2015年10月3日
「日本と中国が争ったインドネシアの高速鉄道計画では、中国案が採用された。 日本は戦後長らく開発援助を続けてきた親日国で受注競争に敗れた。その裏には中国側の動きを読み切れなかった日本の誤算があった。
◆見通しの甘さ
「中国案で本当に大丈夫なのか」。日本の和泉洋人首相補佐官は9月29日、ジョコ大統領の特使として来日し、「中国案採用」を説明するソフヤン・ジャリル国家開発企画庁長官に懸念を伝えた。 ソフヤン氏は、政府支出も政府保証も出さないというインドネシア政府の条件を中国が受け入れたと繰り返した。日本は、3年で完工させるという中国案を「実現性を度外視した売り込み」と見ていただけに、採用の決定に衝撃は大きかった。「日本はインドネシアでインフラ(社会整備)整備の実績を積んでいた。選んでくれると甘く見ていた」と日本政府関係者は悔やむ。」(1日 読売)。
残念としか言いようがないが、客観的に見ればこういう事態はどこかの時点で一度か、二度は起きねばならないことなので、やむを得ない事態と受け止めるべきだろう。というのは、現在の日中の高速鉄道商戦は、新幹線が高い品質、安全性を備えているが、値段が高く工期も長いという特徴があるのに対して、中国のそれは低品質、安全性は疑問、しかし短工期で価格が安いということで、2つの選択肢がユーザーに提示されている状況である。中国の言うことが本当なら、一応は安全なものが新幹線の半分の期間で安く出来るのだから、金の無い新興国にとっては、多少の品質の悪さは我慢するとして、中国製を選びたくなるだろう。しかし、中国の話は信用できそうにもない。今から土木工事を始めて、3年後に運開など、素人考えでも不可能に思える。最も重要な安全性では中国には大きな疑問符が付く。中国の高速鉄道は、2011年7月に死者40人、負傷者192人とされる衝突・脱線事故を起こしている。だから恐ろしくて、中国の話には乗れないだろう。そこで日本ということになればよいのだが、そうは簡単にいかないところに問題がある。金の無い国が、工期は2倍、値段も高い日本の新幹線を導入する理由付けが容易ではない。中国製は危ないと言えればよいのだが、「絶対に危ない」とまで言える根拠はない。おまけに、インドネシアは中国と(もちろん日本とも)良い関係を保ちたいと考えているはずだから、中国の機嫌を損ねたくない。そこでこのような状況に対して今回、なんとかして輸出の実績を作りたい中国は、捨て身で、インドネシア側のこのジレンマを解決する案を示し、インドネシアを取り込み、合意に達したものと見える。
《インドネシア「政府保証、政府支出なし」、何から何まで中国がやるということで決着か?》
「インドネシアのリニ国営企業相は1日、中国案の採用を決めたジャワ島で計画する高速鉄道について、「2016年1月までに建設に取り組みたい」との方針を表明した。中国案の採用を明言したうえで、速度を下げるなどして総事業費を当初の55億ドル(約6600億円)から「削減できる」と述べた。 高速鉄道はジャカルタ―バンドン間の約140キロメートルを結ぶ。日本と中国が受注を競っていたが、インドネシア側は政府の保証や予算を必要としない中国案の採用を日本側に伝えていた。リニ氏はインドネシアと中国の企業連合による合弁会社を年内に立ち上げる方針だと述べた。 合弁会社には中国国有企業の中国鉄路総公司、インドネシアの国営建設会社ウィジャヤ・カルヤなどが参画する見通し。今後は「株主として、価値を生む事業になるよう監視する」(リニ氏)としている。」(2日 日経)。
つまり、このプロジェクトを中国と、インドネシア側の合弁として、政府の保証や予算を必要としない計画とすることで、インドネシア政府の負担をかなり軽減したということである。日本案の条件は日本の円借款貸与と、政府保証を求めているのだから、日本にはできない芸当である。これはインドネシア側が日本に断りを入れるための、理由付けにもなっている。こうすれば、インドネシア政府は直接関与していないことになるから、工期の大幅遅れ、性能やコスト面での中国とのトラブル、あるいは運開後の事故発生などの問題、直接関与している場合に比べて、かなり責務が軽減される。結局、インドネシア側にしてみれば、中国の低価格と超短工期が魅力だったし、中国の‘政治的にらみ’も怖いということでもあったのだろう。これらの点で日本側が中国に敗れたことは間違いないのである。
