錦織 健プロデュース・オペラ Vol.5『セビリアの理髪師』ロッシーニ作曲
2012年3月18日(日)14:00~ 東京文化会館・大ホール S席 1階 1列 27番 13,000円(会員割引)
音楽監督/指揮: 現田茂夫
管弦楽: ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
合 唱: ラガッツィ
チェンバロ: 服部容子
演 出: 十川 稔
テーマ・アート: 天野喜孝
舞台装置:升平香織
衣 装: 小野寺佐恵
照 明: 矢口雅敏
舞台監督: 堀井基宏
【出演】
ロジーナ: 森 麻季(ソプラノ)
フィガロ: 堀内康雄(バリトン)
アルマヴィーヴァ伯爵: 錦織 健(テノール)
バルトロ: 志村文彦(バス)
ドン・バジリオ:池田直樹(バス・バリトン)
ベルタ: 武部 薫(メゾソプラノ)
テノールの錦織 健さんのプロデュースによるオペラ公演シリーズの第5弾は、ロッシーニの「セビリアの理髪師」の新演出版になった。このシリーズは、錦織さんが、日本人の歌手とスタッフによるオペラ公演を全国で開催することを趣旨として、2002年「コシ・ファン・トゥッテ」、2004年「セビリアの理髪師」、2006年「ドン・ジョヴァンニ」、2009年「愛の妙薬」と、開催してきた。いわゆる名作オペラを分かりやすい演出で、全国各地で上演するという企画である。今回は、11都市12公演。基本的に土日祝日の公演で、東京だけが2回公演(今日と明後日の春分の日)である。地方在住の方はナマのオペラ公演に接する機会も少ないし、お手頃価格での公演(とくに地方公演は)なので、このような企画は大変好ましいことだと思う。私はこれまでに「ドン・ジョヴァンニ」と「愛の妙薬」を楽しませていただいた。この手の企画によるオペラを楽しむコツは、絶対に批判的な目(アラ探しをするような)で観ないことである。
今回の「セビリアの理髪師」は2度目になるが新演出ということ。まあ、とにかく楽しいオペラなので、オペラ初心者の方にもピッタリだし、このシリーズき演出の読み替えなどはしないので、誰が観ても分かりやすい。マニアックなオペラ・ファンの方たちは、この手の企画(オペラ)をあまり好まないかもしれないが、楽しめればそれで良いのではないかと思う。錦織さんがプロデュース(そして主演)されるので、「セビリアの理髪師」はちょうど良いが、この作品を楽しむとどうしてもモーツァルトの「フィガロの結婚」が観たくなる。「フィガロの結婚」ではテノールが主役(あるいは準主役)にならないので、このシリーズでは観られないと思うと残念でもある。
さて、今日の公演の見所は、芸達者な出演者たちの競演というところだろう。タイトル・ロールとなるフィガロ役は堀内康雄さん。イタリア・オペラのバリトンとしては名実共に日本一といって良い、スーパースターである。藤原歌劇団所属の堀内さんが、二期会系の歌手の皆さんと共演されるのも、錦織さんのプロデュースならではだろう。そしてアルマヴィーラ伯爵役はもちろん錦織さん。伯爵も若いこの頃は純情でテノールの役柄だ(原作物語としては続編にあたる「フィガロの結婚」では浮気者の中年になってバリトンになる?)。相手役のヒロイン、ロジーナ役は森 麻季さん。コケティッシュな魅力を振りまき、ステージを明るく彩るディーヴァである。悪役(といっても限りなく三枚目に近いが)のバルトロ役は志村文彦さん。個性的な脇役のドン・バジリオ役は池田直樹さん。この二人のベテランが醸し出す雰囲気は抜群で、味わい深い演技と歌唱であった。役としてはチョイ役に近いが妙な存在感のあるベルタ役は武部 薫さんは、そこにいるだけで可笑しさがこみ上げてくる好演だった。
主演の錦織 健さんと森 麻季さん。この写真からもオペラの楽しさが伝わってくる。
ピットに入るのは 現田茂夫さんの指揮するロイヤルメトロポリタン管弦楽団。あまり聴く機会のないオーケストラではあるが、チェンバー・オーケストラらしい引き締まったアンサンブルと、抑制された管楽器の音色が美しく、かなり良質な演奏をしていた。オペラの場合はどうしても歌手たちに耳目が集中してしまうので、オーケストラが目立たなくなってしまうキライがあるが、今日の
