文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

『レッツラゴン』ワールドにおける頽廃と点景 フリーキーな準レギュラーの充実

2021-12-21 19:12:34 | 第6章

このような虚無や頽廃を帯びたダークな趣向は、当然自身のキャラクター造りにおいても、大きな影響を及ぼすことになる。

『レッツラゴン』では、本来マスコット的な存在である筈のバイプレイヤーさえも、作品世界に不穏な空気を漂わせて十全に足り得る、有害性を放つキャラクターとして、その存在を浮上させてゆく。ケムンパスの雛型キャラで、インチキ宣教師然とした語り口が印象的な、ませりが初登場したのは、第九話の「虫くい梨」(71年45号)からで、東大農学部ナシ学科卒のインテリ警官・ヒグチ長十郎が、大学在学中、ナシのもぎ取りをした際、耳から脳ミソへと住み付き、前途ある若者をトンチンカンにしてしまった恐るべき害虫だ。

しかし、その後、ませりに限っては、ストーリーとは何の絡みもなく、神出鬼没に現れては、胡散臭い説法を説いてゆくという、脱線だらけ、桁外れの笑いがギッシリ詰まったワールドビューにおいて、ドラマのインターミッション的な役割を担う、得難いキャラクターとして重宝されることになる。

また、連載中期以降に至っては、後述する武居記者を悪意あるイメージによって戯画化した、学名・クソタケイ虫なる毛虫の有毒種や、むしはむしでも、赤塚の大好物である茶碗蒸しが、妻である匙とともに登場し、ゴン達の八方破れの乱痴気騒ぎを傍観者的視点で眺めては、ドラマの進行を促してゆくなど、ませりと同様、『レッツラゴン』ワールドの一つの点景として定着した。

『レッツラゴン』の場合、『おそ松』や『バカボン』、『ア太郎』に比して、毎回登板する固定キャラが相対的に少ない。

しかしながら、先行のヒットタイトルに登場するバイプレイヤー以上に強烈なアクを放つ有害人物(動物)達が、常に画稿狭しと蠢いており、予断を許さぬ、そうしたキャラクターこそが、混沌に呑み込まれたその退廃的観念劇を、更なるパラノイア的幻想へと染め上げてゆく媒介項になり得るのだ。

そんな中で、特筆すべき個性を発揮するのが、近所で豆腐屋を営む少年・ゲンちゃんや、あばずれの雌ガエル、通称・金メダルのケロ子といった、絶えざる錯乱と自己分裂をアイデンティティーに持つ、フリーキーな準レギュラー陣である。

ゲンちゃんは、基本的に純真無垢、超俗なる性格の持ち主の少年ではあるが、脳の回路が複雑怪奇に出来ており、常に自らの観想の淵に沈潜しているためか、豆腐をパンダ、ガンモドキをトヨペット・クラウン、納豆をピカソと名称を変えて販売するなど、独特の言語を操り、対峙する異界の住民達の平衡機能をも鈍らせて余りある、謂わば脱力系キャラだ。

その身の上は、幼少の頃より苦労を背負ったもので、物心の付く前に、婦人警官をしていた母がアフリカのターザンと駆け落ちしたため、姉の天地真理(歌手の天地真理とは同名異人)と一緒に家業の豆腐屋を切り盛りしている。

そのため、ゴンと同じく就学年齢でありながらも、学校に通っている様子は全くない。

その後、ゲンちゃんは、登場頻度を重ねる都度、ベラマッチャと同じく、いじられキャラへと変貌し、劇中幾度となく、ゴン親子に悲惨な目に遭わされるが、その都度逞しい成長を遂げ、レギュラーキャラの座を獲得した。

金メダルのケロ子は、別名・スケ番ケロ子ともいい、セーラー服を身に纏った、文字通りカエルの女番長である。

本名は田口まゆみ。恐らく、ミュンヘン五輪100メートル男子平泳ぎ、女子バタフライで、各々金メダルを受賞し、一躍時の人となった田口信教、青木まゆみ両選手の名前から拝借したネーミングだろう。

「週刊少年マガジン」72年35号掲載の『天才バカボン』(「カエルはカエルがさばくのだ」)でも、スケ番シマ子なる変名で、ヒキガエルの彼氏・ヒキ坊とともに人間社会に殴り込みを掛けては、非行の限りを尽くし、その特異なパーソナリティーを屹立させていたが、キャラクターシステムに登録され、レギュラーとして扱われるようになったのは、この『レッツラゴン』においてである。

スケ番というキャラクター設定であるため、仁義を切るのは、ご愛敬としても、カエルのくせに、濃密な色香を醸し出し、次々と人間のオスどもを誘惑してゆくのだから、そのアブノーマルな禁忌性は計り知れない。

とはいえ、スケ番でありながらも、純情な一面もある。「イラ公の初恋」(72年43号)というエピソードで、ゴン一家との抗争の際、絶体絶命のピンチを見逃してくれたイラ公と恋に落ち、なんと、電撃結婚するのだ。

だが、その恋も、赤塚漫画らしく、読者の予想を覆し、翌週掲載の「新婚イラ公」(72年44号)では、たった一日でスピード離婚するという憫然たる結末を迎える。

離婚の理由は、イラ公が漫才師のコロンビア・トップが好きだと言ったら、一方のケロ子は相方のライトが好きだったという、作品のナンセンスな空気さえも軟化させる、実に阿呆らしい嗜好上の不一致だった。

スケ番ケロ子は、『レッツラゴン』に準レギュラーとして出演した以降も、『スケバンケロ子』(「まんが№1」73年新年(1月)号)、『スケ番ケロ子』(「週刊少年チャンピオン」73年4・5合併号~6・7合併号)と、キャラクター名をそのまま表題作とした三本のスピンオフ読み切りに登場。これらの主演作でも、子分のカエル達を招集し、不良番長へのリンチを煽動したり、ウブな男子高校生を骨抜きにしたりと、毒女キャラとしての圧倒的な存在感を見せ付けた。

スケ番ケロ子の発展型キャラクターとしては、酒好き、女好きという、アクティブな中年男性を彷彿させる、しかしダウナー性を湛えた恐怖のオタマジャクシ人間・オタマンなるキャラクターも、レギュラー参入するが、キュートな出で立ちにおバカキャラという赤塚キャラならではのコミカルな魅力を放ちつつも、ケロ子ほどのインパクトを持ち得るには至らなかったこと、そして、初登場が連載終了間際だったということもあり、見参から僅か六回目にして、消え去ってしまう。

尚、カエルのスケ番というキャラクター設定は、東映プログラム・ピクチャー全盛期だったこの頃、池玲子や杉本美樹といった若手ポルノ女優を一躍スターダムに押し上げた所謂〝スケ番映画〟が人気を博していたことにインスパイアされ、作られたものと思われる。


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