泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
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シュテーデル美術館展(2)

2011-03-18 23:03:15 | 古典絵画関連の美術展メモ
 肖像画  
コルネリウス・デ・フォス「画家の娘の肖像」1627年 

 眉毛が消えていて,しゃくれた下顎の歯が見えるのでやや不気味に見えるかもしれないが,顔のこってりした質感の造形はやはりフランドル派.ほどほど粗大に塗り重ねられた衣服の表現は確かにデ・フォス(ド・フォスも通用)に良く観られる.彼は17世紀前半のアントワープにおいて,ヴァン・ダイクに続くもっとも重要な肖像画家の一人で,ルーベンスの元で学んだという記録はないが共同製作はしている.ダイクらの自由な筆致を吸収して1620年代には魅力的な色遣いと均整の取れた表現で肖像画家として成功を収め,1626年ごろからは背景に風景を入れたバロック風の大画面の家族肖像画で人気を博し,1635年頃には人物群が登場する大画面の歴史画に製作の重点を移してゆく.
 図録や小パネルにかれている「・・・子供の肖像画を描くことを専門にしたただひとりのフランドルの画家」という表現は,子供の肖像画自体が少ないので誤解を招きやすいかもしれない.ドルトレヒトのヤーコプ・カイプも子供の絵を良く描いている. 

ピーテル・サウトマンに帰属 「子供の肖像」1635/40年頃



 創設者シュテーデルの蒐集品のひとつで,構図からあるいは断片かもしれない.青い眼と人懐っこい表情が魅力的だろうが,個人的には会場ではあまり惹かれなかった.
[見直してみたところ,目鼻立ちの表情は良く描かれていて,この作品でも微笑みは左の口角をやや上げることによって巧みに表現されている.違和感を感じたのは体や帽子の描き方に立体の造形感が乏しいように見えることだった]

 フェルディナント・ボル「若い男の肖像」1644年



 ボルは1630年代後半から42年までレンブラント工房に属していたので,この作品は独立して間もない時期のもので,レンブラント様式の窓枠ないし手すりに手を置く姿勢や強いキアロスクーロを意識している.
 ボルの肖像画の特質は一言で言えばコントラストが高いことで,私見では肌が比較的白く,目の周囲などの黒の影付けがきつく,頬には紅が入って,目頭の描き方にも特徴がある.それ故,描かれた人物にはややナーバスで冷たい印象を受ける作品が多く,その意味ではこの作品も同様である.ここでは左目など暗部の薄い顔料層は磨耗が目立ち,全体としてかなりコンディションが悪いのが残念である.
  レンブラント「マールトヘン・ファン・ビルダーベークの肖像」1633年


 アムステルダム時代初期の作品.前年製作の「トゥルプ博士の解剖学講義」にみられるような透けるような肌の表現の片鱗は感じさせるが,女性をハイライトで描いたためか顔にはキアロスクーロの陰影表現は弱い.美人ともいえないことと相まって写真では印象が弱かったが,実物を見ると,目から鼻,口元にいたるまでが引き締まっていて,無駄のない筆遣いはやはり巨匠のこの時期のものだろう.
 楕円形のフォーマットは顔の形や膨らんだ襟に合うので,1630年代のアムステルダムで好まれたと図録にあるが,確かにレンブラントの1630年代の前半の肖像画作品には多いようだ.
 ただし,金ボタンがあまりに類型的で,この部分は工房の初心者に描かせたのではないかと感じてしまう.
 
  フェルスプロンク「椅子に座った女性の肖像」1642/5年頃

 彼はハルスに次ぐハールレム派の代表的な肖像画家である.大きな襟飾りをつけ,金のネックレスやブレスレットで着飾って,ダチョウの羽の扇子をもった女性は,鼻が少し上を向いてややつり目で,美人かどうかは別だが,堂々と腰掛け斜に向いてポーズをとり,左の口元を少し上げて微笑み,そして左目をそばめた一瞬の表情を,フェルスプロンクは繊細なタッチで独特のさわやかさを感じさせる作風で描いている.ただ繊細なのではなく,右手の表現などを見ると,ハルス風の筆遣いも見て取れよう.
 比較的大きめの四分の三身座像は対角線に乗った安定した構図は,やはりフェルスプロンクらしい灰褐色のやや寒色調で明から暗のグラデーションを用いた背景に浮かび上がる.

