10日は母の命日、最退院してからの19日は忘れることは無いでしょう。
あの頃、母の介護から看取りの事しか考えていませんでした。
看取って数か月で立ち直ったかと思いましたがまた落ち込み、1年たった今、その後の目標を見失いお酒の量も増えています。
年間80回以上記念公園を10キロ歩いていましたが、まあこの暑さもあるのですけどかなり歩いていません。
介護期間中、食事も立って食べるほど腰かけることはほとんどなく動いていましたが最近は腰かけてばかり、めっきり膝も弱くなりました。
介護していて、その後の事を考えておかねばと良く書いてあります。
でも介護は長生きさせようと思ってやってろいるのでそこまでは考えていないと思います。
子供も独立し、親を看取った後何を目標にすれば良いのでしょう。
このあたりは介護問題に含まれる課題だと思います。
良く、そうなったらすべて自分の時間 と書いてあるものもあります。
でも自分だけの為に生きると言うのは難しい。
これ、けっこう難しい問題なのです。
人は他の人の役に立っていると言う事で生きられると書いてある本もありますけど私はその通りだと思います。
社会が必要だと思ってくれることで生きられる。
遭難や漂流の本を何冊か読んだり読み直したりしてみました。
何年も無人島でたった一人で生き抜いたり、遭難して生き残る気力、これは考える以上にすごい事だなと思います。
他の者があきらめて死んでしまう中で生き抜く、この気力の差はどこから出てくるのか考えています。
そうか、今、私は無人島に漂着したのと同じような状態なのかもしれない と思ってしまうのです。

( 追記 )
「 ニャンの飼い猫暮らし 」
昨日は夕方一度出たのですけどまた帰ってきました・・・・・スズメさんをくわえて・・・・。
そしてまた夜出て行きました。
今朝は早朝向かい側の駐車場から帰ってきました。
オカカを食べてひとしきりうろうろして、今は椅子で寝ています。
先ほど寝て目をつぶったまま長い間前足をふみふみしていました。
何か夢を見ていたのでしょうか。
今朝も朝から台所は30度でしたのでエアコンをつけました。
今日は9時から昼まで仕事が4件入っているので8時20分頃から出かけなければなりません。
以前は私が出かけるとニャンも外出してしまいましたが、 すぐ帰るからいなよ と言い聞かせて出ると大抵は留守番しています。
ニャンの為にエアコンはつけっぱなしで出ます。
2件ずつエリアがまとまっているのでたぶん早めに終わらせることが出来ると思います。
ソーラー電波時計を複数持っているのに普段使っているのはハック機能もない自動巻きの時計、外すと止まってしまうのでついこの時計ばかりになります。

1年前のブログではなかなかなかったお通じがあるようです。
今思えば最後の現象の一部だったようです。
何も考えず看護だけに集中していた頃です。
