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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/5(日)CHANEL Pygmalion Days/毛利文香/たった1時間でも「クロイツェル」メインの重量級プログラム

2017年03月05日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
CHANEL Pygmalion Days/毛利文香

2017年3月5日(日)17:00〜 CHANEL NEXUS HALL 自由席 3列左ブロック 無料招待
ヴァイオリン:毛利文香
ピアノ:原嶋 唯
【曲目】
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 9番 イ長調 作品47「クロイツェル」
ラヴェル:ツィガーヌ
《アンコール》
 フォーレ:夢のあとに

 「CHANEL Pygmalion Days」の2017シーズンが始まっている。今年のアーティストは、ヴァイオリンの毛利文香さん、チェロの笹沼 樹さん、ソプラノの嘉目真木子さん、ピアノの務川慧悟さん、小野田有紗さんの5名。毛利さんはこれまでにもけっこう聴く機会があったが、室内楽が多く、協奏曲は一昨年2015年12月の東京交響楽団の「第九と四季」を最前列で聴いているが、リサイタルはどういうわけかタイミングが合わず聴いたことがなかった。チケットを取っていたのに行けなかったこともあるくらいである。本日は「CHANEL Pygmalion Days」の毛利さんの今期第1回であり、私も初めてリサイタルを聴くのでとても楽しみであった。

 この機会に毛利さんについて簡単に紹介しておこう。彼女は、桐朋学園大学音楽学部ソリスト・ディプロマ・コース、および洗足学園音楽大学アンサンブルアカデミーを修了しているが、大学は音大ではなく現在、慶應義塾大学文学部在学中という才媛でもある(ただし休学しているらしい)。2015年9月よりドイツの弦楽器が専門のクロンベルク・アカデミーに留学中。2015年の第54回パガニーニ国際ヴァイオリンコンクールで第2位となったが、エリザベート王妃国際音楽コンクールは第6位でちょっと惜しかった。いずれにしても素晴らしい才能の持ち主であることは間違いない。


毛利文香さん 〜CHANELのメイクはいつも女性を美しく輝かせる〜

 ピアノは原嶋 唯さん。彼女は昨年7月のヴィオラの田原綾子さんとのデュオ・リサイタルで知遇を得た。桐朋学園大学を今年卒業するとのこと。この年代の若手には世界に飛び出していって研鑽を積んだり活躍している逸材がいっぱいいる。彼女たちももちろん日本の音楽界を背負っていく人材なのである。

 さて、本日のプログラムは、ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」とラヴェルの「ツィガーヌ」の2曲。「CHANEL Pygmalion Days」はアーティストが全6回のリサイタルのプログラムを自由に組めるので、本日のプログラムには毛利さんの決意のようなものが感じられる。とくに「クロイツェル」は、ロマン派以降の超絶技巧曲などとはタイプは異なるが、ヴァイオリン・ソナタの傑作中の傑作で、私もこの曲が音楽史上の最高傑作だと信じている。要するにベートーヴェンそのもの。うっかり触ると怪我をするくらいに、抜き身のような鋭さがあり、ベートーヴェンの魂がむき出しになっているような曲なのである。だからこの曲に挑戦するということは、ベートーヴェンに対して真っ向から勝負を挑むというか、まあ戦いではないので勝負ということはないとしても、本気の度合いが計られることは確か。少なくとも、聴いている側も「クロイツェル」がちゃんと弾けるかどうかが、そのアーティストの試金石になると、捉えてしまうのである。
 そしてもう一つの問題点は、これは条件面のことだが、CHANEL NEXUS HALLの音響が味方にならないということ。このホールは音が響かず、残響がないに近い。ピアノならペダルの使い方で工夫ができるが、擦弦楽器のヴァイオリンでは、弓を止めた瞬間に音がピタッと消えてしまうのである。このようなデッドな音響空間においては、演奏家が作る音が丸裸にされて聴き手に直接届く。それがサロン・コンサートの醍醐味だという人もいるが、よほど上手くないと、あるいは集中を欠くと、アラが目立ち聴き手に心地よい音楽を届けられなくなってしまう。

