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文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

『白い天使』 心に染み入るヒューマンな感傷

2017-11-20 17:03:00 | 第1章

続く『白い天使』(若木書房、57年7月25日発行)は、前作とは打って変わり、仔犬とのハートフルな交流を軸に描いた二人の姉妹の成長物語である。

犬が大好きな心優しい女の子、ミチ子には、ノリ子という気立ての良いお姉さんがいた。

二人は東京・下町の工場地帯の一角にある小さな家に、母親と三人、仲睦まじく暮らしていた。

ある日、仔犬が近所の悪童達に虐められているところに遭遇したノリ子は、仔犬を助け、逃がそうとするが、犬好きのミチ子に促され、気乗りしないまま、家へ連れて帰る。

大の犬嫌いである母親の許しなど得られるわけがないと、ノリ子は思っていたのだ。

だが、母親は、仔犬を座敷に入れないことを条件に、飼うことを許してくれる。

ノリ子は仔犬にゴッドと名付けた。

人懐っこいゴッドは、やがて母親にも家族として受け入れられるようになった。

ゴッドが家族の一員となって幾日か経ったある日、ノリ子とミチ子がゴッドを連れ、公園で遊んでいると、ノリ子が追い払った悪童が、兄貴を引き連れ仕返しにやって来た。

恐れ戦くノリ子とミチ子。だがその時、颯爽と現れ、彼女達を救ってくれた少年がいた。

少年の名はよしはる。

やがてノリ子は、逞しくて凛々しいよしはる少年に、恋心に近い憧れの感情を秘かに抱くようになるが……。

『心の花園』同様、最後に悲しい結末へと収束される薄幸の少女物のフォロワーだが、格闘シーン等、時折挿入される劇画的演出の妙が、適宜にして効果的であり、作品世界に絶妙な間合いを持たせたそのディテールも含め、決して軽視出来ない一作だ。

このように、初期の赤塚少女漫画には、一作ごとに新たな意匠を凝らし、作風の幅を広げるなど、試行錯誤を重ねた跡が確実に見て取れ、そんな赤塚の若きセンシビリティの躍動は、汲めども尽きせぬ興趣がある。

哀話でありながらも、陰惨さは決してなく、健気さ、美しさといった人間本来の美徳が、優しい温もりに包んで描かれており、心に染み入るヒューマンな感傷を全編に渡って滲ませた、得難き名編へと仕上がった。


少年活劇路線のエッセンスを少女漫画に溶解させた『消えた少女』

2017-11-19 04:13:24 | 第1章

『消えた少女』(曙出版、57年8月20日発行)は、犯罪に巻き込まれた一人の少女が誘拐されたことによって展開されるサスペンスアクション。

スタジアムで野球観戦に興じていたエリ子とその兄の大三は、試合観戦後、スタジアム近くの路上でスリに遭遇する。

その後、エリ子と大三は喫茶店に立ち寄り、試合結果の賭けに負けたエリ子が、会計を済まそうとバッグを開けると、そのバッグの中には、身に覚えのない大金が入っていた。

その大金は、先程のスリが証拠隠滅のために、エリ子のバッグに忍ばせたものであった。

大三は、その金を警察に届けようとし、先にエリ子をタクシーで自宅へと帰らせるが、エリ子の乗ったタクシーは、不審な車に追跡され、エリ子が自宅前に到着したその時、追跡車輌から降り立ったスリ一味にその身を拐かされてしまう。

その夜、身代金を要求するスリ一味からの電話が、エリ子の自宅に掛かってくる。

警察は、スリ一味の指示通り、身代金を用意させ、エリ子の父を指定の場所へと向かわせるが、思わぬ行き違いにより、取引現場にやってきた犯人の一人を取り逃してしまう。

それから数日後、エリ子の身の危険を案じ、エリ子のボーイフレンド、勇二とともに次なる対策を考えていた大三は、我が家を覗き見しようとしている、身に覚えのある男の姿を発見する。

その男は犯人グループの一味で、警察の動向を探るべく、エリ子の自宅を偵察にやって来たのだ。

この男の後を付ければ、犯人の隠れ家、延いては、エリ子の居場所がわかると判断した大三は、勇二にタクシーで男の車を追跡させるが、その行く手には、勇二をも誘拐しようとする犯人一味の恐るべき策略が待ち受けていた……。

エリ子と勇二の運命は如何に……?

