俺が殺した――アルカードが口にしたその言葉に、リディアは息を飲んだ。アルカードはこちらに視線を向けないまま、
「喰屍鬼 になった妹と、噛まれ者 になった父親を、な――彼女の生家が八年前に襲撃されたとき、俺もその場にいたんだ」
そう言ってから、アルカードは自分の様子がおかしいのに気づいてか心配そうに鳴き声をあげるテンプラの体を抱き寄せ、
「あの子もそれを知ってる。彼女が俺を恨む動機があるのはわかるだろ――易々と殺されてやるつもりは無いが、それでも彼女が俺を憎むことを咎められる筋でもない。だから彼女が俺を殺すと決めたなら、正面から相手をしてやるさ――あの子にもそう言った。だったらせめて、嫌ってるままにしといてやったほうが躊躇い無く殺れるだろ? 好感なり友情なり、変に情を移して躊躇うよりもそっちのほうがましだろうさ――普段から嫌ってる相手を親の敵として殺すなら、あとあと変なふうに気を病むことも無いだろうし」
それを聞いて、リディアは拳をきゅっと握りしめた。
一瞬躊躇ってから、意を決して彼の名を口にする。
「アルカード――もしもよかったら、貴方が吸血鬼になった経緯を聞かせてくれませんか?」
アルカードはそれを聞いて再びリディアに視線を向け、
「聞きたいんなら話すけど、聞いて面白いもんでもないぜ――それでもいいか?」
「ええ、ぜひ」 アルカードはその言葉にテンプラを足元に下ろして、少しだけ居住まいを正した。リディアがずっと立っているのを気詰まりに感じたのか適当に座る様に手で促し――ほかに椅子は無かったのでリディアがベッドの上に腰を下ろすと、
「といっても、なにを話したもんかな――俺がもともと父の養子だって話はしたよな」
「はい」 リディアがうなずくと、アルカードは床の上でころんとお腹を見せているウドンの顎をくすぐりながら、
「前にも言ったが、俺は養父の家に母親ともども引き取られて育った――と言っても、俺が生まれる前の話だそうだが。俺は連れ帰られたんじゃなく、屋敷で生まれたらしい。まあそういう話は聞いたことが無いし、母親が養父に手をつけられて子を産んだわけじゃなく、もともと身籠っていた身寄りの無い女を拾って連れ帰ったというのが正しいところなんだろうな」
いささか品を欠く表現ではあったが、アルカードは顔を顰めるリディアにはかまわずに先を続けてきた。
「まあそんなわけで、俺は養父の屋敷で生まれ育った――母親の身分は使用人だったが、俺は彼の実子と同じ教育を受けて育った。彼の実子は三人――そのうちのふたりは、俺が殺した」
*
巨漢の騎兵がかぶった冑から切断された角状の突起が二本、きりきりと回転しながらすっ飛んでいく。一撃で仕留められなかったことに小さく舌打ちを漏らして、ヴィルトールはそのまま巨漢の騎兵の脇を駆け抜けた。
ストラップに引っかかって頭に残った冑の残骸を左手で剥ぎ取って投げ棄て、ヴィルトールはそのまま巨漢の騎兵にはかまわずに馬を加速させた――とりあえずあの騎兵のことはどうでもいい。
あの男が敵部隊の要であることは間違い無いが、さしあたっては先に叩かなければならない連中がいる――長弓を装備した騎兵部隊だ。正確に言うと、叩く必要は無い――本隊は敵の騎兵部隊と戦闘に突入しており、長弓部隊がそこに斉射を浴びせかけ始めている。
無論そのこと自体は織り込み済みだ――味方の部隊にはなるべく敵兵と入り乱れることで射撃を躊躇させる様指示してある。ここはワラキアの奥深く、オスマン帝国軍にとっては最前線だ。敵軍としても、ここでいたずらに味方を減らして公国軍残党の襲撃に対応する戦力を減らす愚は犯したくないだろう。
