Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/6(日)森麻季&林美智子/本格的なデュオ・リサイタルが実現/ペルゴレージの「スターバト・マーテル」など

2016年03月06日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
森 麻季&林 美智子 デュオ・リサイタル

2016年3月6日(日)14:00~ 横浜みなとみらいホール 指定席 1階 C1列 19番 5,400円(会員割引)
ソプラノ:森 麻季 ♥
メゾ・ソプラノ:林 美智子 ♦
ピアノ:山岸茂人
【曲目】
ペルゴレージ:『スターバト・マーテル』全曲
       第1曲:二重唱「悲しみに沈める御母は涙にくれて」♥♦
       第2曲:アリア(ソプラノ)「嘆き悲しみ」♥
       第3曲:二重唱「おお、神のひとり子の」♥♦
       第4曲:アリア(メゾ・ソプラノ)「尊き御子の苦しみを」♦
       第5曲:二重唱「これほどまで嘆きたまえる」♥♦
       第6曲:アリア(ソプラノ)「また瀕死のうちに見捨てられ」♥
       第7曲:アリア(メゾ・ソプラノ)「愛の泉なる御母よ」♦
       第8曲:二重唱「わが心がその御心にかなうべく」♥♦
       第9曲:二重唱「聖なる御母よ」♥♦
       第10曲:アリア(メゾ・ソプラノ)「われにキリストの死を負わしめ」♦
       第11曲:二重唱「おお乙女よ」♥♦
       第12曲:二重唱「肉体が死する時~アーメン」♥♦
グノー:歌劇『ロメオとジュリエット』より「私は夢に生きたい」♥
ビゼー:歌劇『カルメン』よりハバネラ「恋は野の鳥」♦
ドリーブ:歌劇『ラクメ』より花の二重唱「ジャスミンが咲くドームへ」♥♦
マイヤベーア:歌劇『ディノラー』より「影の歌」♥
ドヴォルザーク:歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」♦
リスト:コンソレーション 第2番 ホ長調(ピアノ・ソロ)
R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』より「地上のものとは思えぬ天上のばら」♥♦
《アンコール》
 山田耕筰:からたちの花 ♥
 武満 徹:うたうだけ♦
 オッフェンバック:歌劇『ホフマン物語』より舟歌「美しい夜、ああ、愛の歌」♥♦

 人気・実力ともに日本でトップクラスのスター歌手、ソプラノの森麻季さんとメゾ・ソプラノの林美智子さんのデュオ・リサイタルである。おふたりとも大好きなので、ことある毎に聴きに行っている。オペラもリサイタルもオーケストラとの共演も、東京近郊のものはほとんど聴いていると思うが、このお二人のデュオ・リサイタルというのはかなり珍しく、私は過去に1度だけ、ちょうど3年前の2013年3月にフィリアホールで聴いたことがあるだけなのである。実際にその時もデュオ・リサイタルとはいえ、交替で持ち歌を歌うだけで、本当にデュオで歌う曲はアンコールを含めて2曲だけだった。なかなか大物過ぎて、デュオ曲をプログラムに組むと合わせの日程調性なども大変なのかもしれない。
 ところが今回は、会場も横浜みなとみらいホールという大ホールだし、何とベルゴレージの『スターバト・マーテル』全曲というソプラノとメゾ・ソプラノの二重唱を中心とした曲が前半に置かれ、後半はお馴染みのそれぞれのオペラ・アリアに加えて、『ラクメ』の二重唱や『ばらの騎士』までプログラムされている。つまり本格的なデュオ・リサイタルであり、おそらく初めて実現したものであろう。これはファンとしては嬉しい限りである。実は、最近のお二人のプロフィルから二期会会員の文字が消えている。二期会の名簿にも載っていないので、辞めたようだ。現在はお二人ともマネジメント事務所がJAPAN ARTSになっているので、当然今回のデュオ・リサイタルもJAPAN ARTSの主催(神奈川芸術協会共催)である。ということは、今後もお二人の共演する機会が増えるかもしれない。そうなればさらに嬉しいことだ。


