Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

名匠ショルティが残した来日公演の映像

2009年11月01日 00時52分08秒 | DVD・CDで観る・聴く
 私の最も敬愛する指揮者、サー・ゲオルグ・ショルティ(1912~1997)が亡くなられて、早12年になる。1977年、シカゴ交響楽団を率いての来日公演でベートーヴェンを聴いて以来、クラシック音楽の魅力に取り憑かれたことは過去に書いたが、もう一つの重要な出来事は、ショルティの音楽の魅力にも取り憑かれてしまったということだ。世間では(もちろんごく狭い世間だと思うが)そのような人々は「ショルティアンと」呼ばれているとか。
 後期ロマン派が終焉を迎えた1920年頃から、作曲家の時代から演奏家の時代へと変わっていった。20世紀の前半を代表する指揮者といえば、トスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーというところだろう。多くの録音や一部は映像も残っているが、現代の水準からすれば著しく音が悪いため、彼らの演奏のうち実際にわかるのはテンポの取り方の解釈くらいのもの。各楽器の音色やバランスなどもけっして正確に再現されないからだ。戦後生まれの人で、実際にはレコードを聴いただけで、この時代の音楽家を褒め称えるのは、どこかに無理があるのではなかろうか。今や神格化されてしまっている3巨匠だが、歴史的偉業を残したことは確かでも、その音楽については「よくわからない」というのが本音である。
 そして、20世紀の後半にも多くの巨匠たちがいた。バロックから現代まで、幅広いレパートリーで何でもこなしたヘルベルト・フォン・カラヤン。独墺系では伝統継承を代表するカール・ベーム。カリスマ的存在のレナード・バーンスタイン。そこにいるだけでオーケストラが歌い出すカルロス・クライバー。ほかにも、セルジュ・チェリビダッケ、ジョージ・セル、ユージン・オーマンディ…等々。20世紀後半は、まさに巨匠たちの時代である。
 その中のひとりが、サー・ゲオルグ・ショルティである。カラヤンにも負けない幅広いレバートリーを持ち、残した録音も数知れず、グラミー賞を世界最多の31回も受賞しているスーパースターである。とくに得意としていたのは、ベートーヴェン、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、ブルックナー、マーラーなどの独墺系。その演奏スタイルは、スコアに忠実で、揺るぎない構造感と正確なリズム、そしてオーケストラの機能を最大限に発揮させるダイナミック・レンジの広いパワフルなものだ。時に「筋肉質」とか「精神性が低い」などと評論家にたたかれ、日本では今ひとつ評価が低い。日本の聴衆は評論家の書くことを目で見て信じてしまい、自らの耳で聴いていないのだろうか、と言ってしまったら傲慢不遜だが、すくなくともフルトヴェングラーのモノラルのSP盤の音に精神性を感じることができるのなら、ショルティの残した音もバランスも良い録音と、レコードとほとんど変わらない正確なライブ演奏を聴けば、ショルティの音楽に対する思いを感じ取れないはずはないと思う。
 前置きがかなり長くなってしまったが、そんなショルティは、合わせて7回来日しコンサートツアーを行った。
 ●1963年 ロンドン交響楽団
 ●1969年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ●1977年 シカゴ交響楽団
 ●1980年 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 ●1986年 シカゴ交響楽団
 ●1990年 シカゴ交響楽団
 ●1994年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 いずれもオーケストラのコンサートツアーとしての来日で、非常に残念なことに、日本ではオペラの指揮は一度もすることがなかった。
 これらの来日公演のうち、1963年/ロンドン響、1986年/シカゴ響、1990年シカゴ響、1994年/ウィーン・フィルの公演で、映像素材が残されている。1963年/ロンドン響と1994年/ウィーン・フィルのものは、現在NHKからDVDが発売されている。また、1986年/シカゴ響と1990年シカゴ響のものは、SONYからレーザーディスクが発売されたが、もちろんレーザーディスクそのものが絶版。DVD化されていないので、中古のレーザーディスクでしか視聴することはできない。これらの国内ものの映像が海外でも発売されたのかどうかわからないが、海外のショルティのディスコグラフィーに見あたらないところをみると、日本だけの可能性がある。とすれば、かなり貴重な映像資料だと言うことができよう(ただしショルティアンにとっては)。以下、その内容を簡単に紹介しておこう。

●1963年 ロンドン交響楽団 来日公演より(DVD/NHKエンタープライズ)
・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ短調 op.60[モノラル 37分]
・ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲[モノラル 5分]
・ブラームス:ハンガリー舞曲第5番ト短調[モノラル 3分]
 収録:1963年4月29日 東京文化会館
 ショルティの初来日はロンドン交響楽団とのツアーで、全国4カ所で5回のコンサートを行っている。ベートーヴェンの交響曲を中心にモーツァルトやブラームスも演奏した。記録によると、この日のプログラムは、ベートーヴェンのエグモント序曲、交響曲第4番と第7番となっている。従って、このDVDに収録されているのは、前半の交響曲4番以外はアンコールのようだ。テレビ放送のために収録されたモノクロの画像とモノラルの音声では視聴に耐えるようなものではないが、若き日のショルティ(当時51歳)の溌剌とした姿が印象的だ。晩年まで得意としていた第7番をメインの曲に据えていたので、この時期の第7番を聴けないのが惜しい。

