2008年の秋から2009年の夏にかけて、ロシアの3つのオーケストラの来日公演が続いた。偶然かどうか、いずれにもチャイコフスキー作曲のヴァイオリン協奏曲がプログラムされていて、しかも日本の人気女性ヴァイオリニストがソリストをつとめ、図らずも「競演」することになり、三者三様の演奏が楽しめたので、記録しておこうと思う。
●2008年11月7日(金)/NHKホール(NHK音楽祭)
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団/ユーリ・テミルカノフ指揮
ヴァイオリン:庄司紗矢香
【曲目】歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ/ヴァイオリン協奏曲/交響曲題5番/アンコール:トレパーク(以上、チャイコフスキー作曲)
●2009年6月19日(金)/横浜みなとみらいホール
ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団/ウラディーミル・スピヴァコフ指揮
ヴァイオリン:神尾真由子
【曲目】幻想序曲「ロメオとジュリエット」/ヴァイオリン協奏曲/交響曲題5番(以上、チャイコフスキー作曲)/アンコール:ブラームス:ハンガリー舞曲第5番/ヒメネス:スペイン舞曲/チャイコフスキー:トレパーク
●2009年7月8日(水)/東京文化会館(都民劇場・音楽サークル)
ロシア・ナショナル管弦楽団/ミハイル・プレトニョフ指揮
ヴァイオリン:川久保賜紀
【曲目】リムスキー・コルサコフ:歌劇「雪娘」より/チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲/ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」/他
まず、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団/ユーリ・テミルカノフ/庄司紗矢香という組み合わせのチャイコフスキー。これまでにも何度も共演している。3者の信頼関係も抜群なのは観ていてよくわかった。サンクトペテルブルク・フィル(旧レニングラード・フィル)は、かのムラヴィンスキー亡き後テミルカノフさんの時代になってちょうど20年。メンバーも大部分は入れ替わっているので、かつての輝きは薄れたといわれているが、実際に聴いてみると、なかなかどうして伝統をしっかりと受け継いでいる。ロシアの広大な雪原を重戦車部隊が一糸乱れぬ隊列を組んで押し出してくるような迫力だ。低音の金管とコントラバスが揺るぎない重厚感を生み出している。この3つのオーケストラの中では、最もかつてのロシアのオーケストラの味を残している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/9e/b15d587a93af73af34972a205eb0f4bd.jpg)
庄司紗矢香さん
さて、庄司さんのヴァイオリンはいつもながらの緊張感いっぱいの演奏。この時はストラディヴァリウスの「ヨアヒム」だが、硬質な音色の印象だった。ときおり、新たな解釈を持ち込んで、楽譜に書かれていること以上に、庄司さんならではの表現が現れる。「こんなふうに弾いてみたけど、どう?」と問いかけるようだ。テミルカノフさんの指揮ぶりはどちらかといえばオーソドックスな重厚な響きだが、庄司さんのわがままをうまく受け止める懐の深さがあり、その精神は優しげだ。お互いの信頼が生み出した、若々しい新しさと重厚な伝統がうまく解け合った名演だったと思う。文句なくBravo!である。
余談だが、交響曲5番の第2楽章の主題を吹いたホルン奏者はムラヴィンスキー時代からのメンバーとのことで、椅子が見えないような太っちょのおじさんだが、その音色は深く豊かな響きで、これまで聴いた中でも最も美しく泣かせる演奏だった。
つぎに、ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団/ウラディーミル・スピヴァコフ/神尾真由子という組み合わせ。ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団は、2003年にプーチン大統領の命によって創設された新しいオーケストラだが、国家の威信をかけてトップクラスのメンバーを集めたというだけあって、世界的にも評価の高いオーケストラのひとつだ。確かに前評判通り、非常に高いレベルのアンサンブルを聴かせてくれた。若々しいが完成度が高い! という印象だ。逆に言うとシブミがないということになるが…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/4f/cda99a558111e83dd66335a2bade0d39.jpg)
神尾真由子さん
一方、神尾真由子さんのヴァイオリンは、個性的というよりは挑戦的。数々のコンクール荒らし(失礼)の果て、チャイコフスキー国際コンクールに優勝したのが2007年、ちょうど2年前のことである。技術力は高いが新しいオーケストラと若手のバリバリの競演ということで意識しあったのだろうか。火花の散るような演奏だった(もちろん良い意味で)。この3人の女性ヴァイオリニストの中では、神尾さんが「一番」天才なのでは? という気がする。繊細さから大胆さ、緻密さから自在さ、正確無比の技術と圧倒的な表現力。とにかく、会場の耳目を一点に集めてしまう「気迫」のこもった存在感である。
とくに、最終楽章、コーダに入ると、テンポを上げてオーケストラをあおってあおってあおりまくる。「どうなの? 私について来れるの?」といわんばかり。指揮者もここに至り「受けて立ってやる!」。こうして火花の散る非常にスリリングな演奏となり、会場も異様な熱狂に包まれることになった。協奏曲の醍醐味。まれにみる快演である。Bravo!