《あまりにも無謀な中国のやり方 いかに中国とは言えこんなやり方はもうできないだろう そこで、次回が本当の勝負になる!》
中国は、確かに今回の表面的な結果だけに限れば日本に勝ったようにも見えるが、少し長期的な見方に立てばとてもそうは言えないだろう。なんとしても実績作りをしたいがためのものとは言え、中国が抱えたリスクはあまりにも大きい。一般にこの種のプロジェクトでは、評価の対象は、工期、費用、品質(仕様)、安全性、資金、現地調達、技術移転となるだろう。工期面では、日本は2021年(19年に試験走行)としていたのに対して、中国は18年に開業できるとしているのだから、もしそれが本当なら大変な差だ。費用面では詳細はわからないが、一般的に言えば中国の高速鉄道は建設コストが日本の新幹線の半分から3分の1で済むとされている。もちろんこれは仕様の差が大きいのだろう。用地取得は完了しているのだろうが、いま一つ疑問であるし、環境問題などはどうなっているのだろうか。住民から反対運動などが起きると、ややこしいことになる。現地への技術移転などの問題はどうなっているのだろうか。現地生産部品の品質や納期が守られないという問題も常に発生するし、こういったことはすぐに工期を遅らせる。その遅れを取り戻そうとして突貫工事をすれば、欠陥工事となって後に事故などにつながる可能性もある。また、工期が遅れれば、コストは大きく膨らむ。運行管理や運転士のトレーニング不足、技量不足で事故などが起きる可能性もある。なにしろ合弁としている以上、中国が得意としている金と人海戦術で一方的かつ強引に乗り切るわけにもいかない。中国としてはある程度の追加出費は覚悟の上だろうが、コストが大きく膨らむ可能性もある。本来であればこれはインドネシア政府から取り立てるべきところだが、今回は「無保証、無支出」となっているのだから、そうはいかないだろう。さまざまな問題をなんとか凌いだにしても、これは中国の高速鉄道の輸出実績を作ったということにしか過ぎず、とても以後のビジネスモデルを作ったとは言えない。商売にならない大盤振る舞いは、一度や二度はなんとか凌げるにしても、何回もやるわけにはいかない。やはり次からは本来の価格、工期でやらざるを得ない。そうすると、次は、本当の意味での日本の新幹線あるいは欧州の高速鉄道との勝負が始まることになる。
中国はかなり焦っているようだ。それというのも、安い労働力を基盤として成り立っていた高度経済成長が終了し、経済が失速し始めた現状では、高速鉄道の海外への売り込みは今後の中国の成長を支える数少ないカードになっているからである。しかし、こんな無謀なやり方がそう都合よくいくとは思えない。中国の顧客たる新興国も中国に劣らずしたたかだから、インドネシアはともかくも、国によっては援助だけはさせておいて、食い逃げというようなことに出るかもしれない。投資した金を踏み倒されてしまう可能性もある。今回と言い、AIIBと言い、中国のやり方はあまりに、手を広げ過ぎではないか。右肩上がりの時ならともかくも、もう下降局面に入っているのだから、それに応じたやり方をしないと、自滅の道をまっしぐらということにもなりかねない。
もしかすれば以上のことは日本側(というより、私)の身勝手な夢想、甘い見方、敗者の遠吠えなのかもしれない。本当は、工期など少しぐらい遅れてもよいとの、中国とインドネシアとの裏密約ぐらいはあるのかもしれない。が、いずれにしても推測の域を出ないことだから、これをはっきりさせるには、中国に一度はやらせてみるのが一番なのである。
《日本は 今回は止むを得ぬにしても、次からは改善が必要だろう》
