寝たのが4時。
もちろん、飲み歩いてたからだけど
帰宅して資源ごみ出して
何だかんだでようやく寝て
目が覚めたのが7時半。
3時間半の睡眠。
何故、昼過ぎまで寝ていられるというのに
こんな時間に目が覚めるんだ!?
二日酔いでだるいし
眠たいし・・・・・・
横になれば、あっという間に寝落ちする。
けど、1時間ぐらいで目が覚めた。
9時前。
もう、お腹が空いて寝られなくなって(笑)
卵かけごはんとみそ汁。
取りあえず口にして
また横になる。
寝落ちする。
1時間ほどで目が覚める・・・・・・・・
なんでぇ??????
もうだらぁぁぁぁっと寝てたいのに(;´Д`)
仕方がないから掃除して
スマホで遊んで
2時過ぎ、お腹が空いて
・・・・・・・っていうか、ものすごい食欲。
動かないからあまり食べちゃいかんのに。
眠気より食欲が勝つ。
その後はいたって普通の休日。
歴史の話を読んでちょっと目からうろこな話があって。
「徐福」
謎の人物。
「聖徳太子」なみに謎。
だけど、伝承が神がかってないから
史実なんだろう。
それにしても、飛鳥時代以前の話は
本当に謎。
どう謎なのか。
現実的ではないストーリーになってるから。
つまり、実際の出来事を変換してしまっているから。
いろんな史学者がそれを推測で現実的な話に戻している。
いろんな解釈がそれぞれ面白い。
だけど、史実かどうかが分からない以上
いずれもただのお伽噺でしかない。
だから面白い。
そういう想像をオレの頭ではできないから
人様の想像を読んで楽しんでいる。
だから、出雲に行きたい。
国譲りの現場に。
「徐福」とどうつながるか。
分かるはずもなく(;^ω^)
でも、そんな過去がある場所であることに変わりはない。
理解はできないが
何か感じることができればいいな。
さて、今日の運勢。
往生とは死後の事ではない。信念に抱かれていると目覚めし時なり
???????
古代の話しなみにイミフ。
名古屋弁だと思うが
「大変だった」という表現を
「往生こいた」と言う。
そこで、ちょっと調べてみた。
〖往生〗
浄土へ「往」って「生」まれるということ
浄土へ往く往生にも2種類あり
1つ目は死んでからの往生
2つ目は生きているときの往生
で、「死後のことではない」といわれて
二つ目の意味とは・・・・・・
「あらゆる人は、仏教を聞いて、心の闇が断ち切られた瞬間、
往生を得て不退転(絶対変わらない身)になる」 お釈迦様
つまり
生きているときの往生とは、心の闇が破れ、
絶対の幸福になること
だそうです。
「往生こいた」は心の闇が晴れ、めちゃくちゃ幸せになった
という意味になってしまう・・・・・・・
実際に使うときは、超絶大変だった時。
真逆だな。
もちろん、飲み歩いてたからだけど
帰宅して資源ごみ出して
何だかんだでようやく寝て
目が覚めたのが7時半。
3時間半の睡眠。
何故、昼過ぎまで寝ていられるというのに
こんな時間に目が覚めるんだ!?
二日酔いでだるいし
眠たいし・・・・・・
横になれば、あっという間に寝落ちする。
けど、1時間ぐらいで目が覚めた。
9時前。
もう、お腹が空いて寝られなくなって(笑)
卵かけごはんとみそ汁。
取りあえず口にして
また横になる。
寝落ちする。
1時間ほどで目が覚める・・・・・・・・
なんでぇ??????
もうだらぁぁぁぁっと寝てたいのに(;´Д`)
仕方がないから掃除して
スマホで遊んで
2時過ぎ、お腹が空いて
・・・・・・・っていうか、ものすごい食欲。
動かないからあまり食べちゃいかんのに。
眠気より食欲が勝つ。
その後はいたって普通の休日。
歴史の話を読んでちょっと目からうろこな話があって。
「徐福」
謎の人物。
「聖徳太子」なみに謎。
だけど、伝承が神がかってないから
史実なんだろう。
それにしても、飛鳥時代以前の話は
本当に謎。
どう謎なのか。
現実的ではないストーリーになってるから。
つまり、実際の出来事を変換してしまっているから。
いろんな史学者がそれを推測で現実的な話に戻している。
いろんな解釈がそれぞれ面白い。
だけど、史実かどうかが分からない以上
いずれもただのお伽噺でしかない。
だから面白い。
そういう想像をオレの頭ではできないから
人様の想像を読んで楽しんでいる。
だから、出雲に行きたい。
国譲りの現場に。
「徐福」とどうつながるか。
分かるはずもなく(;^ω^)
でも、そんな過去がある場所であることに変わりはない。
理解はできないが
何か感じることができればいいな。
さて、今日の運勢。
往生とは死後の事ではない。信念に抱かれていると目覚めし時なり
???????
古代の話しなみにイミフ。
名古屋弁だと思うが
「大変だった」という表現を
「往生こいた」と言う。
そこで、ちょっと調べてみた。
〖往生〗
浄土へ「往」って「生」まれるということ
浄土へ往く往生にも2種類あり
1つ目は死んでからの往生
2つ目は生きているときの往生
で、「死後のことではない」といわれて
二つ目の意味とは・・・・・・
「あらゆる人は、仏教を聞いて、心の闇が断ち切られた瞬間、
往生を得て不退転(絶対変わらない身)になる」 お釈迦様
つまり
生きているときの往生とは、心の闇が破れ、
絶対の幸福になること
だそうです。
「往生こいた」は心の闇が晴れ、めちゃくちゃ幸せになった
という意味になってしまう・・・・・・・
実際に使うときは、超絶大変だった時。
真逆だな。
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