●1986年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/ソニービデオソフトウェアインターナショナル)
・モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
・マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
 収録:1986年3月26日 東京文化会館
 ショルティのとしては5回目の来日で、シカゴ響とのツアーでは2回目となる。東京・名古屋・大阪で計5回のコンサートを行った。本映像は、日本ツアー初日のコンサートを収録したものである。モーツァルトの「ハフナー」は現在の感覚からみるとかなり重厚な演奏になっている。ショルティらしいガッチリした構成だが、いかにも20世紀的な演奏形態。一方のマーラーはシカゴ響の機能を遺憾なく発揮したダイナミックな仕上がり。しかし細部は緻密で、あまり感情に流されない、純粋な「音」を積み重ねていくことで、曲の本質(作曲家の意図)を描こうとするショルティらしさに溢れた名演である。DVD化されていないため、現在ではレーザーディスクでしか視聴することはできないが、モーツァルトとマーラーの交響曲の映像は他にはないので、貴重な1枚である。なお、この年のツアーでは、他にハイドンの交響曲第95番とブルックナーの第7番というプログラムも組まれている。

●1990年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/CBS/SONY RECORDS)
・ベートーヴェン:『エグモント序曲』
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
・ベルリオーズ:『ファウストの劫罰』より『ラコッツィ行進曲』
 収録:1990年4月15日 サントリーホール
 シカゴ響との3度目の日本ツアーでは、東京・横浜・倉敷・大阪で計6回のコンサートが開かれた。映像は、サントリーホールのもので、プログラムはベートーヴェンの「エグモント序曲」、交響曲第5番「運命」、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。収録されている「ラコッツィ行進曲」はアンコール曲だろう。なお、「展覧会の絵」は別盤のレーザーディスクで発売された。また、この映像から、ワイド画面のハイビジョン収録となる。ジャケットに使用された写真は「ハイ・ディフィニションの映像から特殊技術により写真化したもの」と誇らしげにライナーノートに記載されていたのが時代を感じさせてほほえましい。演奏については何もいうことはない。ベートーヴェンの2曲はショルティ節炸裂。「エグモント序曲」は躍動感・生命観に溢れる押し出しの強い演奏である。「運命」は私が1977年の来日公演で聴いた時よりも、さらにスピード感に満ちている。とくに第2楽章の速度の取り方が、早めになっているが、全楽章を通して聴くと、こちらの方がバランスは良く思える。第4楽章は、もちろん提示部のリピートを行っている。やはりショルティのベートーヴェンといえば、第5番と第7番に尽きるが、この映像はショルティの「運命」を観ることのできる唯一のものだ。

●1990年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/CBS/SONY RECORDS)
・ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』
・ショルティ自身による楽曲解説
 収録:1990年4月15日 サントリーホール
 前記の映像と同日に収録されたコンサートの後半プログラム。ショルティによる楽曲の解説映像が収録されており、これも貴重な映像資料。残念ながら、未視聴につきノーコメント。

●1994年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演より(DVD/NHKエンタープライズ)
・ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』~前奏曲と「愛の死」[ステレオ 20分]
・R.シュトラウス:交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』[ステレオ 17分]
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 op.92[ステレオ 41分]
・ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲[ステレオ 13分]
 収録:1994年10月3日 サントリーホール
 結果的には最後の来日公演となったのは、ウィーン・フィルとのツアーだった。全国4カ所で6回のコンサートを行っている。ツアーのプログラムには、ストスラヴィンスキー:ペトルーシュカ、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」、メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」、そしてショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」なども含まれていた。この日が初日で、DVDにはプログラムの全曲とアンコールのワーグナーが収録されている。ハイビジョン収録であり、画質・音質ともに十分なクオリティである。せひとも、HDビデオのブルーレイ版を発売して欲しい(そう思うのもショルティアンだけか)。晩年のショルティは、若い頃よりは角が取れたといわれているが、曖昧さのないガッチリした構造的な音楽を創っている。前半の「トリスタン」と「ティル」はウィーン・フィル特有のまろやかな音色でオーケストラをたっぷりと歌わせている。後半のベートーヴェンの第7番は、ショルティならではの正確なリズム感をベースにほとばしる躍動感!! 82歳とは信じられない力強さが漲っているが、若い指揮者にはない奥深い間合いがあり、絶妙な演奏になっている。20世紀的なベートーヴェンの完成形と言えるのではないか。アンコールの「マイスタージンガー」はシカゴ響の時代と比べると力で押し切るようなところが多少減って、曲全体が一つのまとまりを感じさせるようになった。

 このようにして、およそ30年間にわたる来日公演を観てみると、ショルティは最後まで若々しさを保ったすばらしい指揮者だったことが、あらためて実感できる。多くの「巨匠」たちが晩年に老醜をさらすような演奏会を開いていたのは痛ましい限り。とくにベームはひどかった。カラヤンもどろどろした演奏になってしまった。彼らに比べてショルティは、最後まで衰えなかった。常にメトロノームで自分の「早さ」を確認し、いつでも正確なテンポで指揮ができる自身があったという。亡くなる前日まで勉強していたという。わが敬愛するショルティ先生。もっと彼に光を当てて欲しい。こんなにも真摯に音楽に向き合い、自己の芸術に慢心することなく、より良い音楽創りを追求し、世界中の人々に愛されたすばらしい音楽家を、皆さんにも知っていただきたいと、心から思う。

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