「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.310 ★ 「中国市場に頼りすぎていた」資生堂1500人早期退職募集で見えた"名門ブランド企業"3つの低迷理由 なぜ"優良ブランド"を抱えるのに活かせないのか

2024年05月08日 | 日記

PRESIDENT Online  (高橋克英:株式会社マリブジャパン 代表取締役)

2024年5月6日

ついに国内1500人の早期退職募集

日本を代表する名門ブランド「資生堂」が、2024年2月、国内事業に関わる従業員約1500人の早期退職を募集すると発表した。

国内事業を手がける子会社「資生堂ジャパン」のうち、45歳以上で勤続年数20年以上の社員が対象だ。

写真=時事化粧品大手メーカーの資生堂のロゴマーク看板=2017年4月20日、東京・六本木

募集期間は同年4月17日から5月8日までで、①退職時年齢に応じた特別加算金を通常の退職金に加算し、②希望者には再就職支援サービスを提供する。

日本地域本社である資生堂ジャパンの従業員数は、1万人を超えており、今回、募集する早期退職はそのうちの1割を超える大規模なものになる。

大規模なリストラの背景には業績不振がある。資生堂の業績(2023年12月)は、売上高が前年比8.8%減の9730億円、コア営業利益が同22.4%減の398億円、営業利益が同39.6%減の281億円、純利益が36.4%減の217億円となり、2年連続の減収減益だ。コロナ禍が終わり化粧の機会も増え、インバウンドも復活しているにもかかわらず、なぜ業績が低迷しているのだろうか。

筆者は、名門ブランド「資生堂」の低迷は、①中国傾斜②EC遅れ③ブランド乱立の3つの根本的な問題によるものだとみている。こうした問題は、優良ブランドを抱えながら、生かし切れていない他の日本企業に共通する点も多そうだ。

売上高の25.5%を占める中国事業

地政学リスク高まる中国への傾斜

グローバル企業でもある資生堂において、日本事業の26.7%に次ぐ売上高25.5%を占めるのが中国事業だ。東京電力福島第1原子力発電所の処理水放出に伴う日本製品の買い控えもあり、中国事業の売上高は同4.0%減の2479億円、コア営業利益70億円の黒字(前期39億円の赤字)だった。

中国における地政学的リスクや反日的な対応は随分前から存在しており、何もプロ経営者でなくても、いまや一般の日本人であっても十分に認識できるような話だ。

経営判断、ビジネス判断として、この先も中国市場を大票田とする施策に問題はないのだろうか。自然災害など避けることが困難なリスクではなく、ある程度予測可能なリスクであるはずだ。事実、多くの日本企業が中国ビジネスからの撤退や縮小、他の市場への転換を検討したり、実行に移すなかで、足元の市場の大きさや成長性に目を奪われ、傾斜しすぎている面はないだろうか。

処理水放出に伴う不買運動だけでなく、同じような問題がこの先も繰り返される可能性は十分にあろう。万が一、日中間の対立がさらにエスカレートした場合のプランBを資生堂は持ち合わせているのだろうか。

化粧品の成分開示義務を強化するなど、中国政府の規制強化による技術流出懸念もあり、中国リスクはこの先も尽きることはない。因果関係は不明だが、他の業界でも起きたように、低価格ながら品質も向上してきた中国現地化粧品メーカーによるシェア拡大も進んでいる。

米国事業では買収と撤退を繰り返している

資生堂では、安定した成長が見込める米国事業も拡大するとしている。

確かに、米国は世界最大級の化粧品市場であり、安定性に加え成長性も見込める市場であるものの、エスティ ローダーやP&G、ユニリーバに加え、LVMHなど欧米の高級ファッションブランド系の化粧品などとの競争は熾烈であり、資生堂の米州事業の売上高は前年比20%減の1103億円にすぎない(2023年12月)。

