「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.354 ★ 中国社会を襲う「9073」問題、深刻化するインフラ危機の実態とは?

2024年05月26日 | 日記

DIAMOND online (作家・ジャーナリスト 莫 邦富)

2024年5月24日

写真はイメージです Photo:PIXTA

中国における社会問題、「9073」は何を示しているのか

 現在の中国経済を語るとき、時々、プロジェクトコードのような、よくわからない数字に出合うことがある。外国人はもちろんのこと、海外居住する中国人もさっぱりわからないものだ。

「9073」は、その一例だ。

 これは、中国の高齢化社会の現状を示す統計データをつなげただけの数字である(詳細は後述)。2007年、上海が、中国のどの地域よりも先に「9073」という数字を使って、中国の高齢化社会の深刻さを強調したのだ。それで、この数字の羅列が、中国全土で広く語られるようになった。

 この数字の意味については、近年になってようやく重みを体感できるようになった。2021年末までに、中国の60歳以上の高齢者は2億6700万人に達した。また、2035年頃には、さらに総人口の30%以上を占める4億人規模となり、後期高齢者社会に突入すると見られている。

 このように、猛烈なスピードで高齢化社会に突入していく今、社会インフラの不足が深刻な状態に陥っていることが判明した。 

 老人ホームなどが不足するため、約90%の高齢者が自宅で暮らすという手段しか残っていないのだ。日本の町内会に相当する「街道委員会」などの地域社会の高齢者支援に頼れる老人は約7%で、老人ホームなどの施設で暮らせる高齢者はわずか3%しかいない。 

 上記の数字を並べたのが、「9073」だ。単純明快に説明してくれたデータで、どんな言葉よりも問題の深刻さをストレートに教えてくれている。

中国の高齢者のほとんどが、家庭と地域社会で老後の生活を送っているという現状を再認識した中国政府は、高齢者介護サービスにおける力点を、在宅介護やコミュニティーによる高齢者支援に置くように、支援政策を傾け始めた。 

 2024年1月14日に開催された中国民政会議では、2023年から中国は基本的な高齢者サービスシステムの整備を加速し、全ての省が、関連の実施計画とプロジェクトリストを導入したことを明らかにした。在宅コミュニティー介護サービスの強化プロジェクトの組織づくりと実施、経済的困難状態にある障害高齢者の集中介護サービスに対する中央財政の支援の実施、特別困難高齢者家族への支援、基礎的高齢者介護サービスの統合プラットフォームの組織づくりと実施などが強調された。 

「一人っ子政策」がもたらした、老後に対する考え方の変化

 中国では、老後を暮らすことを「養老」という言葉で表現する。

 成人となった子どもの経済力などを頼りにして老後の生活に備えるのは、昔からの習わしだ。「養児防老」という四文字熟語も、こうした風土の中で生まれた慣習を表している。

 しかし、1980年頃導入された「一人っ子政策」によって、こうした慣習が存在し続ける社会的土壌は失われた。改革・開放時代は、中国国民の生活レベルを高めた一方で、子どもの教育費などの急増をもたらしたのだ。

 筆者と同時代の中国人の大半は、一人っ子の子どもの経済力で老夫婦の老後生活を支えてもらうという夢を見ていない。ただ、老人ホームには行けなくても、コミュニティーの支援は喜んで受けるという意識はかなり根付いている。中国政府もこのあたりの社会のニーズを理解していて、老人ホームをたくさん造れる経済力はなくても、高齢者の日常生活を支える社会インフラの整備には力を入れ始めたというわけだ。

 アジアで一番先に高齢化社会を迎えた日本は、中国にとっていい手本になっている。日本から多くの教訓と対応策を学んだ。 

 その一つは、日本のデイサービスだ。中国でも、約10年前から、デイサービスを提供する施設の新設を政策的にも資金的にも支援する現象が起きている。長江デルタ地域の地方都市では、売り残ったビルや子どもの減少により廃校となった小学校の校舎などを在宅養老・介護の拠点とするデイサービスセンターに改造。在宅高齢者の介護、食事補助、入浴・清潔、医療ケア、移動、緊急対応など「六つの助け」と呼ばれるサービス、訪問介護、相互支援システムの形成を模索し始めた。ちなみに、訪問介護は中国では「居家照護」と訳されている。 

 上海市、江蘇省、浙江省などの経済発達地域では、この動きは特に活発だ。在宅養老・介護市場の将来性を見た民間企業は、ビジネスチャンスと捉え、デイサービス施設の設立に積極的に資本と人材を注ぎ込んだ。 

 もちろん、飛び越えなければならないハードルもまだある。

「高齢者食堂」が中国でひそかに広がりを見せている

 江蘇省南通市で訪問介護の仕事をしている「護理員」のKさんは、専門学校の高齢者サービス専科を出た人材だが、当初40人いた同級生は卒業後、ほとんど他の業界に就職した。高齢者の介護を仕事にしているのは、その1割にすぎなかったという。専門人材の長期確保は中国の介護事業にとっては、大きなネックとなっている。

 日本の介護保険制度は2000年に創設され、現在では約606万人が利用し、介護を必要とする高齢者を支える制度としてすっかり定着している。

 中国で、2016年からテスト的実施が始まった「長期護理保険」は、まさに日本の「介護保険」に当たる制度だ。現在は同保険の加入者数はすでに1億7000万人で、28の省・市・自治区の49都市をカバーしており、200万人近い人が被保険者としてサービスを受けている。中国の介護現場では、「長護理」または「長護険」と略して呼ばれることが多い。 

 しかし、長期護理保険は、寝たきりの高齢者を主要の保険対象とするなど、カバーする範囲が狭すぎると指摘されている。試験的実施を始めてすでに8年たった長期護理保険が、カバー範囲が広い日本の介護保険のようになり、中国全土に広がるまでには、まだまだ長い道のりを歩まなければならない。 

 高齢化社会が進む中国には、自分なりの工夫と創意で登場させたサービス業態もある。「社区食堂」、つまりコミュニティー・レストランだ。ここ数年、上海、北京、深セン、杭州、広州、南京、福州、西安、瀋陽などの大都市では、食事に対する高齢者の悩みを解消するために、社区食堂が5000軒ほど雨後のたけのこのように誕生した。だから、社区食堂は高齢者食堂を意味する「長者食堂」とも言われる。 

 地元行政の強いバックアップを受けたこともあり、栄養バランスの取れた食事を安価で提供することは社区食堂の強みになっている。60歳以上の高齢者は、食事代が2割引きされ、90歳以上の人は無料といったところもあれば、高齢者カードを提示すれば15%引きにする優遇策を打ち出した社区食堂もある。

 中には、喫茶店や図書館のようなシャレた空間の中で経営している社区食堂もあり、高齢者の食事を支える重要なインフラとして急速に認知されただけではなく、店舗内外を含む環境の良さと価格の安さで、新しいものに飛びつきやすい若者の心も引き寄せた。 

 もちろん、問題も露呈した。社区食堂は、地域行政の経済力に支えられる一面もあるため、地域行政同士の無言の競争舞台へとエスカレートしてしまった例もある。高齢化社会ならではの社会問題を解決するために考案された社区食堂は、中国のカラーが前面に出ている。

 これまでは中国出張の機会を利用して、話題になったいくつかの社区食堂をチェックしていたが、実際の利用はまだしていない。今度、中国出張の際には、各都市にある社区食堂を食べ歩いてみようと思っている。 

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