
ボローニャ歌劇場 来日公演2011『清教徒』
TEATRO COMUNALE di BOLOGNA/TOURNÉE in GIAPPONE 2011 "I Puritani"
2011年9月22日(水)19:00~ 東京文化会館・大ホール S席 2階 L2列 7番 37,000円
指揮: ミケーレ・マリオッティ(ボローニャ歌劇場正指揮者)
管弦楽: ボローニャ歌劇場管弦楽団
合唱: ボローニャ歌劇場合唱団
演出: ジョヴァンナ・マレスタ
照明: ダニエーレ・ナリディ
衣装・美術: ピエラッリ
【出演】
アルトゥーロ: セルソ・アルベロ(テノール)
エルヴィーラ: デジレ・ランカトーレ(ソプラノ)
リッカルド: ルカ・サルシ(バリトン)
ジョルジョ: ニコラ・ウリヴィエーリ(バス)
エンリケッタ: ジュゼッピーナ・ブリデッリ(メゾ・ソプラノ)
ヴァルトン卿: 森 雅史(バス)
ブルーノ: ガブリエーレ・マンジョーネ(テノール)
9月17日(土)に引き続いて、ボローニャ歌劇場の『清教徒』の2回目。オペラは生き物で、出演者たちも日によって出来が違ったりもするので、同じ公演といえども一度観ればすべてOKというわけにもいかない。もちろん予算との兼ね合いもあるのだが(そちらの方がよほど重要な課題だとは思うのだが)、できれば今回の『清教徒』は全公演に行きたかったくらいだった。ところが今日は大型台風が接近していて、午後からは都内も大嵐。午後3時頃に主催者に問い合わせてみたら予定通りに開演するというし、JRの電車がすべて止まってしまった午後4時過ぎに会場に問い合わせたら、やはり予定通りという。…どうやって行けばいいんだ?
というわけで、東京駅で足止めされてから上野駅にまで、実に2時間以上かけて6時30分ギリギリに会場入りしたら、開演を30分遅らせるという。やれやれ。…まったく、今回のボローニャ歌劇場は、トラブル続きで観る方も大変である。
さて、実際の公演内容は9/17と変わらないので(違った点は途中休憩が1回しかなかったことくらい)、今回は細かな気づいた点を中心にレポートしてみたい。
まず、始まる前に会場の1階の中央通路を歩いていたら、立ち止まって歓談している外国人が数人。すれ違うときにチラリと見たら、何と、ディミトラ・テオドッシュウさんとロベルト・フロンターリさんだった。テオドッシュウさんは4-5年前頃は毎年のように何度も来日していたが、最近までちょっと間があいて久しぶりという印象だ(あるいは記憶に残っていないだけかも)。2006年、ベッリーニ大劇場の来日公演で『ノルマ』を聴いた記憶がある。すぐ近くでご尊顔を拝すると、随分と貫禄がお付きになったような…。一方のフロンターリさんは、3月11日の被害日本大震災の時フィレンツェ歌劇場と共に来日していて『運命の力』の1公演にのみ出演したが、以降の公演が中止になったため、私は観ることができず終いだった。それが半年後に会場通路ですれ違うとは、不思議なものである。今日は『エルナーニ』組はお休みらしく、皆さんお揃いで観賞にいらしたようだった。そして、前の方の席にはアントニーノ・シラグーザさんの姿が見えた。彼はこの後、9/24の『清教徒』にアルトゥーロ役で1日だけ出演する。今日は演出のチェックだろうか。いずれにしても、外来オペラの公演は、世界の超一流のアーティストが隣の席に座っていたりすることもあるので、やはりS席の方が何が起こるかわからないから面白い。
