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価値観の変化:『テメレア戦記(Temeraire)』より

2022-12-30 07:07:37 | 架空世界
 英国航空隊の秘密というネタバレがありますので御注意を。


 さて主人公であるテメレアの担い手、中国(清帝国)風には守り人であるウィル(ウィリアム・ローレンス)は心優しく正義感の強い軍人です。少し生真面目過ぎるところもあるようですが、それも含めて現代人の多くにも好感を持たれる人物でしょう。ですが、彼が体現していると思われる当時の英国だかヨーロッパだかの価値観や倫理観には、現代の我々から見ると違和感もあります。作家はそこも含めて当時の空気というものを表現しているのでしょう。

 そんなローレンスが運命のいたずらから海軍を離れてドラゴンを擁する英国航空隊に入り、そこで大きなカルチャー・ショックを受けるのでした。実は英国航空隊には世間には知らせられない大きな秘密が2つあったのです。といっても現代人から見たら、「なんでそんなの秘密にしなきゃいけないの?」というレベルのもので、以下の2点です。
 .女性が軍人として男性と同等に活躍している
 .指導的立場にあるドラゴンが存在する

 は秘密にしなきゃいけないという点で、当時の社会の価値観がよくわかるという効果がありますね。そのあたりの描写は本書の至る所で出てきます。こうなった理由は英国産の主戦力となる竜種のひとつが「女性しか担い手として受け入れない」という特殊な性質を持っていたためです。そして航空隊の男性達もそういう状態に慣れてしまった結果、1800年代のイングランドのそこにだけ、20世紀後半以降の価値観を持ったコミュニティができあがってしまいました!

 さて、これは特殊な竜種が生まれたという英国固有の事情なので、それ以外の国では事情が違うと考えられます。実際に敵国フランスの事情とかプロイセンのドラゴンの様子とかも少しずつ明らかになります。実はそれ以外にも、ドラゴンと人との関係は世界の国々により相当に異なっており、まさに文化の多様性、世界は広いというところです。そしてテメレアとローレンスも世界を巡る冒険の中で、そのような多様性に触れていき、自分たちの心にも変化をきたしてゆきます。

 について言うと、英国ではそしてたぶんヨーロッパの他の国々でも、一般人の認識ではドラゴンは「言葉の話せる獣」「危険な肉食獣」という認識です。それどころか英国の学者(まともな自然科学者かどうかは不明)でも「ドラゴンは知性は持たない」と固く信じている人たちもいます。中国では全く様子が異なり、皇族を担い手とするドラゴンともなれば、贅を尽くし敬意を集めるという次第です。そしてアフリカでは・・・、作者の想像力の豊かさに感心しました。日本でのドラゴン事情もシリーズの中でそのうちに明かされるのでしょうか? なんだか楽しみです。ああ、アメリカ大陸の事情も未だ明らかではありません。

 当時の感覚で、多くの現代人が一番ショックを受けそうなことは、軍で不始末をした場合にむち打ちという罰則があることでしょうね。しなやかな物で打つので大したことなさそうな印象を持つかも知れませんが、実はものすごく痛くて苦しいものらしいです。なにせ皮が剥け血もでるということですから、昔の日本軍で横行したというビンタなどの比ではありません。執行された人が数日休まないといけないという描写も出てきますからひどいものです。その時に敵襲があったら戦力ダウンではありませんか。

 ローレンスなどは優しいので、むち打ちなんかやりたくないという人なのですが、部下がむち打ちに処すべき不始末を犯した場合は、やむなく義務として執行するのです。軍にもまだ10代の兵士もいるんですけどね。これじゃあ奴隷のむち打ちなんてなんとも思わないはずですね。そういえば "Spare the rod and spoil the child" ということわざがありますが・・・。
 そういえば、今だにむち打ち刑のある国もわずかながらありましたっけ。

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