このため、抜本的な規模拡大を目指し、2024年2月には、米国で高価格スキンケア化粧品事業を展開するDDGスキンケアホールディングスを4億5000万ドル(約640億円)で買収している。

しかしながら、米国での企業買収がうまくいくかどうかは不透明だ。資生堂は、過去何度も米国買収において高い授業料を払ってきたからだ。

※写真はイメージです

2010年に19億ドル(約1800億円)で買収した米国「ベアミネラル」は、業績不振から、2012年度と2017年度に累計900億円超の減損損失を計上した。最終的には、2016年に買収したものの同じく赤字続きの米国「ローラ メルシエ」などとともに、2021年に二束三文の7億ドル(約770億円)で米国の投資ファンドに売却している。2019年に8億4500万ドル(約895億円)で買収した米国「ドランク エレファント」もぱっとしないままだ。

対面販売は「文化」だが、時代はECに

② ECサイトの混在

名門ブランド「資生堂」低迷の根本的な問題の2つ目は、電子商取引(EC)の遅れだ。

高級ブランドを中心に、百貨店や化粧品専門店での美容部員によるカウンセリングを伴う対面での販売スタイルは、資生堂が長年顧客とともに培ってきた「文化」でもある。

一方で、既存の有人店舗での営業員による販売手法は、化粧品に限らず、あらゆる業種で、コストやスピードの面から従来の規模を維持することが困難となっている。いまや、ネット取引やSNSでの情報発信など、若い世代向けだけでなく、シニアや富裕層を含め全ての年代層に浸透している。また、ポイント獲得や優良顧客の会員化といった囲い込みも広がっている。

こうしたなか、資生堂では、化粧品専門店など得意先と連動しオンラインでのカウンセリングやチャットも可能なECサイト「Omise+(オミセプラス)」や、資生堂の公式ECサイト「watashi+(ワタシプラス)」、百貨店やイオンなど専門店のECサイトなどの強化・拡充により、国内Eコマース売上比率を現状の10%台前半から2025年には30%へ拡大するとしている。

「ネット上でどこでも買える」を解禁するか

実際、自社による公式ECサイト「watashi+(ワタシプラス)」では全品送料無料やポイントサービスもあり、アクセスしてみるとかなり充実した構成ではあるが、「知らなかった」「使ったことはない」という声も多く認知度は低い。

また、資生堂が誇る最高級ブランドの「クレ・ド・ポー ボーテ」は、EC販売チャネルを限定しているとはいえ、化粧品専門店や百貨店のECサイト、イオンスタイルなど複数のサイトからネット購入が可能だ。

既に資生堂が認定するオンラインショップは186(2024年4月30日時点)に上るが、この先、さらに拡大して「ネット上でどこでも買える」ようにするのか、逆に、限られた公式ECでしか購入できない形とするのか、取り扱いブランドごとに対応は変えるのか、など課題は山積だ。

いずれにせよ、公式サイトがいくつか乱立する現在のECサイトは認知度も低く分かりにくい。長年二人三脚でやってきた化粧品専門店などからは、資生堂によるECサイトにより顧客を奪われるとの不満が燻っている。「ネット上でどこでも買える」資生堂となることで、顧客の利便性は高まるものの、ブランド価値の毀損につながる危険性もはらむ。

写真=※写真はイメージです

顧客の奪い合いを招きかねないブランドの多さ

③ 32もあるブランド群

名門ブランド「資生堂」低迷の根本的な問題の3つ目は、ブランドの乱立だ。

クレ・ド・ポー ボーテ ル・セラム(画像=プレスリリースより)

資生堂では、大きく「プレステージ」と「プレミアム」という2つのブランド群に分けられており、①「プレステージ」とされる高級ブランドには、SHISEIDO(シセイドウ)、Clé de Peau Beauté(クレ・ド・ポー ボーテ)、NARS(ナーズ)、IPSA(イプサ)、Drunk Elephant(ドランク エレファント)など16ブランドが名を連ねる。例えば、「Clé de Peau Beauté(クレ・ド・ポー ボーテ)」の美容液「セラムエクラS」が40ミリリットルで税込3万6300円、美容クリーム「ラ・クレーム」が30グラムで同6万8200円といった高額商品がそろう。

