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遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料30 大和田健樹『謡曲評釋』

2021年06月05日 | 能楽ー資料

明治時代に発行された謡曲解説本『謡曲評釋』です。

大和田健樹『謡曲評釋』壱輯‐九輯、博文館、明治40-41年。

 

背表紙は虫に喰われていますが・・・

 

表紙と中味は、健在です(^.^)

 

壱輯‐九輯まで、全部で9冊あるのですが、一冊目の壱輯が、第一巻と第二巻を含み、変則的です。

第一巻では、謡曲の総論、

第二巻では、「岩船」以下、22番の謡曲を評釋しています。

弐輯から九輯まだは、それぞれが一巻ずつ、第三巻から第十巻まで、すべて謡曲の評釋が書かれています。

つまりこの本は、壱輯‐九輯まで9冊なのですが、巻としては、第一巻から第十巻まで揃っていることになります(^.^)

 

一冊目の壱輯をみてみます。

まず目につくのは、第一巻総説其三で、謡いを作者別に整理していることです。

これって、どこかで見たような・・・・・・

そうです。先々回のブログで紹介した、江戸前期の謡解説本、加藤磐斎『謡増抄』と同じパターンです。

さらに、謡曲を構成する次第、サシ、クリ、クセなどの特徴や謡い方などを解説しています。

続いて、序の舞、中の舞など、能の舞いについても説明しています。これらは、舞いなので、謡いとは直接関係はないのですが、本当に謡いを極めようとすると、舞いについての理解は欠かせません。

このように、著者は、謡いを学ぶときに必要な知識をなるべく広く読者に提供しようとしていたことがわかります。

 

一方では、こんな事も。

其十一題目の異同では、能の題目が、昔と今とでどのように異なるか、列挙しています。たとえば、高砂はかつては相生、蝉丸は逆髪、卒塔婆小町は小町物狂、春日龍神は明恵上人などとよばれていたのだそうです。

著者によれば、能が出来始めたころは一定の題目はなく、人々が適当な名で呼ばれていました。そのうち、語呂の良い物にだんだんと統一されてきたそうです。

能の題目については、流派によって呼び方が違うものや思わず首をひねらざるをえないものがありますが、成り立ちを考えると肯けます。

 

『謡曲評釋』の第二巻以降は、すべて謡いの評釈です。

このうち、「鉢木」について簡単に紹介します。

謡曲の本文がずっと書かれていますが、その上欄に、語句の説明や解釈が書かれています。このスタイルは、以降の謡曲本の先駆けといって良いでしょう。 

注目すべきは、下のページ、いわゆる「薪の段」といわれ、小謡いに取り上げられることの多い章句です。

「捨人の為めの鉢の木。切るとてもよしや惜しからじと。・・・・・・・・・・・松はもとより煙にて。薪となるもことわりや。切りくべて今ぞ御垣守。衛士の焚く火はお為なり。よくよくあたり給へや。」

大雪の中で一夜の宿を求めてきた旅僧(北条時頼)に対し、落ちぶれた極貧の下級武士、佐野常世が、大切にしてきた梅松桜の盆栽を燃やして暖をとり、もてなす場面です。

江戸時代、徳川、松平を忖度して、「松はもとより煙にて。薪となるもことわりや。」の部分が、「松はもとより常盤にて。薪となるは梅桜。」と変更されました。これは、その後もずっと続き、実質的には戦後になって元へ戻されたにすぎません。宝生流では現在も江戸時代のままです。

ところが、この本では、「鉢の木」の本文に、「松はもとより常盤にて。薪となるは梅桜。」と、本来の章句を書いています。

また、上欄の説明では・・・・

変更された章句では、構文が成り立たないと、変更の誤りを指摘しています。

このように、当時、心ある人々の中では話に上っていたと思われる能楽界の汚点を、著書の中で指摘し、正すのは相当勇気のいることだったでしょう。

さらにこの著者の特別な観点が、最期の九輯にみられます。

索引に続いて、附録があります。

曲舞(クセマイ)集です。

曲舞とは、蘭曲ともいい、現在は上演されない番外曲や廃曲のうちの聞かせどころを集めたものです。世阿弥によれば、最高の芸位に達し、自由な境地を 闌(た)けた位で謡われる謡いです。つきなみな名人では、歯が立たない曲ですから、とても素人向けではありません。

さらに、曲舞集の後には、豊公謡曲が載っています。これは、豊臣秀吉が作らせた新曲で、秀吉自身が演じたと言われています。

明智討、柴田、北条、高野参詣、芳野花見。

もちろん現在は伝わっていないので、復曲には、節付けや演出を新たにせねばなりません。

附録ではありますが、なぜ、蘭曲や豊公謡曲のようなマニアックな謡いを載せたのか、著者に聞いてみたい気がします(^^;

 

『謡曲評釋』は、大冊『謡曲通解』(明治25年ごろ)を大改訂して、九分冊にした本です。著者は、他に、『謡曲文悴』、『謠と能』などの能関係の著作があります。

このように、明治にかなり大胆な大作を著した大和田健樹とはどのような人物なのでしょうか。

大和田健樹(おおわだ たけき、安政4年4月29日(1857年5月22日) - 明治43年(1910年)10月1日)とは、日本の詩人、作詞家、国文学者。東京高等師範学校(現・筑波大学)教授。「鉄道唱歌」「故郷の空」「青葉の笛」などの作詞者として知られている。(Wikipediaより)。

何と、彼は能関係の人ではないのです。唱歌の作詞者として有名で、数多くの歌詞をつくっています。

あのスコットランド民謡『故郷の空』が代表作。

「夕空晴れて秋風吹き
 月影落ちて鈴虫鳴く
 思へば遠し故郷の空
 ああ、我が父母いかにおはす」

国学や和歌を学んだとはいえ、『謡曲評釋』との落差は大きいです(^^;

マルチタレントの在り処を探ってみたい明治人が、また一人増えました(^.^)


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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遅生さんへ (Dr.K)
2021-06-06 10:05:53
「故郷の空」は知っていますし、歌えます(^_^)
その作詞をされた方が、謡曲の本を書いているんですか!
博学ですね(^_^)

もっとも、専門ではない(?)から、思い切ったことを書けたのでしょうか。
でも、やはり、通説に反した思い切ったことを書くには、勇気がいったのですね。「思ひ切りて言ふ」と断っていますものね(~_~;)
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Dr.kさんへ (遅生)
2021-06-06 11:15:31
明治時代は、能の第二の創成期ですから、いろんなことが出来たのでしょうね。それでも、鉢の木の変更部は元へ戻らなかったのです。伊万里焼が第二の創成期を迎えるのはいつでしょうか(^.^)
「故郷の空」も、今では、加藤茶の「誰かさんと誰かさんが麦畑~」の方がピンとくるようになってますね(^^;
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