今日のオーケストラの演奏は、前回とはまた少々違った味わいを聴かせていた。冒頭、Sinfonia(序曲)のホルンの音にもかなり力が入っていたし、第2幕終盤の「ラッパを吹き鳴らせ」のまったりとしたトランペットのイタリア的な味わいなど、本当にその日の気分で変わるものなのか、1度聴いただけでは評価できない不思議な面白さがある。オーケストラ全体としては、引き締まった良い演奏を聴かせていたと思うが、イタリア的な伸びやかさは、9/17の方が感じられた。指揮のミケーレ・マリオッティさんは、歌唱の部分では歌手の調子に合わせてテンポをコントロールし、オーケストラだけの部分は比較的イン・テンポでキビキビ演奏させていた。歌唱中心に考えるイタリア・オペラならではのもので、進行は飽きさせず、歌はたっぷりと、というわけである。その辺は聴衆もよく知っていて、マリオッティさんも盛大にBravo!を浴びていた。ちなみにピット内のオーケストラは、第1と第2のヴァイオリンを対向配置、第1の後ろにチェロとコクトラバスを、ホルンとトランペットは右側だった。
ベルカント時代の『清教徒』はいわば番号オペラだから、アリアや二重唱、合唱などの曲がほとんど独立している。素晴らしい歌手たちが登場するオペラでは、1曲歌われるたびに拍手が湧くという展開になる。今日がまさにそのような状態だった。
第1幕はイタリア・オペラの伝統通りに、Sinfonia(序曲)に続いて合唱から始まる。第1場のここは物語の背景を説明的に紹介する部分なので、まあ、あまり面白くはない。最初のアリアはリッカルドのカヴァティーナ「永遠にあなたを失った」だ。ルカ・サルシさんのバリトンは深みと艶っぽさを兼ね備えた嫌味のない声で、イタリア・オペラの敵役にぴったり。決して悪役ではないので、この艶っぽさが大切だ。失恋の苦悩と怒りを魂の叫びのように歌っていた。なかなか味わい深かった。
第2場ではエルヴィーラと叔父ジョルジョの二重唱から始まり、この二重唱は会話的に物語を展開させていくので、快調な流れるようなテンポで進む。父ヴァルトンに反対されていたアルトゥーロとの結婚を許されたエルヴィーラの晴れやかに変わる歌声が聴き所。テンポをぐっと落としてアクセントを付けていた。エルヴィーラのデジレ・ランカトーレさんは、いかにもイタリア娘といった伸びやかな声がとても素敵だ。イタリア語の発音は日本人には聞き取りやすい。やはりどんなにうまくても他国の歌手よりもネイティブの発音は聞きやすい。
第3場は、アルトゥーロが登場し、「愛しい人よ、愛がいつの時も」を歌う。マリオッティさんはここでぐっとテンポを落とし、セルソ・アルベロさんにゆったりと、心ゆくまで歌わせていた。アルベロさんの甘い声。張りと艶があり、控え目な芯の強さがなかなか良い。ランカトーレさんが加わり、彼女の高音域のpに乗せて、アルベロさんの歌唱はとても素晴らしい。第1幕の最高のシーンだ。拍手が長く続いた。
囚われの謎のエンリケッタ(実は王妃)をアルトゥーロが逃がそうと決意する場面は、物語的に進行してゆく。再度エルヴィーラが割り込むように、登場し歌う「私は花嫁衣装に身を包んだ愛らしい乙女」は、その場のアルトゥーロとエンリケッタの深刻な相談にそぐわない、場違いな明るい歌で、空気の読めない無邪気なエルヴィーラの役どころは、ランカトーレさんの楽しく弾むような歌声がぴったりである。半音階が上下するの装飾的な歌唱もお見事。コロラトゥーラの技巧オンパレードのこの曲は、エルヴィーラの心情をうまく表現しているが、一方で突然現れる装飾的歌唱をその場だけでも楽しめる(物語の進行とは直接的に関係しない)ところが、ベルカント時代のオペラの楽しい娯楽的な要素であり、理屈抜きで楽しむ方が良い。会場も割れんばかりの大喝采となった。Brava!!