②「プレミアム」とされる中高価格帯ブランドには、ANESSA(アネッサ)、ELIXIR(エリクシール)、HAKU(ハク)、MAQuillAGE(マキアージュ)など13ブランドがある。

その他3ブランドとあわせ、実に合計32もの自社ブランドを抱えており、おのおのが美容液や美容クリームをはじめ多種多様な化粧品や関連商品を取りそろえている。

いまや、社員であってもブランド商品群の全てや相関関係を的確に把握できる者はほとんどいないのではないだろうか。新製品・新ブランドの乱発による開発費や販売費用の負担、商品ターゲット重複による顧客の奪い合いなどを招くことになる。

ブランド群の整理、統廃合が必要ではないか

こうした状況を踏まえ、資生堂では、自社ブランド群の選択と集中の一環として、2021年7月に「TSUBAKI(ツバキ)」や「uno(ウーノ)」などを扱うパーソナルケア事業を投資ファンドに売却している。さらに、国内での商品数を2022年末から2割の削減を目指す一方、主力ブランドである「Clé de Peau Beauté(クレ・ド・ポー ボーテ)」や「SHISEIDO(シセイドウ)」「ELIXIR(エリクシール)」に注力するなど、トランスフォーメーションを進めてはいる。

素朴な疑問ではあるが、資生堂の一番のブランドは「資生堂」ではないだろうか。「資生堂」はブランド自体確立されている一方、「銀座」「高価格」「伝統的」といった固定イメージもあり、こうした既存イメージを打破するため、あえて資生堂を冠しないさまざまなブランドを多角的に展開することで、若年層を含むあらゆる世代の取り込みを図ってきた側面はあろう。

いずれにせよ、エスティ ローダーやP&G、ユニリーバに加え、LVMHなど欧米の高級ファッションブランド系の化粧品と対抗するためにも、拡大し過ぎたブランド群の整理統廃合を急ピッチで進める段階にある。

もっともブランドの乱立は、日本企業の共通の課題かもしれない。化粧品に限らず、自動車や時計に装飾品にホテルなど、高品質・高評価にもかかわらず、なかなか、日本発の世界的なラグジュアリーブランドが誕生しない大きな原因の一つといえよう。

国内化粧品市場は拡大しているものの…

日本国内における、韓国ブランドなど低価格商品の広がりも、高価格帯をメインとする資生堂にとっては逆風だ。コロナ禍において、マスク着用が増え外出機会が減ったことで、化粧品にかける優先順位が下がり、低価格志向が定着。若年層においてSNSを介して、コンビニやドラッグストアに加え、ECサイトにて、韓国ブランドなど低価格商品が支持を得る状況が続いている。今や、日本においても、SNSでのインフルエンサーや口コミにより化粧品購入に至るケースは非常に多いとみられる。

写真=※写真はイメージです

なお、矢野経済研究所によると、2022年度の国内化粧品市場は前年比3.5%増加の2兆3700億円であり、2023年度は同3.4%増加の2兆4500億円を見込む。

製品カテゴリー別では、スキンケア市場が47.3%と全体の半分近くを占め、以下、ヘアケア市場20.3%、メイクアップ市場17.6%、男性用化粧品5.4%などとなっている。