「Woaaaaaa――raaaaaaaa !」 ヴィルトールはそのまま愛馬を駆けさせ、喊声をあげながら弓兵部隊に向かって突っ込んだ――彼の喊声に気づいて、イェニチェリの弓兵たちがこちらに鏃を向ける。
だがそのときには、もう終わっている――弓兵たちがこちらに馬ごと向き直った直後、それまで近くの森に身を潜めていた別動隊の騎兵六十騎が音を殺して駆け出した。
ルステム・スィナンのいる場所からなら気づかれるだろうが、別にどうでもいい――どうせ間に合わない。
弓兵部隊の背後から駆けていく騎兵たちが、紐の一端をくくりつけた壺の様なものを振り回している――ヴィルトールが持っていたのと同じものだ。
まだ気づいていない連中が、こちらに向けて次々と箭を放ってくる――ちょうど後方にあの巨漢がいるからだろうか、巻き添えを恐れてか弓の引きがいささか弱く、半分くらいはヴィルトールに届く前に失速して墜落した。
残る半分のうち自分に飛んできそうなものを叩き墜としながら、ヴィルトールはゆっくりと笑った――乾いた音とともに壺が次々と砕け散り、馬首を返す別動隊の騎兵たちの殿を務める壮年の男が、炎をあげる布を括りつけた箭を放った。
箭には革袋が括りつけられており、燃料用の油が入っている――重いため長距離は飛ばないが、それもどうでもいい。
壺が後頭部を直撃し、石炭と小麦粉の混じった粉を吸い込んで咳き込んでいた騎兵の馬の尻にでも矢が刺さったのだろうか、馬の尻が炎に包まれる――革袋からこぼれた油に引火したのだ。それが今度は石炭と小麦の粉に引火して、周囲を炎に包み込む。
尻尾に火がついたことに気づいた騎馬が、悲鳴じみたいななきをあげながら前脚を跳ね上げた――背中に乗っていた騎兵が振り落とされ、恐慌状態の伝播した別の馬に軽装甲冑の上から胸郭を踏み潰されて絶息する。
同時に、森の縁から次々と飛来した火箭が、長弓騎兵の背中に次々と降り注いだ――あらかじめ森の中に伏せていた、七十人そこそこの弓兵だ。所々に木の葉を貼りつけた緑色の布をかぶって伏せていたから、ちょっと視線を向けただけでは到底気づかなかっただろう――普段ならあっという間に踏み潰されてしまう様な兵力だろうが、弓兵たちが炎に包まれ馬が恐慌状態になっている今なら話は別だ。
森には彼の指揮下でも腕の立つ弓兵ばかりを集めてある。命中率はあまり気にせず、兵の数を多く見せるために常に位置を変えながら、とにかく多くの箭を射込む様に指示してあった。
鬨の喊声 とともに、後背から弓兵の一角が崩れる。粉塵爆発に巻き込まれるのを避けるためにいったん離れていた別動隊が、再び取って返して弓兵部隊に切り込んだのだ。
とりあえず向こうはそれでいい――ヴィルトールは舌打ちを漏らして、手にした長剣を片手で水平に薙ぎ払った。横合いから突っ込んできた騎兵が、突き込んできた突撃鎗の穂先を薙ぎ払われて小さく毒づく。
「おおっ!」 喊声をあげて、別の騎兵が横から突っ込んでくる。一騎討ちかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
まあ、立て続けに兵をけしかけて疲れを誘うのは悪い戦術ではない――相手が悪いが。
こぉん、という音とともにヴィルトールの振るった騎兵用の長剣と騎兵の突撃鎗の穂先が衝突し――火花とともに半ばから斬り飛ばされた穂先を目にして、騎兵の気配が驚愕にゆがむ。頭上で旋廻させた長剣を、ヴィルトールは続けて騎兵の肩口に振り下ろした。
一撃のもとに肩を叩き割られ、肺を引き裂かれて、騎兵の口から水音の混じった悲鳴がほとばしる――次の瞬間叩き込んだ追撃は、騎兵の胴体を馬の首ごと上下に切断した。