第1幕はこの後、アルトゥーロとリッカルドの対決シーンを経て、アルトゥーロの独唱に始まるリッカルドとエンリケッタの三重唱はそれぞれの思惑を同時に歌うオペラならではの表現形式を楽しめる場面。しかもアルベロさんの超高音も楽しめた。
その後、議会派(清教徒)を裏切ったアルトゥーロへの弾劾が始まり、エルヴィーラは錯乱してしまう。第2幕の「狂乱の場」に続いていく、エルヴィーラの見せ場のひとつ。エルヴィーラの歌唱を中心に、リッカルド、ジョルジョ、合唱が加わり、それぞれの心情を吐露して行くシーンは、後のヴェルディの『椿姫』に強い影響を与えたと思われる(第2幕第2場の最終場面がおなじような雰囲気を湛えている)。第1幕のフィナーレは、大合唱の中から突き抜けてくるランカトーレさんの高音で幕。
第2幕、指揮者のマリオッティさんが登場すると盛大な拍手とBravo!が飛ぶ。台風のせいで客数はかなり少ないが、こういう日にも来る人はやはりかなりのオペラ好きなのだろう。会場のノリは良かった。
合唱がエルヴィーラを襲った苦難を説明し、ジョルジョがエルヴィーラの錯乱した様子を伝える。ジョルジョが歌う「ほどけた美しい髪を花で飾り」では、長身のルカ・サルシさんの地を這うように響くバスが、心を揺さぶる。この人の歌のなかなか素晴らしい。Bravo!!

リッカルドが登場し、議会がアルトゥーロの死刑宣告をしたと伝えると、いよいよ「狂乱の場」となる。照明の落ちた舞台の奥から、姿は見えないエルヴィーラの「ああ、私に希望を与えて下さい。さもなくば、私を死なせてください」が聞こえてくる。数あるイタリア・オペラの中でも屈指の名場面。切なくも美しい旋律のオーケストラに乗せて、「あなたの優しい声が」が歌われていく。マリオッティさんがここでもぐっとテンポを落とし、かなり遅めにランカトーレさんに1音を長~く歌わせる。彼女の力量を最大限に発揮できるように、指揮者も最大限に注力しているようだ。アリアの後半のカヴァレッタは、ランカトーレさんの歌に合わせて思いっきりテンポを揺らして、伸ばすところは徹底的に伸ばし、高音域やコロラトゥーラの技巧を余すところなく、会場に伝えていく。繰り返し後の2回目はランカトーレさんによる独自の装飾を加えたカデンツァ。その超絶技巧的な歌唱の途中、ステージ上に仰向けになったりという演技を含めながら、最後はハイDの絶叫!! 会場から爆発的な拍手とBrava!!が飛び交った。ベルカント・オペラは、こういうストーリーとも関係なく、歌手たちの技量を楽しむ場面があり、拍手の際、会場に挨拶してしまうのもランカトーレさんならではの魅力だ。オペラの1場面で、突然歌手と観客との間が共鳴する瞬間。こういうところにも、オペラの楽しさがある。
続くリッカルドとジョルジョの二重唱までの間奏ではホルンがまったりとした柔らかい響きを聴かせた。バリトンとバスの二重唱は、竜虎の対決というか、虎とライオンの戦いというか、そんな感じの迫力があった。ほとんど長調の美しい旋律なのに、どうしてこのような緊迫した場面が作れるのだろう。ベルカント・オペラの不思議なところでもある。
今日は休憩を入れずに、第3幕へ続く。逃がした王妃を無事送り届けて、逃げ戻ってきたアルトゥーロの独白「祖国を失ったさすらい人」は、敵方にも味方にも追われながらもエルヴィーラのもとに戻ってきた心情を歌う。アルベロさんの甘い声による苦悩の表現が、切なげで素敵だ。高音域も無理なく出ていた。
やがてエルヴィーラと再会を果たし、躍動する音楽に乗せて二重唱となる。アルトゥーロが王妃を逃がした事情を説明すると、互いの愛を確認し合った二人の歌は、熱い喜びな満ちた感情の爆発する音楽であり、ソプラノもテノールも高音連発の見せ場だ。二人が抱き合ったまま、拍手が長く、かなり長く続いた。Bravi!! やはり会場にむかってニッコリ、小さく投げキッスをしてしまうランカトーレさんの仕草がチャーミングだ。
