文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

時代劇版『おそ松』の最高傑作「イヤミはひとり風の中」

2019-11-15 18:01:20 | 第2章

パロディー版時代劇、延いては、数ある『おそ松くん』のエピソードの中でも、最高傑作であると誉れ高いのが、「イヤミはひとり風の中」(「週刊少年サンデー」67年41号)である。

チャーリー・チャップリン監督、主演による不朽の名作「街の灯」を下敷きにした一編だが、ストーリーは、翻案元となった「街の灯」以上に言い知れぬ哀切を纏いながらも、読む側の心に暖かな灯を燈すような、重厚且つ奥行きの深い感動巨編として結実した。

世に捨てられた素浪人のイヤミは、貧困層が密集した江戸のハラペコ長屋で、グータラなその日暮らしで毎日を無為に過ごす中年男。

そんなイヤミは、ある日道端で花売りの少女・お菊と出会う。

お菊は盲目で、それに託つけたイヤミは、花代の勘定を誤魔化し、釣り銭を多く掠め取ってやろうと企んでいたが、純粋なお菊の身の上を聞くうちに、思慕とも慈悲とも付かない、しかし、至純で篤い厚情を彼女に抱き、その目を治してあげようと思い立つ。

出会いは人の心を動かす。

守るべき人を得たその時、イヤミの中で何かが弾けたのだ。

ぐうたらな毎日を送っていたイヤミは、お菊の治療費を稼ぐべく、寝食を忘れ、毎日馬車馬の如く必死に働く。

しかし、お菊の目の治療費は、百万円近い大金で、そんな金を用意出来ないイヤミは途方に暮れてしまう。

そんな時、江戸城城主の若チビ(チビ太)が御前試合を開催し、優勝者には百万円の褒賞金を贈呈するというニュースが江戸中に流れた。

褒賞金で、お菊の目を治せると考えたイヤミは、一発奮起して試合に挑むが、お菊に恋心を抱く若チビの策略にはまり、優勝を逃す嵌めになってしまう。

追い詰められたイヤミは、江戸城の御用金を奪い、お菊の治療費を捻出する計画を企てる。

そして、御用金強奪は成功し、その金はお菊へと渡り、長崎で治療を受けたお菊の目は晴れて見えるようになるが、一方のイヤミは、御用金強奪の罪を問われ、捕らわれの身となり、牢獄へと入れられる。

時を経て、無事に目が見えるようになったお菊は、街道の茶店で働きながら、イヤミを待ち続けていた。

運命の悪戯か、そこに身柄放免の身となったイヤミが立ち寄る。

だが、お菊はその男がイヤミだとは気付かなかった。

牢獄から出て来たイヤミは、自らの落ちぶれた現状を思うと、自分がイヤミであることを告げることも出来なかった。

それは、イヤミにとって、武士として最後のプライドでもあったのだ。

そして、イヤミは、お菊に永遠の別れを告げ、彼女の幸福を願いつつ、一人、風の中を去って行く。

深い哀感を残したまま、物語の幕を閉じるラストシーンは、正に白眉の出来栄えで、痛切なまでに読む者の胸に響き渡る。

これらの作品は、その後、曙出版で『おそ松くん全集』として叢書化した際、いずれも表題作として扱われている点から鑑みても、時代劇というテーマは、赤塚自身、大層お気に入りで、また思い入れも強かったであろうことが窺える。

特に「イヤミはひとり風の中」は、単なる『おそ松くん』の一エピソードの枠を超えた、泣けるギャグ漫画の名作中の名作として令名高く、時を経て1990年、スタジオぴえろ製作によるオリジナル・ビデオ・アニメとして、日本コロンビア株式会社より単体でリリースされた。

若干設定を組み替えたこのOVA版は、ほぼ忠実に原作のドラマを再現しながらも、ヒューマンなストーリーとダイナミックな殺陣をより丹念に際立たせた演出効果が冴え渡っており、OVAという媒体では括りきれない奇跡の作品の呼び声も高い。

赤塚ファンにとって、共通財産の一つとして押さえておきたいマスト・アイテムだ。


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2 コメント

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Unknown (MT)
2022-01-11 11:33:28
この話、最初はアニメ「ア太郎」の「ニャロメの恋の物語」で似た話を拝見、その後同作の原作を拝見し、そしてこの「イヤミはひとり風の中」を拝見しました。拝見した時は「『ア太郎』にも似た話があるな」と思ってましたが、後にどちらもチャップリンの名作「街の灯」が原作と知りました。映画は見てませんが、1980年に正月特番「新春かくし芸大会」で「灯の街」というパロディを拝見した事があります(井上順・研ナオコ主演)。

映画と比べると、どちらもラストが映画の様に正体が分かってハッピーエンドになるのではなく、本作ではイヤミが正体を伏せたままま、あえて言わなかったという、半ばハッピーエンドとなってました。「ア太郎」ではニャロメが盲目少女に正体を明かすも、少女はネコ嫌いであるため突き飛ばされるというアンハッピー、ニャロメは「いつも失恋ばかり」「裏切られっぱなし」キャラだからこうなる結末、でもイヤミだって正体を明かしたら、お菊に幻滅されたかも。

アニメ版は「ニコニコ動画」で見ました。元々テレビ本編用のため、ずいぶん省略された場面もありましたが、原作とやや同じ結末はよかったです。
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Unknown (douteinawa)
2022-01-22 19:34:01
流石はMTさん、『ア太郎』アニメ版、「イヤミはひとり風の中」をベースにしたのは、さもありなんといった印象です😊

1988年当時、赤塚先生にお会いした際、「イヤミはひとり風の中」の傑作中の傑作であると、お伝えしたら、「あれはね、イヤミが最後ネコを抱えて去って行くだろう。あれを描きたくて、『街の灯』にドラマの材を求めたんだよ」と仰っていらしたのが、忘れられません。
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