続いて今度は先ほど最初に突っ込んできた騎兵が体勢を立て直し、手にした鎗を突き込んでくる。その穂先を袈裟がけの撃ち下ろしで叩き墜とし、そのまま反動で浮いた剣の鋒で騎兵の纏った軽装甲冑をぶち抜いた。
「おおお――っ!」 喊声をとともに、今度は背後から薙刀に似た湾曲した巨大な刃を備えた武器を手にした騎兵が斬り込んでくる。
「おぁっ!」 咆哮とともに振り下ろされてきた薙刀を、ヴィルトールは曲刀の一撃で迎え撃った。
水平に薙ぎ払われた一撃を受け止め、真直の撃ち下ろしを受け流し、槍の様な鋭い刺突を弾き返す。
どうやら先ほどまで相手をしていた鎗持ちの騎兵ふたりに比べると、かなり腕が立つらしい――まあ、鎗でつつくしか出来ない連中に比べればどんな相手でも手強いものだ。
だが――
「――ヌルい!」 声をあげ――ヴィルトールは五合目に続く一撃で、振り下ろされた薙刀を迎え撃った。刃ではなく刃と柄の接合部を狙ったその一撃が、刃を根元から斬飛ばす。空中で翻って繰り出した七撃目は、咄嗟に刃の軌道上に翳した騎兵の右腕ごと、その冑の上半分を削り取った。
頭部を鼻の上から吹き飛ばされて瞬時に絶命した騎兵の体から力が抜け、そのまま馬上から転げ落ちる――吹き飛ばされた冑の頭頂部が地面に衝突し、中から頭の上半分と飛び出した眼球や骨の破片、脳漿が飛び散った。
怒声をあげて右手から突っ込んできた別の騎兵が、手にした大剣を突き出してくる。その一撃を、ヴィルトールは騎兵用の長剣を翳して受け止めた。
「その首級 もらったぞ、小僧!」
動きが止まったのを好機と見たか、今度は左手から突っ込んできた騎兵が鎗を突き出してくる。
咄嗟に上体を仰け反らせて躱したものの穂先が額をかすめ、皮膚が裂けて血がにじんだ――左手の手甲で押しのけられた鎗の穂先が右手から大剣を撃ち込んでいた騎兵の顔に肉薄し、騎兵があわててその鋒から逃れる。
鋭い痛みに顔を顰めながら小さく舌打ちを漏らし、ヴィルトールは右腋の下に吊った鞘に納めていた格闘戦用の大ぶりの短剣の柄に手をかけた――金属製の内張り と刃のこすれる感触とともに、鋼材を叩き延ばして形を整え柄の部分に革紐を巻きつけただけの簡素な造りの短剣を抜き放つ。
左右どちらを狙うにせよ、鞍上の騎兵には到底届かないが――
ヴィルトールは左手から突っ込んできた騎兵の騎馬の頭を、左手で抜き放った短剣で撫でる様にして引き裂いた。激痛にいななきをあげ、栗毛の騎馬がその場で前脚を跳ね上げる――ヴィルトールが指示するまでもなく危険だと思ったのか、黒毛の騎馬が弾かれた様に前方に駆け出してその蹄から逃れた。
危ういところで振り落とされそうになりながらも、ヴィルトールは舌打ちを漏らした――あわてて馬の手綱を握ったせいで、左手で保持していた短剣を落としてしまった。
「貴様、よくも――!」 先ほど頭に切りつけた騎馬の蹄から逃れるためにヴィルトールの騎馬が前に出た拍子に噛み合いのはずれた大剣を振り翳し、右手から仕掛けてきていた騎兵が追いすがりながら罵声をあげる。ヴィルトールは騎馬を方向転換させながら騎兵用の長剣を翳して、首を刈り取らんとして水平の軌道で振るわれた大剣を受け止めた。
「は、ひとり相手に五人も六人もけしかけてきといて、よくもとかどの口で言ってやがる!」
言い返せなかったのか口をつぐんで、騎兵が続く一撃のために大剣を引き戻し――次の瞬間ヴィルトールが投げつけた投擲用の短剣が、冑の面頬の隙間から眼窩に突き立った。