清教徒たちの軍隊とリッカルド、ジョルジョが登場し、アルトゥーロは捉えられ、死刑を宣告される。それを聞いてエルヴィーラは再び混乱に陥る。このシーンのアルトゥーロの歌も非常に美しい旋律であり、ハイDを含む聴かせ所だ。
そこに伝令が知らせを届けてくる。スチュアート家は瓦解し、罪人たちには恩赦が与えられた、と。急転直下、清教徒たちの議糧派が勝ち、恩赦によってアルトゥーロは許される。めでたし、めでたし。この最終場面は唐突で、よく聴いていないと何故ハッピーエンドになるのかよくわからないうちに終わってしまう。もともと世界史には弱い方なので、いわゆる清教徒革命というものをよく理解していないものだから、ストーリーの背景が今ひとつわからず…。と言いつつも、前知識なしでも楽しめてしまうのが、ベルカント・オペラの良いところで、今日などは、最後の場面でアルベロさんの超高音(ハイF(?))が飛び出し、終わってみれば会場は割れんばかりの大歓声に包まれていた。
結局、今回のボローニャ歌劇場の来日公演では、『清教徒』を2回観た。2度目になると、見る側にも余裕が出てきて、けっこう隅々まで見えるようになる。別に高いお金を払ってアラを探しに行っているわけではないので、細かいことには目をつぶることにしよう。
演出について一言付け加えておく。明るい色調の音楽と演奏に対して、舞台装置は光量わ抑えたブルーを基調としたもので、細部に至るまでの造作は非常に丁寧にできている。最近の一般的な演出に多いパターンだが、「シンプルな舞台装置+凝った衣装」の典型的なものだ。舞台装置は非常にシンプルだが、デザインや製作のクオリティは極めて高く、世界の一流舞台であることを認識させられた。装置は抽象的(というよりは象徴的)だが、衣装は比較的リアルに清教徒革命の時代風にデザインされている。(と思われる。世界史に弱いので正しいところは不明)。こちらもクオリティは高い。従って、照明も含めて、美術系は非常に美しい舞台だったといえる。
一方、舞台演出としては、人物の動きは少なめで、1曲ごとに決められた位置で歌手が歌うといった印象。集団(合唱団)の動きも機械的で、ドラマティックではない。うごきの少ない人物が、ステージ上に出たり入ったりして歌を歌うので、舞台装置と衣装を取り去ってしまうと、セミ・コンサート形式のようだ。とくにアルトゥーロとエルヴィーラは歌が難しいだけに、技巧や高音に集中しているためか、さらに動きが少ない。もっとも、だからこそ素晴らしい歌唱が聴けるわけであり、これはこれで良いのかな、とも思う。演出についてはオーソドツクス過ぎるとも思えるし、意見の分かれるところだろう。
今日の公演は、開始時刻(午後7時)には、上野の東京文化会館の前も台風による暴風雨が吹き荒れていたが、第1幕が終わった頃には雨も止み、終演時(午後10時30分頃)には空は晴れて、風もほとんど収まっていた。台風の影響でほとんど電車は止まっていたので、来られなかった方も多かったと思う。私も諦めて早めに帰宅しようとしたのだが、電車がすべて止まってしまい帰れなくなったので、台風が通過してしまうまで待つしかないのだから、何とか上野までたどり着いて、オペラを観ながら天候の回復を待つことにしたのである。…その作戦は、成功したとはいえず、結局自宅に戻れたのは午前2時。『清教徒』をもう1回観るくらい時間がかかった次第である。楽しみだったオペラを台風なんかに邪魔されて、始まる前は不機嫌の極みだったのに、2度目の『清教徒』を思いっきり堪能してしまい、終わったときはニコニコだった。帰宅するのはいささか(というよりはかなり)疲れたが、翌日になれば、笑って話せる楽しい出来事になってしまっているから、単純なものだ。
