2月17日未明
1970年代にパコ・デ・ルシア、ビクトル・モンヘ・セラニート と並んでフラメンコギターの天才三羽烏といわれたマノーロ・サンルーカルがいる。
パコはフィリップスから新譜が、セラニートは日本コロンビアから旧譜が発売されて早くから有名だった。
一方サンルーカルは日本に契約レーベルがなく実際に新譜を手にすることは困難だった。頼りは中目黒のマンションの一室にあった「ディスコ・マニア」という輸入フラメンコレコード店だった。試聴 Caballo Negro
話が長くなった。そのサンルーカルが来日した2公演はどちらも駆けつけた。新譜の「Sentimiento」のナンバーを中心に美しいフラメンコを聴かせてくれた。息を呑むような演奏が続くうち、ふと立ち上がった彼がメモを取り出してこう読んだ。「愛しながら別れたクリスティーナへ捧げる・・・」
甘く、切なく、美しい音楽だった。
あれから30年。今は自宅にいながらにしてこんなものが手に入る時代になった。レコードコピーに苦労したあの頃は嘘のようだが、完璧なコピー譜が手に入った。
愛しながら別れたひとに捧げるために・・・このフレーズには参るよなァ、酒よ。
1970年代にパコ・デ・ルシア、ビクトル・モンヘ・セラニート と並んでフラメンコギターの天才三羽烏といわれたマノーロ・サンルーカルがいる。
パコはフィリップスから新譜が、セラニートは日本コロンビアから旧譜が発売されて早くから有名だった。
一方サンルーカルは日本に契約レーベルがなく実際に新譜を手にすることは困難だった。頼りは中目黒のマンションの一室にあった「ディスコ・マニア」という輸入フラメンコレコード店だった。試聴 Caballo Negro
話が長くなった。そのサンルーカルが来日した2公演はどちらも駆けつけた。新譜の「Sentimiento」のナンバーを中心に美しいフラメンコを聴かせてくれた。息を呑むような演奏が続くうち、ふと立ち上がった彼がメモを取り出してこう読んだ。「愛しながら別れたクリスティーナへ捧げる・・・」
甘く、切なく、美しい音楽だった。
あれから30年。今は自宅にいながらにしてこんなものが手に入る時代になった。レコードコピーに苦労したあの頃は嘘のようだが、完璧なコピー譜が手に入った。
愛しながら別れたひとに捧げるために・・・このフレーズには参るよなァ、酒よ。