最後は、ロシア・ナショナル管弦楽団/ミハイル・プレトニョフ/川久保賜紀という組み合わせ。実は。このコンサートを一番期待していた。どうもロシアのオーケストラは名前が似通っていて何度聞いても正確に覚えられずに混乱してしまう。ロシア***という名のオケとモスクワ***というのがいくつもあって、紛らわしいことこの上ない。さて、ロシア・ナショナル管弦楽団は1990年にプレトニョフさん自身によって創設された、ロシア初の民間プロ・オーケストラである。こちらも国際的な評価は高い。プレトニョフさんはもともとピアニストで、1978年のチャイコフスキー国際コンクールの優勝者。それが今回は、やはりチャイコフスキー国際コンクール最高位入賞(2002年)の川久保さんとの競演である。
プレトニョフさんの音楽は、私にはちょっとよく理解できないところがあって、不思議な演奏をする。とくに感じるのが、テンポの変化が極端なことだ。ピアノ曲ではよくあるちょっと独創的な「解釈」を、オーケストラでやっている感じで、何とも居心地が悪く感じてしまうのだ。オーケストラは技術的にはしっかりしているので、指揮者の個性をうまく表現しているという点では、世界的な評価が高いのもよくわかる。要は好みの問題なのだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/26/d6fe972ca029a3589b4e61a43ab4cd0f.jpg)
川久保賜紀さん
川久保さんのヴァイオリンは、何度聴いても素適だ(これも好みの問題です)。「素適」という表現がぴったりの演奏だと思う。深いところから響いてくるような豊饒な音色、流れるようなレガートの美しさ、技術よりは感性あふれる、実にたおやかな演奏である(ベタホメです。ファンですから)。実際のところ、よく聴かれるフレーズだが、「かつての天才少女が大人になって一段と成長した」音色になったように思う。川久保さんは、過度に技巧的でもなく、豊かな響きを持つ「たおやかな」芸術的個性がまさに成熟しつつある。個人的にはもちろんBravo!!でした。
さて、この1年の間に実現した、ロシアのオーケストラの来日公演と日本人女性ヴァイオリニストの競演によるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のコンサートを比較してみたが、三者三様の魅力に溢れたものだったといえよう。これらの3つのコンサートを聴かれた方はどれくらいいるだろうかわからないが、つくづく日本にいて良かったと思う。ロシアを代表する3つの一流オーケストラと、世界を代表するヴァイオリニストの演奏会を、電車に乗って聴きに行くことができるのだから。
余談になるが、今回取り上げた3人のヴァイオリニストのうち、神尾さんと川久保さんはチャイコフスキー国際コンクールの覇者だが(庄司さんは1998年のパガニーニ国際コンクールの覇者)、もうひとり日本人で1998年に優勝している諏訪内晶子さんが、今年の11月9日と12日にチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾くことになっている。共演はトゥガン・ソヒエフ指揮、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団(プログラムにはチャイコフスキーの交響曲題5番も)。ロシアとは違ったフランス特有のカラフルな音楽も、別の意味で楽しみ超期待です(*^_^*)
※女性に対してはbravoではなくbravaというべきですが、このブログおいてはタイトルの「Bravo! オペラ&クラシック音楽」に合わせてBravoで統一しています。
●2008年11月7日(金)/NHKホール(NHK音楽祭)
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団/ユーリ・テミルカノフ指揮
ヴァイオリン:庄司紗矢香
【曲目】歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ/ヴァイオリン協奏曲/交響曲題5番/アンコール:トレパーク(以上、チャイコフスキー作曲)
●2009年6月19日(金)/横浜みなとみらいホール
ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団/ウラディーミル・スピヴァコフ指揮
ヴァイオリン:神尾真由子