日本はどうすればよかったのか? 反省点はいろいろあるにしてもそれは結果論であり、これまでの情報ではやむを得ぬ結果だったのではないだろうか。問題はこれからだ。
「インフラ輸出では計画の透明性や採算の確保が重要となる。受注の獲得を優先するあまり、リスクを押しつけられるような商談では、日本の成長にもつながるまい。 新興国ビジネスは、相手国の政治的な事情を抜きに語れない。そうしたカントリーリスクを見極め、官民でしたたかな戦略を改めて構築しなければならない。」(2日 産経社説)。
中国のこういう瀬戸際戦略に、まともに対抗することは至難の業だ。だから、一回か二回は中国にやらせてみることも必要なのである。中国も発注をした国も、かなりの苦しみを味わうことになるだろう。そこで、ようやく、中国の高速鉄道の価格、仕様、工期、安全…に対する客観的な評価が見えてくるだろう。中国が万が一、うまくいくようなことがあれば、日本は素直に負けを認めて、力不足だった点を改善していくことができる。いずれにせよ、今回の件は中国の「お手並み拝見」ということになるが、日本も現在のままでは勝負にならないから、戦略も、製品も見直しが必要になるし、また中国だけでなく、欧州勢などとの苦しい長期戦は覚悟しなければならない。言わずもがなのことではあるが、特に、次の三点だけは述べておきたい。
一つは、中国はこのように、ありきたりの常識ではとらえられない国だから、より厳しい見方が必要になる。これは何も商戦だけのことではなく、尖閣や歴史戦でもすでに確認されていることだから、心して対応する必要がある。
二つ目は、客である新興国は、いずれもしたたかであることをもっと認識して、少しは‘強面’の手法もとらねばならないだろう。
「方針を二転三転させたインドネシア政府の姿勢にも不満が残る。…略… 新幹線方式を売り込んだ日本は事業化調査に協力し、円借款供与などを表明していた。 だが、インドネシア側は昨年10月の大統領交代後、政府の資金や債務保証を伴わない民間ベースの事業とする方針を唐突に打ち出した。…略… 先月初めに計画を白紙に戻すとしていた。
それをまたも覆し、中国案を採用すると日本に伝えてきたインドネシアの判断は、とても納得できない。 中国側から、条件を受け入れる新たな提案があったためだというが、その経緯はあまりにも不透明だ。菅義偉官房長官が「常識では考えられない」と批判したのも理解できる。…略… これだけの国家的な事業を政府側の負担がまったくない形で建設するには無理がある。採算の見通しも立っていない。」(2日 産経社説)。
「仲良くやって来た国は、日本を裏切らない」という日本の信念が、場合によってはいとも簡単に崩れ去ることをしっかり認識する必要がある。そして、時にはこれらの国に‘強面’で対応することも必要になるだろう。「飴と鞭」のいずれも必要なのであって、「飴」だけでは、役に立たないとは韓非子も言っていることである。このことは、メキシコ政府が昨年11月7日までに、中国企業が中心の企業連合が落札したばかりの5000億円の契約、メキシコ初の高速鉄道の建設契約を一方的に取り消したことにも表れている。なぜメキシコ側が撤回したのかについては、はっきりしたことが明らかにされていない。中国のような強面でも、翻弄されることがあるのだ。現在、高速鉄道はインド、タイやオーストラリア、ロシア、中欧、東欧、アフリカ、英国、米国などで計画が取りざたされているようだが、日本は各国の本音を正確に把握し、‘したたかに’対応していく必要があるだろう。
三つには、中国の超短工期、超安値に対抗する戦略が必要になるということである。日本の売り込みは「品質と安全性」に偏り過ぎている印象を否めない。安全は不可欠であるにしても、高い品質や、時間通りの運用、工期通りの納入などは、不要な国も少なくない。言わば、新幹線にはオーバースペックなところがあるのだ。一層の工期短縮、コストダウンが必要。すでにそうなっているとは思うが、新興国輸出向けの車両開発は不可欠だろう。大変とは思うが、関係者の奮闘に期待したい。