← 読み終わりましたら、クリックお願いします。
TEATRO COMUNALE di BOLOGNA/TOURNÉE in GIAPPONE 2011 "I Puritani"
2011年9月22日(水)19:00~ 東京文化会館・大ホール S席 2階 L2列 7番 37,000円
指揮: ミケーレ・マリオッティ(ボローニャ歌劇場正指揮者)
管弦楽: ボローニャ歌劇場管弦楽団
合唱: ボローニャ歌劇場合唱団
演出: ジョヴァンナ・マレスタ
照明: ダニエーレ・ナリディ
衣装・美術: ピエラッリ
【出演】
アルトゥーロ: セルソ・アルベロ(テノール)
エルヴィーラ: デジレ・ランカトーレ(ソプラノ)
リッカルド: ルカ・サルシ(バリトン)
ジョルジョ: ニコラ・ウリヴィエーリ(バス)
エンリケッタ: ジュゼッピーナ・ブリデッリ(メゾ・ソプラノ)
ヴァルトン卿: 森 雅史(バス)
ブルーノ: ガブリエーレ・マンジョーネ(テノール)
9月17日(土)に引き続いて、ボローニャ歌劇場の『清教徒』の2回目。オペラは生き物で、出演者たちも日によって出来が違ったりもするので、同じ公演といえども一度観ればすべてOKというわけにもいかない。もちろん予算との兼ね合いもあるのだが(そちらの方がよほど重要な課題だとは思うのだが)、できれば今回の『清教徒』は全公演に行きたかったくらいだった。ところが今日は大型台風が接近していて、午後からは都内も大嵐。午後3時頃に主催者に問い合わせてみたら予定通りに開演するというし、JRの電車がすべて止まってしまった午後4時過ぎに会場に問い合わせたら、やはり予定通りという。…どうやって行けばいいんだ?
というわけで、東京駅で足止めされてから上野駅にまで、実に2時間以上かけて6時30分ギリギリに会場入りしたら、開演を30分遅らせるという。やれやれ。…まったく、今回のボローニャ歌劇場は、トラブル続きで観る方も大変である。
さて、実際の公演内容は9/17と変わらないので(違った点は途中休憩が1回しかなかったことくらい)、今回は細かな気づいた点を中心にレポートしてみたい。
まず、始まる前に会場の1階の中央通路を歩いていたら、立ち止まって歓談している外国人が数人。すれ違うときにチラリと見たら、何と、ディミトラ・テオドッシュウさんとロベルト・フロンターリさんだった。テオドッシュウさんは4-5年前頃は毎年のように何度も来日していたが、最近までちょっと間があいて久しぶりという印象だ(あるいは記憶に残っていないだけかも)。2006年、ベッリーニ大劇場の来日公演で『ノルマ』を聴いた記憶がある。すぐ近くでご尊顔を拝すると、随分と貫禄がお付きになったような…。一方のフロンターリさんは、3月11日の被害日本大震災の時フィレンツェ歌劇場と共に来日していて『運命の力』の1公演にのみ出演したが、以降の公演が中止になったため、私は観ることができず終いだった。それが半年後に会場通路ですれ違うとは、不思議なものである。今日は『エルナーニ』組はお休みらしく、皆さんお揃いで観賞にいらしたようだった。そして、前の方の席にはアントニーノ・シラグーザさんの姿が見えた。彼はこの後、9/24の『清教徒』にアルトゥーロ役で1日だけ出演する。今日は演出のチェックだろうか。いずれにしても、外来オペラの公演は、世界の超一流のアーティストが隣の席に座っていたりすることもあるので、やはりS席の方が何が起こるかわからないから面白い。