ロイヤルメトロポリタン管弦楽団は、目立たないくらいに普通に上手く、歌手の足を引っ張らずに,オペラを下からうまく支えていたと思う。
十川 稔さんによる演出は、全体をドタバタ喜劇風に徹し、とにかく楽しいステージを作っていた。とくに第2幕はオペラというよりは本当のドタバタ喜劇にようで、出演者たちもノリノリで演技を楽しんでいるかのように見えた(本当は一所懸命真剣に演じているのだとは思うが)。とくに池田さんのドン・バジリオが徹底的に笑わせてくれた。レチタティーヴォが多く長いこのオペラでは、ヘタな演出をすると冗長になり間延びしてしまうものだが、今回の演出では、やややり過ぎに思えるほどテンポ良く演技が進むので、観ていて全く飽きさせない。出演者たちの大袈裟な喜劇風の演技と字幕を見ていれば、初めての人でもストーリーを理解できるし、分かりやすさという点ではとても素晴らしい演出だったと思う。オペラは「難しく考えるよりもまず楽しむべし」と考えている私にとっては、こういう演出も大歓迎である。
一方、舞台装置は少々安っぽく…まあ、チケットの値段も低く設定されているし、予算の都合もあるだろうから、ここは我慢しよう。ストーリーが分かる程度の舞台装置でも、そこに出演している人たちが輝いていれば、何も問題にはならない。
やはり最後に歌唱についても触れておこう。主役の3人、フィガロ、アルマヴィーヴァ伯爵、そしてロジーナは、アリアも重唱もレチタティーヴォも多い。とくにアリアについては、ベル・カント時代特有の装飾音符がいっぱい付いた歌唱である。
フィガロはバリトンの堀内さんがある部分では野太い低音を聞かせ、またある時には軽快な装飾的歌唱を聴かせてくれた。ヴェルディやプッチーニでは圧倒的な技量を誇る堀内さんが、このような軽い歌唱も上手いのでビックリ。さすがベテランの味わいである。
伯爵役の錦織さんは、さすがに手慣れたもので、天性の伸びのある美声と高度な歌唱のテクニックで、やっぱりこの人が主役! という感じだ。実際に聴いたのも久しぶりだったが、仕事の領域を多方面に広げているとはいえ、やはりオペラ歌手としての錦織さんは本物。輝かしく瞬発力がある声は素晴らしい。ロジーナ役の森 麻季さんは、最初のアリア「今の歌声は」ではたっぷりと装飾音符を歌い、いつもながらの澄んだ声と可愛らしい舞台姿で、華やかだった。第2幕はやや疲れてしまったのか声量が小さくなりがちだったが、これもたいした問題ではない。そういえば、ロジーナ役ってメゾ・ソプラノのはずだが…?。
この3人の活き活きとした歌唱と演技は、今日の「セビリアの理髪師」を本格的(なのに楽しい)なオペラ公演に仕上げている。マニア系の人が聴いても、(色眼鏡を通さずに素直な気持ちで聴けば)3人の歌唱は素晴らしかったと感じるはずである。やはり指揮者もオーケストラも歌手も合唱団も日本人だけの公演だけに、皆さんの意思の疎通も完璧で、和気藹々としたステージの雰囲気が、観客にも伝わってくるのだと思う。出演者の皆さんの歌唱はいずれも甲乙つけがたく、とても素晴らしいものだったといえる。
今日の「セビリアの理髪師」は、とにかく楽しかった。このオペラもけっこうまじめくさった上演にすると、歌手たちの技量比べのようになってしまったりもするが、演出全体をドタバタ喜劇に徹したために、ちょっと大袈裟に言えば、歌唱よりも演技を、音楽よりもストーリー展開を重視していたようでもあった。この企画自体が地方公演やオペラ初心者に優しい公演を目指しているものだから、これで良いのだと思う。小さなお子様たちからお年寄りまで、家族で、カップルで、学生さんたちでも、気軽に楽しめ、観た人が必ずオペラを好きになる、そんな公演をこれからもずっと続けて欲しいものだ。
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2012年3月18日(日)14:00~ 東京文化会館・大ホール S席 1階 1列 27番 13,000円(会員割引)