【曲目】幻想序曲「ロメオとジュリエット」/ヴァイオリン協奏曲/交響曲題5番(以上、チャイコフスキー作曲)/アンコール:ブラームス:ハンガリー舞曲第5番/ヒメネス:スペイン舞曲/チャイコフスキー:トレパーク
●2009年7月8日(水)/東京文化会館(都民劇場・音楽サークル)
ロシア・ナショナル管弦楽団/ミハイル・プレトニョフ指揮
ヴァイオリン:川久保賜紀
【曲目】リムスキー・コルサコフ:歌劇「雪娘」より/チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲/ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」/他
まず、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団/ユーリ・テミルカノフ/庄司紗矢香という組み合わせのチャイコフスキー。これまでにも何度も共演している。3者の信頼関係も抜群なのは観ていてよくわかった。サンクトペテルブルク・フィル(旧レニングラード・フィル)は、かのムラヴィンスキー亡き後テミルカノフさんの時代になってちょうど20年。メンバーも大部分は入れ替わっているので、かつての輝きは薄れたといわれているが、実際に聴いてみると、なかなかどうして伝統をしっかりと受け継いでいる。ロシアの広大な雪原を重戦車部隊が一糸乱れぬ隊列を組んで押し出してくるような迫力だ。低音の金管とコントラバスが揺るぎない重厚感を生み出している。この3つのオーケストラの中では、最もかつてのロシアのオーケストラの味を残している。
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庄司紗矢香さん
さて、庄司さんのヴァイオリンはいつもながらの緊張感いっぱいの演奏。この時はストラディヴァリウスの「ヨアヒム」だが、硬質な音色の印象だった。ときおり、新たな解釈を持ち込んで、楽譜に書かれていること以上に、庄司さんならではの表現が現れる。「こんなふうに弾いてみたけど、どう?」と問いかけるようだ。テミルカノフさんの指揮ぶりはどちらかといえばオーソドックスな重厚な響きだが、庄司さんのわがままをうまく受け止める懐の深さがあり、その精神は優しげだ。お互いの信頼が生み出した、若々しい新しさと重厚な伝統がうまく解け合った名演だったと思う。文句なくBravo!である。
余談だが、交響曲5番の第2楽章の主題を吹いたホルン奏者はムラヴィンスキー時代からのメンバーとのことで、椅子が見えないような太っちょのおじさんだが、その音色は深く豊かな響きで、これまで聴いた中でも最も美しく泣かせる演奏だった。
つぎに、ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団/ウラディーミル・スピヴァコフ/神尾真由子という組み合わせ。ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団は、2003年にプーチン大統領の命によって創設された新しいオーケストラだが、国家の威信をかけてトップクラスのメンバーを集めたというだけあって、世界的にも評価の高いオーケストラのひとつだ。確かに前評判通り、非常に高いレベルのアンサンブルを聴かせてくれた。若々しいが完成度が高い! という印象だ。逆に言うとシブミがないということになるが…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/4f/cda99a558111e83dd66335a2bade0d39.jpg)
神尾真由子さん
一方、神尾真由子さんのヴァイオリンは、個性的というよりは挑戦的。数々のコンクール荒らし(失礼)の果て、チャイコフスキー国際コンクールに優勝したのが2007年、ちょうど2年前のことである。技術力は高いが新しいオーケストラと若手のバリバリの競演ということで意識しあったのだろうか。火花の散るような演奏だった(もちろん良い意味で)。この3人の女性ヴァイオリニストの中では、神尾さんが「一番」天才なのでは? という気がする。繊細さから大胆さ、緻密さから自在さ、正確無比の技術と圧倒的な表現力。とにかく、会場の耳目を一点に集めてしまう「気迫」のこもった存在感である。
とくに、最終楽章、コーダに入ると、テンポを上げてオーケストラをあおってあおってあおりまくる。「どうなの? 私について来れるの?」といわんばかり。指揮者もここに至り「受けて立ってやる!」。こうして火花の散る非常にスリリングな演奏となり、会場も異様な熱狂に包まれることになった。協奏曲の醍醐味。まれにみる快演である。Bravo!
