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Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

6/10(金)メトロポリタン歌劇場/高品質・至福の5時間「ドン・カルロ」は代役ヨンフン・リーにBravo!の嵐

2011年06月13日 02時22分51秒 | 劇場でオペラ鑑賞
メトロポリタン歌劇場 来日公演2011 『ドン・カルロ』
The Metropolitan Opera Japan Tour 2100 "Don Carlo"


2011年6月10日(金)18:00~ NHKホール E席 3階 C11列 35番 23,000円(会員割引)
指 揮: ファビオ・ルイジ
管弦楽: メトロポリタン歌劇場管弦楽団
合 唱: メトロポリタン歌劇場合唱団
演 出: ジョン・デクスター
美 術: デイヴィット・レッパ
衣 装: レイ・ディフェン
照 明: ギル・ウェクスラー
【出演】
ドン・カルロ: ヨンフン・リー(テノール)
エリザベッタ: マリーナ・ポプラフスカヤ(ソプラノ)
ロドリーゴ: ディミトリ・ホロストフスキー(バリトン)
フィリッポ二世: ルネ・パーペ(バス)
エボリ公女: エカテリーナ・グバノヴァ(メゾ・ソプラノ)
宗教裁判長: ステファン・コーツァン(バス)

 メトロポリタン歌劇場(MET)の来日公演レビューの第2弾は『ドン・カルロ』。考えようによっては、これほどMETに合った演目はない。物語の内容により、豪華絢爛な舞台装置と衣装が必要になり、登場人物が多く、中でも主要な6名に重要なアリアや重唱が数曲ずつあり、それぞれに力のある歌手が求められるからだ。上演時間も長く、すべてにおいて費用がかかりそう。実力のない歌劇場や団体が上演すると、とてつもなく退屈でつまらないものになってしまうのだ。
 ヴェルディの傑作オペラ『ドン・カルロ』は、改訂が繰り返されたために、フランス語5幕版(1867年3月)、イタリア語5幕版(1867年10月)、イタリア語4幕版(1884年)、イタリア語5幕版(1886年・最終稿)などがあり、現在も様々な版で上演されている。今回のMETでは1886年・最終稿の「イタリア語5幕版」である。上演時間は正味3時間45分、休憩時間を含むと5時間近くかかる大作オペラなのである。『ドン・カルロ』をこの前に観たのは、2009年9月のミラノ・スカラ座の来日公演の時で、その時はイタリア語4幕版だったが、それでも長いオペラであることは変わりなかったと記憶している。


最初のチラシから。実際に出演したのはルネ・パーペさん(中央下)とディミトリ・ホロストフスキーさん(右下)のふたりのみ

 さて今回のMETの『ドン・カルロ』も、上演に向けて色々な出来事が重なり、決して万全の態勢で上演されたとは言い難い。それにもかかわらず、開演前のピーター・ゲルブ総裁のご挨拶で、彼が自信たっぷりに新しい発見をしてほしいと語っていたように、さすがはMETだと、誰しもが納得させられ、感嘆した、実に素晴らしい上演となったことを、最初に強調しておきたい。
 問題の方はこうだ。指揮者が音楽監督のジェイムズ・レヴァインさんからファビオ・ルイジさんに代わったのは、ツアー全体のことだから『ラ・ボエーム』と同じことで、問題というよりは、むしろ良かったと取ることもできる。比較的開催間近になってから、タイトル・ロールのヨナス・カウフマンさんが、原発事故を理由にキャンセル、同時にエボリ公女役のオルガ・ボロデイナさんもキャンセルが発表された。主要6名のうち、2名が脱落。代役はヨンフン・リーさんとエカテリーナ・グバノヴァに決まったが、正直言ってかなり格下のイメージだ。そして開催の直前に、『ラ・ボエーム』に出るはずのアンナ・ネトレプコさんがドタキャンになったために、そちらの埋め合わせのためにエリザベッタ役で来日していたバルバラ・フリットリさんが急遽『ラ・ボエーム』に出ることになり、エリザベッタに代役が立てられ、マリーナ・ポプラフスカヤさんが呼ばれたというわけだ。結局3名のスターが脱落してしまったため、『ドン・カルロ』のチケットを持っていた人たちからはかなりのブーイングが出ていたようだ。私は『ドン・カルロ』はそれほど好きなオペラではないので、これだけはE席あたりでとりあえず観ておこうという気持ちでいたので、それほど大きなショックは感じなくて済んだのだが…。ところが、開けてビックリ、終わったらBravo!の嵐!! それはされは素晴らしい『ドン・カルロ』だったのである。

 さて、今回の第一の立役者は、何といってもファビオ・ルイジさんだろう。この長大なオペラを最後まで緊張感いっぱいでドラマティックな演奏に終始した。いやむしろ、熱情の迸る、燃えるような指揮だったともいえる。速めのテンポで快調に、キレ味鋭く飛ばしていくのはいつも通り。アリアや重唱などは、逆に速度を極端に落とし、歌手たち名たっぷりと歌わせるのはいかにもイタリア・オペラらしい。非常に機能性の高いオーケストラと、合唱団を見事にコントロールして、素晴らしいバランス感覚も披露した。オペラ全体が瑞々しく力感に溢れていて、だらけた箇所など微塵もない。とにかく聴いていて退屈しないどころか、ドラマに引き込んでいく力に満ちていたといっていいだろう。もちろんオーケストラも上手いことといったら。いかにもオペラ的な色彩感で、情景や心情を多彩な音色で描き出していく。単純に技術が優れているというのではなくて、やはりオペラ的な演奏が染みこんでいるようだ。オーケストラも大いに歌うのである。

