「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.413 ★ 中国で相次ぐ巨額追徴課税で企業家パニック、日本企業も駐在員も  危ない!30年前の過少申告も摘発、その狙いとは…

2024年06月22日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年6月21日

中国の習近平国家主席の思惑も?(写真:Muhammad Aamir Sumsum/Shutterstock)

  • 中国で民間企業が次々と追徴課税されている。20〜30年前の過少申告を摘発されるケースもあり、各社戦々恐々としている。
  • 財政難の地方政府が税収を補うために摘発を強化しているという見方もあるが、習近平政権が計画する税制改革の前触れとの噂もある。
  • 中国に進出している日本企業や駐在員もターゲットになる懸念もあり、注意が必要だ。(JBpress)

 20~30年前に中国に駐在していた人にお聞きしたい。当時みなさんは、中国できちんと税金を納めていただろうか。

 私は産経新聞記者として北京特派員を務めていたとき、本社から税金はごまかすことなく支払うようにと厳しく言われていた。当時産経新聞は一番中国当局に手厳しい記事を書くと言われており、そういった記事を書き続けるためにも、一切の不正、ズルをして、弱みを当局から握られるスキを与えてはならない、ということだ。

 わざわざそういう指示があったのは、当時、税金は過少申告するのが当たり前だったからだ。当時の中国の平均給与と日本の特派員や駐在員の給与は10倍、数十倍、あるいは百倍以上の格差があり、普通の日本人給与だと、半分以上が税金で持っていかれたりする。

 だからメディアを含め大抵の企業は駐在員給与を日本の口座と中国の現地口座に7:3から9:1ぐらいの割合で分けて振り込み、給与を少なく見せて税金額をごまかしていた。

 それが当たり前で、中国人商務弁護士がむしろそうしろ、とそそのかす。普通に税金を納めるのはよほどのバカや無能のすること、といわれる。

 個人商店や小商いも粉飾決算は当たり前だった。そうして民営経済は急速に発展し、中国のGDP成長を支えてきたのだ。そういう風潮が変わったのは、比較的最近のこと。

 だから30年前の脱税分、過少申告分をいまさら罰金を上乗せして取り立てられたら、パニックだ。今、まさにそういう事態が起き始めている。

200年の歴史を誇る白酒の老舗企業も狙われた

 最近、中国で民営企業に対し、20~30年前にさかのぼって未納の税金を追徴されるケースが次々と明らかになった。それが理由で生産停止命令を受けたり、倒産したりする企業も出てきている。これが、何を意味するのか。

 まず湖北枝江酒業の元親会社の維維食品飲料株式有限公司が枝江酒業の過去30年分の未納消費税8500万元の追徴通知を受けたことを6月13日夜に発表したことが、中国でも衝撃的なニュースとして報じられた。維維は湖北省老舗白酒ブランド、枝江酒業のかつての親会社である。

中国で民間企業をターゲットに追徴課税が吹き荒れている=イメージ(写真:eamesBot/Shutterstock)

 追徴通知の内容は、枝江酒業の1994年1月1日から2009年10月31日までの消費税、都市維持建設税、教育費付加の未納分、合計8500.29万元を規定の期限内に納めよ、というものだった。

 枝江酒業は清朝時代から続く200年の歴史を誇る白酒の老舗企業だが、2009年に維維食品飲料が、枝江酒業の株51%を取得し筆頭株主となった。2013年に、枝江酒業の株式70%が維維グループ、20%が枝江市政府、10%が枝江酒業会長の蒋紅星が保有する形になった。

 ただ、軍人官僚の贅沢を禁止する習近平政権下で高級白酒の売り上げは激減し、2020年には維維は枝江酒業をグループから切り離すと発表。2023年に維維は持ち株を枝江酒業に譲渡し、株式分離を行っていた。

 維維は1994年に設立された民営食品飲料企業で、2000年に上海市場に上場、2012年には中国500企業の1つに数えられる優良企業。特に豆乳飲料が有名だ。枝江税務当局の通知によれば、維維は枝江酒業を買収する前の枝江酒業の未納分税金を枝江酒業が支払えないなら、維維に納税の義務があるとした。

 維維はこれに「不確実性がある」として抵抗。維維はもともと江蘇省徐州市に本社を置く全国展開企業だが、今回の追徴税調査は湖北省枝江市税務局開発区税務支局が担当、この額を決定した。