「日本と中国が争ったインドネシアの高速鉄道計画では、中国案が採用された。 日本は戦後長らく開発援助を続けてきた親日国で受注競争に敗れた。その裏には中国側の動きを読み切れなかった日本の誤算があった。
◆見通しの甘さ
「中国案で本当に大丈夫なのか」。日本の和泉洋人首相補佐官は9月29日、ジョコ大統領の特使として来日し、「中国案採用」を説明するソフヤン・ジャリル国家開発企画庁長官に懸念を伝えた。 ソフヤン氏は、政府支出も政府保証も出さないというインドネシア政府の条件を中国が受け入れたと繰り返した。日本は、3年で完工させるという中国案を「実現性を度外視した売り込み」と見ていただけに、採用の決定に衝撃は大きかった。「日本はインドネシアでインフラ(社会整備)整備の実績を積んでいた。選んでくれると甘く見ていた」と日本政府関係者は悔やむ。」(1日 読売)。
残念としか言いようがないが、客観的に見ればこういう事態はどこかの時点で一度か、二度は起きねばならないことなので、やむを得ない事態と受け止めるべきだろう。というのは、現在の日中の高速鉄道商戦は、新幹線が高い品質、安全性を備えているが、値段が高く工期も長いという特徴があるのに対して、中国のそれは低品質、安全性は疑問、しかし短工期で価格が安いということで、2つの選択肢がユーザーに提示されている状況である。中国の言うことが本当なら、一応は安全なものが新幹線の半分の期間で安く出来るのだから、金の無い新興国にとっては、多少の品質の悪さは我慢するとして、中国製を選びたくなるだろう。しかし、中国の話は信用できそうにもない。今から土木工事を始めて、3年後に運開など、素人考えでも不可能に思える。最も重要な安全性では中国には大きな疑問符が付く。中国の高速鉄道は、2011年7月に死者40人、負傷者192人とされる衝突・脱線事故を起こしている。だから恐ろしくて、中国の話には乗れないだろう。そこで日本ということになればよいのだが、そうは簡単にいかないところに問題がある。金の無い国が、工期は2倍、値段も高い日本の新幹線を導入する理由付けが容易ではない。中国製は危ないと言えればよいのだが、「絶対に危ない」とまで言える根拠はない。おまけに、インドネシアは中国と(もちろん日本とも)良い関係を保ちたいと考えているはずだから、中国の機嫌を損ねたくない。そこでこのような状況に対して今回、なんとかして輸出の実績を作りたい中国は、捨て身で、インドネシア側のこのジレンマを解決する案を示し、インドネシアを取り込み、合意に達したものと見える。
《インドネシア「政府保証、政府支出なし」、何から何まで中国がやるということで決着か?》
「インドネシアのリニ国営企業相は1日、中国案の採用を決めたジャワ島で計画する高速鉄道について、「2016年1月までに建設に取り組みたい」との方針を表明した。中国案の採用を明言したうえで、速度を下げるなどして総事業費を当初の55億ドル(約6600億円)から「削減できる」と述べた。 高速鉄道はジャカルタ―バンドン間の約140キロメートルを結ぶ。日本と中国が受注を競っていたが、インドネシア側は政府の保証や予算を必要としない中国案の採用を日本側に伝えていた。リニ氏はインドネシアと中国の企業連合による合弁会社を年内に立ち上げる方針だと述べた。 合弁会社には中国国有企業の中国鉄路総公司、インドネシアの国営建設会社ウィジャヤ・カルヤなどが参画する見通し。今後は「株主として、価値を生む事業になるよう監視する」(リニ氏)としている。」(2日 日経)。
つまり、このプロジェクトを中国と、インドネシア側の合弁として、政府の保証や予算を必要としない計画とすることで、インドネシア政府の負担をかなり軽減したということである。日本案の条件は日本の円借款貸与と、政府保証を求めているのだから、日本にはできない芸当である。これはインドネシア側が日本に断りを入れるための、理由付けにもなっている。こうすれば、インドネシア政府は直接関与していないことになるから、工期の大幅遅れ、性能やコスト面での中国とのトラブル、あるいは運開後の事故発生などの問題、直接関与している場合に比べて、かなり責務が軽減される。結局、インドネシア側にしてみれば、中国の低価格と超短工期が魅力だったし、中国の‘政治的にらみ’も怖いということでもあったのだろう。これらの点で日本側が中国に敗れたことは間違いないのである。