今日のオーケストラの演奏は、前回とはまた少々違った味わいを聴かせていた。冒頭、Sinfonia(序曲)のホルンの音にもかなり力が入っていたし、第2幕終盤の「ラッパを吹き鳴らせ」のまったりとしたトランペットのイタリア的な味わいなど、本当にその日の気分で変わるものなのか、1度聴いただけでは評価できない不思議な面白さがある。オーケストラ全体としては、引き締まった良い演奏を聴かせていたと思うが、イタリア的な伸びやかさは、9/17の方が感じられた。指揮のミケーレ・マリオッティさんは、歌唱の部分では歌手の調子に合わせてテンポをコントロールし、オーケストラだけの部分は比較的イン・テンポでキビキビ演奏させていた。歌唱中心に考えるイタリア・オペラならではのもので、進行は飽きさせず、歌はたっぷりと、というわけである。その辺は聴衆もよく知っていて、マリオッティさんも盛大にBravo!を浴びていた。ちなみにピット内のオーケストラは、第1と第2のヴァイオリンを対向配置、第1の後ろにチェロとコクトラバスを、ホルンとトランペットは右側だった。
ベルカント時代の『清教徒』はいわば番号オペラだから、アリアや二重唱、合唱などの曲がほとんど独立している。素晴らしい歌手たちが登場するオペラでは、1曲歌われるたびに拍手が湧くという展開になる。今日がまさにそのような状態だった。
第1幕はイタリア・オペラの伝統通りに、Sinfonia(序曲)に続いて合唱から始まる。第1場のここは物語の背景を説明的に紹介する部分なので、まあ、あまり面白くはない。最初のアリアはリッカルドのカヴァティーナ「永遠にあなたを失った」だ。ルカ・サルシさんのバリトンは深みと艶っぽさを兼ね備えた嫌味のない声で、イタリア・オペラの敵役にぴったり。決して悪役ではないので、この艶っぽさが大切だ。失恋の苦悩と怒りを魂の叫びのように歌っていた。なかなか味わい深かった。
第2場ではエルヴィーラと叔父ジョルジョの二重唱から始まり、この二重唱は会話的に物語を展開させていくので、快調な流れるようなテンポで進む。父ヴァルトンに反対されていたアルトゥーロとの結婚を許されたエルヴィーラの晴れやかに変わる歌声が聴き所。テンポをぐっと落としてアクセントを付けていた。エルヴィーラのデジレ・ランカトーレさんは、いかにもイタリア娘といった伸びやかな声がとても素敵だ。イタリア語の発音は日本人には聞き取りやすい。やはりどんなにうまくても他国の歌手よりもネイティブの発音は聞きやすい。
第3場は、アルトゥーロが登場し、「愛しい人よ、愛がいつの時も」を歌う。マリオッティさんはここでぐっとテンポを落とし、セルソ・アルベロさんにゆったりと、心ゆくまで歌わせていた。アルベロさんの甘い声。張りと艶があり、控え目な芯の強さがなかなか良い。ランカトーレさんが加わり、彼女の高音域のpに乗せて、アルベロさんの歌唱はとても素晴らしい。第1幕の最高のシーンだ。拍手が長く続いた。
囚われの謎のエンリケッタ(実は王妃)をアルトゥーロが逃がそうと決意する場面は、物語的に進行してゆく。再度エルヴィーラが割り込むように、登場し歌う「私は花嫁衣装に身を包んだ愛らしい乙女」は、その場のアルトゥーロとエンリケッタの深刻な相談にそぐわない、場違いな明るい歌で、空気の読めない無邪気なエルヴィーラの役どころは、ランカトーレさんの楽しく弾むような歌声がぴったりである。半音階が上下するの装飾的な歌唱もお見事。コロラトゥーラの技巧オンパレードのこの曲は、エルヴィーラの心情をうまく表現しているが、一方で突然現れる装飾的歌唱をその場だけでも楽しめる(物語の進行とは直接的に関係しない)ところが、ベルカント時代のオペラの楽しい娯楽的な要素であり、理屈抜きで楽しむ方が良い。会場も割れんばかりの大喝采となった。Brava!!