 世論はこの件の背景に政治的理由があるのではないかと、いろいろ疑った。

追徴課税で利益の4割が吹っ飛ぶ可能性

 湖北省宜昌市の税務当局はわざわざ「今回の追徴税は正しいプロセスに従って税務調査を行っており、特殊な原因や背景はないので誤読しないように」とコメントを出したので、なおさら世論は不安に陥った。

 枝江酒業の消費税金滞納は実はこれが初めてではない。2015年か2018 年の間に未納だった消費税、不課税費、罰金あわせて1.96億元を維維は自主的に支払い、それらは2019年の損益に計上されていた。その上で枝江酒業と袂を分かつことを決定した。だから維維が追徴金を支払う義理はなかろう、というわけだ。

 ここで注意すべきは、枝江酒業は維維に対して1.23億元の債務をかかえていることだ。維維は2023年に枝江酒業に枝江酒業の株式を譲渡するときの協議で、もし税金の遡及的支払いが今後発生したとき、債務から差し引くという条項を付けていた。税務当局からの通知を発表したのち、維維は投資家たちに対して、枝江酒業に貸し付けた1.23億元は不良債権となった、と回答している。

 ちなみに2023年の維維の売り上げは40.36億元、純利益は2.09億元で、維維がこの追徴金を支払うことになれば、利益の4割以上が持っていかれる。

幅広いターゲット、パニックに陥る企業家

 さらに6月14日、税務当局は寧波市の博滙化工科技株式有限公司に対し、5億元の追徴税があることを通知し、支払うまでの生産停止を命じた。年産40万トンのアロマティック炭素抽出装置など関連の装置を停止させられ、この日、博滙の株価は大暴落、一瞬にして13.3億元が蒸発した。

 博滙は2005年に設立し、主な業務は芳香剤などの研究開発、生産、販売。2020年6月に上場、新規株式公開(IPO)を通じて4.23億元を調達、2022年8月には転換社債でさらに3億9700万元調達し、合わせて8億2000万元を集めた。

 税務当局の話では、この企業は消費税の未納があり昨年11月ごろから何度も納税指導を行った上で、3月に法に基づく納税を納めるように要求したが未だ納税されていない、ということだった。企業側は「比較的大きな異議がある」と未だ支払いに抵抗しているようだ。

 他にも広東省仏山の新世界酒店(ホテル)が25年前から遡って追徴税90万元。青島省の藏格鉱業は20年前から遡って増値税、資源税、法人税の未払い合計4.8億元を請求された。

 広東省恵州の泰基集団は2000年から2008年の申告漏れ税金5300万元の追徴通知を受けた。湖南省岳陽の匿名デベロッパー企業は2003年から2020年までに過少申告行為があったとして追徴税1.78億元の支払いと同時に罰金4.16億元が科された。

 杭州のアパレル企業・伊裳服装は2014年から2021年までに2.1億元分の税金の過少申告があり、追徴されるともに罰金3.6億元が科された。

 華林証券は2018年から2021年の間の法人税2900万元の追徴を求められ、さらに1800万元の税金を支払えと通知を受けた。北大医薬も1944万元の追徴税通知を受けたという。

 こうした追徴税ラッシュによって、わかっているだけで深圳建泰ゴム工場、深圳鵬映プラスチック工場、深圳偉群精密設備、深圳万里印刷工場、東莞威雅線纜工場、東莞環達運動機器、東莞永聯織造工場など広東省の企業が倒産した。

 企業家たちがパニックに陥っていることに対し、6月18日、国税当局は「(追徴税ラッシュは)全国的に組織的に、特定の産業を狙ってやっているわけでも、集中的に税務調査を展開しているわけでもないし、20年、30年さかのぼって税務調査をしろという指示を出しているわけでもない」となだめるコメントを発表した。つまり、すべて地方政府が勝手に税務調査したもので、中央が政策としてキャンペーンとして推進しているわけではないから、安心せよ、という。まったく安心材料にならない。

地方政府の財政難が理由か、それとも…

 多くの専門家がこの状況の背後に何が起きているかを分析している。代表的な意見は、不動産市場が破壊され、土地再開発による錬金術が使えなくなったことで財政収入が激減、財政破綻に直面した地方政府が、儲けている企業から利益を「追徴税」の名目で奪取しようとしている、というものだ。

 少なからぬ地方政府官僚が高度経済成長期に、民営企業に対して税制を優遇したり、なにがしかのキックバックを受けて「脱税」を見逃してきたりした経緯がある。税金を取り立てなくても、その企業の生産性が上がってGDPが成長すれば、当時の地方政府官僚は出世できた。

