古い木版刷りのお経です。
『仏説療痔病経 唐三蔵法師義浄譯』
14.3x87.4 cm、天保2年
唐三蔵法師義浄譯とあり、あの三蔵法師が訳された有難いお経ということでしょうか。
どうやら、痔を治療するためのお経が書いてあるようです。
・・・・我諸の苾芻(びっしゅ、僧侶))の患る所の痔
病も。亦復かくのことし。また血出ることなく。また
膿流るゝことなし。永く苦痛を除き。悉
く皆平復して。即ち乾燥せしむ。亦復も
し常にこの経を誦する者ハ。宿命住智をえ
・・・・・・・・・・・・・・・
このお経を唱えれば、血が出ず、膿も流れず、痛みがなくなり、乾いて、痔病が直る、とい書いてあります。
昔から、痔に苦しんでいる人が多かったんですね。それにしても、痔を直すお経など聞いたことがありません。
これはやっぱり、江戸時代に流行ったパロディの一つではないかと思いました。
ところがっ!
実は、これ、本物のお経だったのです!
しかも、由緒正しい医学系学術雑誌に、『療痔病経』についての論文が載っていました。
山中行雄、山下勤、赤羽律、室屋安孝「仏教文献『療痔病経』とその関連文献について」日本医史学雑誌、57巻3号293-304(2011)
以下、この論文から、『仏説療痔病経』の本文(漢訳)と著者による日本語訳を載せます。
佛説療痔病經
大唐三藏義淨奉制譯
如是我聞。一時薄伽梵。在王舍大城竹林園中。與大苾芻衆五百人倶。時有衆多苾芻身患痔病。形體羸痩痛苦縈纒。於日夜中極受憂惱。時具壽阿難陀見是事已詣世尊所。頂禮雙足在一面立。白言世尊。今王舍城多有苾芻。身患痔病形體羸痩痛苦縈纒。於日夜中極受憂惱。世尊此諸痔病 云何救療。佛告阿難陀汝可 聽此療痔病經。讀誦受持繋心勿忘。亦於他人廣爲宣説。此諸痔病悉得除差。所謂風痔熱痔癊痔三合痔。血痔腹中痔鼻内痔。齒痔 舌痔眼痔 耳痔。頂痔手足痔脊背痔屎痔。遍身支節所生諸痔。如是痔瘻悉皆乾燥。墮落消滅畢 差無疑。皆應誦持如是神呪。即説呪曰
怛姪他 掲頼米 室利室利
魔掲室至 三磨夭都 莎訶
此呪 怛姪他 頞闌帝 頞藍謎 室利鞞
室里室里 磨羯失質 三婆跋覩 莎訶
阿難陀於此北方有大雪山王。中有大莎羅樹名曰難勝。有三種華。一者初生二者圓滿。三者乾枯。猶如彼華 乾燥落時。我諸痔病亦復如是。勿復血出亦勿膿流。永除苦痛悉皆乾燥。又復若常誦此
經者。得宿住智能憶過去七生之事。呪法成就莎訶。又説呪曰
怛姪他 占米占米 捨占米 占沒儞 捨占泥 莎訶
佛説是經已。時具壽阿難陀及諸大衆。皆大歡喜
信受奉行。佛説療痔病經
仏説療痔病経
大唐三蔵義淨奉制譯
以下のように私は聞いた。ある時、仏は、ラージャグリハの竹林園に、五百人ほどの比丘サンガと滞在しておられた。その時、比丘には、身体に痔病を患っているものが多かった。[彼らの]身体は弱り、やせ細り、痛苦は、[身体に]纏いつく[かのようであった]。[痔に罹患した比丘たちは]昼夜を通じて、ひどく憂い悩んでいた。その時、長老アーナンダは、この[多くの比丘が痔に苦しんでいる]事を見て、世尊のところへ詣でた。長老アーナンダは[ブッダの]両足に頂礼をして片側に立った。[長老アーナンダは]世尊に[次のように]言った。「今、ラージャグリハに多くの比丘がおり、痔病を患い、身体は弱り、やせ細り、痛苦は、[身体に]纏いつく[かのようで]あります。[彼らは]昼夜を通じて、一日中、憂悩を感受しております。世尊は、これらの様々な痔をどのように治療されますか。」