このように、実は、日本市場自体は、拡大傾向にあるものの、市場拡大のパイを韓国ブランドにごっそり持って行かれてしまっているのだ。

資生堂もさまざまな手を打っているが、若年層のトレンドを捉え、振り向かせることに妙手はなく簡単ではない。

新たなる市場の開拓も簡単ではない

新たなる市場として、男性化粧品市場は拡大傾向にあるが、アラミス、クリニークなど欧米高級ブランドが先行する市場でもあり、キャッチアップできていない。

2024年4月には、資生堂は、美容や健康の改善をサプリや食品などで得る「インナーケア」事業の新ブランド、「SHISEIDO BEAUTY WELLNESS」を立ち上げた。カゴメと協働した飲料「ROOTINA(ルーティナ)」、ツムラと協働したサプリ「TUNE BEAUTE(チューンボーテ)」を販売するものの、こちらも国内においては、ファンケルやDHCなど既にプレゼンスを確保している競合先もあり簡単ではない市場だ。

写真=iStoc※写真はイメージです

働きやすい職場に「安住」していなかったか

最後にもう一つ気になる点がある。資生堂といえば、女性活用や働きやすい職場としても常に先端を行く企業だ。もっとも、社員に優しく居心地のいい環境が、大胆な変革や改革を停滞させ、仕事の既得権益化や細分化を生んだことが、①中国傾斜②EC遅れ③ブランド乱立を招いた側面はないだろうか。もしも、働きやすい職場に「安住」したことが、結果的に、減収減益や、早期退職募集の遠因となっているとしたら、由々しき事態だ。

当たり前だが、資生堂に限らず、ダイバーシティや働き方が尊重される令和の時代、女性にも男性にも優しく、人事制度や福利厚生が充実した働きやすい職場環境の向上に努めるのは、企業の責務である。一方で、営利企業として、社会や顧客の変化を捉えながらの社内競争や実力主義、コスト意識や採算性の確保といった点が、働く環境の前提にないと、ただおしゃれで居心地がいい職場になってしなうのではないだろうか。

高い技術力と豊富な人材を誇る名門ブランド企業の資生堂。①中国傾斜②EC遅れ③ブランド乱立、という3つの難題をいかに迅速かつ大胆に解決するのか。

これら問題の対応に、資生堂が先陣を切って成功すれば、同じように優良ブランドを抱えるものの、今一つ生かし切れていない他の日本企業にとっても好事例となり得よう。長期政権やガバナンスへの批判も社内外で燻り始めるなか、資生堂経営陣のさらなる大胆な決断が必要とされている。

高橋 克英(たかはし・かつひで)

株式会社マリブジャパン 代表取締役。金融アナリスト、事業構想大学院大学 客員教授。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。2013年に金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」の著名コレクターでもある。

1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)、『いまさら始める?個人不動産投資』(きんざい)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)、『地銀消滅』(平凡社)など多数。

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No.309 ★ 中国の大型連休の国内旅行額、新型コロナ禍前水準上回る

2024年05月08日 | 日記

ロイター (By Sophie Yu Casey Hall

2024年5月7日

中国の労働節(メーデー)に伴う5月1日から5日までの大型連休中、国内旅行者の消費額は1669億元(231億3000万ドル)と、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前の2019年の同期水準から13.5%増えたことが政府のデータで6日、分かった。1日撮影(2024年 ロイター/Tyrone Siu)

[北京 6日 ロイター] - 中国の労働節(メーデー)に伴う5月1日から5日までの大型連休中、国内旅行者の消費額は1669億元(231億3000万ドル)と、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前の2019年の同期水準から13.5%増えたことが政府のデータで6日、分かった。

公式データに基づくロイターの計算によると、1人当たりの支出額は565.7元と、19年から11.5%減った。

中国経済は不動産市場の低迷や高水準の若者の失業率、デフレ圧力に圧迫されており、個人の消費意欲を高めることが中国当局の今年の重要な課題となっている。

消費総額を前年同期と比べると12.7%上昇。昨年の大型連休前にコロナ感染対策が大幅に緩和されていた。

中国文化観光省によると、連休中の国内旅行は延べ2億9500万人だった。

1人当たりの支出額の減少は、先祖を供養する中国の祭日「清明節」で支出が強まった後の消費回復への期待に水を差した。

コンサルティング会社ローランド・ベルガーで上海を拠点とするパートナー、ジョナサン・ヤン氏はこれは驚きではないとし、全般的に人々が財布の紐を締めながらも、短距離の海外旅行先を選んだ旅行者が多かったとも指摘した。