 だが習近平政権になって経済が低迷しGDP成長率より習近平に忠実かどうかが出世の基準になった。そのため地方財政がひっ迫したとき、昔見逃してきた税金を今さら取り立てよう、という気になったわけだ。

 だが、本当に党中央の方針や指示がまったく関係ないか、というとこれも考えにくい。

 チャイナウォッチャーの間で流れている興味深い噂がある。この追徴税ラッシュは、7月に予定される三中全会で発表されるであろう大規模な税制改革と関連がある、というものだ。

 この税制改革の大きな方向性は中央が地方により大きい徴税権限をあたえるということらしい。具体的には消費税の徴収が地方政府になる。今回の追徴税ラッシュは、この税制改革を前にした地方政府がテストケースとして税務調査を行っているからだ、という。

 中国の目下の消費税は、増値税を基礎として、その上に消費品目に合わせた消費税が課され、中央が消費の方向性や生産品構造の調整を行い、国家財政収入を確保する形になっている。現行ではタバコ、酒、爆竹花火、高級化粧品、石油製品、宝飾・ジュエリー、ゴルフ用具やスポーツ用品、高級腕時計、割りばし、バイク、車、電池、塗料などが主に贅沢品に課されている。

 だが中国ではこうした高級品の消費が急激に減少している。習近平の贅沢を戒める政治スローガンに対する富裕層の消費萎縮、経済低迷による中産階級の減少、庶民の生活困窮などが背景にある。

習近平政権の税制改革の前触れか

 2023年の消費税収入は前年比3.5%減少している。とはいえ2023年の消費税が税収総額に占める割合は8.9%と小さくない。個人所得税よりも消費税収の方が大きい。

 この消費税は国税として徴収されたが、税制改革後に地方が徴収し、中央に一定の割合で納める、という形に改正される、という噂がある。そして、各地方政府が、その準備としてこれまでの消費税納税状況を調査し始め、申告漏れを見つけたのであろう、というわけだ。

 さらに言えば、党中央の地方に対する暗黙の圧力もあろう、という。たとえば浙江省寧波の博滙の例を考えると、この企業は寧波当局からかなりの税制優遇を受けてきた。2023年の博滙の売り上げは27.77億元だが純損益2.6億元の赤字なのだ。

 2020年の上場以来4年間で博滙が収めた税金は1.84億元だが、税金還付が14.67億元にのぼる。税制の仕組みはややこしいのだが、原材料費に含まれている消費税分を申請すれば還付できるし、また寧波市独自の税制優遇や補填制度も利用したようだ。

 つまり寧波市政府の庇護によってこの企業は存続できていた。

 寧波に優良とされる民営上場企業が100以上集中するのはそうした優遇措置があるからで、将来性のある企業を誘致すれば、最終的には地元の雇用や産業発展に寄与して、優遇分を取りもどせる、という考えがあった(もちろん汚職や利権関係もあろう)。だが、こういう民営企業重視の発想が習近平のお気に召さないのは言うまでもない。

 習近平政権は国進民退(国有企業推進、民営企業圧縮の方向性)政策を次々と打ち出し、改革開放逆走の方向性に中国経済を誘導中なのだ。そのため、寧波市として習近平政権に政治的忠誠をアピールするなら、今までの民営企業税制優遇方針を改める必要がある。

 博滙に5億元の破格の追徴を言い出したのは、習近平への忠誠アピールというわけだ。博滙にしてみれば、見事な手のひら返しであり、「比較的異議がある」といったコメントが出てくるのは当然だろう。

 7月に本当にこうした大規模な税制改革があり、20年、30年前の未納税がことごとく追徴されたらどうなるだろう? ほとんどの企業の資産が国や地方政府に没収され、公有経済を基礎とした社会主義市場への回帰が一気に進む、かもしれない。

日本からの駐在員も危ない

 ところで私が最近、中国の当局関係筋の企業家から耳打ちされたのは、日本企業も気を付けろ、ということだった。

 日本企業の輸出入に伴う関税申告漏れなどの調査も始まっているらしい。今、きちんとしている企業でも20年、30年前はどうだったろうか?

 企業だけでなく、駐在員や特派員の皆さんも10年ぶり、20年ぶりに現地勤務になったとき、突然、昔の所得税未納の通知がきたりするかもしれない。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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