ブッダは、アーナンダに告げられた。「汝は、この療痔病経を聞くのがよい。[この経を]読誦して、受持し、心に繋げて忘れてはならない。また、他人に広く[この経を]説きなさい。[そうすれば、]これらの様々な痔病を悉く取り除くことができる。すなわち、[その様々な痔病とは]風痔、熱痔、癊痔、三合痔、血痔、腹中の痔、鼻内の痔、歯の痔、舌の痔、眼の痔、耳の痔、頭頂の痔、手足の痔、背中の痔、屎痔(肛門部の痔)[そして]身体全体の関節部に生じる諸々の痔[である]。このような痔がすべて乾燥し落ちて消え、すべて治ることに疑いをはさむことはできない。皆は、このような神呪を誦持すべきである。すなわち、その呪文に曰く:
怛姪他 掲頼米 室利室利 魔掲室至 三磨
夭都 莎訶
この呪は(丹藏では[次のように]云う。)
怛姪他 頞闌帝 頞藍謎 室利鞞
室里室里 磨羯失質 三婆跋覩 莎訶
アーナンダよ、これより北方にヒマーラヤという山の王がある。そこには、難勝という名前の大莎羅樹があり、三種の花を有している。一に初生、二に円満、三に乾枯[という花]である。まさに、この花が乾燥し落下するように、我の諸痔もまたそのように[落下するように]。また出血してはならない、また膿が流れてはならない。苦痛は永々に取り除かれ、[痔は]すべて乾燥せよ。あるいはまた、もしこの経を常に読誦する者があれば、その者は宿住智を得て、過去七生の事を思い出せるようになる。呪法は成就せよ。スヴァーハー。さらに[ブッダは]呪を説き、[その呪に]曰く:
怛姪他 占米占米 捨占米 占沒儞 捨占泥 莎訶
ブッダがこの経を説き終わった時、長老アーナンダと他の僧侶たちは皆大歓喜して[この経を]授かり、[ブッダの言う通りに]行じた。
ブッダがお説きになった痔病を治療する経。
私の木版刷り『仏説療痔病経』は、論文のものと少し異なっています。漢文が書き下してあるのと、呪文の一部が異なっています。
釈迦のいたインドの寺院、竹林園では、多くの僧侶が痔病に苦しんでいました。この時、痔病の治療方法を懇願された釈迦は説法を行い、痔病を取り除く経を伝えたと言われています。それが『仏説療痔病経』です。
この経典のサンスクリット原本は未発見ですが、チベット語訳と漢訳が存在します。漢訳は、唐の三蔵法師(635–713 年)が、710年頃に行ったとされています。
三蔵法師義浄譯といえば、日本では『仏説阿弥陀経』が有名です。
如是我聞(にょぜがもん)。一時仏在(いちじぶつざい)。舎衛国(しゃえこく)。祇樹給孤独園(ぎじゅきッこどくおん)。与大比丘衆(よだいびくしゅう)。千二百五十人倶(せんにひゃくごじゅうにんく)・・・・・・・・・・・・・・
浄土真宗本願寺派の我が家では、これまで何百回となく聞いてきました。ですから、教本があれば自然に詠えます。ただ、非常に長いので疲れます(^^;
それに対して、『仏説療痔病経』は、500字足らずの短いお経です。
如是我聞(にょぜがもん)。一時薄伽梵(いちじばがぼん)。在王舎大城(ざいおうしゃだいじょう)。竹林園中(ちくりんおんちゅう)。与大び芻衆五百人倶(よだいびしゅしゅごひゃくにんぐ)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
両者、よく似ています。これなら詠めそうです。
ところが、幸いにも、痔とは無縁の日々が続いています。ヨーグルトを食べ始めて30年以上になりますが、すこぶる調子が良いのです。
昔の人は、不摂生で痔が多かったのでしょうか。それにしても、お釈迦様にすがるほどに深刻とは!
と思いながら、「痔」を調べてみました。すると、その昔、「痔病」とは、文字通りの痔だけではなく、目、鼻、口、舌・・・体中の腫れもの、特に癌を表す言葉であることがわかりました。
今の我々にも切実な病気です。
この短い経文を唱えれば、辛い病気も快癒するかもしれません。心を入れかえ、明日からは、読経の日々(^^;
出物腫れ物所嫌わず(^^;
されど、
出物腫れ物『仏説療痔病経』嫌う(^.^)
ps. 日本ではほとんど知られていませんが、台湾では一般的なお経のようです。