第1幕はこの後、アルトゥーロとリッカルドの対決シーンを経て、アルトゥーロの独唱に始まるリッカルドとエンリケッタの三重唱はそれぞれの思惑を同時に歌うオペラならではの表現形式を楽しめる場面。しかもアルベロさんの超高音も楽しめた。
その後、議会派(清教徒)を裏切ったアルトゥーロへの弾劾が始まり、エルヴィーラは錯乱してしまう。第2幕の「狂乱の場」に続いていく、エルヴィーラの見せ場のひとつ。エルヴィーラの歌唱を中心に、リッカルド、ジョルジョ、合唱が加わり、それぞれの心情を吐露して行くシーンは、後のヴェルディの『椿姫』に強い影響を与えたと思われる(第2幕第2場の最終場面がおなじような雰囲気を湛えている)。第1幕のフィナーレは、大合唱の中から突き抜けてくるランカトーレさんの高音で幕。
第2幕、指揮者のマリオッティさんが登場すると盛大な拍手とBravo!が飛ぶ。台風のせいで客数はかなり少ないが、こういう日にも来る人はやはりかなりのオペラ好きなのだろう。会場のノリは良かった。
合唱がエルヴィーラを襲った苦難を説明し、ジョルジョがエルヴィーラの錯乱した様子を伝える。ジョルジョが歌う「ほどけた美しい髪を花で飾り」では、長身のルカ・サルシさんの地を這うように響くバスが、心を揺さぶる。この人の歌のなかなか素晴らしい。Bravo!!

リッカルドが登場し、議会がアルトゥーロの死刑宣告をしたと伝えると、いよいよ「狂乱の場」となる。照明の落ちた舞台の奥から、姿は見えないエルヴィーラの「ああ、私に希望を与えて下さい。さもなくば、私を死なせてください」が聞こえてくる。数あるイタリア・オペラの中でも屈指の名場面。切なくも美しい旋律のオーケストラに乗せて、「あなたの優しい声が」が歌われていく。マリオッティさんがここでもぐっとテンポを落とし、かなり遅めにランカトーレさんに1音を長~く歌わせる。彼女の力量を最大限に発揮できるように、指揮者も最大限に注力しているようだ。アリアの後半のカヴァレッタは、ランカトーレさんの歌に合わせて思いっきりテンポを揺らして、伸ばすところは徹底的に伸ばし、高音域やコロラトゥーラの技巧を余すところなく、会場に伝えていく。繰り返し後の2回目はランカトーレさんによる独自の装飾を加えたカデンツァ。その超絶技巧的な歌唱の途中、ステージ上に仰向けになったりという演技を含めながら、最後はハイDの絶叫!! 会場から爆発的な拍手とBrava!!が飛び交った。ベルカント・オペラは、こういうストーリーとも関係なく、歌手たちの技量を楽しむ場面があり、拍手の際、会場に挨拶してしまうのもランカトーレさんならではの魅力だ。オペラの1場面で、突然歌手と観客との間が共鳴する瞬間。こういうところにも、オペラの楽しさがある。
続くリッカルドとジョルジョの二重唱までの間奏ではホルンがまったりとした柔らかい響きを聴かせた。バリトンとバスの二重唱は、竜虎の対決というか、虎とライオンの戦いというか、そんな感じの迫力があった。ほとんど長調の美しい旋律なのに、どうしてこのような緊迫した場面が作れるのだろう。ベルカント・オペラの不思議なところでもある。
今日は休憩を入れずに、第3幕へ続く。逃がした王妃を無事送り届けて、逃げ戻ってきたアルトゥーロの独白「祖国を失ったさすらい人」は、敵方にも味方にも追われながらもエルヴィーラのもとに戻ってきた心情を歌う。アルベロさんの甘い声による苦悩の表現が、切なげで素敵だ。高音域も無理なく出ていた。
やがてエルヴィーラと再会を果たし、躍動する音楽に乗せて二重唱となる。アルトゥーロが王妃を逃がした事情を説明すると、互いの愛を確認し合った二人の歌は、熱い喜びな満ちた感情の爆発する音楽であり、ソプラノもテノールも高音連発の見せ場だ。二人が抱き合ったまま、拍手が長く、かなり長く続いた。Bravi!! やはり会場にむかってニッコリ、小さく投げキッスをしてしまうランカトーレさんの仕草がチャーミングだ。