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No.308 ★ 広州交易会が閉幕、バイヤー数が過去最高 

2024年05月08日 | 日記

NNA ASIA

2024年5月7日

中国最大規模の展示商談会「中国進出口商品交易会(広州交易会)」が5日、閉幕した。来場した海外のバイヤー(仕入れ業者)は4日までで24万6,000人(実数、以下同)。前回(2023年秋季)比24.5%増え、過去最高を更新した。

広州交易会は中国企業の製品を展示する輸出展がメインで、海外のバイヤーが中国製品を買い付ける。今回は215の国と地域からバイヤーが来訪。うち中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の対象国からのバイヤーが25.1%増の16万人、地域的な包括的経済連携(RCEP)加盟国が25.5%増の6万1,000人、ブリックス(BRICS)加盟国が27.6%増の5万2,000人、欧米が10.7%増の5万人だった。

■成約額は1割増

輸出成約額は4日までで10.7%増の247億米ドル(約3兆8,000億円)だった。うち一帯一路対象国のバイヤーとの輸出成約額は13%増の138億6,000万米ドルで、全体の56%を占めた。

広州交易会では、会場を使ったオフライン方式のほか、オンライン方式も採用しており、公式ウェブサイトをクロスボーダー電子商取引(越境EC)のサイトのように活用し、商品展示や商談などをオンライン上でも行っている。オンライン方式での輸出成約額は4日までで33.1%増の30億3,000万米ドルとなった。オンライン方式に参加したバイヤーは40万8,000人だった。

広州交易会は新型コロナウイルス流行前の数年間、バイヤー数が19万人前後、輸出成約額が300億米ドル前後で推移していた。バイヤー数は流行前の水準を上回ったが、輸出成約額は流行前の8割程度にとどまった。

広州交易会は春と秋の年2回開催する。今回は135回目。会場は広東省広州市最大のコンベンションセンター「中国進出口商品交易会展館」。

次回(24年秋季)の広州交易会は10月15日~11月4日に開かれる。

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No.307 ★ アメリカ国境で中国人の不法入国が10倍増、決死のジャングル越えの理由とは?

2024年05月08日 | 日記

DIAMOND online  (小野原遼成:ジャーナリスト)

2024年5月6日

脱北者を描いた韓国映画「ロ・ギワン」。Netflixでは公開2週目に、非英語の映画で世界1位になった

2023年に米南部の国境を越えて米国に不法入国した中国人は37000人以上と、前年の約10倍にも膨れ上がった。海を越え、密林を抜けて米国を目指す密入国ルートは、失敗した人たちの遺体が転がる中を進む、文字通り命がけの旅だという。一方では北朝鮮を逃れてきた脱北者を中国政府が強制送還したことも問題になっている。(ジャーナリスト 小野原遼成)

中南米から米国へ 不法入国する中国人が急増中

 中南米から米国入りする不法移民の存在は古くから知られているが、ここ数年で中国人の越境が急増している。

 成功者がSNSで発信した情報を手掛かりに、1万km以上離れた米南部の国境への片道切符の旅路につく人が続出。政治・宗教的迫害からの亡命目的のケースもあるが、新型コロナウイルス禍での問答無用のロックダウンを契機に中国脱出を決心した事例も多い。

 国内総生産(GDP)世界2位の中国だが、依然として経済的理由から米国を目指す人が多く、米国の支援者は「彼らにとって米国は今も『ゴールデン・カントリー(金の国)なんだ』」と明かす。米中関係が悪化し、米大統領選も近付く中、足元での中国人移民問題に大きな注目が集まっている。

 一方では、コロナ禍の終息を受け、中国が北朝鮮から逃れてきた脱北者を600人も強制送還したことで批判を浴びている。脱北者を描いた韓国映画や米ドキュメンタリーが最近ヒットし、北東アジアでの国境を越えたストーリーが世界的関心を呼んでいる事情もある。

