文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

文学的潤いを纏った名編『心の花園』

2017-11-17 17:26:00 | 第1章

 

しかしながら、続く第四弾『心の花園』(曙出版、57年3月5日発行)では、タイトルも版元である曙出版から決められ、注文通りのペシミスティックな少女漫画を描かざるを得なかった。

『心の花園』の大まかなあらましは、次のようなものである。

可憐で純朴な少女、よし子が生活する東北のとある小さな村に、東京から幸雄という少年がやってくる。

母親が突然亡くなったため、幸雄は父親と離れ、この村に住む叔母の家へと引き取られることになったからだ。

叔母夫婦は、近所に住むよし子を我が子のように可愛がっており、幸雄が我が家で暮らすことになったことにもまた、子供を持たない寂しさからか、非常に喜んでいた。

よし子には、ひろやすという少し歳上の親戚がいる。

ひろやすの父親は、戦後シベリアに抑留されたままで、ひろやすは母親と二人きりの生活を送っていたが、非行を重ね、不良仲間と付き合うようになるなど、次第にその性格は荒んでゆき、いつしか村人達から疎んじられる存在となっていた。

よし子は、誠実で優しい幸雄の人柄に触れ、急速に幸雄と親しくなってゆくが、ひろやすは、それが気に入らず、ことあるごとに幸雄に嫌がらせをしていた。

そんなある日、村で山火事が起こり、村人達はひろやすが放火したのではないかと疑惑の目を向ける。

だが、幸雄はひろやすの優しい性根を見抜き、彼らの身の潔白を信じていた。

やがて、放火犯人が捕まり、ひろやすは自分の身の潔白を晴らそうと奔走してくれた幸雄に感謝の念を抱くようになり、やがて、幸雄とひろやすの間で、固い友情が芽生える。

それから月日が経ち、東京に住む幸雄の父親が再婚することになり、幸雄は東京に帰省することになるが、よし子との間柄は、淡い恋心へと発展していた。

そう遠くないいつか、東京での就職を夢見て、上京してくることをよし子から聞かされ、期待に胸を踊らせていた幸雄だったが、二人のお互いへの眷恋の想いは、ある日突然引き裂かれることになる……。

唐突なまでに悲劇的な結末へと収斂されてゆく、少年と少女の出会いと別れをパテティックに綴ったドラマであるが、鮮やかな季節の推移の中で描かれる少年と少女の甘く切ない恋慕が、作品に物憂げな旋律を響かせつつも、大自然の山懐に広がる長閑な牧歌的風景を巧みに画面上に配することで、ロマンティックな叙情性を漂わせている。

さらに、登場人物達の心の揺れを的確に捉えた心理描写が、その静謐な筆致と重なり合い、作品に文学的潤いを醸し出す十全たるファクターになり得ている点においても、赤塚の物語作家としての進化の一端を窺い知ることが出来よう。

特筆すべきは、幸雄に想いを寄せる、名も語られぬ少女のえも言われぬ存在だ。

物語のプロローグやエピローグにインサートされた、幸雄を遠望する少女のスタティックな葛藤は、物語の外側に存在するオブジェクティブな悲劇でありながら、本作特有のリリックな景観に更なる深みを添える点景にもなり得ており、そうした彼女の涙と憂いに満ちたプロフィールが、読む者に対し、よし子と幸雄がともに過ごした日々への深い感慨を偲ばせるのだ。

気乗りせずに上梓した一冊であると、後に赤塚自身述懐していたが、初期の赤塚少女漫画を論じるにあたり看過出来ない、研究資料としてもバリュアブルな一作と言えよう。