくりと動いてゆくのを、

老人の目はわれ知らず追い続けた。と、

簡素な黒い額縁のはまった小さな肖像画が照らし出された。「エリーザベト!」



ここから一気に回想シーンへ・・・。

幼い頃の思い出の、なんと美しいこと。二人で行った森での苺摘み。。

やがて青年期に、それぞれ別々の道に進み・・・ラインハルトは都会で学生生活、

そしてエリーザベトは、ラインハルトの友人でもある資産家の息子エーリヒと結婚。



数年後にラインハルトは、エーリヒに招かれて二人の住む屋敷へ赴きます。

切ないですよね~。。実はラインハルトとエリーザベトは想い合っていたのですから。

ある晩、請われるままに「母の願いは」という詩を披露したラインハルト。

この詩の内容は、はからずもエリーザベトの心情そのものでした・・・。



ラストの湖上に寂しく咲く白いスイレンを見つめる老人の描写が

取り返す事の叶わない底知れない虚しさを現してるようです。



とにかく情感豊かな美しい作品・・・古典文学ならでは・・・ですネ。

 

素材提供:ゆんフリー写真素材集