音楽監督/指揮: 現田茂夫
管弦楽: ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
合 唱: ラガッツィ
チェンバロ: 服部容子
演 出: 十川 稔
テーマ・アート: 天野喜孝
舞台装置:升平香織
衣 装: 小野寺佐恵
照 明: 矢口雅敏
舞台監督: 堀井基宏
【出演】
ロジーナ: 森 麻季(ソプラノ)
フィガロ: 堀内康雄(バリトン)
アルマヴィーヴァ伯爵: 錦織 健(テノール)
バルトロ: 志村文彦(バス)
ドン・バジリオ:池田直樹(バス・バリトン)
ベルタ: 武部 薫(メゾソプラノ)
テノールの錦織 健さんのプロデュースによるオペラ公演シリーズの第5弾は、ロッシーニの「セビリアの理髪師」の新演出版になった。このシリーズは、錦織さんが、日本人の歌手とスタッフによるオペラ公演を全国で開催することを趣旨として、2002年「コシ・ファン・トゥッテ」、2004年「セビリアの理髪師」、2006年「ドン・ジョヴァンニ」、2009年「愛の妙薬」と、開催してきた。いわゆる名作オペラを分かりやすい演出で、全国各地で上演するという企画である。今回は、11都市12公演。基本的に土日祝日の公演で、東京だけが2回公演(今日と明後日の春分の日)である。地方在住の方はナマのオペラ公演に接する機会も少ないし、お手頃価格での公演(とくに地方公演は)なので、このような企画は大変好ましいことだと思う。私はこれまでに「ドン・ジョヴァンニ」と「愛の妙薬」を楽しませていただいた。この手の企画によるオペラを楽しむコツは、絶対に批判的な目(アラ探しをするような)で観ないことである。
今回の「セビリアの理髪師」は2度目になるが新演出ということ。まあ、とにかく楽しいオペラなので、オペラ初心者の方にもピッタリだし、このシリーズき演出の読み替えなどはしないので、誰が観ても分かりやすい。マニアックなオペラ・ファンの方たちは、この手の企画(オペラ)をあまり好まないかもしれないが、楽しめればそれで良いのではないかと思う。錦織さんがプロデュース(そして主演)されるので、「セビリアの理髪師」はちょうど良いが、この作品を楽しむとどうしてもモーツァルトの「フィガロの結婚」が観たくなる。「フィガロの結婚」ではテノールが主役(あるいは準主役)にならないので、このシリーズでは観られないと思うと残念でもある。
さて、今日の公演の見所は、芸達者な出演者たちの競演というところだろう。タイトル・ロールとなるフィガロ役は堀内康雄さん。イタリア・オペラのバリトンとしては名実共に日本一といって良い、スーパースターである。藤原歌劇団所属の堀内さんが、二期会系の歌手の皆さんと共演されるのも、錦織さんのプロデュースならではだろう。そしてアルマヴィーラ伯爵役はもちろん錦織さん。伯爵も若いこの頃は純情でテノールの役柄だ(原作物語としては続編にあたる「フィガロの結婚」では浮気者の中年になってバリトンになる?)。相手役のヒロイン、ロジーナ役は森 麻季さん。コケティッシュな魅力を振りまき、ステージを明るく彩るディーヴァである。悪役(といっても限りなく三枚目に近いが)のバルトロ役は志村文彦さん。個性的な脇役のドン・バジリオ役は池田直樹さん。この二人のベテランが醸し出す雰囲気は抜群で、味わい深い演技と歌唱であった。役としてはチョイ役に近いが妙な存在感のあるベルタ役は武部 薫さんは、そこにいるだけで可笑しさがこみ上げてくる好演だった。
主演の錦織 健さんと森 麻季さん。この写真からもオペラの楽しさが伝わってくる。
ピットに入るのは 現田茂夫さんの指揮するロイヤルメトロポリタン管弦楽団。あまり聴く機会のないオーケストラではあるが、チェンバー・オーケストラらしい引き締まったアンサンブルと、抑制された管楽器の音色が美しく、かなり良質な演奏をしていた。オペラの場合はどうしても歌手たちに耳目が集中してしまうので、オーケストラが目立たなくなってしまうキライがあるが、今日の
