森の隠れ家  by KEIZI

森の中の小さな俺の隠れ家。
隠れ家の中は、他人から見れば子供のおもちゃ箱のようにガラクタばかりなのかもしれない。

見栄を張ること・・・

2007年02月25日 | ひとりごと
この前、ヤクザと会話した内容を書いてみようと思う。


『お前ら、どうして高級車に乗って、高い服を着て、キンキラキンのアクセサリーつけてるの?』

ヤクザ
「やっぱ、見栄だよね」


『ふ~ん。で、見栄を張って何か得したことあるの?』

ヤクザ
「・・・・・・・・。


『俺、いつもお前ら見てて思うけど、高級車に乗ったり、高い服を着たりしてるとよほど自分に自信がないんだなってしか思えないんだ。』

ヤクザ
「そうかも知れないっすね・・・。」


『自分に自信があれば、大衆車に乗っていようが、ユニクロの服を着ていようが、その人自身からオーラが出てると思わない?』

ヤクザ
「・・・・(何とも言えない困った表情)」



私自身、人生のスパイスとして少しの見栄を楽しむのは否定しません。
でも、それで何か得をするかというと・・・・特にないんですよね?

今回私は、特殊な状況でヤクザとこのような会話をしましたが、皆さんは決してまねをしないでくださいね!

きっと、ぶっ飛ばされますよ。
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「無関心」と「無責任」

2007年02月12日 | ひとりごと
最近、世の中が何か違う気がする・・・。

テレビやマスメデアから流れてくる国民の声は、景気や治安が悪いのを政治家や警察などのせいにしているような・・・・。

景気が悪い中、着実に成長している企業もあります。

私が思うに、景気を良くするのは、それぞれの会社や組織の企業努力であり、政治家達は、全世界から見た日本の立場や国民全体の利益を考えて、様々な方向性を打ち出す機関だと思う。

治安にしても警察だけが頑張っても日本の治安が維持できるはずはない!

以前の日本は、隣近所で助け合い生きてきた。

子供の顔を見れば「○○さんところの孫」だと直ぐに分かるくらいだった。そして地域全体で子供を叱り、褒めて育てられてきた。

そんな地域だから、見知らぬ人間が入ってくれば、直ぐに分かる。

今は、隣の敷地に見知らぬ人間が入っていても「無関心」「無責任」だから泥棒や悪いことをたくらんでいる人間達には好都合な世の中になっているような気がする。

物質的に恵まれて、近所の助け合いや干渉を嫌がり「隣は何をする人ぞ」的に無関心で無責任な国民一人一人の心の曇りが世の中を悪くしていると思う。

日本は世界一治安が良いと言われてきました。
そして、それに伴い日本の警察は世界一優秀と言われていましたが、それは、警察が優秀だったのではなく、

日本の国民性が治安を良くしていた

はずなのです。

住みやすい世の中にしたいのなら、誰かのせいや、誰かに任せるのではなく、私達一人一人が「無関心」「無責任」をやめるべきです!
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量子力学が「死後の世界」を証明?

2007年02月04日 | ひとりごと
科学と宗教の世界は、相反するもので敵対関係にあるといっても言い過ぎではないでしょう。

これは、キリスト教が絶大な権力を誇っていた中世ヨーロッパ時代から始まっているようです。
地動説を唱えて宗教裁判により禁固刑を言い渡されたガリレオの例でも知られているように、キリスト教の教えに反する者は、罰せられたり処刑されるなど悲惨な出来事があり、このような時代背景が現在まで尾を引いているようです。

しかし、「この科学の時代に・・」と言う言葉を良く聞きますが、現在の科学はどの程度のものなのでしょう?

宇宙のことはもちろん、私達が住んでいる地球のこと、何よりも私達人間の体のことですら解明されていないことの方がまだまだ多いのです。
つまり、現在の科学の進歩を人間にたとえれば、まだ産声を上げてよちよち歩きが始まった赤ちゃんくらいの成長過程でしかないのです。


ですから、私の考えとしては、今後、科学がもっともっと進んでいけば、やがては「死後の世界」や「魂の存在」も科学の力で解明される時が来るだろうとは思っていましたが、それは、今後数百年、いや、それよりもっとかかるかも知れないと思っていたのです。


しかし、現時点でも科学と宗教の世界は、私が考えていたよりもず~っと近い存在になっていたのです。

その内容は、ソニー・インテリジェンス・ダイナミックス研究所所長兼代表取締役社長(工学博士)土井利忠さんが、天外伺朗(てんげしろう)のペンネームで書かれている著書

『ここまで来た「あの世」の科学』

『宇宙の根っこにつながる生き方』

の中で書かれていました。


天外伺朗さんは、全く共通点がないように見える物理の「量子力学」や「心理学」、それに宗教である仏教などの「東洋哲学」の三つは、それぞれの立場で表現は違うが、同じ事を言っていると主張しています。

さすがに凡人の私には、学術的に理解できない部分もありますが、私なりの解釈で話しますと、量子力学については、分子原子素粒子とだんだん小さな世界に進んでいくと、プランクスケールと言って時間も存在しない世界になってしまうと言うのです。

物理学者デビット・ボームが、その量子力学の仮説として唱えている「ホログラフィー宇宙モデル」は、宇宙は二重構造になっており、もう一つの目に見えない宇宙には、物質、精神、それに時間(現在・過去・未来の全て)、空間などが全体としてたたみ込まれていて分離不可能な世界だと唱えており、天外伺朗さんの解釈では、そのもう一つの宇宙というのが「あの世」と解釈できる世界だと言うのです。

また、心理学者で精神医学者のユングは、深層心理学で人間には、普段理性を持って生活している時の表層意識と、自分でも意識していないその奥深くに無意識の世界があり、『無意識』の世界は、一人一人個別の意識ではなく、全人類に共通で意識の深いレベルでつながっている「集合的無意識」であると言っています。

そして、これらの仮説は、仏教などの東洋哲学で伝えられている内容と一致すると言うのです。

いずれにしても、興味のある方は、天外伺朗さんの本を読んでみてください。
量子力学の世界などは頭では理解できなくても、心の奥底で理解できる気がするのです。
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