絶命には至らなかった様だが、それは別にどうでもいい。一撃撃ち込む時間が出来ればそれで十分だ。真直に振り下ろした一撃が顔に突き刺さった短剣を抜こうとする左腕ごと、その左肩を叩き割った。
「遅ぇ!」 そう吐き棄てて、馬首を返す――そしてそこに全長の三分の二を占めるほどの巨大な刃を備えた戦斧を手にした先ほどの巨漢の騎兵が、咆哮とともに斬り込んできた。
「
そう言ってから、アルカードは自分の様子がおかしいのに気づいてか心配そうに鳴き声をあげるテンプラの体を抱き寄せ、
「あの子もそれを知ってる。彼女が俺を恨む動機があるのはわかるだろ――易々と殺されてやるつもりは無いが、それでも彼女が俺を憎むことを咎められる筋でもない。だから彼女が俺を殺すと決めたなら、正面から相手をしてやるさ――あの子にもそう言った。だったらせめて、嫌ってるままにしといてやったほうが躊躇い無く殺れるだろ? 好感なり友情なり、変に情を移して躊躇うよりもそっちのほうがましだろうさ――普段から嫌ってる相手を親の敵として殺すなら、あとあと変なふうに気を病むことも無いだろうし」
それを聞いて、リディアは拳をきゅっと握りしめた。
一瞬躊躇ってから、意を決して彼の名を口にする。
「アルカード――もしもよかったら、貴方が吸血鬼になった経緯を聞かせてくれませんか?」
アルカードはそれを聞いて再びリディアに視線を向け、
「聞きたいんなら話すけど、聞いて面白いもんでもないぜ――それでもいいか?」
「ええ、ぜひ」 アルカードはその言葉にテンプラを足元に下ろして、少しだけ居住まいを正した。リディアがずっと立っているのを気詰まりに感じたのか適当に座る様に手で促し――ほかに椅子は無かったのでリディアがベッドの上に腰を下ろすと、
「といっても、なにを話したもんかな――俺がもともと父の養子だって話はしたよな」
「はい」 リディアがうなずくと、アルカードは床の上でころんとお腹を見せているウドンの顎をくすぐりながら、
「前にも言ったが、俺は養父の家に母親ともども引き取られて育った――と言っても、俺が生まれる前の話だそうだが。俺は連れ帰られたんじゃなく、屋敷で生まれたらしい。まあそういう話は聞いたことが無いし、母親が養父に手をつけられて子を産んだわけじゃなく、もともと身籠っていた身寄りの無い女を拾って連れ帰ったというのが正しいところなんだろうな」
いささか品を欠く表現ではあったが、アルカードは顔を顰めるリディアにはかまわずに先を続けてきた。
「まあそんなわけで、俺は養父の屋敷で生まれ育った――母親の身分は使用人だったが、俺は彼の実子と同じ教育を受けて育った。彼の実子は三人――そのうちのふたりは、俺が殺した」
*
巨漢の騎兵がかぶった冑から切断された角状の突起が二本、きりきりと回転しながらすっ飛んでいく。一撃で仕留められなかったことに小さく舌打ちを漏らして、ヴィルトールはそのまま巨漢の騎兵の脇を駆け抜けた。
ストラップに引っかかって頭に残った冑の残骸を左手で剥ぎ取って投げ棄て、ヴィルトールはそのまま巨漢の騎兵にはかまわずに馬を加速させた――とりあえずあの騎兵のことはどうでもいい。
あの男が敵部隊の要であることは間違い無いが、さしあたっては先に叩かなければならない連中がいる――長弓を装備した騎兵部隊だ。正確に言うと、叩く必要は無い――本隊は敵の騎兵部隊と戦闘に突入しており、長弓部隊がそこに斉射を浴びせかけ始めている。
無論そのこと自体は織り込み済みだ――味方の部隊にはなるべく敵兵と入り乱れることで射撃を躊躇させる様指示してある。ここはワラキアの奥深く、オスマン帝国軍にとっては最前線だ。敵軍としても、ここでいたずらに味方を減らして公国軍残党の襲撃に対応する戦力を減らす愚は犯したくないだろう。