 なぜ敢えてこのような厳しい言い方をしているのかというと、それ以上に毛利さんの演奏にチカラがあったからだ。
 第1楽章は序奏からヴァイオリンのピュアな音が伝わってくる。響かないというのはこういうことか、というくらいに重音の2つの音がくっきり聞こえ、そのバランスの細やかなニュアンスまで手に取るように分かる。ソナタ形式の主部に入ると立ち上がりの鋭いタッチで主題を力強く打ち出してくる。それでもアグレッシブになりすぎないところが良い。第2主題は優しく歌わせるが緊張感を保っている。続く経過句には力感が満ち、推進力がグッと増してくる。提示部をリピートして、楽曲としての造形もしっかりと構築していく。展開部はメリハリを効かせて緊張感を高く保っち、再現部は第1主題、第2主題ともきっちり丁寧に再現する。激しい曲相の経過句を過ぎて、コーダの最後は魂の叫びを叩き付けるようなフィニッシュだった。
 第2楽章は変奏曲形式の緩徐楽章。主題の提示はAndanteにしてはやや速めのテンポだろうか。抒情的な主題をゆったりと歌わせるというタイプの演奏ではなく、淡々とした造形の中によく聴くと細やかなニュアンスを忍ばせ、さりげなく彩りに深みを与えている。第1変奏はピアノがメインに活躍。第2変奏は快調なテンポに乗せてメリハリを効かせ、立ち上がりのキリッとしたボウイングで聴く者に鋭く迫ってくる。短調に転じる第3変奏は悩ましげな音楽の中に強めの主張を込め、聴く者を休ませない。第4変奏はピツィカートと弓の対比を美しい音色で描き出してくる。高音域の旋律がまさにピュアな音で繊細にして優美、それでいて緊張感の高い演奏で、絶妙の情感を描き出していた。
 第3楽章はPresto、ソナタ形式のタランテラ。細かな音形が踊るような第1主題は弓が弾むよう。細かく刻まれる速いパッセージの経過句は、低音部では激しく感情的な表現にもなり、高音域では高い緊張を生み出す。技術的にはダイナミックレンジも広く、音色の変化も多彩で、表情が目まぐるしく変わるように、感情的な表現力も幅か広い。フィニッシュは圧倒的な推進力で弾ききった。この楽章は技巧的な面に意識を取られがちだが、むしろ情感の表現の多彩さが、毛利さんのスケールの大きさを感じさせた。

 短い休憩を挟んで後半はラヴェルの「ツィガーヌ」。こちらはこちらで前半は完全に無伴奏のソロが延々と続く。この響かない環境での無伴奏というのもけっこうキツイものがありそうだが、毛利さんの演奏は幾分緊張感が薄れてきたのか、ソロ部分から楽器が豊かに鳴り出したように感じた。ロマ系の熱い血潮が騒ぐような、強い情熱を訴えかけてくる。伴奏がないだけに自由度が高く、実に伸び伸びとしたスケール感の大きな演奏になった。高度な重音奏法による表現もアグレッシブだ。ピアノが入って来ると自由度は幾分制限されるようになるが、その分だけ音楽的な厚みが増して来て、それはそれで素晴らしい。随所に散りばめられているフラジオレットや左手のピツィカートなどの技巧的な部分も見事にこなしている。ピアノの描き出す不協和音のゴツゴツした音形と、一方ではフランス音楽らしいキラキラと煌めくような色彩感が交互に現れてきて、民俗調の音階を持つヴァイオリンとの間に多彩な音楽が展開している。「ツィガーヌ」は様々な要素がふんだんに盛り込まれたかなり難易度の高い曲だとは思うが、毛利さんも原嶋さんもそれぞれの持ち味を発揮した素敵な演奏であった。

 アンコールはぐっと雰囲気を変えてフォーレの「夢のあとに」。無限の空間を彷徨うような、息の長いロマン的な旋律を、毛利さんのヴァイオリンは非常にゆったりと、情感を込めて歌わせる。ここでの音色はあくまで優しく、絹の上を滑るように滑らかで美しい。「クロイツェル」と「ツィガーヌ」という精神性の強い曲の後だけに、昂ぶった神経をやさしく癒してくれる心憎い選曲であった。


 終演後は、毛利さんとお話しすることができた(原嶋さんとも)。実はきちんとお話しするのは初めてなのだが、何度も顔を合わせているので初めてという感じがしなかった。初めてのCHANELのリサイタルなので緊張したところもあったようだが、この会場の難しさも感じ取ったことだろう。お二人とも今年が大学を卒業する年次に当たり、この後は海外と日本を行ったり来たりしながら、さらなる研鑽と演奏活動の日々となる。今年度中にあと5回のリサイタルが予定されているので、留学の成果も含めて、こういったサロン会場での表現方法なども課題として、さらなる飛躍を期待できそうである。またCHANELで聴く機会があれば良いのだが・・・・。

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