これまで、中国明末〜清初の赤絵磁器を紹介してきました。今回は、同時期に作られた染付の皿です。
径 26.1㎝、高台径 13.6㎝、高 4.7㎝。中国、明末。
全体に厚くボテッとした造りで、焼きが甘く、叩いてもほとんど響きません。
いわゆる呉須手と呼ばれている一群の品の一つです。
呉須手とは、中国南部の江西、福建、広東地方の民窯で明末から清初にかけて大量に焼かれた粗製の磁器をいいます。大きくは、呉須赤絵と呼ばれる色絵の品と呉須染付にわかれます。今回の品は、呉須染付に属する物で、骨董市などでよく目にします。なお、呉須とは本来、陶磁器に使われる青色顔料を指しますが、「呉須手」の場合はそれとは関係なく、呉州=>呉須からこう呼ぶようになったと言われています。
一見、何が描かれているかわかりません。奔放な筆使いで、ビッシリと器面が埋められています。
周囲には、花紋の窓が5個、ぐるりと配置され、
中央には、
大きな牡丹と二羽の鳳凰が描かれています。
この模様の皿は17世紀初頭から作られていて、日本に大量に入ってきました。各地の遺構からも多く発見されています。
裏模様は広東風、今の日本ではあまり好まれません。
唯一の見所は、その右の戯れに書かれた「’」でしょうか(^^;
底には、呉須手特有の砂が付着しています。
そんなわけで、ブログに出すほどの物でもないな、とこれまでうっちゃっておいたのです。が、ふと手元の図録を見たら同手の品が載っているではありませんか。おおそれならと、今回のブログになった次第です(^.^)
図録に載っているようなものが放置されているんですものね!
これは、もう、図録にも載っている大物で、文句なしのものですね(^_^)
この図録は、何時、何処で作られたものでしょうか。
今回、気がついて、ブログ一回分、稼げました(^.^)
図録は、愛知県陶磁資料館(現、愛知県陶磁美術館)、平成8年の企画展示の時のものです。ここは、規模、質ともに日本一の陶磁美術博物館だと思います。大コレクター、本多静雄氏の尽力でできました。
中国陶磁器研究の第一人者が学芸員でおられたのですが、残念ながら、沖縄の大学に移られました。
サイズも大きいですし、文様もインパクトがあります
伊万里で中期末に登場する「白抜き様式」はこういった品が元になっているのかも知れませんね
それにしても故玩館の収蔵品は凄いです!。
白抜きを意識して作ったというよりは、どんどん描きこんでいるうちに、白く残った部分が模様として残ったという感じです(^^;
よく言えば,祥瑞に通じる(^.^)