中国政府の「抑圧」を逃れ 密林地帯100キロを踏破、米国へ

 2023年に米南部の国境を越えて米国に不法入国した中国人は、国境警備当局が確認しただけで3万7000人を超えた。2022年は約3800人だったから、10倍近くに急増している。国籍別では南米コロンビアに次いで2番目に多い。

 急増の背景には、新型コロナの感染拡大や米中関係悪化に伴い、米国が中国人に対するビザ発給を制限していることが挙げられる。米メディアによると、2016年には220万の短期滞在ビザが中国人に発給されたが、2022年には16万に激減。このため、正規ルートで直接、米国に渡航できない人たちが目指すようになったのが、南米から陸路で米国を目指すルートだ。“先駆者”たちがTikTokに投稿した動画を研究し、密入国あっせん業者に金を支払って移動の手引きを受ける。

ルートの一つは、まず中国人がノービザで入国可能な南米エクアドルに入り、北上してコロンビアのネコクリに向かう。そこから海を渡って「ダリエン地峡」と呼ばれる密林地帯に入り、約100kmを踏破する。マラリアなどの感染症やギャングの脅威にさらされながら急流を渡る極めて危険なルートで、命を落とした人の遺体も転がっているという。性暴力や強盗などの被害に遭う人も後を絶たない。ジャングルを無事に抜けても、そこからさらに何カ国も通過してメキシコと米国の国境地帯に至る4000キロもの道のりが待っている。

 米民放テレビが2月に放送したドキュメンタリーでは、早朝にリュックを背負った中国人の集団が次々と鉄条網の脇をくぐり抜け、難なく米国入りする様子が映っていた。警備当局者もそばにいるが、制止するわけでもない。20歳の男性は40日かけてタイやモロッコ、エクアドルや中米を経由してたどり着き、カリフォルニア州で仕事を見つけたいと話した。コロナ禍のロックダウンで託児所の経営が破綻したという女性や、工場での仕事がなくなり家を売ってやってきたという人もいた。

 米国入りした一行は身元調査を受けた後で釈放され、亡命申請手続きに入るという。記者は「移民の多くは『ますます抑圧的になっている中国の政治風土や低迷する経済から逃れるために来た』と話した」と紹介した。

「知的財産を盗ませたら世界一」発言に、トランプ支持者の「国境の壁」建設への熱い支持を思い出す

 だが、急増する中国からの不法移民に対しては批判的な見方も少なくない。保守系メディアの米FOXニュースは2月、この問題を報道した際「中国政府は抑圧的で、市民が庇護を求めて逃れるのは自然なことだ」とする支援活動家らの見解を短く紹介したものの、スパイ行為への懸念を重点的に報じた。

 メキシコとの国境を取材した記者はスタジオで、不法入国者の中に中国共産党とつながりがある人物が含まれている可能性を米当局が懸念しているとし、「中国は知的財産を盗ませたら世界一だ」とも強調。国境で取材した不法移民の中国人男性にやりたい仕事を聞いたところ「コンピューター関連だ」と答えたといい「中国政府のために活動する者でなくとも、知的財産を盗む可能性はある」と疑いの目を向けた。経済的事情は亡命理由に該当しない、とも釘を刺した。

 女性キャスターも「多くは働くために来たというし、それは本当だと思う、コロナ禍のロックダウンもあったし。でも、不正目的の人を紛れ込ませるのは中国の戦略の一部のようです」と警戒していた。

 メキシコからの不法移民といえば、思い出されるのがトランプ前大統領の2016年の選挙戦だ。筆者は当時、米国内でトランプ氏の集会を取材したことがある。しきりに「ビルド・ザ・ウォール!(壁を造れ!)」コールが沸き起こり、不法移民の入国阻止を訴えるトランプ氏への熱い声援が送られていた。工事現場の作業着姿で参加した男性に話を聞くと「壁の建設工事なら任せろ。移民が俺たちの仕事を奪っているのを見過ごすわけにはいかないんだ」と熱弁をふるっていた。仮に中国に厳しい姿勢を取るトランプ氏が大統領に再選されれば、中国からの不法移民問題に強硬な対応を取る可能性もある。