ロイヤルメトロポリタン管弦楽団は、目立たないくらいに普通に上手く、歌手の足を引っ張らずに,オペラを下からうまく支えていたと思う。
十川 稔さんによる演出は、全体をドタバタ喜劇風に徹し、とにかく楽しいステージを作っていた。とくに第2幕はオペラというよりは本当のドタバタ喜劇にようで、出演者たちもノリノリで演技を楽しんでいるかのように見えた(本当は一所懸命真剣に演じているのだとは思うが)。とくに池田さんのドン・バジリオが徹底的に笑わせてくれた。レチタティーヴォが多く長いこのオペラでは、ヘタな演出をすると冗長になり間延びしてしまうものだが、今回の演出では、やややり過ぎに思えるほどテンポ良く演技が進むので、観ていて全く飽きさせない。出演者たちの大袈裟な喜劇風の演技と字幕を見ていれば、初めての人でもストーリーを理解できるし、分かりやすさという点ではとても素晴らしい演出だったと思う。オペラは「難しく考えるよりもまず楽しむべし」と考えている私にとっては、こういう演出も大歓迎である。
一方、舞台装置は少々安っぽく…まあ、チケットの値段も低く設定されているし、予算の都合もあるだろうから、ここは我慢しよう。ストーリーが分かる程度の舞台装置でも、そこに出演している人たちが輝いていれば、何も問題にはならない。
やはり最後に歌唱についても触れておこう。主役の3人、フィガロ、アルマヴィーヴァ伯爵、そしてロジーナは、アリアも重唱もレチタティーヴォも多い。とくにアリアについては、ベル・カント時代特有の装飾音符がいっぱい付いた歌唱である。
フィガロはバリトンの堀内さんがある部分では野太い低音を聞かせ、またある時には軽快な装飾的歌唱を聴かせてくれた。ヴェルディやプッチーニでは圧倒的な技量を誇る堀内さんが、このような軽い歌唱も上手いのでビックリ。さすがベテランの味わいである。
伯爵役の錦織さんは、さすがに手慣れたもので、天性の伸びのある美声と高度な歌唱のテクニックで、やっぱりこの人が主役! という感じだ。実際に聴いたのも久しぶりだったが、仕事の領域を多方面に広げているとはいえ、やはりオペラ歌手としての錦織さんは本物。輝かしく瞬発力がある声は素晴らしい。ロジーナ役の森 麻季さんは、最初のアリア「今の歌声は」ではたっぷりと装飾音符を歌い、いつもながらの澄んだ声と可愛らしい舞台姿で、華やかだった。第2幕はやや疲れてしまったのか声量が小さくなりがちだったが、これもたいした問題ではない。そういえば、ロジーナ役ってメゾ・ソプラノのはずだが…?。
この3人の活き活きとした歌唱と演技は、今日の「セビリアの理髪師」を本格的(なのに楽しい)なオペラ公演に仕上げている。マニア系の人が聴いても、(色眼鏡を通さずに素直な気持ちで聴けば)3人の歌唱は素晴らしかったと感じるはずである。やはり指揮者もオーケストラも歌手も合唱団も日本人だけの公演だけに、皆さんの意思の疎通も完璧で、和気藹々としたステージの雰囲気が、観客にも伝わってくるのだと思う。出演者の皆さんの歌唱はいずれも甲乙つけがたく、とても素晴らしいものだったといえる。
今日の「セビリアの理髪師」は、とにかく楽しかった。このオペラもけっこうまじめくさった上演にすると、歌手たちの技量比べのようになってしまったりもするが、演出全体をドタバタ喜劇に徹したために、ちょっと大袈裟に言えば、歌唱よりも演技を、音楽よりもストーリー展開を重視していたようでもあった。この企画自体が地方公演やオペラ初心者に優しい公演を目指しているものだから、これで良いのだと思う。小さなお子様たちからお年寄りまで、家族で、カップルで、学生さんたちでも、気軽に楽しめ、観た人が必ずオペラを好きになる、そんな公演をこれからもずっと続けて欲しいものだ。
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めちゃくちゃ楽しかったです。
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
ホントに楽しかったですよね。第2幕なんか、ずっと笑いっぱなしでした。楽しいオペラは幸せな気分になれるので、大好きです。