「
だがそのときには、もう終わっている――弓兵たちがこちらに馬ごと向き直った直後、それまで近くの森に身を潜めていた別動隊の騎兵六十騎が音を殺して駆け出した。
ルステム・スィナンのいる場所からなら気づかれるだろうが、別にどうでもいい――どうせ間に合わない。
弓兵部隊の背後から駆けていく騎兵たちが、紐の一端をくくりつけた壺の様なものを振り回している――ヴィルトールが持っていたのと同じものだ。
まだ気づいていない連中が、こちらに向けて次々と箭を放ってくる――ちょうど後方にあの巨漢がいるからだろうか、巻き添えを恐れてか弓の引きがいささか弱く、半分くらいはヴィルトールに届く前に失速して墜落した。
残る半分のうち自分に飛んできそうなものを叩き墜としながら、ヴィルトールはゆっくりと笑った――乾いた音とともに壺が次々と砕け散り、馬首を返す別動隊の騎兵たちの殿を務める壮年の男が、炎をあげる布を括りつけた箭を放った。
箭には革袋が括りつけられており、燃料用の油が入っている――重いため長距離は飛ばないが、それもどうでもいい。
壺が後頭部を直撃し、石炭と小麦粉の混じった粉を吸い込んで咳き込んでいた騎兵の馬の尻にでも矢が刺さったのだろうか、馬の尻が炎に包まれる――革袋からこぼれた油に引火したのだ。それが今度は石炭と小麦の粉に引火して、周囲を炎に包み込む。
尻尾に火がついたことに気づいた騎馬が、悲鳴じみたいななきをあげながら前脚を跳ね上げた――背中に乗っていた騎兵が振り落とされ、恐慌状態の伝播した別の馬に軽装甲冑の上から胸郭を踏み潰されて絶息する。
同時に、森の縁から次々と飛来した火箭が、長弓騎兵の背中に次々と降り注いだ――あらかじめ森の中に伏せていた、七十人そこそこの弓兵だ。所々に木の葉を貼りつけた緑色の布をかぶって伏せていたから、ちょっと視線を向けただけでは到底気づかなかっただろう――普段ならあっという間に踏み潰されてしまう様な兵力だろうが、弓兵たちが炎に包まれ馬が恐慌状態になっている今なら話は別だ。
森には彼の指揮下でも腕の立つ弓兵ばかりを集めてある。命中率はあまり気にせず、兵の数を多く見せるために常に位置を変えながら、とにかく多くの箭を射込む様に指示してあった。
鬨の
とりあえず向こうはそれでいい――ヴィルトールは舌打ちを漏らして、手にした長剣を片手で水平に薙ぎ払った。横合いから突っ込んできた騎兵が、突き込んできた突撃鎗の穂先を薙ぎ払われて小さく毒づく。
「おおっ!」 喊声をあげて、別の騎兵が横から突っ込んでくる。一騎討ちかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
まあ、立て続けに兵をけしかけて疲れを誘うのは悪い戦術ではない――相手が悪いが。
こぉん、という音とともにヴィルトールの振るった騎兵用の長剣と騎兵の突撃鎗の穂先が衝突し――火花とともに半ばから斬り飛ばされた穂先を目にして、騎兵の気配が驚愕にゆがむ。頭上で旋廻させた長剣を、ヴィルトールは続けて騎兵の肩口に振り下ろした。
一撃のもとに肩を叩き割られ、肺を引き裂かれて、騎兵の口から水音の混じった悲鳴がほとばしる――次の瞬間叩き込んだ追撃は、騎兵の胴体を馬の首ごと上下に切断した。
続いて今度は先ほど最初に突っ込んできた騎兵が体勢を立て直し、手にした鎗を突き込んでくる。その穂先を袈裟がけの撃ち下ろしで叩き墜とし、そのまま反動で浮いた剣の鋒で騎兵の纏った軽装甲冑をぶち抜いた。