少女漫画でありながら、正義感溢れる勇敢な少年が、拐われた少女を救うべく、果敢に悪漢どもと対決し、活躍するという少年活劇路線のエッセンスを少女漫画に持ち込んだ意欲的な一作であり、スピーディー且つキレの良いカッティングが、犯人一味との息詰まる攻防を緊迫感一杯に盛り上げている。

謎解きへの証拠付けとなる布石や伏線を磐石としたサスペンス本来の醍醐味とは趣の違う、成り行きの緊張感のみにドラマの展開を委ねた異端の少女ミステリーであるが、犯人を追跡する勇二少年に次々と襲い掛かる巧妙な罠や、不安感を募らす戦慄の連続によって、読む者の目をラストまで釘付けにするテンポの良いプロットの数珠繋ぎが、ドラマのスリル感を加速度的に高めてゆくなど、作品としてのクオリティは極めて高く、良質の冒険小説にも匹敵する興奮と愉悦を確保した奇跡の一本と呼べるだろう。

尚、同時期に赤塚は「少女ブック」の別冊付録(57年12月号)に『うごく肖像画』という傑作短編を執筆している。

古い洋館を舞台に、ナポレオンの肖像画を巡って起こる怪奇現象をモチーフとした少女ミステリーで、ドラマのラストには、予測不能の大どんでん返しが読者を待ち構えている。

これまで単行本収録を見送られてきた、まさに幻の傑作であり、今後赤塚作品のアンソロジー集が刊行される際、資料的価値をも超える作品としてのそのバリューが認められ、収録作品の一つとして陽の目を見ることを切に願う次第だ。


熱く静かな叙情ウエスタン『荒野に夕日がしずむとき』

2017-11-18 08:46:00 | 第1章

 

1957年には、既に知遇を得ていた講談社の名編集者、丸山昭の計らいにより「少女クラブ」の本誌や別冊付録等に何本かの読み切りを執筆するようになる。

お正月増刊号に掲載された『荒野に夕日がしずむとき』(「少女クラブ お正月増刊号」57年1月15日発行)や、千年杉がそびえ立つ古い洋館で連続して起こった奇っ怪な事件の数々をサスペンスフルに綴った『千年杉の家』(57年11月号別冊付録、原作・みなみせいや)といった別冊付録掲載作品等である。

『荒野に夕日がしずむとき』は、『駅馬車』をはじめ、かねてより傾倒していたジョン・フォード作品に色濃く影響を受けたとされる熱く静かな叙情ウエスタンで、白人とインディアンの壮絶な戦いを軸に、少年と少女のひと時の淡い交流を哀感たっぷりに描いた力作だ。

主人公の少女、ジェニーは、一年前、インディアン退治へと向かったパパとボーイフレンドで幼なじみのジョンに会いに、アリゾナ州のアパッチ砦を訪れる。

ジェニーは、騎兵隊の隊長であるパパと隊員のジョン、同じく隊員で幼なじみのトニーと無事再会を果たすが、アパッチ砦は、度重なるインディアンの奇襲により、もはや陥落寸前であった。

ジェニーは、この土地でジョンとトニーという、二人の幼なじみに会えたことを大いに喜ぶが、ジェニーの知らない間に、ジョンとトニーの友情は、埋め難いほどの溝で引き裂かれようとしていた。

そんな二人を仲直りさせたいと思うジェニーであったが、ある時、隊長とジョンとジェニーは、捕虜であるインディアンが更なる人数を増やし、やがて、この砦を襲撃してくることを告げられ、アパッチ砦に戦慄が駆け抜ける。

隊長は、窮余の策として、インディアンの集落への偵察行きをトニーに命じるが、このことが、立場が上のジョンが臆病風に吹かれ、トニーに危険な任務を押し付けたものだという誤解をジェニーに与えることになり、ジェニーとジョンの関係をも悪化させてしまう。

そんな状況の中、内外に重苦しい緊迫を孕んだアパッチ砦に、夥しい数のインディアンの魔の手が、今まさに迫ろうとしていた……。

風雲急を告げるアメリカ西部の荒涼たる風景を独特の光彩描法と望遠ショットによって色濃く画面に伝えるテクニックは出色であるし、短いページ数でこれだけ濃縮されたプロットをまとめ上げた巧みなストーリーテリングからもわかるように、赤塚のストーリーテラーとしての才覚を十分に示唆した一本とも見受けられるだろう。

その後、ライバル誌「少女ブック」(集英社刊)からも原稿依頼が舞い込み、幼児の天真爛漫な感性と純真無垢な可愛らしさがほのかな笑いを引き起こす『ほがらか一家』(58年6月号別冊付録)、『マコちゃん』(57年7月号他)、『まさみちゃん』(57年10月号別冊付録)といった家庭漫画や、悲しみに翻弄されながらも、精一杯現実と向き合って生きる少女の誠実でひたむきな生き方が、やがて周囲の人々の心を動かしてゆくという、人への思い遣りや慈しむ心の大切さを瑞々しさを纏った筆致で切実に伝える『小鳩は嵐をこえて』(「少女ブック 夏の増刊号」57年8月10日発行)など、ダイダクティシズムを明瞭に意識した児童文学的側面を持つ作品を発表し、着実にそのキャリアを重ねていった。

ホームグラウンドである曙出版からは『消えた少女』を、新たに依頼を受けた若木書房からは『白い天使』、『お母さんの歌』といった単行本を描き下ろす。

 


文学的潤いを纏った名編『心の花園』

2017-11-17 17:26:00 | 第1章

 