 前半はベルゴレージの『スターバト・マーテル』。登場したお二人のヘアスタイルに会場がざわめく。林さんは少し以前のさっぱりしたショーカットに戻しただけだが、森さんはシルバーグレイの長い髪を下ろしている。ウィッグだろうとは思うが、ちょっと意外な印象なので、皆、驚いたようだ。
 『スターバト・マーテル(Stabat Mater/ラテン語)』は、「悲しみの聖母」と訳され、磔刑に処せられたイエスの傍で嘆き悲しむ聖母マリアを描いた聖歌(詩)であり、13世紀頃のものである。後に多くの作曲家がこの詩に音楽を付けた。その数実に600以上にのぼるという。中でも、ハイドン、ロッシーニ、ドヴォルザークのものが有名で、しばしばコンサートでも演奏されているのはご存じの通りだ。
 今日演奏されたのはベルゴレージ(1710~1736)が死の直前に書き上げた絶筆作品。若くして亡くなったベルゴレージだが、オペラ作曲家として名高く、『奥様女中』などが知られる。昨年2015年10月には紀尾井ホールで『オリンピーアデ』という作品が日本初演されたが、そこには林さんも出演していた。私はバロック音楽の方は積極的に聴くことはほとんどないので、よく分からないのだが、ベルゴレージの音楽が演奏されること自体、けっこう珍しいのではないだろうか。
 全曲は12曲で構成されている。上記のように、ソプラノのアリア、メゾ・ソプラノのアリア、そして二重唱の組み合わせになっている。山岸茂人さんの弾くピアノの前に、二人が並んで立つ(下手側が森さん、上手側か林さん)。歌唱はその内容から言ってもそうだが、しっとりと落ち着いたもので、森さんの透明感のあるソプラノは、宗教音楽の時はまさに、天使の声が降りてくるような清冽な美しさである。対して林さんの歌唱は、人肌の温もりが感じられる優しさのあるメゾ・ソプラノ。単なる声域の違いだけではなく、お二人の個性の違いが鮮やかな対比を生みだし、音楽的な奥行きを作っている。曲によっては、悲しげなものばかりではなく、淡々としたもの、躍動的なもの、妙に陽気なものもあり、決して単調ではない。お二人の息もピタリと合っていて、二重唱では美しいハーモニーや対位法的な歌唱を聴かせ、ソロのアリアなどでは装飾的な技巧の高い部分も聴かせている。やはり本番経験豊富なお二人だけに、しっかりと仕上げてきていた。見事な歌唱であった。