最後は、ロシア・ナショナル管弦楽団/ミハイル・プレトニョフ/川久保賜紀という組み合わせ。実は。このコンサートを一番期待していた。どうもロシアのオーケストラは名前が似通っていて何度聞いても正確に覚えられずに混乱してしまう。ロシア***という名のオケとモスクワ***というのがいくつもあって、紛らわしいことこの上ない。さて、ロシア・ナショナル管弦楽団は1990年にプレトニョフさん自身によって創設された、ロシア初の民間プロ・オーケストラである。こちらも国際的な評価は高い。プレトニョフさんはもともとピアニストで、1978年のチャイコフスキー国際コンクールの優勝者。それが今回は、やはりチャイコフスキー国際コンクール最高位入賞(2002年)の川久保さんとの競演である。
プレトニョフさんの音楽は、私にはちょっとよく理解できないところがあって、不思議な演奏をする。とくに感じるのが、テンポの変化が極端なことだ。ピアノ曲ではよくあるちょっと独創的な「解釈」を、オーケストラでやっている感じで、何とも居心地が悪く感じてしまうのだ。オーケストラは技術的にはしっかりしているので、指揮者の個性をうまく表現しているという点では、世界的な評価が高いのもよくわかる。要は好みの問題なのだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/26/d6fe972ca029a3589b4e61a43ab4cd0f.jpg)
川久保賜紀さん
川久保さんのヴァイオリンは、何度聴いても素適だ(これも好みの問題です)。「素適」という表現がぴったりの演奏だと思う。深いところから響いてくるような豊饒な音色、流れるようなレガートの美しさ、技術よりは感性あふれる、実にたおやかな演奏である(ベタホメです。ファンですから)。実際のところ、よく聴かれるフレーズだが、「かつての天才少女が大人になって一段と成長した」音色になったように思う。川久保さんは、過度に技巧的でもなく、豊かな響きを持つ「たおやかな」芸術的個性がまさに成熟しつつある。個人的にはもちろんBravo!!でした。
さて、この1年の間に実現した、ロシアのオーケストラの来日公演と日本人女性ヴァイオリニストの競演によるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のコンサートを比較してみたが、三者三様の魅力に溢れたものだったといえよう。これらの3つのコンサートを聴かれた方はどれくらいいるだろうかわからないが、つくづく日本にいて良かったと思う。ロシアを代表する3つの一流オーケストラと、世界を代表するヴァイオリニストの演奏会を、電車に乗って聴きに行くことができるのだから。
余談になるが、今回取り上げた3人のヴァイオリニストのうち、神尾さんと川久保さんはチャイコフスキー国際コンクールの覇者だが(庄司さんは1998年のパガニーニ国際コンクールの覇者)、もうひとり日本人で1998年に優勝している諏訪内晶子さんが、今年の11月9日と12日にチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾くことになっている。共演はトゥガン・ソヒエフ指揮、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団(プログラムにはチャイコフスキーの交響曲題5番も)。ロシアとは違ったフランス特有のカラフルな音楽も、別の意味で楽しみ超期待です(*^_^*)
※女性に対してはbravoではなくbravaというべきですが、このブログおいてはタイトルの「Bravo! オペラ&クラシック音楽」に合わせてBravoで統一しています。