《あまりにも無謀な中国のやり方 いかに中国とは言えこんなやり方はもうできないだろう そこで、次回が本当の勝負になる!》
中国は、確かに今回の表面的な結果だけに限れば日本に勝ったようにも見えるが、少し長期的な見方に立てばとてもそうは言えないだろう。なんとしても実績作りをしたいがためのものとは言え、中国が抱えたリスクはあまりにも大きい。一般にこの種のプロジェクトでは、評価の対象は、工期、費用、品質(仕様)、安全性、資金、現地調達、技術移転となるだろう。工期面では、日本は2021年(19年に試験走行)としていたのに対して、中国は18年に開業できるとしているのだから、もしそれが本当なら大変な差だ。費用面では詳細はわからないが、一般的に言えば中国の高速鉄道は建設コストが日本の新幹線の半分から3分の1で済むとされている。もちろんこれは仕様の差が大きいのだろう。用地取得は完了しているのだろうが、いま一つ疑問であるし、環境問題などはどうなっているのだろうか。住民から反対運動などが起きると、ややこしいことになる。現地への技術移転などの問題はどうなっているのだろうか。現地生産部品の品質や納期が守られないという問題も常に発生するし、こういったことはすぐに工期を遅らせる。その遅れを取り戻そうとして突貫工事をすれば、欠陥工事となって後に事故などにつながる可能性もある。また、工期が遅れれば、コストは大きく膨らむ。運行管理や運転士のトレーニング不足、技量不足で事故などが起きる可能性もある。なにしろ合弁としている以上、中国が得意としている金と人海戦術で一方的かつ強引に乗り切るわけにもいかない。中国としてはある程度の追加出費は覚悟の上だろうが、コストが大きく膨らむ可能性もある。本来であればこれはインドネシア政府から取り立てるべきところだが、今回は「無保証、無支出」となっているのだから、そうはいかないだろう。さまざまな問題をなんとか凌いだにしても、これは中国の高速鉄道の輸出実績を作ったということにしか過ぎず、とても以後のビジネスモデルを作ったとは言えない。商売にならない大盤振る舞いは、一度や二度はなんとか凌げるにしても、何回もやるわけにはいかない。やはり次からは本来の価格、工期でやらざるを得ない。そうすると、次は、本当の意味での日本の新幹線あるいは欧州の高速鉄道との勝負が始まることになる。
中国はかなり焦っているようだ。それというのも、安い労働力を基盤として成り立っていた高度経済成長が終了し、経済が失速し始めた現状では、高速鉄道の海外への売り込みは今後の中国の成長を支える数少ないカードになっているからである。しかし、こんな無謀なやり方がそう都合よくいくとは思えない。中国の顧客たる新興国も中国に劣らずしたたかだから、インドネシアはともかくも、国によっては援助だけはさせておいて、食い逃げというようなことに出るかもしれない。投資した金を踏み倒されてしまう可能性もある。今回と言い、AIIBと言い、中国のやり方はあまりに、手を広げ過ぎではないか。右肩上がりの時ならともかくも、もう下降局面に入っているのだから、それに応じたやり方をしないと、自滅の道をまっしぐらということにもなりかねない。
もしかすれば以上のことは日本側(というより、私)の身勝手な夢想、甘い見方、敗者の遠吠えなのかもしれない。本当は、工期など少しぐらい遅れてもよいとの、中国とインドネシアとの裏密約ぐらいはあるのかもしれない。が、いずれにしても推測の域を出ないことだから、これをはっきりさせるには、中国に一度はやらせてみるのが一番なのである。
《日本は 今回は止むを得ぬにしても、次からは改善が必要だろう》
