
▲青年時代の康熙帝
●中国(清)
Revolt of the Three Feudatories is squashed by Kangxi Emperor.
一路(いちろ)難産 反抗期。
1673年 三藩の乱 呉三桂 雲南 康熙帝
李自成の北京占領に際し、清軍を本土に引き入れて中国統一に協力した明の武将呉三桂は雲南の藩王となり、広東の尚可喜、福建の耿継茂とともに三藩とよばれた。
聖祖康熙帝は強大化した勢力を削るため、三藩の廃止に踏み切ると、1673年呉三桂ら挙兵し、三藩の乱が起こった。
清朝支配は一時危機に陥ったが、康熙帝はたくみに鎮定し、中国支配を確立した。
▼呉三桂
《康熙帝の台湾支配》
1681年に三藩の乱を平定した康熙帝は、1683年には明の遺臣である鄭成功以来、台湾を根拠地として「反清復明」の運動を続ける鄭氏一族も征服し、台湾も直轄支配下に置いた。
これによって、反清勢力は潰(つい)え去った。
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