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昨夜の集中豪雨は、関東圏各地でかなりの被害を出しているらしい――土砂崩れが起きた地域もあるし、場合によってはその泥が家に流れ込んだところもあるらしい。
ショベルカーを自在に操って土砂を撤去する作業員を背に、家の軒先が土砂に呑み込まれた六十歳くらいのおじさんがテレビのインタビューに答えている。たまたま帰省していたのか、垢抜けた格好の若い女性に抱っこされた三歳くらいの男の子が玄関 . . . 本文を読む
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事務所の扉を開けると、休憩中なのかテーブルに突っ伏す様にしてくつろいでいるパオラの姿が最初に視界に入ってきた――事務所に入ってきたフィオレンティーナに気づいて、パオラが軽く手を振ってみせる。
「休憩?」
「いえ……」 事務所に足を踏み入れると、パオラの向かいでまたしても缶コーヒーを前にテーブルに頬杖を突いているアルカードの姿が視界に入った――居眠りでもしているのか、穏やかに目を . . . 本文を読む
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高層ビルの屋上に設けられたヘリポートを、大粒の雨滴が叩く――周囲のビルのビル風が互いに干渉しあって形成された複雑な風に巻き上げられた雨滴が、渦を巻きながら降り注いでくる。
分厚い黒雲に覆われて、月明かりは無い――ヘリパッドの外周に設置された常夜燈の弱々しい明かりだけが、ヘリポートを照らし出している。
頑丈な鋼鉄製の構造材で造られた四角いヘリパッドの中央に、丸で囲まれたHの文 . . . 本文を読む
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「おはようございます」 そう声をかけながら扉を開けて、事務所に入る――例によって缶コーヒーをあおっていたアルカードが適当に片手を挙げた。文字通りあおるという表現がふさわしい勢いで一気飲みし、ふっと息を吐き出す。
「おはよう、お嬢さん」
「アルカード……」
休憩用のテーブルの向かいに座っていたリディアが、それを見て眉をひそめながら口を開く。
「なんだ?」
「その飲み方、体によくな . . . 本文を読む
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「――あーあ、やってらんね」 愛車のデリカのドアを乱暴に閉めながら、輿石は顔を顰めて舌打ちした。助手席から降りてきた大谷が、小さく溜め息をつく。
カートン買いした煙草を詰め込んだコンビニの袋を持ち直し、数台駐車されたいかにもな感じにドレスアップされた車の間を通り抜けて、たまり場にしている廃倉庫の扉に足を向けながら、輿石は天を仰いで盛大に愚痴をこぼした。
「せっかく上モンの女かっ . . . 本文を読む
デルチャの夫とその弟――神城恭輔と陽輔の兄弟だ。ほかの者たちも含めて手分けして探していてたまたまここにやってきたのか、それとも先ほどの魔術による閃光を目にしてやってきたのかもしれない。
ふたりともずっと走りっぱなしだったのか汗だくになり、シャツが汗で濡れて肌に張りついている。少し視線を転じれば妻子の姿にも気づいたろうが、ふたりは目の前の蜘蛛の巨体に目を奪われている様子だった。
蜘蛛の振るった . . . 本文を読む
「そうします。しかし、よりによってあれを盗むとは」
「なにか問題が?」 陽輔が聞いてきたので、アルカードはそちらに視線を向け、
「デッド・ソースって知ってるか?」
「ああ、あのあれだろ、タバスコの何百倍も辛いチリソース?」
「そう、それ。あれを四本と、昨日取ったピザについてたチリソースを混ぜて煮詰めて、一味唐辛子ひと瓶と一緒にタネに練り込んであるんだ」
「……なんでそんなもん作ろうと思ったの?」
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石畳の破片に衝突した小瓶がぱりんと音を立てて砕け、小瓶に封入されていた少量の水銀が一気に容積を増して足に纏わりついてくる。
まるでスライムの様に蠢く水銀が両手足に絡みつき、両手足を鎧う装甲の上から手足を覆っていく。一瞬のちには、銀色に輝く籠手と脚甲が彼の両手足を鎧っていた。
「俺は貴様に敵うべくもないと、さっきそう言ったな――なら俺も言っておこう」 そこでいったん言葉を切って、アルカードは口元 . . . 本文を読む
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ポーチの中の携帯電話が鳴り出したので、アルカードは大皿に盛られたクッキーに伸ばした手を引っ込めた。
携帯電話を取り出してみると、デルチャからの着信だった――通話ボタンを押して電話を耳に当てると、
「もしもし、俺だけど、どうした? ん? 今綾乃さんのところでお茶を御馳走になってるけど、なにか――なんだって?」 最後のなんだって?があからさまに胡乱そうな響きになっていたからだろう . . . 本文を読む
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「おのれ、ぢょごまがど……!」 低い声で毒づきながら、蜘蛛が鳥居のほうに向き直る。それを無視して、アルカードは笠木の上から身を躍らせた――石畳の上に降り立って、左手をコートの内ポケットに突っ込む。
取り出したグリーンウッド家の魔術教導書《グリーンウッド・スペルブック》の表紙を開くと、形成された回路《パス》を通じてアルカードの霊体と『魔術教導書《スペルブック》』が接続されるのがわ . . . 本文を読む
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SHINJOとアルファベットで表札の出たシャッターつきのガレージのある二階建ての住宅の前で、アルカードは車を止めた。
相変わらず雨がやむ様子は無い――風に乗って吹きつけてきた大粒の雨滴がひっきりなしにジープのフロントシールドに衝突しては砕け散り、それをワイパーがせっせと掻き落としていく。
「ここらへん、駐車大丈夫かな?」
「パトカーの巡回は通るから、やめたほうがいいかも。ちょ . . . 本文を読む
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狩野川産婦人科医院の建物は地下が有料駐車場になっていて、患者以外の一般利用者でも利用出来る。院内に通じるエレベーターからさほど離れていないところに車を止めて、アルカードはエンジンを切った。
病院内に綾乃を迎えに行くべきかしばらく迷って、やめにする。院内の様子はアルカードも知っているが、駐車場に降りてくるのは簡単だ――自分で動ける状態なら、わざわざ迎えに行く必要も無い。それに、 . . . 本文を読む
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「……?」 風に乗ってかすかに聞こえてきた声に、アルカードは飛び移った電柱の上で足を止めた。
今のは――アレクサンドルと名乗った、あの老人と娘婿の声か?
何度か民家の屋根を飛び移って、周囲の住宅とは不釣り合いな年季の入った工場の屋上に降り立つ。高度視覚で透視してみた限り、鉄骨で組まれている様だったので、体重をかけても大丈夫だろう。しっかりした鉄骨の上に降り立って眼下の様子を窺 . . . 本文を読む