 後半は、持ち歌のオペラ・アリアを次々と披露。まず1曲目は、森さんによるグノーの「私は夢に生きたい」。最近の森さんが定番としている、明るく華やかで、彼女のキャラクタの内、陽性の部分にピッタリの曲だ。円舞曲を踊るように、ステージのうえでくるくると回りながら歌う。みなとみらいホールは客席が2階3階にステージの両サイドと2階に後方席があるので、サービス精神を発揮して全方位に向けて歌ってくれた。
 2曲目は林さんで、お馴染み『カルメン』のハバネラ「恋は野の鳥」。山岸さんのピアノ伴奏が始まると、客席1階下手側後方の扉から林さんが登場。お客さんに色気を振り撒きながら、歌いながらステージへ。林さんのカルメンは、色気はあるもののどう見ても悪女には見えないので、会場にもほのぼのとしたムードと笑顔が漂う、楽しい歌唱になる。
 3曲目はお二人のデュオで、ドリーブの『ラクメ』より花の二重唱「ジャスミンが咲くドームへ」。ソプラノとメゾ・ソプラノによるオペラの二重唱となれば、この曲は欠かせないアイテムとなる。個々でも天使のような清純なソプラノの森さんと、温かみのあるメゾ・ソプラノの林さんが、美しいハーモニーを聴かせてくれた。夢の世界へと誘われるような、至福の時である。最後は下手側舞台袖に引っ込み、そこからの歌唱は、遠くから風に乗って聞こえてくる歌声のようで、また良いものである。
 4曲目はマイヤベーアの歌劇『ディノラー』より「影の歌」。こちらも最近の森さんの定番曲。高度に技巧的な部分もあるアリアであるが、アクロバット的な歌唱をしながらも常に微笑みの表情を崩さず、高音域も伸びが良く出ていて、見事であった。レパートリーとしても磨きがかかってきたようだ。
 5曲目はドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』から「月に寄せる歌」を林さんが歌う。本来はソプラノのアリアである。しっとりと情感を込めて歌われるこの曲は、やはり声に深みがある方が似合う。森さんが歌うとちょっと軽くなってしまうかも、という感じだが、林さんはメゾ・ソプラノ特有の声の太さと重さがあるので、この曲の抒情的表現には合っている。しかし、チェコ語・・・・分からないなぁ。
 6曲目は山岸さんのピアノ・ソロで、リストの「コンソレーション 第2番 ホ長調」。いつも森さんの伴奏で聴くだけの山岸さんだが、今日はリストでも、超絶技巧ではなくロマンティックな曲である。やはり山岸さんのピアノは、器楽的な曲よりも、このようにゆったりとした旋律が美しく歌うような曲が素敵だと思う。ところで、今日の山岸さんは、ホールが大きいことに合わせてか、いつもよりかなり大きめにピアノを鳴らせていた。単に音量だけでなく、響き過ぎて音がこもりがちなホールだけに、鋭いタッチで明瞭な音を立てるように弾いていて、それがドラマティックな効果を上げているような気がした。素晴らしいピアノだと思う。
 最後は二重唱で、R.シュトラウスの『ばらの騎士』から「地上のものとは思えぬ天上のばら」。・・・曲のタイトルで言われてもあまりピンと来ないが、第2幕冒頭の銀のばらの献呈の場面、つまりゾフィーとオクタヴィアンの出会いの場面である。前の曲がピアノ・ソロだったのには喉を休ませるという理由だけではなかった。オクタヴィアン役の林さんが男装に着替えて(色はもちろん白)登場した。そうなるとショーカットに整えてきたヘアスタイルが活きてくるのである。そこまで気を使ってくれている林さんである。それでは森さんのシルバーグレイのウィッグはゾフィーのイメージであったのか・・・。さて歌唱の方はお互いにこの役柄はオペラの公演でも経験のある、いわば得意な役柄だけあって、それは役どころを十分に踏まえた、リサイタルと言うよりは完全にオペラ的な表現に変わった。ドラマティックであると同時に、役柄の情感が込められ、絢爛豪華な『ばらの騎士』第2幕の、甘~いシーンの情景が目に浮かぶようであった。
 思えば2007年から翌年にかけて、オペラ界で「ばら戦争」が勃発した。どういうわけか『ばらの騎士』が異なるプロダクションで立て続けに5回も上演されたのである。新国立劇場の美しいジョナサン・ミラー演出のプルミエ(その後何度も再演されている)チューリヒ歌劇場の一風変わったスヴェン・エリック・ベヒトルフ演出ドレスデン国立歌劇場の豪華で粋なウヴェ=エリック・ラウフェンベルク演出神奈川県民ホール・びわ湖ホールの真っ白が舞台が印象的なアンドレアス・ホモキ演出、そして新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会での演奏会形式。それらの中で、ドレスデンでは森さんがゾフィーを歌い、神奈川県民ホール・びわ湖ホールでは林さんがオクタヴィアンを歌っていたのである。その時のことが、今日聴いていて鮮明に思い出された。

 アンコールは3曲。まずは森さんの歌唱で山田耕筰の「からたちの花」。悲しげで切なくて、しっとりとした情感。何て綺麗な声。何度聴いても素敵である。
 続いて林さんの歌唱で武満 徹の「うたうだけ」。こちらはジャズ風で、小粋な面も持たせた雰囲気が、何度聴いても素敵な味わいである。林さんはまたドレスに着替えてきて歌ってくれた。
 最後はお二人のデュオで「ホフマンの舟歌」。これでデュオの曲も出尽くした感じ。波間に揺られるように心地よい歌声がやさしく響いてくる。最高の日曜日の午後である。

 今日のデュオ・リサイタルはかなり充実した内容であった。前半のベルゴレージの『スターバト・マーテル』が選ばれたのは、単なる宗教音楽としてではなく、東日本大震災からちょうど5年になるこの月に、音楽家としてできることは何かを考えてのことだという。悲しみは悲しみとして忘れてはならないが、それを乗り越えなければ未来は開けない。350年以上も歌い継がれてきたこの曲を聴かせていただき、純粋に音楽的に素晴らしい歌唱であったというだけではない、とても温かい気持ちに触れたような気がした。音楽のチカラは偉大である。

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