清教徒たちの軍隊とリッカルド、ジョルジョが登場し、アルトゥーロは捉えられ、死刑を宣告される。それを聞いてエルヴィーラは再び混乱に陥る。このシーンのアルトゥーロの歌も非常に美しい旋律であり、ハイDを含む聴かせ所だ。
そこに伝令が知らせを届けてくる。スチュアート家は瓦解し、罪人たちには恩赦が与えられた、と。急転直下、清教徒たちの議糧派が勝ち、恩赦によってアルトゥーロは許される。めでたし、めでたし。この最終場面は唐突で、よく聴いていないと何故ハッピーエンドになるのかよくわからないうちに終わってしまう。もともと世界史には弱い方なので、いわゆる清教徒革命というものをよく理解していないものだから、ストーリーの背景が今ひとつわからず…。と言いつつも、前知識なしでも楽しめてしまうのが、ベルカント・オペラの良いところで、今日などは、最後の場面でアルベロさんの超高音(ハイF(?))が飛び出し、終わってみれば会場は割れんばかりの大歓声に包まれていた。
結局、今回のボローニャ歌劇場の来日公演では、『清教徒』を2回観た。2度目になると、見る側にも余裕が出てきて、けっこう隅々まで見えるようになる。別に高いお金を払ってアラを探しに行っているわけではないので、細かいことには目をつぶることにしよう。
演出について一言付け加えておく。明るい色調の音楽と演奏に対して、舞台装置は光量わ抑えたブルーを基調としたもので、細部に至るまでの造作は非常に丁寧にできている。最近の一般的な演出に多いパターンだが、「シンプルな舞台装置+凝った衣装」の典型的なものだ。舞台装置は非常にシンプルだが、デザインや製作のクオリティは極めて高く、世界の一流舞台であることを認識させられた。装置は抽象的(というよりは象徴的)だが、衣装は比較的リアルに清教徒革命の時代風にデザインされている。(と思われる。世界史に弱いので正しいところは不明)。こちらもクオリティは高い。従って、照明も含めて、美術系は非常に美しい舞台だったといえる。
一方、舞台演出としては、人物の動きは少なめで、1曲ごとに決められた位置で歌手が歌うといった印象。集団(合唱団)の動きも機械的で、ドラマティックではない。うごきの少ない人物が、ステージ上に出たり入ったりして歌を歌うので、舞台装置と衣装を取り去ってしまうと、セミ・コンサート形式のようだ。とくにアルトゥーロとエルヴィーラは歌が難しいだけに、技巧や高音に集中しているためか、さらに動きが少ない。もっとも、だからこそ素晴らしい歌唱が聴けるわけであり、これはこれで良いのかな、とも思う。演出についてはオーソドツクス過ぎるとも思えるし、意見の分かれるところだろう。
今日の公演は、開始時刻(午後7時)には、上野の東京文化会館の前も台風による暴風雨が吹き荒れていたが、第1幕が終わった頃には雨も止み、終演時(午後10時30分頃)には空は晴れて、風もほとんど収まっていた。台風の影響でほとんど電車は止まっていたので、来られなかった方も多かったと思う。私も諦めて早めに帰宅しようとしたのだが、電車がすべて止まってしまい帰れなくなったので、台風が通過してしまうまで待つしかないのだから、何とか上野までたどり着いて、オペラを観ながら天候の回復を待つことにしたのである。…その作戦は、成功したとはいえず、結局自宅に戻れたのは午前2時。『清教徒』をもう1回観るくらい時間がかかった次第である。楽しみだったオペラを台風なんかに邪魔されて、始まる前は不機嫌の極みだったのに、2度目の『清教徒』を思いっきり堪能してしまい、終わったときはニコニコだった。帰宅するのはいささか(というよりはかなり)疲れたが、翌日になれば、笑って話せる楽しい出来事になってしまっているから、単純なものだ。
