「俺、添水《そうず》のある日本庭園とか錦鯉のいる池とか、本条さんのところではじめて見たよ」 あ、現代日本の個人宅の話だけどな――アルカードが思い出した様にそう付け加える。
「そうず?」 パオラが尋ね返すとアルカードはちょっと考え込んで、
「ん……支点をつけた竹筒に水を入れて、一定量溜まるとそっちが下がって水が空になって元に戻る。そのときに竹筒が石を叩いて音を出す――シシオドシって言ってもわからない . . . 本文を読む
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「――理不尽だ」 パイン材のベンチで足を組み、片肘をテーブルに突いた行儀悪い姿勢でアルカードがぼやく。彼はテーブルの上に鎮座ましましている、取っ手つきの鋳鉄の花瓶――ナンブテッキとかいうらしいが――にジト目を向け、
「俺がそれはもうあからさまな悪意持って明らかに入浴中なのが丸わかりな状況で全裸で風呂場に突撃してふたりに襲いかかったとかならともかく、あれは俺のせいじゃないだろう」
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目次ページ的なものを作ってみました。
このブログにアップしている小説は、作品そのものをカテゴリーにして管理しています。
でもそれだと章別に頭出しが出来ないので、各話のトップページへのリンクをまとめてみました。新規の方には少し使いやすくなるのではないかと期待。
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視界の外から斬りつけてきた歩兵ふたりの攻撃を、ヴィルトールが一歩下がって躱す――ふたりとも声を立てずに徒歩で接近していたのだが、素振りを見せないだけで気づいていたらしい。右側から斬りつけてきた騎兵の足を軽く払って体勢を崩し、同時に保持した剣の手元を押して軌道を変える――体勢を崩して前方につんのめった歩兵の保持した剣の鋒が左手から斬りかかってきていた歩兵の剣の物撃ちに衝突し、そのまま鎬の上を滑る様 . . . 本文を読む
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地響きを立てて、球節を蹴り砕かれた騎馬が崩れ落ちた――騎兵のあげた短い悲鳴が頸椎の折れる音とともに唐突に途切れ、代わりに激痛に悶絶する騎馬の悲痛な嘶きだけが耳に届く。
バイェーズィートは小さく舌打ちを漏らし、腰元から引き抜いた懐剣をヴィルトールの背中めがけて突き出した――ヴィルトールの甲冑は全身装甲とはいえ、おそらく格闘戦の際の動きやすさを優先してかなりの軽装だ。脚の動きを妨 . . . 本文を読む
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ざく、と音を立てて、蹴り飛ばした長剣がバイェーズィートの背後の地面に突き刺さる。
足元で跪いたバイェーズィートに視線を向けて、ヴィルトールは口元をゆがめて笑い――左足を軸にして半回転転身して、背後から突き込まれてきた騎兵の槍の穂先を手の甲で払いのけた。
死角からの攻撃をあっさりいなされて、槍を突き出してきた騎兵が表情を驚愕にゆがめる。ヴィルトールはそれを無視し、近接距離から . . . 本文を読む
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「そう、ですね――仲良く出来ればいいんですけど」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん可愛いし、にこにこ笑ってればいいと思う」
凛がこちらの背中に回した手を肌の上でそっと滑らせる。少しくすぐったく感じて、フィオレンティーナは凛の両肩に手をかけて彼女の体を引き離そうとした。
凛が離れようとする気配が無いので、フィオレンティーナは彼女の名前を呼んだ。
「凛ちゃん?」 名前を呼ばれても返事はし . . . 本文を読む
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少し離れたところに背中合わせに設置された筺体の前で、ふたりの少年が画面を眺めている――筺体の前に置かれた椅子に腰かけた少年のプレイを、後ろで眺めているのだろう。勝負の相手はコンピューターではなく反対側にいる対戦相手らしく、ふたりの少年たちはしきりにアドバイスや歓声を飛ばしている。
おそらく照明を考え無しにつけると、ビデオゲームの画面に映り込んでプレイの障害になるからだろう―― . . . 本文を読む
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「――はい、お湯をかけますよ」
レバー式の蛇口を動かして、シャワーヘッドから噴き出してきた液体に手を翳す――大体ちょうどいい温度になったところで、フィオレンティーナは浴用椅子に腰を下ろした凛の頭にお湯をかけ始めた。
それにしても変わった造りではある――アルカードによるとニセタイジュウタクというらしいが、ひとつの住宅の中に浴室やキッチンがふたつあるのだ。
ニセタイジュウタクと . . . 本文を読む
ヴィルトール・ドラゴスが実際に戦争してた頃の時代背景、きっとわかりにくいだろうなと思ったので、ちょっとまとめてみました。
といっても、これ自サイトに載せたものを再編集したものですが。先日の『現在公開可能な情報』、挿入箇所が多すぎてネタが尽きて断念しました。
のちにワラキア公となるヴラド三世は1431年(1430年説も)11月10日、トランシルヴァニア地方のシギショアラでヴラドレシュティ家の . . . 本文を読む
鋼の砕片が飛び散り、こめかみをかすめて小さな痛みが走る――飛散した破片が眼に入らずに済んだのは僥倖だった。
上体をのけぞらせていたために、大戦斧の斬撃を受けずにはすんだ――が、その点に関しては果たして僥倖だったのか否か疑問をいだかざるを得ない。
この一年半の間ともに戦場を駆けてきた牝馬の体が、ぐらりと傾いだ――馬の首から上が無くなり、折れた枝の様な荒い切断面から大量の血があふれ出している。
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「お祖父さんは、どちらに?」 興味本位で尋ねてみるとアルカードは肩をすくめ、
「静岡だ。イノブタの繁殖から飼育まで手掛ける農場と、あと猪や鹿をターゲットにした狩猟もやる。恭介君は仕事で名古屋のほうに行ってたから、途中で拾って帰ってきたんだろう」 ということは、まだ仕事は終わってないんだな――アルカードがそんな言葉を口にする。
どういう意味なのかと尋ねるより早くあらためて玄関のチャイムが鳴らされ、 . . . 本文を読む
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兄姉ふたりを殺した――アルカードが口にした言葉を聞いて、リディアが息を飲む。アルカードは気にせずに、足元にじゃれついてきたソバを抱き上げた。
「十五世紀に現ルーマニア南部のワラキア公国と、オスマン帝国の戦争があったことは知ってるだろう?」
「ええ。歴史の知識としてなら、ですけど」
リディアがうなずいたので、アルカードは続けた。
「まあ、聖堂騎士団関係者なら当然知ってるだろう。 . . . 本文を読む
俺が殺した――アルカードが口にしたその言葉に、リディアは息を飲んだ。アルカードはこちらに視線を向けないまま、
「喰屍鬼《グール》になった妹と、噛まれ者《ヴェドゴニヤ》になった父親を、な――彼女の生家が八年前に襲撃されたとき、俺もその場にいたんだ」
そう言ってから、アルカードは自分の様子がおかしいのに気づいてか心配そうに鳴き声をあげるテンプラの体を抱き寄せ、
「あの子もそれを知ってる。彼女が俺を . . . 本文を読む
「落ちつけ、敵は一騎だぞ! さっさと仕留めて――」 隊列の端のほうにいたために被害を免れたものらしい口髭を蓄えた兵士が、混乱に陥った仲間に向かって檄を飛ばす。言っていることは正しいのだが、自分が実際に発砲出来ていない状況では説得力が無い。
なにより――自分たちがなにをされたのかは理解出来なくても、あの攻撃に対して自分たちがあまりにも無防備であることは理解出来ているだろう。
彼らの装備している火 . . . 本文を読む