 
  フランス・ハルス「夫婦の肖像」1638年



 ハルスについては語る必要はないだろう. 彼の肖像画には一瞬の荒い筆遣いの中に微笑み以上の笑顔がある.残念ながら,小生はその偉大さをまだ十分に熟知してはいないのだが.
 カスパール・ネッチェル「ピーテル・シックスの肖像」1677年


 ネッチェルはテルボルフに学び共和国の首都となったハーグに工房を構えたが,このような細密な肖像画小品で名声を博した.この作品は,絨毯や衣服のサテンの質感,獲物の鳥,召使の表情など背景を含めて,中でも入念に仕上げられており,彼の傑作ないし佳作のひとつであろう.
 ピーテルはレンブラントの友人であったヤン・シックスの甥とのことで,この肖像画の当時22歳,後にアムステルダムの市長に就いている.背景に描かれている画中画はアンニーバレ・カラッチの「キリストとサマリアの女」(現ブダペスト国立美術館蔵)ないしその模写で,ヤンの蒐集品だったらしい.
   ニコラース・マース「女性の肖像」 1668/70年頃

 マースは1650年代にレンブラント工房に属したが,その後1660年代後半から80年代にはフランドルあるいはヴァン・ダイク風の明るい色彩に柔和な筆遣いで数百点の肖像画を描いたといわれる.これらは,やや小型の四角形の画布に楕円形に描かれた半身像や,やや大型の画布に時には噴水や円柱などを配した3/4身像,という二種類のフォーマットをとることが多かった.両者とも,日暮れの空のもと,テラスや垂れ幕などのある想像上の庭や建物を設定し,カールした長い髪は灰色や褐色で,サテンのような衣服は赤,青,橙,金あるいは紫色で輝きをもって描かれている.
 この肖像画もそのような作品の典型である.私見ではマースの顔の表現においては鼻の影がくっきりした褐色で描かれているのも一つの特徴である.この女性は実際に面長なのか,この作品が高い位置にかけられ下から見上げることを見越してなのかわからないが,頭蓋から顔面はややいびつかもしれない.

 ここで展示されている微笑む女性像はいずれも左の口角を軽くきゅっと上げているが,いかにもの欧米人の仕草を思い起こさせる.
   ヘルブラント・ファン・デン・エークハウト「イサーク・コムリンの肖像」1669年



 エークハウトも1630年代の後半レンブラント工房に属し,その後もレンブラントの友人であったと言う.
 エークハウトの肖像画はあまり見たことがなかったが,ここでは彼にしては顔の仕上げは精緻であり,手のやや強めの影付けのコントラストでエークハウトらしさが実感できる.
 背景にアムステルダムの地図を配し,向かって右に開かれた書物が置かれているが,この本から描かれた男性は出版業を営むコムリンであると推定されたという.

 画像無し ・バーレント・ファブリチウス「自画像」 MJそっくりなので話題になっているが,うちの絵画館収蔵品のフリンクによる「シャボン玉を吹く少年」と同じくらい顔料層が薄くなってしまっているのは残念.

・ヤン・M・モレナール「タバコを吸う男」 並品 比較的重要な画家だが風俗画の範疇だろう

・カーレル・スラバールト「髑髏を持つ自画像」 顔と髑髏は良くかけているが,人体のプロポーションや構図は少し気になる.アーチを置いて後ろの隠された窓から光が射しているが,その壁には家族の肖像画の額を予定したものの取り除かれたらしい.この画家については浅学にして詳細は知らない.

・トーマス・デ・ケイゼルの追随者「騎馬像」1660年代 貴族のたしなみであった乗馬姿は当時の市民階級の憧れでこのような小品もよく描かれており,アムステルダムのデ・ケイゼルの作品は中では有名である.この作品自体は並品

・バックハイゼン「男の肖像」 この奇妙な構図の作品は断片であるため.創設者シュテーデルの蒐集品のひとつとのこと.帰属についてもよく分からない.

以下続く....