 そしてメンバーが大幅に変わってしまった歌手陣。期待も半ば……だった人が多かったと思う。ところが嬉しい誤算になった。主役、ドン・カルロ役のヨンフン・リーさんがとても良いのだ。日本ではまったく無名だったと思われるから、代役が発表されたとき「誰だ、この人?」と感じた人も多かったろう。韓国出身でまだかなり若く、2007年頃からオペラ歌手としてのキャリアをスタートさせたというのだが、METをはじめ、フランクフルト歌劇場、ベルリン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、ドレス団国立歌劇場、そしてウィーン国立歌劇場など世界の主要な歌劇場にすでにデビューしているというし、来シーズンにはベルリン・ドイツ・オペラ、チューリヒ歌劇場、英国ロイヤル・オペラにも出演がきまっているという。ドン・カルロ役も得意としているらしい。METのゲルブ総裁が自信をもってスーパースターのヨナス・カウフマンさんの代わりに選んだというだけのことはある。クセのないキレイな声の持ち主だが、張りと艶があり、力強いが柔らかい感じ。声量も十分で、合唱の中からも突き抜けてくる伸びのある声だ。カウフマンさんの硬質の声よりも、イタリア・オペラには向いているかもしれない。第1幕の最初は「意外に良いぞ、この人」と思っていたらアリアを歌うたびに拍手が多くなっていき、最後のカーテン・コールでは、圧倒的に拍手とBravo!が一番多かった。今日、会場にいた人は、おそらく大部分の人が初めて彼の歌を聴いたのだと思うが、多くの人が彼の歌に魅了されたに違いない。まったく世界にはスゴイ人がまだまだいっぱいいる。スーパースターというブランドを追いかけるだけでなく、自分の目と耳で、本物を見極めなければ…などとあらためて感じさせられた。

 そのスーパースターの看板を背負っていたのは、ロドリーゴ役のディミトリ・ホロストフスキーさんとフィリッポ二世役のルネ・パーペさんだ。このふたりは5年前のMETの来日にも同行していた。そしてまた、ふたりとも歌は巧いし声が渋くて素晴らしい。演技も堂々としていて、とにかく存在感がスゴイものがある。舞台上にいるだけて、会場の視線を集めてしまう。とくにホロストフスキーさん。銀髪の貴公子とか、現代のドン・ジョヴァンニなどと呼ばれるだけあって、実にカッコイイのである。逆にパーペさんは貫禄十分、悩める国王であり父親のである苦悩を歌に乗せて見事に表現していた(画像)。
 女性陣は、エリザベッタ役のマリーナ・ポプラフスカヤさんもエボリ公女役のエカテリーナ・グバノヴァも代役で、女の争いを粛々と演じ、歌っていた。ふたりとも、やはの世界の主要劇場ですでにキャリアを積んでおり、グバノヴァさんは何度か日本にも来ている。ポプラフスカヤさんは新国立劇場の2012年4月公演『オテロ』にデズデーモナ役で出演が決まっている。ポプラフスカヤさんはルネ・フレミングさんに似ている声の持ち主で、あまりキレイな声とはいえないが(失礼)、技術・声量共に素晴らしい実力を発揮していた。エリザベッタ役のフリットリさんの代役だけに,世間の視線は冷たかったかもしれない。だが客観的に冷静に聴けば、かなりハイ・レベルの歌手であることは間違いない。
 結局、今回の『ドン・カルロ』は、スター歌手のホロストフスキーさんとハーペさんというベテランを中心に、リーさん、ポプラフスカヤさん、グバノヴァさんら若手ががんばったカタチになった。ゲルブ総裁が語ったように、終わってみれば大満足の歌手陣であった。さすがにMETは懐が深い。

 最後に演出面についても一言。舞台装置は比較的簡素にまとめているが、人物の配置などを効果的に使っていて、十分に質感の高い仕上がりになっていた。注目すべきは衣装の豪華さ。16世紀のスペインの王侯貴族の衣装デザイン(なのかどうかは知らないが)が、本格的で重厚な作りになっていて、簡素な舞台装置との対比を出している。その衣装をまとって、主役たちや合唱団の大勢が舞台上にズラリと並ぶ姿は圧巻。豪華絢爛の王朝絵巻といった風情で、「これがオペラだ!」というMETの自身が現れているような舞台だった。

 今回の『ドン・カルロ』は、音楽面(指揮、オーケストラ、歌手たち、合唱団)がとくに素晴らしく、長大なオペラを高い緊張感で一気に進行した。まったく飽きることもなく、眠くなることもなく、観る側もオペラに集中することができた。その結果、『ドン・カルロ』ってこんなに面白いオペラだったんだ…と今ごろ気づいた次第である。やはの質の高い上演にぶつかると、作品そのものへの評価や嗜好が変わるのである。
 終わってみれば午後11時。会場は拍手とBravo!が飛び交い、熱狂に包まれた。一方で、今日も入りが良くなく、3階の両サイド(Lブロック・Rブロック)にはかなり空席が目立っていたのは残念であった。もし出演者が代わったことを受けて会場に来なかった人がいたとしたら、その判断は間違いだ。また同じ理由でチケットをオークションで投げ売りしている人がいたら、それも間違い。オペラには、スター歌手を観に、聴きに行くという要素はもちろんあるが、同時に無名の人たちでも思わぬ名演に出会うこともある。おそらく、METが日本で『ドン・カルロ』を上演することは当分はない(二度とないかもしれない)。このような貴重な機会は逃さない方が良いに決まっている。

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