「おおお――っ!」 喊声をとともに、今度は背後から薙刀に似た湾曲した巨大な刃を備えた武器を手にした騎兵が斬り込んでくる。
「おぁっ!」 咆哮とともに振り下ろされてきた薙刀を、ヴィルトールは曲刀の一撃で迎え撃った。
水平に薙ぎ払われた一撃を受け止め、真直の撃ち下ろしを受け流し、槍の様な鋭い刺突を弾き返す。
どうやら先ほどまで相手をしていた鎗持ちの騎兵ふたりに比べると、かなり腕が立つらしい――まあ、鎗でつつくしか出来ない連中に比べればどんな相手でも手強いものだ。
だが――
「――ヌルい!」 声をあげ――ヴィルトールは五合目に続く一撃で、振り下ろされた薙刀を迎え撃った。刃ではなく刃と柄の接合部を狙ったその一撃が、刃を根元から斬飛ばす。空中で翻って繰り出した七撃目は、咄嗟に刃の軌道上に翳した騎兵の右腕ごと、その冑の上半分を削り取った。
頭部を鼻の上から吹き飛ばされて瞬時に絶命した騎兵の体から力が抜け、そのまま馬上から転げ落ちる――吹き飛ばされた冑の頭頂部が地面に衝突し、中から頭の上半分と飛び出した眼球や骨の破片、脳漿が飛び散った。
怒声をあげて右手から突っ込んできた別の騎兵が、手にした大剣を突き出してくる。その一撃を、ヴィルトールは騎兵用の長剣を翳して受け止めた。
「その
動きが止まったのを好機と見たか、今度は左手から突っ込んできた騎兵が鎗を突き出してくる。
咄嗟に上体を仰け反らせて躱したものの穂先が額をかすめ、皮膚が裂けて血がにじんだ――左手の手甲で押しのけられた鎗の穂先が右手から大剣を撃ち込んでいた騎兵の顔に肉薄し、騎兵があわててその鋒から逃れる。
鋭い痛みに顔を顰めながら小さく舌打ちを漏らし、ヴィルトールは右腋の下に吊った鞘に納めていた格闘戦用の大ぶりの短剣の柄に手をかけた――金属製の
左右どちらを狙うにせよ、鞍上の騎兵には到底届かないが――
ヴィルトールは左手から突っ込んできた騎兵の騎馬の頭を、左手で抜き放った短剣で撫でる様にして引き裂いた。激痛にいななきをあげ、栗毛の騎馬がその場で前脚を跳ね上げる――ヴィルトールが指示するまでもなく危険だと思ったのか、黒毛の騎馬が弾かれた様に前方に駆け出してその蹄から逃れた。
危ういところで振り落とされそうになりながらも、ヴィルトールは舌打ちを漏らした――あわてて馬の手綱を握ったせいで、左手で保持していた短剣を落としてしまった。
「貴様、よくも――!」 先ほど頭に切りつけた騎馬の蹄から逃れるためにヴィルトールの騎馬が前に出た拍子に噛み合いのはずれた大剣を振り翳し、右手から仕掛けてきていた騎兵が追いすがりながら罵声をあげる。ヴィルトールは騎馬を方向転換させながら騎兵用の長剣を翳して、首を刈り取らんとして水平の軌道で振るわれた大剣を受け止めた。
「は、ひとり相手に五人も六人もけしかけてきといて、よくもとかどの口で言ってやがる!」
言い返せなかったのか口をつぐんで、騎兵が続く一撃のために大剣を引き戻し――次の瞬間ヴィルトールが投げつけた投擲用の短剣が、冑の面頬の隙間から眼窩に突き立った。
絶命には至らなかった様だが、それは別にどうでもいい。一撃撃ち込む時間が出来ればそれで十分だ。真直に振り下ろした一撃が顔に突き刺さった短剣を抜こうとする左腕ごと、その左肩を叩き割った。
「遅ぇ!」 そう吐き棄てて、馬首を返す――そしてそこに全長の三分の二を占めるほどの巨大な刃を備えた戦斧を手にした先ほどの巨漢の騎兵が、咆哮とともに斬り込んできた。
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