どんぴ帳

チョモランマな内容

続続・くみたてんちゅ(その3・完結)

2010-10-03 23:56:02 | 組立人
 階段を上り下りしただけで根を上げる自分の体力の無さに驚き、さらに屋上の暑さで私はヘロヘロになっていた。

 「キーちゃん、ここまで運ぶよ」
 佐野に促され、私は無理やり身体を起こして屋上の隅に向かい、コローラーの上に載った約200kgの室外機を押し始めた。
 空調屋の人と15mほど室外機を押し、設置場所に到着する。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 あまりの暑さに息が上がる。
「ここでいいの?」
 前でコローラーの舵を切っていた佐野が、空調屋の職人に声をかける。
「ここですねぇ」
「この柱はダクトに干渉しちゃうんじゃないの?」
 佐野が柱を手で叩く。
「しちゃいますねぇ…」
 空調屋の職人が苦笑いをする。室外機のダクト接続方向に、パイプラックを支えるH鋼(断面がH型の鋼材)の柱が居座っているのだ。
「相変わらず事前の打ち合わせが適当なんだよな…」
 佐野がいつものことだという顔をして、腕組みをする。
「切っちゃいましょう、佐野さんのやっつけ溶断作業で」
 私の冗談に空調屋が苦笑いをする。
「おお、やっつけで良かったら切っちゃうよ」
「いやいや、今、責任者を呼んで来ますから…」
 佐野と二人で屋上の日陰に腰を下ろしていると、責任者がやって来た。
「この柱を避けて、両側にそれぞれ1m以上の通路を確保して下さい」
 責任者は当然のように言う。
「佐野さん、なんかさっきよりも条件が細かくなってますけど…」
「だから打ち合わせをきちんとやっとけって言ったんだよ…」
 現場の基本は段取り八分(80%)だ。

 幸い屋根勾配の分をアジャスターで調整すれば、比較的楽に柱をかわせることが判ったので、さっそくジャッキアップして室外機をコローラーから降ろし、アジャスターを装着することにする。
「あ、バタ角(角材、重量屋の場合はそれを短くカットした物)が足りなねぇや、キーちゃん、下から持って来てくれる?」
 私は再び地上に下り、もう一度屋上まで階段を上がった。
「はぁ、はぁ…」
 多少は息が上がるが、最初に比べるとかなり楽になってきている。そろそろ第一段階の『現場筋(私が勝手に銘々した現場で必要な筋力)』が目覚めてきたらしい。徐々に肉体労働を身体が思い出し始める。
 だが現場筋が目覚めたのも束の間、あとはアジャスターを四個装着するだけだったので、あっという間に作業は終了してしまった。
「はい、終了。道具を降ろすから、下で受け取ってくれる?」
 佐野に言われて地上に下り、クレーンで降ろされた道具を2tユニックの荷台に詰め込むと、全作業が終了してしまった。
「ははは、丁度昼ですけど終わっちゃいましたね」
「メシでも食いに行くべ!」

 佐野とゆっくりと食事に行って戻って来ると、ようやくラフター(四輪タイプのクレーン)が撤収作業を始めていた。
「お、ようやく終わり?」
「ええ、これで帰れますよ」
 手配をしたのは佐野だったのだが、客先に少しクレーンを貸してくれと言われたので、そのまま作業を続けていたのだった。
「ねぇオペさん、この25tラフターって新車で買うといくらするの?」
 私はオペレーターに訊いてみた。
「こいつはねぇ、2,500万円かな」
「うわぁ、高いだろうとは思ってたけど、ちょっと郊外に出れば一軒家が買えちゃうね」
 私は改めて新車のラフターを見上げた。
「オプションなんか付けたら、すぐに3,000万円だよな」
 佐野もオペレーターに声をかける。
「ええ、そうですね。僕はねぇ、この前まで10tに乗ってたんですよ。でもねぇ、最近10tは仕事が少なくてね。会社が25tに乗り換えれば、仕事はどんどん出してやるって言うから買い換えたんだけどねぇ」
「で、2,500万円をローンで?」
「もちろんですよ。でもねぇ、確かに仕事はいくらでもあるんだけどねぇ、こいつのローンを返して自分の稼ぎも捻り出そうと思うと、月に28日くらい働かないとダメなんですよ」
「月に28日ぃ?」
「ええ、そうなんですよ。10tならローンは無いけど仕事も無いし、25tは仕事はあるけどローンがキツイんですよ」
「うーん、まさしく痛し痒しだねぇ」
「はははは…、でもね、なんとか頑張って働いていくしか無いんですよ。まあ仕事がある方がマシかなってことでね」
「そっかぁ、大変ですね。でもまあ今日はこれで帰れるし、ここから近いんでしょ」
「ええ、今日みたいな仕事だと僕も楽なんですけどね。どうもありがとうございました!」
 オペレーターはそう言うと佐野に誘導されてバックで現場から出て、グゥオオオオオというエンジン音と共に帰って行った。

「キーちゃん、メシの時に話した件、大丈夫かい?」
 佐野が工場の構内道路で大胆にツナギを脱ぎながら話かけてくる。
「ええ、話が決まったら教えて下さい。頭数は揃えますから」
 私も汗でベチャベチャのツナギを脱ぎ、パンツ一丁で返事をする。
 着替え終わると安全靴とヘルメットを車内に放り込み、エンジンを掛ける。
「佐野さん、今日はありがとうございました!」
「おう、じゃあよろしくね!また!」
 佐野も2tユニックのエンジンを掛け、私は自分の車をスタートさせた。
「じゃ、また!」

 佐野に運転席から挨拶をすると、私は家路に向かって車を走らせたのだった。