葡萄舎だより

海峡の街・下関の、葡萄舎の住人・洒人 (しゃじん) が身の周りの些事片々を書き綴ります。
本人は日記のつもりです。

文化戦略会議ゼロワン

2007年02月12日 09時42分42秒 | 日記 ・ 雑記録
エンジン01(ゼロワン)文化戦略会議オープンカレッジ in 下関。

2月10日、11日、12日に、下関で開催されたイベントだ。
異文化の専門家が自由な意思を以って集まり、相互に学びあい、
新時代の文化を創造していくことを目的とし、そのために行う活動、(らしい)。
100人近い <いわゆる、文化人> が下関に集った。 ボランティアで。
かつては西日本を代表する都市だった下関にとっても、
これだけ <いわゆる、文化人> が集まるのは前代未聞、空前絶後だ。

山口県では、最近、たて続けにいろんなイベントが開催された。
博覧会も、国民文化祭もあった。 そして今回の文化戦略会議。
私は基本的に、これらの類の催しには冷淡で、無視する。
順番を待って並ぶのや、人ごみが嫌いだから。 で、今回もそうだ。

昨11日には、36の講座が開講され、近隣からも大勢の人が集まった (らしい)。
夜 (放課後、と呼ぶそうな) には、夜楽(やがく) と称して、
パネリストと飲みながら、食べながら、語り合う催しが用意されている。
ひょんなことから、夜楽への参加を誘われた。 誘ったのはキャプテン氏。
会場は、<ふく処・喜多川> 。 同席するパネリスト名は伏せられていて不明。
夜楽が始まってからのお楽しみ、という趣向だ。

会場には、一般参加者40名とパネリスト4名分の席が用意されていた。
そのほかに2名分の予約席も用意されていて、私たちは予約席の隣に座った。
最初に予約席の2人が席に着いた。
一人は、作曲家・三枝成彰氏の夫人。 清楚で、穏やかで、美人だ。
(因みに、三枝氏は、この催しの仕掛人で文化戦略会議の幹事長だ)
非文化人の私は、三枝氏がどんな音楽活動をしているのか知らないが、
こんな夫人が伴侶として居れば、男は <いい仕事> をするはずだ、と一人合点する。
三枝夫人の連れは、「渡辺です」 と自己紹介した。
ずいぶんとお年を召したけれど、芸能界の女首領・ナベプロの渡辺美佐女史だ。
文化戦略会議のスポンサーらしい。

そのうちに、パネリストが到着した。
コンダクターは、コピーライターの眞木準氏。 人を小バカにしているが、いい男だ。
私が知っているのは 「でっかいどお。北海道」 。 氏も、私の近くに座った。
パネリスト4人は、参加者の席の中に散って座った。
私の横には、ケント・ギルバート氏。 アイダホ生まれで、酒を飲まない。
(私を含めて) 私の周りは8人のうち4人が <いわゆる、文化人> なのだ!
こんな経験は空前で、もしかしたら絶後、だろう。

途中で、パネリストは席を移動し、私の横には建築家・瀬戸川雅義氏が座った。
京都の町屋のお話が興味深かった。 この話を個人的にしてくれるのだから嬉しい。
コンダクター・眞木氏の席には、東洋大学総長としての塩川正十郎氏が来た。
<シオジイ> の人気たるや絶大だ。 終始、人だかりが絶えなかった。
それと、
制限時間を無視してしゃべりたがる政治家に、あえて制限時間を強制すると、
政治家でも見事に凝縮された <いいスピーチ> ができるのだ! と認識を改めた。
パネリストには、他に早大の田勢康弘教授もおいでだったが、お話しする機会がなかった。

この催しは、来年も国内のどこかの都市で開催される。
(いま、実行委員会に電話した)
来年の会場は未決定だが、「新潟」 あたりが話題に上っている、らしい。
大体、3ヶ月前頃に確定する、らしい。

新潟だって良い。 どこだって良い。 来年も是非とも参加したい。
新潟なら、北陸の灯台訪問を兼ねて、参加しよう。

「エンジン 01 文化戦略会議」 のHPは こちら です。

(余談)
私たちの前に座っていた山口市からの母娘のお二人さん。
とてもいい母娘で、お母さんは、最後まで私にビールを注いでくれた。
独酌、手酌が専門の私には、嬉しい夜だった。

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