日本はどうすればよかったのか? 反省点はいろいろあるにしてもそれは結果論であり、これまでの情報ではやむを得ぬ結果だったのではないだろうか。問題はこれからだ。
「インフラ輸出では計画の透明性や採算の確保が重要となる。受注の獲得を優先するあまり、リスクを押しつけられるような商談では、日本の成長にもつながるまい。 新興国ビジネスは、相手国の政治的な事情を抜きに語れない。そうしたカントリーリスクを見極め、官民でしたたかな戦略を改めて構築しなければならない。」(2日 産経社説)。
中国のこういう瀬戸際戦略に、まともに対抗することは至難の業だ。だから、一回か二回は中国にやらせてみることも必要なのである。中国も発注をした国も、かなりの苦しみを味わうことになるだろう。そこで、ようやく、中国の高速鉄道の価格、仕様、工期、安全…に対する客観的な評価が見えてくるだろう。中国が万が一、うまくいくようなことがあれば、日本は素直に負けを認めて、力不足だった点を改善していくことができる。いずれにせよ、今回の件は中国の「お手並み拝見」ということになるが、日本も現在のままでは勝負にならないから、戦略も、製品も見直しが必要になるし、また中国だけでなく、欧州勢などとの苦しい長期戦は覚悟しなければならない。言わずもがなのことではあるが、特に、次の三点だけは述べておきたい。
一つは、中国はこのように、ありきたりの常識ではとらえられない国だから、より厳しい見方が必要になる。これは何も商戦だけのことではなく、尖閣や歴史戦でもすでに確認されていることだから、心して対応する必要がある。
二つ目は、客である新興国は、いずれもしたたかであることをもっと認識して、少しは‘強面’の手法もとらねばならないだろう。
「方針を二転三転させたインドネシア政府の姿勢にも不満が残る。…略… 新幹線方式を売り込んだ日本は事業化調査に協力し、円借款供与などを表明していた。 だが、インドネシア側は昨年10月の大統領交代後、政府の資金や債務保証を伴わない民間ベースの事業とする方針を唐突に打ち出した。…略… 先月初めに計画を白紙に戻すとしていた。
それをまたも覆し、中国案を採用すると日本に伝えてきたインドネシアの判断は、とても納得できない。 中国側から、条件を受け入れる新たな提案があったためだというが、その経緯はあまりにも不透明だ。菅義偉官房長官が「常識では考えられない」と批判したのも理解できる。…略… これだけの国家的な事業を政府側の負担がまったくない形で建設するには無理がある。採算の見通しも立っていない。」(2日 産経社説)。
「仲良くやって来た国は、日本を裏切らない」という日本の信念が、場合によってはいとも簡単に崩れ去ることをしっかり認識する必要がある。そして、時にはこれらの国に‘強面’で対応することも必要になるだろう。「飴と鞭」のいずれも必要なのであって、「飴」だけでは、役に立たないとは韓非子も言っていることである。このことは、メキシコ政府が昨年11月7日までに、中国企業が中心の企業連合が落札したばかりの5000億円の契約、メキシコ初の高速鉄道の建設契約を一方的に取り消したことにも表れている。なぜメキシコ側が撤回したのかについては、はっきりしたことが明らかにされていない。中国のような強面でも、翻弄されることがあるのだ。現在、高速鉄道はインド、タイやオーストラリア、ロシア、中欧、東欧、アフリカ、英国、米国などで計画が取りざたされているようだが、日本は各国の本音を正確に把握し、‘したたかに’対応していく必要があるだろう。
三つには、中国の超短工期、超安値に対抗する戦略が必要になるということである。日本の売り込みは「品質と安全性」に偏り過ぎている印象を否めない。安全は不可欠であるにしても、高い品質や、時間通りの運用、工期通りの納入などは、不要な国も少なくない。言わば、新幹線にはオーバースペックなところがあるのだ。一層の工期短縮、コストダウンが必要。すでにそうなっているとは思うが、新興国輸出向けの車両開発は不可欠だろう。大変とは思うが、関係者の奮闘に期待したい。