「拷問受けるリスクを知りながら脱北者を送還」人権団体が中国政府を批判

 米国に不法入国できても、亡命申請が棄却されるケースもある。中国政府が亡命申請を棄却された中国人を引き取ろうとしないとの批判もある。帰国しなければならないはずの中国人不法移民のパスポートが本国から発給されず、帰そうにも帰せない事例も多いという。

 一方、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は昨年10月、中国が同月に500人以上、8~9月に計120人の脱北者を北朝鮮に強制送還したと批判する声明を発表した。HRWは9月には、他団体や国連の元北朝鮮人権状況特別報告者キンタナ氏らとの連名で習近平国家主席宛ての公開書簡を送り、脱北者が強制送還されれば拷問や拘束のリスクにさらされると国連調査委員会の報告書で指摘されているのに中国は脱北者の恣意的拘束を続け、送還の機会をうかがっていると批判した。コロナ禍の終息で鎖国状態を続けた北朝鮮が再び国境を開いており、さらなる強制送還の懸念も高まっている。HRWは、中国が脱北者を経済移民とみなして自国への亡命や定着を認めていないとし、難民の地位を認めるか、せめて韓国への安全な移動ができるようにすべきだと要求している。

ソン・ジュンギ主演の映画は Netflixで全世界1位に

 折しも、脱北者役を人気俳優ソン・ジュンギさんが演じたNetflix(ネットフリックス)配信の韓国映画「ロ・ギワン」が各国でヒットしている。ソンさんは日本でもヒットしたドラマ「トキメキ☆成均館スキャンダル」や「太陽の末裔」にも出演した実力派。今回は北朝鮮から脱出した後、中国・延吉に隠れて暮らす脱北者ギワン役を好演した。目の前で起きた交通事故で母親を失い、その遺体を売った金でベルギーに向かい、生活苦にあえぎながら難民認定を目指す。やがて現地で出会った韓国人女性と恋に落ちる……というストーリーだ。公開2週目にNetflixの全世界ランキングの映画(非英語)部門で1位となった。苦難の末に難民申請を勝ち取って米国に定着した脱北者からは「まるで自分のストーリーのようだ」と共感の声も上がっている。

また、韓国人牧師らの支援の下、脱北者家族が中国、ベトナム、ラオス、タイを経由して亡命先の韓国に向かう決死の脱出作戦を追った米ドキュメンタリー「ビヨンド・ユートピア 脱北」は日本でも1月から上映された。コロナ禍で激減した脱北者の韓国入りは昨年、前年比約3倍の196人に増え、 今後も増加傾向が続く可能性がある。

米ドキュメンタリー「ビヨンド・ユートピア 脱北」は日本でも公開された

杉原千畝を輩出した日本、移民の保護で議論のリードを

 陸路で接する国のない日本に暮らしていると、命懸けで国境を越えようとする人々のストーリーはどこか遠い国の物語のように聞こえてしまう。しかし、日本は第2次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアで、ナチス・ドイツに迫害されていた多くのユダヤ人たちに「命のビザ」を発給し、多くのユダヤ人難民を救ったとされる杉原千畝を輩出した歴史がある。

 21世紀の今も、たまたま生まれた国で受けた迫害や経済苦から逃れようと命を賭ける人たちが存在する。その現実に目を向け、無辜の子供や女性が犯罪組織の襲撃や事故で命を落とすことのないよう保護していく方策について、また同時にスパイやテロリストの不法入国への当事国の懸念にどう対応するかも含め、日本は責任ある大国として国際社会の議論をリードしていくべきではないだろうか。

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