しかしながら、続く第四弾『心の花園』(曙出版、57年3月5日発行)では、タイトルも版元である曙出版から決められ、注文通りのペシミスティックな少女漫画を描かざるを得なかった。

『心の花園』の大まかなあらましは、次のようなものである。

可憐で純朴な少女、よし子が生活する東北のとある小さな村に、東京から幸雄という少年がやってくる。

母親が突然亡くなったため、幸雄は父親と離れ、この村に住む叔母の家へと引き取られることになったからだ。

叔母夫婦は、近所に住むよし子を我が子のように可愛がっており、幸雄が我が家で暮らすことになったことにもまた、子供を持たない寂しさからか、非常に喜んでいた。

よし子には、ひろやすという少し歳上の親戚がいる。

ひろやすの父親は、戦後シベリアに抑留されたままで、ひろやすは母親と二人きりの生活を送っていたが、非行を重ね、不良仲間と付き合うようになるなど、次第にその性格は荒んでゆき、いつしか村人達から疎んじられる存在となっていた。

よし子は、誠実で優しい幸雄の人柄に触れ、急速に幸雄と親しくなってゆくが、ひろやすは、それが気に入らず、ことあるごとに幸雄に嫌がらせをしていた。

そんなある日、村で山火事が起こり、村人達はひろやすが放火したのではないかと疑惑の目を向ける。

だが、幸雄はひろやすの優しい性根を見抜き、彼らの身の潔白を信じていた。

やがて、放火犯人が捕まり、ひろやすは自分の身の潔白を晴らそうと奔走してくれた幸雄に感謝の念を抱くようになり、やがて、幸雄とひろやすの間で、固い友情が芽生える。

それから月日が経ち、東京に住む幸雄の父親が再婚することになり、幸雄は東京に帰省することになるが、よし子との間柄は、淡い恋心へと発展していた。

そう遠くないいつか、東京での就職を夢見て、上京してくることをよし子から聞かされ、期待に胸を踊らせていた幸雄だったが、二人のお互いへの眷恋の想いは、ある日突然引き裂かれることになる……。

唐突なまでに悲劇的な結末へと収斂されてゆく、少年と少女の出会いと別れをパテティックに綴ったドラマであるが、鮮やかな季節の推移の中で描かれる少年と少女の甘く切ない恋慕が、作品に物憂げな旋律を響かせつつも、大自然の山懐に広がる長閑な牧歌的風景を巧みに画面上に配することで、ロマンティックな叙情性を漂わせている。

さらに、登場人物達の心の揺れを的確に捉えた心理描写が、その静謐な筆致と重なり合い、作品に文学的潤いを醸し出す十全たるファクターになり得ている点においても、赤塚の物語作家としての進化の一端を窺い知ることが出来よう。

特筆すべきは、幸雄に想いを寄せる、名も語られぬ少女のえも言われぬ存在だ。

物語のプロローグやエピローグにインサートされた、幸雄を遠望する少女のスタティックな葛藤は、物語の外側に存在するオブジェクティブな悲劇でありながら、本作特有のリリックな景観に更なる深みを添える点景にもなり得ており、そうした彼女の涙と憂いに満ちたプロフィールが、読む者に対し、よし子と幸雄がともに過ごした日々への深い感慨を偲ばせるのだ。

気乗りせずに上梓した一冊であると、後に赤塚自身述懐していたが、初期の赤塚少女漫画を論じるにあたり看過出来ない、研究資料としてもバリュアブルな一作と言えよう。


高揚感溢れる痛快無比のエンターテイメント『嵐の波止場』

2017-11-15 23:20:31 | 第1章

 

12月10日、引き続き、曙出版より三冊目の単行本『嵐の波止場』を発行する。

不採用を覚悟で執筆したという少女アクション物で、『嵐をこえて』と同じくミドリを主人公とした物語が、三部作として、オムニバス形式で描かれた。

密輸団とのデッドヒートを縦横無尽に切り替わる感度の高いアングルで捉え、スピード感溢れるカット割りで切り紡いだ第一話、日常で起きた些細な盗難事件の謎解きをユーモラスに描いた第二話、そして、表題作となった『嵐の波止場』の第三話からなる構成だ。

『嵐の波止場』は、主人公のミドリが、宇宙観測用のロケット設計図を写したフィルムを巡り、スパイと攻防を繰り広げるアクション路線で、戦慄と鮮やかな躍動が交差した、高揚感溢れる痛快無比のエンターテイメントに仕上がっている。

クライマックスに、波止場で嵐が吹き荒れるシーンが連続するのは、締め切りに間に合わず、背景に細かいものを描き込む時間的余裕がなかったため、下絵のいらない嵐を描いたという苦肉の策から生まれたアイデアだったが、逆に眩暈を覚えるような荒れ狂った波止場の臨場感を煽り立てる異化効果が作用しており、疾風怒涛のストーリー展開も相俟って、漫画としての完成度は極めて高い。