My Usual Life @ Fukui City

季節のうつろいと毎日の生活

連休3日目の一乗谷朝倉氏遺跡

2020-09-22 | 旅行記
9月21日敬老の日。新鮮な空気を吸いに朝倉遺跡を訪れた。何箇所か駐車場があるのだが、どこも満杯だった。復元町並み入口の駐車場でしばらく待ったら入ることができた。ここへは十数回来ているが、これだけ多くの人出を見たのは初めてである。4連休ということもあるが、何といってもNHKの「麒麟がくる」の影響が大なのであろう。ユースケ・サンタマリア演ずる朝倉義景が奏功しているのだと思う。復元町並みに入場するのに、これだけの人が並んで待っているのは見たことが無い。唐門も朝倉家家紋入りの幕がつけられ、桔梗の花の飾りが置いてあった。朝倉遺跡は質素な趣きが素晴らしいのだが、福井県人としては県外からのお客さんがお金を落としてくれる施設があるとなお良いのだがと少し残念に思う。
お昼ご飯は少し上流にある「利休庵」でお蕎麦を頂いた。食べたのは利休三昧。ここも意外と混んでいて午後2時には閉店と書かれていた。このお蕎麦屋さんは、ソフトバンクの白い犬の生まれ故郷ということになっている。このお蕎麦屋さんの通りから一山越して下りた所に、東大味という集落があり、そこに明智神社がある。明智光秀の次女、後の細川ガラシャ生誕の地である。昨日は行かなかったが、おそらくここも賑わっていたことだろう。
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Wynton Kellyについて

2020-09-20 | 音楽
自称隠れジャズファンの一枚。音楽鑑賞は良いステレオシステムで聴くのが最良なのだが近頃はそれが面倒くさくなってしまい、ついついYouTubeでパソコン作業のながらBGMとして聴くことになってしまう。LPレコードの時代に買い集めたアルバムは数百枚ある。しかし何が面倒かといって、LPは片面が終わるごとにひっくり返さなければならない。時間にして20分程。CD盤だと両面分が体を動かさなくてもいい。YouTubeは、マウス操作だけでいくらでも聴いていられる。ずいぶんと音質は落ちるが、音質よりも曲が聴ければいいのだ。
さて、昔々、ピアノジャズが大好物だと、このブログに書いたことがある。中でもWynton Kellyの演奏が好きだ。彼は1971年に39歳でこの世を去っている。特に
Jimmy CobbとPaul Chambersとでのピアノトリオが良い。このトリオをバックにしたMiles DavisやWes Montgomeryなどとのセッションが乗りに乗ったKelly節を聴かせてくれる。
アルバムFull Viewは1966年の演奏。Kellyのトリオアルバムの中でもあまり目立たない存在だが、彼の真髄とテクニックを聴くには教科書のようなものだ。54年前の演奏ながら、この時代のジャズは古さを感じさせないものがある。興味のある向きは是非聴かれんことを願う。
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良い夢悪い夢

2020-09-20 | 日記・エッセイ・コラム
近頃、明け方になるとよく夢を見る。特にトイレに行きたくなると見る。夢と言うのは、良い意味で夢なのであるが、夢も希望も無い夢ばっかり見ている。悪夢と言う言葉もあるが、本来の夢は希望に満ちたものであるはずなのに。
Dreams come true. 夢はかなうらしいが、かなってもらうと困る夢ばっかり見ている。いっそのこと夢なんて見ない様にはできないものか?

きょうのランチ

2020-09-18 | 食・レシピ
仕事をしなくなってからというもの、昼飯はほとんど毎日自宅にて妻の作ったもの、またはスーパーで買ってきた弁当をたべるようになった。それでも週に1回くらいはどこかへ食べに行く事にしている。自分の主義として高くても1000円以下のメニューと決めている。500円前後で満足のいくものがあれば、それに越したことはない。例えば、吉野家の牛丼とかなか卯の親子丼、丸亀製麺のうどんなどはコスパ最高なのだが、そこいらばっかり行くのも何度目かには飽きてくる。それできょうは飲茶食坊 龍楽園へ行った。私は、ニラレバ定食。950円也。台湾ラーメンとご飯とのセットだ。下町風の中華屋さんは数多くある。おいしくて安い店は長続きする。このお店も20年近く営業されている。ランチのセットは10種類以上ある。たまに食べたくなるお店です。javascript:void(0)

小林秀雄対話集

2020-09-16 | 本と雑誌
この本、写真では古くは感じないが50年前に購入したものだ。若者は文学の勉強をしていない限り小林秀雄の名前を知らない人も多い事でしょう。12人の論客と対話している。誰でも知っている人といえば三島由紀夫だろう。対話にもかかわらず小林秀雄は難解なことを話している。彼の言わんとしていることを理解に苦しみながらも読み進めることが一種の喜びにつながる。