遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料8 謡本の変化

2020年10月01日 | 能楽ー資料

先回のブログで、謡本を新旧とりまぜ、4種類紹介しました。

そのうち、最も古い江戸、享保時代の5番綴り本は8冊でしたが、別の所にまだ11冊残ってました^^;)  全部で、19冊になります。この19冊が3000円で手に入った訳です。あまりに廉価^^;)

 

 

この4種類に加えて、明治発行の謡本(観世宗家版、写真のⒷ)が数冊出てきましたので、今回はこれら5種類の謡本を比較してみます。

比較する謡本は『蝉丸』です。

 

Ⓐ:観世流謡本、享保18年、山本長兵衛発行

Ⓑ:観世流謡本、明治32年、檜常之助発行

Ⓒ:観世流改訂謡本、明治45年発行、観世流改訂本刊行会

Ⓓ:観世流改訂謡本、大正13年発行、観世流改訂本刊行会

Ⓔ:観世流謡本(大成版)、昭和52年発行、檜書店

このうち、Ⓐ、Ⓑ、Ⓔが、観世宗家版です。

 

まず、ⒶとⒷです。

Ⓐ:観世流謡本、享保18年、山本長兵衛発行

Ⓑ:観世流謡本、明治32年、檜常之助発行

 

     Ⓑ            Ⓐ

二つは、非常によく似ています。200年弱の隔たりがあるのですが、それほどの変化はみられません。江戸幕府に保護された能楽は、すくなくとも謡本で見る限り、明治までおおきな変化をすることなく続いていたのです。

木版の書体まで、ほぼ同じです。

それは、観世流宗家公認の謡本を出版していた山本長兵衛から、慶応2年、橋本常佑(檜常之助)が版権を買い取り、以後、観世流や金剛流の謡本を出版するようになったからです。現在の檜書店です。

この頃の謡本は、傍点で拍子を、上、下などで音階を簡単に表記していたにすぎません。つまり、謡本は、能のテキストであったのです。

謡を習うということは、師の謡いをそのまま諳んじることであったわけです。ちょうど、子供が童謡を覚えるのに似ています。楽譜がなくても何回も聞いたり、歌ったりしているうちに、完全に歌えるようになります。おそらく、秀吉など戦国武将も、このようにして謡いをマスターしたのでしょう。

しかし、録音装置などない時代、謡の一曲をマスターするのは相当に大変です。そこで、江戸の元禄以降、木版の謡本が盛んに発行されるようになりました。

武士も町人も、この謡本を手元におき、謡いを練習したのでしょう。

謡本でみるかぎり、明治にはいり能が武士の式楽でなくなった後も、江戸時代のやり方が続いていたのです。

 

次に、ⒷとⒸです。

Ⓑ:観世流謡本、明治32年、檜常之助発行

Ⓒ:観世流改訂謡本、明治45年発行、観世流改訂本刊行会

 

      Ⓒ           Ⓑ

江戸以来の観世宗家の謡本の流れにあるⒷに対して、Ⓒは、明治40年、丸岡桂が、謡本の改革をめざして、観世流改訂本刊行会をつくり、謡本の改訂本を出版し始めた時の物です。現在の能楽書林です。

木版の書体もまだ、江戸の山本長兵衛版を踏襲していますが、独自の文字も少し入っています。なによりも、謡いの本文欄外に、説明的な語句が入ってくるようになりました。

 

ⒸとⒹの比較です。

Ⓒ:観世流改訂謡本、明治45年発行、観世流改訂本刊行会

Ⓓ:観世流改訂謡本、大正13年発行、観世流改訂本刊行会

        Ⓓ           Ⓒ

どちらも、観世流改訂本刊行会が発行したものですが、後の時代の物では、謡いに入る前、数ページにわたって、解題、謠ひ方梗概、注意すべき謠ひ方、辞解が書かれています。謡いを理解しやすくなるように工夫がなされています。

 

最後に、ⒷとⒺです。

Ⓑ:観世流謡本、明治32年、檜常之助発行

Ⓔ:観世流謡本(大成版)、昭和52年発行、檜書店

        Ⓔ          Ⓑで

江戸時代からの謡本Ⓑに対して、現行の大成版謡本Ⓔは、非常に大きく違います。

数ページにわたる解説のあと謠いの本文に入ります。解説もビジュアルです。謠いの文字の横には、江戸版にはなかった種々の記号が付いています。これによって、私たちは、音の高低、節回し、テンポなどの謡い方を知ることができます。また、曲の心持ちや位も理解することができます。もちろん、実際の謡いは、非常に細やかで複雑なものですから、この謡本だけから謡曲を完全にマスターするのは無理ですが、経験をつめば、謡い本だけで、かなりのところまで謡うことができます。

現在の謠本は、謡曲のテキストから、和風オペラである能楽の舞台本の方向へと進化してきているのですね。

 

もう一度、江戸、享保の謡本Ⓐをながめてみました。

写真ではクリアーでないですが、朱色の筆で、たくさんの書き込みがあります。この謡本の所有者が、200年前、謡いを習いながら、自分で補足の記号を打っていったのですね(^.^)

 

 

 

コメント (6)
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